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恋せよオトメ! |
「……1時間20分。今までの新記録ですね」 紫の髪の美女がストップウォッチを手に淡々と結果だけを述べる。淡々、と聞こえるかもしれない声音は、実は彼女にとっては十分に感情を吐露していた。それもそのはず、今までの最高が1時間だったのだ。それを大幅に超える新記録に、普段は感情を露にしない彼女の声にも喜色が混ざる。 けれど、 「こんなの……全然ダメよっっっ……!!」 と、ドス黒い感情を爆発させるが如く、少女は叫ぶ。まるで血を吐くようにして。そんな、一種痛々しいくらいの自責を垣間見せる少女を慰めるように女は落ち着いた、柔らかな口調で言葉を発する。 「……あまり自分を責めないで下さい、サクラ。こればっかりはどうにかなるものではないのです。寧ろ、彼のためにここまで美しい立ち居振る舞いを身に付けた貴女の努力こそが………」 「やめて……ライダー、それ以上私をみじめにさせないで………」 俯いて翳りを帯びた桜の表情は外からうかがい知ることはできない。そして、そんな彼女が絞り出すようにして出す声は絶望以外の何者も感じさせない。 そうなったとき、少女はそのまま自らの作り上げた絶望の淵に入り込んで、沈んでいく。 何も聞こうとせず。何も見ようとせず。何も言おうとせず。 けれど、このときばかりは紫の騎乗兵の予想は外れた。 「絶対に、先輩の前には浴衣で行くんだからーーーーー!!!」 普段の生活では自己主張どころか声を荒げることなどない少女―――間桐桜は、並々ならぬ決意を表すかのごとく、手を握るとぎゅうと拳を作って見せた。 ―――それから半日が経過した。 どれだけがんばっても、浴衣は着崩れる。特に、胸の発育がよければよいほどその着崩れは早く、大きくなってしまう。80Eという驚異的な胸囲をもつ桜にとって浴衣は上手く着こなしたくても着こなせない最悪の相性の着物である。別に着なければいいだけの話ではあるが、数日前に恒例のメンバーで花火大会を見に行こう、という話になった時、桜の頭の中を占めたのは、 ―――浴衣を着たら、先輩は何と言ってくれるだろうか――― その一点だった。一度火が着くと止まらなくなるのが桜の気性……というのか聖杯の気性(?)というのかわからないが、走り出した桜の行動は早かった。ライダーと一緒に生地を探しに行って、自分で浴衣を仕立てた。「一度着てみた方がよいのでは」というライダーの意見に頷くと、自分で着付けができるまでに猛特訓までしたのだった。なのに。 「……どんなに形が持っても1時間30分………」 「…………………」 冷静な事実を、それでもいくばくかは温かみのある声というオブラートに包んで言うライダーに、桜は押し黙ったまま。 続く沈黙。 そんな静寂を破ったのは、静かで穏やかな声。 「もう、いいわ……ライダー、ありがとう」 言い終えると同時に顔を上げた桜は、にっこりと笑みを浮かべる。 絶望から自分を守るとき、笑ってみせる―――彼女の癖。 それを知っているからこそ、ライダーは声がかけられない。けれど、桜の衛宮士郎に対する気持ちを痛いほど知っているライダーは、この時ばかりは口を挟むどころか、行動を起こしたのだった。 「―――シンジ、尋ねたいことがあるのですが」 普段は呼び出されなくば姿を現すことのない仮の主……というよりは偽者の主という方が正しかろう、間桐慎二の前に、唐突にライダーはやってきた。 「何だよ! 僕は急いでいるんだ、手短にしろよ……!!」 と攻撃的な彼のセリフをきれいさっぱりに無視したライダーは質問を切り出した。 「男性は、浴衣姿の女性の胸元が見えるとどう思うものですか?」 …………………。 予想の範疇を億万光年超えたようなライダーの質問に、押し黙った慎二ではあったが、我を取り戻すと口唇の端に笑みを浮かべる。それは、男が女を欲望の対象として狙いを定めた……そんな時に見せるような笑みだ、とライダーは的確に判断する。そして、彼女の判断は間違ってはいなかった。 「フン……なんだ、抱いてほしいのか? お前サーヴァントのくせに無意味な性欲垂らしてんのかよ」 それだけを言うと、慎二はライダーを引き寄せようとその手を伸ばした。が、 「なるほど」 と、くるり向きを変えたライダーは、即座に次の行動に移る。当然のことながら、慎二の伸ばした手は空を切って無様に落ちた。 「な…………!!」 オマエ、サーヴァントのくせに……! と何時ものお決まりのセリフを吐こうとした慎二だったが、口を開きかけたところで止まる。何しろ、彼の眼前には神々しいまでに白い翼をはためかす天馬ペガサスが降り立っていたのだから―――。 「…………一体、何のつもりだ」 「急いで貴方に聞きたいことがありましたので」 場所は変わって衛宮邸。 さらに正確に言えばその屋根の上。 衛宮邸の屋根の住人(本人は否定するだろうが)であるアーチャーと対峙する形のライダー。 「……だからと言って、ペガサスを駆って来ることもなかろう」 「ランサーのように屋根を伝う趣味は私にはありませんので」 やはり冷めた口調の邪眼の美女は、いつも皮肉気な口調で対するこの赤の弓騎士にもその態度を変えることはない。 「……で、聞きたいこととは何だ」 少しばかり苦虫を潰したような口調で問うアーチャーに、ライダーはさらっと言ってのけた。まるで「夕飯のメニューはカレーです」とでも言うように。 「エミヤ、貴方は浴衣姿の女性の胸元に欲情しますか?」 「………済まない、ライダー。もう一度言ってもらえないだろうか………」 「ですから、貴方は浴衣姿の女性の着崩れた胸元に欲望を覚えますか、と尋ねたのです」 聞き間違いであってほしい、というアーチャーの願いは見事に打ち砕かれた。思わず額に手をやったアーチャーに構うことなく、ライダーはただ淡々と自らの疑問をもう一度口にしたのだ。 「………何故、それを私に尋ねる必要がある」 「貴方が衛宮士郎の成長した姿……つまりはあなたと衛宮士郎はほぼ同一であるからです」 ライダーの発言には異論反論多々あったアーチャーだったが、メンタルブロウ―――精神的な一撃がとかくクリティカルヒットしたらしい。反論する気も失せていた。 「…………………………………」 「で、どうなのですか?」 そんなアーチャーに対して、ライダーは一切の容赦をしない。尚も執拗に問いを重ねる。 ついに根負けしたかのように、アーチャーは口を開いた。 それはライダーが望んだ答えそのものだった。 「これでサクラは安心して浴衣を着ることができますね」 語尾にハートマークでもついていそうなほど、彼女にしては浮かれた口調でライダーは独り呟く。そんな乗り手に影響されたか、ペガサスの足取りも軽い。 「…………アンタ、一体何やってんのよ」 「遠坂、オレ…もう疲れたよ…………」 定時報告がなかった自らのサーヴァントを心配した遠坂凛が、屋根の上で哀愁を滲ませながら体育座りをしているアーチャーを発見したのはそれからしばらくのことだった。 ・END・ 桜&ライダーという、ここでは珍しい組み合わせでした(笑)。 着物の方が帯をきっちりと締めるのでまだ大丈夫だとは思いますが、さすがに浴衣はね…。それにしても、エミヤは可愛そう担当だなあ……。 |