真夏の昼の夢




 叩きつけるような雨音とともに、それはやってきた。
 一瞬だけ、雲に覆われた空に光条が走る。太陽の光にも似た、金色の一筋のライン。
 けれども、その直後に下界に響き渡ったのは、天空の巨人が腹を空かせたかのような、陰気なごろごろごろという音。
 次第に大きくなるそれは、まるで空腹ゆえに抑えの効かなくなった暴虐の巨人が怒りを爆発させたかのような音とまで言えるほど大きくなっていった。
「……………………」
「……………………」
 それでも、少女は本の頁を繰る手を止めることはない。

 しばらくたって、再び空が黄金色に光る。すると、今度は時間を置いて音が響いた。
 とはいっても、音の大きさは先ほどとは変わらないし、むしろ大きくなっていっている。
「……………………」
「……………………」
 それでも、少女は本の頁を繰る手を止めることはなかった。

 三たび、空が光る。
 今度は雲を掻き分けるくらいまばゆく、日の光がついに雲を押しのけることに成功したかというほど周囲を明るく照らす。
 けれど、光は瞬時にして雲の合間に姿を消し、入れ替わるようにして轟音が世界を覆い尽くした。


 とうとう少女は本の上の手を止める。
 が、
「アーチャー、二階の電気消しておいて」
 という、事務的な言葉が出てくるだけだった。
「了解した」
 と、アーチャーと呼ばれた男もまた素直にその言葉に従うと、その場から気配を断つ。背後から人の気配がなくなったのを確認するかのように、少女は顔を上げると本をぱたりと閉じた。
「………ふう」
 本の上に手を置いたまま、深いため息をつく。その瞬間、
「………何か悩み事か」
 突然、彼女が予想もしていなかった方向から声がかけられた。びく、と傍目から見ても分かるほど身体を震わせると、そんな自分の行動を誤魔化そうとするかのように大きな声をあげる。
「も、戻ってきたなら声をかけなさいよ!」
「……声をかけようとしたら、凛が深いため息をつい………」
 そんなアーチャーの言葉の最中に、


 どごーん。


 今までで一番大きな音が鳴り響いた途端、周囲は暗闇に包まれる。
「……停電?」
「そのようだ……蝋燭と燭台は台所にあったはずだな」
 慌てずに対処方法を取ろうとするアーチャーに、ええ、とだけ返事をする凛。
「取ってこよう」
 と、そのセリフを残してアーチャーは姿を消した。凛が止める間もなく。
「………………」
 周囲は暗闇。
 その場にはただ1人。

 こんな状況は慣れていたはずだった。
 前回の聖杯戦争で父を亡くし、それまで1人で生きてきた。
 当然、10年前から今までの間に激しい雷雨も停電も経験していた。
 だから、怖いわけない。大体、そんなことを思う余裕もなかった。


 なのに―――凛は、この状況に取り残されている自分が「恐怖」していることを感じていた。


 怖い。
 今、雷が落ちてきたらどうしよう。
 大丈夫大丈夫、屋内にいるんだし。そもそも日頃の行いのいい私が、そんな天罰みたいなものを喰らうわけないんだし。
 などと、一生懸命暗示をかける。
 けれど、一度生まれた恐怖心を克服することは難しい。特に、五感の1つを奪われているこの状況では、彼女がいかに優秀な魔術師であろうともそんなことは少しの慰めにもならない。
 床にへたり込んでしまいたいという気持ちと、そんな恥ずかしいことなどできないという気持ちが葛藤を続けていたそんな時、
「…………ひっ……!!」
 凛の手に暖かいものが触れた。


「…………君も大概失礼だな」


 その皮肉な物言いは彼女の使い魔である弓兵以外に他ならない。
「蝋燭と燭台を探してみたのだが、見当たらなかった」
 それだけを言うと、アーチャーは先ほど触れただけの凛の手をしっかりと握る。
 弓を引くためのその手は暖かく、力強い。そう、恐怖に凍りついた凛の心を解きほぐす程に。
 そんな自分がいることに気づいた凛は、もう1つ分かってしまったことがあった。

 ―――私、弱くなってる―――

 広い洋館に”1人ではない”ということ。それまで1人でいることに何の恐れも不自然さも抱かなかった彼女に、全く別の……これまでなかった感情をもたらしてしまったのだ。そんな自分に愕然としていた凛は、思わず握られた手に力を込めてしまう。

 ―――こんな弱くて…聖杯戦争を戦えるの、私……!?―――

 孤独に与えられた仮初めの強さ。自分がそんなものしか持っていないというのかと、凛が別の恐怖に襟足を掴まれかけたその時、
「……………!」
 不自然に力の入った指を優しく握り返された。


「…………………」
「…………………」


 そのまま沈黙を囲う2人。
 一体どれだけの時間そのままだったのか―――とうとう、周囲の光が蘇る。
 ふう、と大きく息を吐き出した凛の顔をじっと見下ろすアーチャー。その視線に気づいた凛が訝しげに眉を顰めると、


「抱きつかれるくらいの役得があってもよかったのだがな」
 ぬけぬけと弓兵は言ってのける。凛がそんな彼の言葉の意味を理解すること数秒、
「な、なにほざいてんのよっっ!!」
 ものの見事に凛の拳がアーチャーの頬を直撃した。並みの男なら一撃で昇天しようかというような威力である。さすがにサーヴァントといえどもまともに喰らってしまっては涙目になるのは仕方がない。
「全く…サーヴァントに対してまで乱暴をはたらくとは………」
 痛む頬をさすりながらぼやくアーチャーだったが、その口唇には笑みらしきものを浮かべていた。



 衛宮士郎の知る遠坂凛はこうでなくてはいけない、というかのような。そんな笑みを。




・END・




ええと、弓凛、です(赤面)。
いや、凛は強い子だとは思いますが、それ故に時たまふっと弱さを露呈するときがあるのではと。そんな時には士郎よりアーチャーの方が側にいてあげることができたらいいなー、と。



>拍手おまけ部屋に戻る

>Fate小説部屋に戻る