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お屋根の上の洋菓子職人 |
「よお、いい月夜だな」 「……一体何の用だ」 衛宮邸の紺色のお屋根の上。赤と青の二色が、澄んだ空気に研ぎ澄まされた月明かりに映える。 「いや、偵察の最中だったんだがな、甘い匂いについ誘われた」 悪びれずにケロリと言ってのけるランサーに、思わず「さすがに狗だけのことはある」という言葉が喉まで出かかったアーチャーだった。が、回復したての身体でそんなことを口走るというのが危険なことであるのに気づかないアーチャーではない。かろうじてそんな禁句を飲み込むと、 「……甘いもの好きの英雄なぞ聞いたこともない」 などと素っ気無い口調で返す。そんなアーチャーの返答に気分を害した風もなく、 「特別好みというわけじゃあねえが、珍しいものには違いねえからな」 などとあくまで気軽に答えるランサー。 「……君ほどの身分であれば、甘いものとて不自由しなかったであろうに」 「んあ? まあ宴の最後に出ることはあったが……王宮の宴に最後までいた試しがねえ」 成人してからの生涯をほぼ戦場で送った槍の英雄は、平時の宴席の記憶など気にも留めないのだろう。 「しかし、甘い匂いがこの町を覆い尽くしているように感じるのは、オレの気のせいか?」 「……間違いではなかろう。この日に前後して、若い娘のいる家では大抵甘い匂いに占領される」 は? と怪訝な顔をするランサーにそれ以上の説明をする気はないのか、アーチャーは口を閉じる。 「何だよ、元々若い娘ってのは甘いものが好きだろうに。それが日付と何の関わりがあるんだ?」 アーチャーの無愛想な態度をものともせず、ランサーの好奇心は止まるところを知らない。そんなランサーを無視することしばし、一向に口を開く様子のないアーチャーに痺れを切らしたのか、はたまた嫌がらせかランサーは、 「こりゃ中ににいる嬢ちゃんやボウズに聞くほうが手っ取り早いか」 などと身軽に下に降りようとする。慌てたアーチャーは、 「待て!」 とランサーの髪を引っつかむとグイと引く。その筋力は大したものではないにしろ、唐突に引っ張られたものだからランサーとてひとたまりもない。 「ツっ! 分かったから放せ!」 たたらを踏むようなこともなく、確とした足取りで屋根の中央に戻るランサー。その後姿を見ながらまたもや「尻尾を掴まれるのを嫌がるとは、まさに狗だな」などという言葉を飲み込んだアーチャーだった。 男2人、屋根の中心で差し向かいで話をしているのだが、その内容は意外に間が抜けているものだった。 「で、どうして若い娘と甘い匂いと日付が繋がるんだ?」 「……バレンタインデーと言ってな、女が男に菓子を贈って恋心を伝える日なのだ」 「菓子を?」 「ああ。他の国では菓子と限定されているわけではないが、この国では菓子と…特にチョコレートという菓子を贈ると相場が決まっている」 それを聞くと、げんなりした様子で一つため息をつくランサー。 「……どうした?」 「いや…女の方から言われんと分からんのか、今の男は? だとしたら軟弱な男が多い世になったものだと思ってな」 ランサーのそんな科白にアーチャーはふ、と笑みを漏らす。 「……皆が皆、君のように女の父親を殺してまで妻を娶るものではないのだよ」 すると今度はランサーの方が嫌そうに舌打ちをする。 「随分と昔の話を……しかし貴様は嫌になるくらいオレのことを知っているな」 「……君は自分がアイルランドの民にしか知られていないとでも思ったのか? だとしたら認識不足だろう。君の名は魔術師であれば知らぬものはいないだろうし、何より様々な伝承が残っているのだからな」 もっとも、その伝承こそがランサー……クーフーリンを英霊の座に留めているのだが。 皮肉めいたアーチャーの言葉を激さずに聞き流したランサーは、くるりと背を向ける。そして首だけで振り向くと楽しげに口を開いた。 「いや、面白い話を聞かせてもらった、アーチャー」 「……用が済んだら迅く去りたまえ、ランサー」 言われなくてもそうするさ、と足音一つ立てずに屋根の縁まで進んだランサーは、最後にアーチャーと真正面から対峙した。その姿勢に思わず自らも姿勢を正すアーチャー。けれど、 「お前…この時代の、この国の魔術師だったんだな」 そんなランサーの科白にアーチャーはランサーをまじまじと見つめる。 「…………」 「この時代の、この国の風習に詳しい、そしてオレのことに詳しい……だとしたらお前の正体はそれしかあるまい?」 この場合の沈黙は肯定なのか、口を噤んだまま微かに気を立てるアーチャーにランサーは笑みを浮かべると、 「安心しな、マスターに言うつもりは更々ねえよ。テメエとはサシで勝負つけるつもりだからな」 それだけを言って姿を消した。後に残されたのは、半ば呆然とした赤い弓兵が1人。 「……私としたことが……」 アーチャー……英霊エミヤはぽつりと呟くと、下から自分を呼ぶ主の声に耳を澄ませた。どうやら作っていたチョコレート菓子を食べろというようだ。仕方がない、と口にしながらもアーチャーは屋根を下りていった。 ・END・ こちらも初書きアーチャー(笑)。Fate男性キャラのトップを走りつづける人なので、いかにカコヨク書こうか! と着合い入れて書いたらば「カコよすぎ」というツッコミが、おかしーなー(笑)。書き終わって微妙に槍弓ちっくだったので、思わずリベンジしたら弓槍もいいかもー、なんて思い始めたんだよねえ……。 |