ネクタルの行方



 ―――見なかったことにしよう―――



 偵察の帰り道、教会の裏手を通ってきたランサーは墓地の辺りでほのかな明かりのようなものを見かけた。
 明かり1つない故人の眠りの地。
 実際、今まで通りかかってもこんな白い明かりなど目にしたことはなかったというのに。興味を引かれたランサーはまるで灯りに引き付けられる蛾のごとく、その光を目指して歩いていった。すると、
彼にとってかなり予想外の出来事が起きていた。
 別に死体が起き上がっているだとか明かりの正体はふよふよ浮いている霊魂だとか、そんなことではない。一々死体で驚いていたら英雄なんてやっていられないし、そもそもランサー自身が霊魂のようなものだ。同類を見て驚くほどヒマでもない。そんな彼の視界に入ってきたのは、白い花の下で黙々と瓶を傾けている英雄王の姿だった。
 確かに、この人気のないところでは悠悠と姿を現すこともできよう。百歩譲って、瓶を傾け―――その中身はどう考えても酒だろう―――というのもよしとしても、

 ―――どうして、オレがそんなところに居合わせなくちゃいけねーんだ!―――

 と、思わず頭を抱えるランサーがいた。何しろランサーにとってギルガメッシュは天敵中の天敵。同じ場に居合わせれば何をされるかわからない、というのが彼の頭の中にある。そう思った彼の行動は1つ。獣のように足音を消してその場を立ち去るのみ。
 だがしかし、逃げの一歩を踏み出そうとしたランサーの身体には、あの銀色の光条がしっかとまき付いていた。
「い……っっ!!」
「逃げ切れると思ったのか? 貴様つくづく阿呆だな」
 居丈高ないつもの言葉の後に、瞬時にしてギルガメッシュの元に引き寄せられるランサー。ここまでいつもと同じかと思うと我ながら情けない、と思わずにはいられなかった。
「貴様が覗いていたことなぞ、先刻承知。王の前に伺候する礼儀を知っていればそのまま見逃してもよかったものを……」
「つーか、テメエの前に来たら来たで絶対に何かされるに決まっているだろーが!!」
 ぎゃんぎゃんと吠えるランサーを一瞥すると、ギルガメッシュは手元にあった瓶を無造作に差し出した。
「………何だよ」
「貴様は運がいい。我自ら酒を振舞ってやるなどそうそう無いことだぞ」
 身動きの取れないままぐい、とギルガメッシュが肩を抱くようにして自分を引き寄せるのに抵抗しようとしたランサーだったが、途端、鼻をつく匂いに顔を顰める。
「何だよ、この酒臭さはっ!」
 なまじ鼻が利くのがまずかった。ランサーの鼻に届いたのは、強烈な酒精の香り。どう考えても目の前のギルガメッシュからだだもれになっているとしか考えられない。
「……お前、酔っ払ってんじゃ………」
「たわけ! 我はこの程度の酒に飲まれる程惰弱ではないわ!!」
 そんなギルガメッシュのセリフに、ランサーはひしひしと悪い予感が近寄ってくるのを感じた。

 そう、酒飲みの法則。曰く
『「酔っ払っていない」という者ほどタチの悪い酔っ払いである―――!』
 その武力に相応しく(?)酒に強いため、生前の宴席でも最後まで正気を保ったままだったランサー。酔うことのできない者の定めとして、酔っ払いの後始末に東奔西走させられていたことを思い出さずにはいられなかった。
 まだ生前のことであればよかった。今度の酔っ払いはこのタチの悪い英雄王である。これは引き時を見計らってとっととトンズラするに越したことはない、などと算段を立てるランサーは間違ってはいない。間違っているとすれば、自らの思考に没頭してしまったために、先程から自分を呼ぶギルガメッシュの声に気付けなかったことであった。そんなことをこの英雄王が許すはずもない。
「ええい、我の話を聞かぬか!」
 と、ランサーの両の耳を強引に掴んだギルガメッシュは顔を合わせる位置まで引っ張る。さらにそれだけでは済ますわけなどない。顎関節を押して、反射的に口を開かせると、自らの口唇をランサーのそれに重ねる。

「ん……んーん……☆※〒♯%$@・?♭♪………!!」

 言葉にならない呻き声をあげてじたばたと抵抗するランサー。ただ口唇が合わされただけではない。ギルガメッシュの口唇が、舌が、そしてその感触越しに酒精が流しこまれる。決して酒が嫌いというワケではないランサーだったが、こんな飲まされ方をしたのは後にも先にも初めてのことだった。
 ごっくん。
 酒精の塊がランサーの喉の奥に流れていくのを確かめた上で、ようやくギルガメッシュはランサーを解放する。
「どうだ? 美味であっただろう」
「味なんかわかるか、この野郎!!」
 断じて! 酒というのはこういう飲み方をするものではない! と心の中で吐き捨てると、ランサーはギルガメッシュから酒瓶を取り上げる。
「き、貴様! 何をするか!」
「この酔っ払い! こんな飲み方するんだったらオレが全部飲んでやるー!」
 半ばヤケっぱちになったランサーは取り上げた瓶を一気にあおると「うー、飲んだ飲んだ」などと親父くさい台詞を吐いた。




「………そういうことか」
無礼講というか、乱痴気騒ぎというか。周囲一面にあった酒瓶、それこそワインから焼酎から日本酒から全て空にしたサーヴァント2人を見遣りつつ、いつもと変わらぬ口調で呟く神父がいつの間にかいた。
「なんだ、お前もいたのかよ」
 頬の辺りを微かに染め上気した面持ちのランサーと、そんなランサーに寄りかかりながらとろんとした表情のギルガメッシュ。そんな2人を改めて見つめた言峰は、彼には珍しく物憂げなため息を1つつくと口を開いた。


「……今年の花見用に集めておいた酒を見事に空にするとは………」


 飼い犬に手を噛まれるとはこのことか、と言葉を続けた言峰に「誰が狗だ、コルァ」とお約束のツッコミを入れるランサー。顔に出るほどではないが、やはり多少なりとも酒が回っているらしい。そんなツッコミにボケで返すことなく、
「……その酔っ払いを部屋まで運んでおけ。いくらなんでも桜の下に酔っ払いというありきたりな構図が英雄王に似合うはずも無いし、放置しておいたらそれで何かと問題になるからな」
 教会墓地の桜の下に、殻であるとはいえぱっと見人間が倒れていたら、問答無用で怪談の類になりかねない。
 それはそれで面白いか、と考え直した言峰だったが既にランサーはギルガメッシュを背負うとさっさと教会の方へと向かっていた。
「……さすがは神速のサーヴァント……………」
 その後姿に僅かばかり視線を向けた後、神父は空き瓶の散乱する情景を眺めてもう1つ、重いため息をついた。


 後片付けが面倒だからか、秘蔵の酒を残らず飲まれたからか。その表情からは窺い知れない。


・END・

 いや単に「口移し」がやりたかったというか(笑)。一応、その辺りは書き加えです。だって拍手でちゅーというのも、ねぇ(←その後もっと極悪なコトをやらかしたのだが)。一番ギル様が酒癖悪そうだなーと思ったので書いてみました。


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