|
子供の言い分 |
|
2. 「………しかし、よく分かりましたね」 「あん? かなり前から湿ったニオイがしてたじゃねえか」 仕方ないとばかりに自分の方に近づいてくる幼い足音を耳にすると、ランサーは僅かな金属音を響かせる。途端に頼りなげな月の光に代わるかのように、真昼の太陽にも似た色の光が少年の足下を照らし出した。 「あ、すみません・・・しかし驚異的な鼻の利き具合にキョウタンを禁じえません」 「おう、こけるなよ・・・何しろイヌだからな……って、子供が変な言葉使うな」 ぴょこぴょこ、と足場の悪くなっているところを小さく跳ぶようにしてやってくる小さい英雄王を迎えるためだろうか、ランサーは涅槃仏のような横臥の体勢で呆れたような言葉を吐く。 「変な、って、あんまりですね。今日日、子供だってこれくらい言うでしょう?」 「まあな。もっとも、お前はただのガキじゃねえだろうが」 嘲る、というよりは子供に適当な相槌を打つ大人―――そんなランサーの反応に金色の少年は別段気を悪くした風もない。 そんなところが、ただのガキじゃねえのだと男は思う。 おそらくは、少年もそれは自覚している。 子供に不釣合いの理性と自制―――それが大人になって失われるものだと分かっているから、余計に手放したくないのかもしれない。 行く末は何よりも強大で、何よりも尊大な金色の英雄王。 己以外は全てを「雑種」と称することを憚らない、最大のタイラント。 けれど、あくまで少年は彼の暴君の幼年体。 だから―――――― 「じゃあ、少しの間失礼します」 横になったままの男の傍らに、少年はちょこんと体育座りをして落ち着く。少年の、金のインゴットを溶かし込んだような金髪にライターの炎が反射して眩しいのか、庇をつくるようにして男は眼前に手を翳した。 「構わねえよ。どうせ、一晩ここで過ごすことになるだろうが」 「へ?」 ランサーの言葉を聞き返すように、少年は炎越しに男を見やる。すると、本物のイヌのようにくん、と軽く鼻の奥を鳴らす男の姿と視線が重なった。 瑞々しい石榴(ざくろ)よりも、鳩の血よりもなお濃厚な色彩を放つ二対の瞳。 「悪かったな、読みが甘かった。こりゃ一晩止みそうにない」 「んー………色々と言いたい事はありますが、濡れて帰るのは趣味ではないですから。結果オーライですよ」 小雨程度の降りであれば迷い無く駆け出しただろうが、雨音は長針の刻みごとに大きくなる始末。もし軽快な足取りのまま外に出てしまっていたら、その雨の激しさに少年は途中で途方に暮れてしまっただろう。そのくらい雨音は高く響いている。 「…………………」 「………………ぁふ」 弾ける水の音さえ遠くに聞こえるような洞穴の中に沈黙を囲っていた二人だったが、それは突如として破られた。 なんでもない一つの欠伸で。 「眠ぃのか?」 「………まあ、子供の身体ですし」 なんでもないことのように子供は言うが、確かに時刻で言うならば午後10時を回ったところ。いい加減子供は夢の世界に迷い込む時間だ。 特にこの少年王は子供の中の王、子供の中の英雄。文字通り、昼間の公園を自分のものとして駆けているのだから、夜になれば身体の方が休息を欲するのは仕方のないことだろう。 「…………仕方ねえな」 と、少年の様子を察したのだろう。ランサーは寝袋の口の部分を開けると、座ったままの少年を差し招く。 「多少キツいが、何とか入れるだろ」 ホントは美人のオネーチャン専用だけどな、とにっかり笑いながら自らの鍛えた身体をぽんぽんと叩く。そんなランサーの様子をぽかんと見ていた小さいギルガメッシュだったが、 「・・・・・・じゃあ、お邪魔します」 そんな言葉で青い男の好意を受けた。 軽快で朗らかないつもの笑みではなく、どこかぎこちない…何か言いたげな笑みを浮かべながら。 「……………………」 「……………………」 しっとりとした空気が夜の闇に漂っている。 灯り代わりのライターを消すと、胸の中に抱き込む形になった少年を包み込むようにしてランサーは寝袋の口を閉じた。手の置き場に困っている少年の白いそれを取ると、自分の首に巻きつけるようにして誘導してやりながら。 「………なんか、起きたら筋肉痛になっていそうですね」 「はっ、これくらいでどうにかなる身体でもないだろ、お互い」 違いないです、とランサーの首根に縋るように巻きつけた腕に僅かばかり力を入れると、少年はその厚い胸板を枕にして落ち着いた寝息を立て始めた。よほど眠かったのだろう、すとん、と落ちるかのような入眠である。 「・・・眠ってりゃ、そこらのガキと大差ねえわな」 男はその柔らかな金の髪の感触を楽しむかのように、少年の後頭部に触れる。