教会近くの洋菓子職人


「……やはりここか?」
「ん? 何か用か…?」

 それは冬木教会の裏手。
 衛宮邸の屋根から一夜が明け、再び赤と青の英霊は相見えていた。状況が違うとしたら、昨晩アーチャーのテリトリー内に入ったのがランサーだったのに対して、今度はランサーのテリトリー内にアーチャーが侵入している形になっているということだろう。
「少しでも魔力の散逸を抑えるためには霊体になっていた方がよかろうに」
「別にテメエに言われる筋合はねえよ……で、何の用だ。あの夜の決着を付けに来た…というわけではなさそうだが」
 魔力を巡らすこともなく、両の手に夫婦剣を握っているわけでもない。何かを手にはしているようではあったが、ランサーの戦士としての勘から言えば取るに足らないものでしかないようであった。
「これを渡しに。甘いものは嫌いではないのだろう?」
 アーチャーが手にしているのは、白いシフォンの包装紙に袋口をピンクのリボンで縛ってある小さな包み。
「……確かに昨日と同じ匂いがするな……」
 まさに狗並みの嗅覚を発揮して、アーチャーの差し出してきた包みの招待を看破するランサー。けれどそこで怪訝そうにきっぱりと疑問をぶつける。
「で、なんで貴様がオレに菓子を持ってくるんだ?」
 彼の記憶では、女が男に菓子と共に恋心を伝えると聞いたはずだったのだが。
「……ああ、言い忘れていたが半ば世話になった人物へ礼の意味を込めて菓子を贈る行事にもなっているのだよ、バレンタインデーというのは」
「……それも当てはまらないと思うのは、オレの気のせいか?」
 それとも「殺し合う」というのも「世話になる」というのだろうか。ちょっと考えたランサーだったが、その包みの正体に興味がまったくないかというと嘘になる。
「まあ…食欲をそそる匂いであることは確かだ」
「ならば試してみるのも悪くはなかろう?」
 その紅の瞳に好奇心を浮かべたランサーは、寄りかかっていた古木から身体を起こすとアーチャーの方へと歩み寄っていった。

「へえ、これが……?」
「ああ。食べてみたまえ」

 じゃ遠慮なく、と広げられた包みからハート型のチョコレートを摘むと口の中に放り込むランサー。軽く咀嚼してごくりと飲み込む、そんなランサーの様子を見つめるアーチャー。ややあって、口を開いたランサーの第一声は、
「甘いっ…甘すぎる!」
 渋面を作って抗議するランサーにアーチャーはぷ、と吹き出して、
「この時代の人間でなくてよかったな、ランサー。もしこの時代の人間であれば…君のことだ、バレンタインデーにはチョコレートの海に沈んでいたことだろうよ」
 心底楽しそうな表情で笑うアーチャーに、ランサーは情けなさそうな顔で「勘弁してくれ」と呟くのがやっとだった。そんなランサーを見ながらくつくつと笑い続けるアーチャーにランサーは何とか反撃を試みようと口を開いた。


「しかし、これだけ甘けりゃ毒を盛られたところで気付けねえよ。つくづく平和ボケしてんな、この時代はよ」


 その瞬間、しつこいくらいに笑いを浮かべていたアーチャーの表情が改まる。そのあまりにも急激な変化に、ランサーもまた瞬時に対応する。
「……おい………?」
「流石だな、ランサー」
 そんなアーチャーのセリフから察せられることは一つ。
「………………」
 油断した、とランサーは心底自分の軽率な行動を呪った。友好的な態度を見せてこようと、所詮は潜在的な敵同士なのだ。敵対心を露わにしてくる相手には同様の敵対心を持って対峙するランサーだったが、友好的な態度をみせられると途端に心を許してしまう。生前からの悪い癖だ、そう思ったところで既に起こってしまったことはどうしようもない。
「テメ…っ……一体何を……!?」
 ランサーの問いには答えず、アーチャーは「頃合いか」と呟くとランサーの真正面に立ってその瞳を真っ向から見つめた。
「どうだ、ランサー?」
「……どう、って……だから何をッ…!」
 どくん。
 ランサーの胸の鼓動が早くなる。それを見越したかのように、
「……ああ、まるで早鐘を打っているかのような心臓の鼓動だな、ランサー」
 アーチャーは口唇の端だけで笑うと、ランサーの様子を愉しそうに眺めている。
「胸の高鳴り、というやつだろう? 安心したまえ、菓子に入れたのは毒薬ではない……媚薬だよ」
「な……!!」
 どくんどくんと心臓だけでなく、身体中が脈打つ感覚に囚われてしまったランサーは、一歩も身動きがとれない。そんなランサーをいいことにアーチャーはランサーの顎に手をかけるとクイ、と上を向かせる。
「……もう、私に触れて欲しくて仕方ないのだろう?」
「っ……誰、がっ……!」
「そういう強がりが却って私の嗜虐心に火を着けるのを、君は知らないのか?」
「……るせっ! 放せ、よ……!」
 近づいてくるアーチャーの顔を見たくなくて固く瞼を閉じたランサー。そんなランサーの様子を楽しみながら、アーチャーは耳元へと口唇を近づける。目を閉じてしまったランサーにとって、耳元で感じる感覚は大きい。すう、と小さく息を飲む音が聞こえると、ランサーは両の拳までしっかり握って身構えてしまう。すると、




「冗談だ」




 それまでの重苦しい雰囲気を断ち切るかのように、アーチャーは毅然とした声で言った。呆然としてしまったランサーであったが、徐々に理性が戻ってくると感情のボルテージも急速に上昇してくる。
「こ……のヤロ…っ……!!」
 殴ろうと腕を振り上げてはみたものの、すでにアーチャーはランサーのリーチ内から消えうせていた。最速のサーヴァントをも手玉にとるほどの速さで。
「ははは……これで昨日の件はおあいこだな」
「なーにがおあいこ、だ! フザケんな、コルァ! 今すぐ『刺し穿つ死棘の槍』解放してやっから、こっち来やがれ!!」
 ぎゃーぎゃーと騒ぐランサーをいいことに、その距離を広げていくアーチャー。すでにその姿は米粒ほどにまで遠ざかっている。


「畜生っ! 覚えてろっっ! 絶対にテメエはブチ殺してやるからな! 覚悟しとけっっ!!」
 夜空に響き渡るランサーの叫び声はまさに「負け狗の遠吠え」そのものであったことは、気が付いてはいても口に出してははいけないことであるのは言うまでもない。

・END・

 というわけで弓槍(笑)。こういかに冷静冷徹を装って(ここがミソ)槍をいじろうとする弓、はワタシにとって弓槍の理想。内心は嫉妬に近い憧憬を槍に対して抱いている弓というマイ設定なもので。弓さんは内面書き出したら止まらないと思われますので、あまり深入りしないようにしなくては……って、Fateの登場人物って皆そうか(笑)。


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