Promise Word


 そこは静寂に満たされた場所だった。
 時折ページを繰る音と、ペンを走らせる音が微かに響くだけ。

「で、何してんだ?」
「見て分からないか?」
「わからねえから聞いてんだろ」
「そうか」

 …………。

 …………。

 沈黙に耐え切れなくなったのは、青い槍兵の方だった。
「だから! 何してんのかって聞いてるだろうが!」
「勉強だが?」
 主である男装の女はしれっとした口調で「それがどうした?」と続くような口ぶりで答える。途端、下僕である青い槍兵はシカトこかれたコトとかを綺麗さっぱり忘れた様子で「げ」と呟くと彼女から一歩引いた。
「どうした?」
 今度は尋ねる側に回ったバゼット。それに対し、ランサーはというと心底嫌そうな顔をしてオーバーリアクション気味に答える。
「勉強なんてして何が楽しいんだよ! 来たるべき聖杯戦争に備えて身体鍛えた方がいいと思うぜー」
「……生憎と私は生身の人間なのだよ。サーヴァント相手、しかも敏捷性に優れたお前と3日も体術訓練したら、聖杯戦争にたどり着く前にあの世行きだ!!」
 だん、と力強くテーブルを叩くバゼット。しかも、これから向かう冬木市の霊脈についての調べものもまだ済ませていないというのに。愚痴っぽくなくった彼女のセリフを茶化すようにしてランサーは尚も、
「じゃ、手加減してやっから」
などと、彼にしてみれば珍しい譲歩をしてはくるが、バゼットは冷たい視線で見返すだけ。
「大体、世の魔術師は書庫に引きこもって分厚い魔法書やらと挌闘するくらいなものだ。お前、私以外の魔術師から召喚されていたらどうするつもりだったんだ」
 彼女の言はもっともなのだが、ランサーは気にもとめない。
「ああ、そんなヤツに呼ばれるほどオレは扱いやすいとは思えねえけどなあ」
 いわばバゼットの性質―――武闘派という一面―――がランサーを召喚した、ということだ。言外にそう言われて、反論したいけれども反論できない。
「それに本と挌闘するなんて、オレは願い下げだ」
 贅沢なことをぬけぬけと言うランサー。そんな彼をまじまじと見つめるバゼット。
「な、何だよ……」
 じっ、と見つめられて居心地が悪いのか、身じろぎするランサーにバゼットは、
「ここに座れ」
 と、自分の隣をぽすぽすと叩く。時々何を考えているかわからなくなるバゼットに多少の警戒をしながら、それでも言われたとおりにソファーに腰掛けるランサー。
「……………」
「だからっ、何だ………」
 わけもなく見つめられることに苛立ちを隠せないランサーが問いただそうとしたその瞬間、バゼットの華奢な指が信じられないほどの怪力をもってランサーの耳飾りをぐいっと引っ張った。
「いた、いたた、いたたたたた〜〜〜っ! 痛ぇって言ってるだろうが!」
 引きちぎられるかという痛みに抗議の声をあげるランサー。そんな彼の様子など気にもせずに、バゼットは疑問をぶつけてきた。


「お前、本当にクーフーリンか……?」


「は? いや、それは…お前が一番よく知ってんじゃねえの?」
 あまりに予想外の質問に、呆然として間の抜けた返事をするランサー。
「それはそうなのだが……勉強嫌いのクセによくもまあ『影の女王』からルーン魔術を習得したものだと思って……」
 ランサーの耳飾りにはルーンが刻み込まれている。恐らく、魔術を修めた証のようなものなのだろう。
「ああ…確か・・・。そうだ! 術覚えるごとに1回ずつ戦に出してもらえたからな……」


 馬にニンジン、狗に戦争。


 そんなありもしない格言が、バゼットの頭の中をよぎったのは言うまでもない。ついでに英雄に最後の試練を与えると言われる影の国の女王の教育術に頭が下がった。


 だからと言って、彼が単なる戦争屋というわけではないことをバゼットは知っている。彼が生きていたときに立っていた戦場は、劣勢に次ぐ劣勢のものばかり。極端な話、彼一人の腕に国の命運が託されたと言っても過言ではなかった。
 武術を極め、魔術を極めた。それでも彼自身が望む戦いをしていたわけではない。彼は、彼自身のために戦ったことはなく、その力を存分に振るうことすらできなかった。師母から与えられた槍―――ゲイ・ボルグ―――も振るったのはたったの2度。

 自分の親友を殺す時。
 自分の息子を殺す時。



 ―――そんな彼に、私は何と言った……?―――

 ―――「汝に汝が望む戦を与える、その槍を存分に振るう場を与える。汝、ランサーのクーフーリン、我が召喚に応じよ!」―――

 ―――「私と共に来い! お前が欲する戦を与えることを約束しよう!」―――

 自らの発した言霊に、バゼットは恐れを感じずにはいられなかった。彼が…欲して、決して手に入れられなかったものを与えると、言霊に乗せたのだ。彼が欲した言霊を与えたのだ。
 サーヴァントがマスターのために死ぬのは当然のこと。けれども、彼は私のために…他でもない私が約した言霊のために、喜んで命を差し出すかもしれないのだ。あるいは、それ以上のことも。


「バゼット…?」
 自分の耳飾りに触れたまま何かを考え込んでしまったバゼットに、ランサーは様子を伺うようにして声をかける。心なしかいたわるような、心配するようなそんな色を込めて。
「……ああ、何でもない。すまなかったな、痛くしてしまって」
「……やっぱ変だ。バゼットが優しい」
 ランサーは自分の耳を飾りごと押さえると、ずずっ、という音を響かせてソファーの端へと後退する。そんなランサーをジト目で見ながら「失敬な」と呟いたバゼットは、テキストを片付けると「お詫びに茶を入れてやろう」と席を立った。


・END・

……すべてはここから始まりました、ワタクシのランバゼ萌え。 不思議っ子バゼットにいいように弄ばれる(違)ランサー。ちなみに「word」にも約束、の意味が含まれますので、二重の約束。つかゲッシュ(笑)。そしてこの後ランサーには地獄が待っていると……不憫だ。 


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