ヒメゴトはじめ  1




「は〜〜、つっかれた〜〜〜」
「何ですか、行儀の悪い!」


 あと数時間で元旦も終わるという闇の中。
 先に家の中に入り、やわらかベッドにフライ・ダイブして突っ伏したランサーを、後からやってきたバゼットが叱る。
「だってよー、あのキモノとか言う服、めちゃくちゃ苦しかったんだぜ」
「………それは……否定しません」
 こほん、とご主人様風を吹かせる女に、彼女よりほんの少し年若に見える女は甘えるような声を出してご機嫌を取ると、そのままベッドの上でゴロゴロと転がっている。
 その姿はどうみても猫。それも豊かな毛並みに艶を纏い、しなやかな肢体を存分に見せ付ける血統書つきの貴猫。放っておけばそのうちみゃー、と甘い声で鳴きだしそうな素振りである。

「………貴方が狗ではなくて猫だということは初めて知りました」

 生真面目な口調で続ける主に、少女は上目遣いに誘うような秋波を送りながら反論する。
「仔犬だって毛布にじゃれるじゃねえか。特に母犬や飼い主の匂いがついてるヤツは大好きだぜ?」
 と。
 そんな雌の猛犬の言葉にそうだったでしょうか、なんて顎に手を当てて考え始めてしまうバゼット。それをスキあり! と瞬時に立ち上がって腕を伸ばしたランサーは、そのままサーヴァントとしての力で持って女主人を寝台の方に引き込んだ。

「わ、な、何を……!」
「いいから! おとなしくしてろって」
「ちょ、ど…ときなさいっっ!!」
「やなこった」

 ベッドにうつ伏せにしたバゼットの腰の上に跨ると、ランサーは軽くもがく主の肩甲骨辺りにぐり、と両の親指をめり込ませた。
 
「っ!!」
「うわ…凝ってるな………」
 
 二三度ぐり、ぐりと揉み解すようにして指で圧力を加える。肩甲骨から背骨に寄せて、肩甲骨を中心に右の指は反時計に、左の指は時計の回りに合わせるようにして。一見華奢な少女の指は、シャツの外から女の肩に深く抉るようにして沈んでいく。
「………あ、そこ…………」
「ん? ココ?」
 肩甲骨付近から腕の付け根の方へ。多少力を緩めた指が優しく解していく感触に、さっきまで抵抗していたバゼットがあっという間に陥落していく。
 
 
「ええ……そこ……。はぁ、ぁ………き、きもちいいです………」
「やっぱりな」
「はい………あ…ぁぁ、すごい…………」
「ふうん。じゃココも?」
「は、ふぅん……っと……、そこ、もっと強く……………」
「こっちは?」
「ぁ……ぁん、だめ……そこも……………」
 
 
 聞けば聞くだにピンク色な声を上げ続けるバゼット。
 本来なら、いくらぶらさげているモノが大きくても肩凝りとは縁のないはずの彼女なのだが、この時ばかりはある事情があったのだった。






「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」

 そんな声が繰り返され、途切れることのない藤村邸。
 幾種類かの薬草の香り、搗きたての餅の匂い、そして醤油やら味醂やらの調味料の香りが優しく立ち上る邸内は、豪華絢爛な食卓の様子を伺わせる。新年の祝い事というのは、どの時代どこの国であろうと共通のもののようだと、邸内を歩きながらランサーは楽しげに頬を緩ませていた。
「あ……こりゃ海老かな? なんか、贅沢なソース塗って焼いてんのかな………すっげー美味そう」
「……そ、そうなのですか? ……食欲を促す匂いというのはわかるのですが…………」
 小鼻をひくひくとさせながら、匂いだけで既に新年の目出度さを楽しんでいるランサー。それに対してバゼットはというと、今一つ自身なさげな素振りで傍らの少女を真似て鼻をひくひくとさせる。
「流石、大河の姉さんのとこの新年会だな。こう、パーッとした元気のいい華やかさが料理にも出てるみたいだ………あー、しかし美味そう」
「……いきなりガツガツするようなことがあってはいけません。こういうのは、風情を楽しむものであって……」
「…………………」
「…………な、何です?」
 じっ、と真横から僅かに見上げる体勢の少女にたじろぐバゼット。心の中で半歩だけ後退した、そんな彼女を見計らったかのように、
「いや、アンタの口から風情なんて言葉が出てくるとは思わなかったから」
 と、半ば真剣に本気をこめてランサーは呟いた。瞬時に険呑な色をその瞳に纏うバゼットだったが、普段の行動が行動だけにやはり説得力がない。
「そ、そんなことはありません! 料理とは目で楽しみ匂いで楽しみ最後に味を楽しむ………」
「バゼット」
 明らか過ぎる出典を用いて、やたらと意味もなく力説する麗人。
 対して、少女は一つ溜息をつくと横に並んで前を向いたままの姿勢でぽん、と傍らの女性の肩に手をおいた。


「……………すみません」

 
 しゅんと項垂れるバゼット。
 けれど、トドメを刺したランサーの方はというと、晴れやかな笑顔を向け、肩に置いた手は、いつの間にかバゼットの手を掴むようにして握っている。行こう、と語りかけるように。
 その笑顔に返すようにバゼットは微笑みを浮かべ、握られた手を軽く握り返すとその足を進め始めた。


 だが、
 そんな2人が板張りの廊下を進んでいると、いきなり空いた襖から不思議な物体がにゅっと伸びる。狙い過たず、その物体は2人を捕らえると、

『え!?』

 と思う間もなく、室内へと引き込んでいった。



>続く

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