眠る少年の身体はほんのりと温かく、まるで温石(おんじゃく)を抱いているかのように感じられた。 「あー…………なんか、…………」 オレまで眠くなってきやがった、と口の中で呟く男。肉体を持つが故に、僅かばかりであろうとも蓄積されている疲労を解消するために必要な「眠り」。少年の温みは、ランサーにそれを穏やかに思い知らせていく。 「とりあえず、おやすみ、かな」 それだけ口にすると、男もまた瞼を落としていた。 もぞもぞもぞもぞ。 「・・・・・・・・・」 ごそごそごそごそ。 「・・・・・・・・・」 もぞもぞこぞごそ。 「・・・・・・・・・」 もぞごそもぞご………。 「・・・・・・・おい」 少しドスのきいた低音で声をかけられ、それでも少年は怯むことなく「何ですか?」と答える。そんな少年の反応に、 「さっきから、一体何してやがんだ」 と不機嫌も露わに口を開く猛犬。身体の上でもぞごそ動かれるのも癇に障っただろうが、何のことも無く、何ですか? なんて返事をされたのも不機嫌の原因かもしれない。 けれど。 少年は明るい声音で一言、 「夜這いしてるんですけど」 とのたまった。 「……………………」 あまりのことに、へ!? とか、は!? なんて言葉すら出てこない男に、 「自分から誘っておいて、それはないんじゃないですか」 と拗ねた口ぶりで言い募ると、尚も少年は男の身体を弄っていく。 あまりの手際の良さに呆気に取られること数秒、そして自分がのっぴきならない状況に在ることを理解すること数秒、ようやく、 「お、おま…っっ…………一体、何で・・・っ!!」 とランサーは驚愕の声をあげる。と同時に必死になって少年の手から指から逃れようともがく。けれど、狭い寝袋の中、しかも口の部分を閉じているため密着状態になってしまっている身体から逃れようはずもない。 「ちょ、ちょっと痛いです。静かにして下さい、っ」 背中の部分が擦れるのだろう。暗闇の中なので見えないが、その困惑気味の声から顰め面でも浮かべているのかもしれない。が、 「何が静かに、だ! てめ、………っ!」 襲われ・・・まさに食べられようとしている男にとっては自らの貞操の方が大事である。それを承知とばかりに少年は口の中で小さく何かを呟くと、 男の口の端を甘噛みするような―――口付けを施した。 「っ…………!!」 「あ、静かになった」 びく、と突然の行為に思わず硬直してしまうランサー。それをいいことに、小さな王様はその愛らしい口唇でちゅ、ちゅと男の口の端から頬にかけて跡をつけていく。傍から見れば子供が親愛を表現しているかのようなその仕草であるが、この金色の少年王の目的は「大人」の王様と変わるところはなかった。 「おい…………っ!」 抵抗を試みようとしたランサーだが、彼を襲うのは口唇の愛撫だけでない。柔らかな少年の手指で首筋の敏感な部分をなぞられ、途切れたと思えばいつの間にかその手はシャツの裾から入り混んで身体に触れてきている。 「…………ん……………」 激しくやってくる性感ではない。 むしろ、身体を重ねるぬくもりに合わせるようにやってくる高まりは、少しずつ少しずつ。まるでグラスの中の氷が融けるかのようにゆっくりとやってくる。 「……っ…………」 その快感の源泉から逃れるように身を捩るランサーだったが、少年ギルガメッシュの指も口唇も容赦なく追いかけていく。そればかりか、互いの体温と吐息が籠もることで、更なる刺激となって追いつめられてしまう。 「おい……っ、いい加減に…………っ………!!」 さすがに堪忍袋の緒が切れたのか、実力で子供を退かせようと無理やり身体を起こしたランサーだったが、 「…………………ん〜」 という、何やら寝ぼけたような声音とともに、ずる、と何かがずり落ちる音がした。手近に置いていたライターを使うと、周囲に灯りがともる。 見れば、 「・・・・・・・・・」 自分の身体の上には脱力しきった子供が一人。 言うまでも無く、先程までランサーの身体に愛撫を加えていた小さな暴君のものである。 「………………おい」 ぷにぷにと弾力のある頬をつついてみると、ん〜、などと気難しげな声とともに、ランサーの指をぱちんと弾く。まるで虫でも追い払うかのようにして。 「・・・・・・・・」 思わずむっとした表情をその白面に映したランサーだったが、一つ小さな溜息をつくと、 「上手いこと、逃げやがって」 そんな呟きを漏らし、再び小さな王様をその胸に抱きこむとおとなしく横になった。 自分の首根に回された柔らかな手が、微かにきゅ、と抱きしめようとするのを感じながら。 ・END・ ちょっと甘えたかった子ギル。 ちょっと甘えさせてしまった槍アニキ。 ・・・行く末は見えたぞ(笑)。 |