仮面ライダーリュミエール 第三章「Turning Point」


第十五話 「動き出す関係」





昼休みの屋上、ここに大宮 健斗は呼びだされた。
彼の前には呼びだし主の斉藤 あかねがいたが、様子がいつもと違っている。

普段の気の強そうな目はそこにはなく、戸惑いや恐れなど、色々な感情がブレンドされていた。
所在無く視線は泳いでいる。慎重に見れば、胸の前で作った握り拳が震えているのも分かる。

「あかね・・・話って何だ?」
「・・・!」

既に両者が無言のまま向かい合って十分は経つ。

昼休みが普通の休み時間より長いと言っても、限りはある。
このままずっと黙したままでいても、何も動きはしない。

当然、それが分からないあかねではない。

心を落ち着けるのに十分、時間は割いた。後はそれを言葉にするだけ。
ゆっくりと健斗の目に合わせた視線はさっきまでとは打って変わって、決意の籠もったものだった。

「あのね・・・健斗君・・・」
「・・・ん?」

若干あかねの変化に驚きはしたが、健斗は平静を持って応える。
幼馴染の少女の小刻みに震える唇から、緊張の混じった声が発せられた。


わ・・私・・・け、健斗君のことが・・・好きなの!


遂に言い切った。

心臓は津浪が起こったように荒れ狂い、呼吸が整わない。
足は頼りなく震え、今にも崩れ落ちそうなほどだ。

一方、告白を受けた健斗はしばらく頭の回転が鈍ってしまっていた。
思考が追いついた途端、今度は健斗の視線が珍しく泳いでしまう。


あかねは健斗がどんな答えをだそうとも、それを受け入れる覚悟でいた。
逃げたりしない。無二の親友が与えてくれた機会なのだから、安易な逃げなど許されない。


「健斗君の答え・・・聞かせて・・・」
「・・・・・」

今度は健斗が黙りこくる番になった。
空に流れる雲のように、自分も流れてしまえばどれだけ楽なのだろう。

だが、あかねは勇気を振り絞って自分などに思いの丈を全てぶつけてくれた。
なら、自分もそれに応えよう。健斗の口が徐々に開かれる。


・・・俺は・・・・










あかねと健斗が戻ってきたのは、昼休みが終る十分前だった。
それまで机にナマケモノのようにだらけていた海が、一瞬で復帰する。

「お二人さん、どこ行ってたのさ?」

自然にセットされた金髪を弄う海に、あかねは優しく微笑んだ。
あまり見慣れない幼馴染の笑顔に、海は頬を赤らめ戸惑ってしまう。


・・・・健斗君に告白したの。


声量は抑えていたはずなのに、教室内の喧噪が一瞬で静まり返った。
時間の流れからこの教室だけが切り離された錯覚を、教室内の全員が感じただろう。


な、ななななななななんですとーーーーーーー!?!?


元の喧噪を戻すキッカケになったのは、髪を逆立てんほどまでの絶叫を上げた海だった。
成美は声こそださなかったが、キョトンとして驚きを表している。

教室内の生徒たちは再び各々の会話に戻ったが、やはり成績学年一位のクラス委員長の告白が気になるのだろう、
会話の折々であかねへと興味津々と言った視線を向けていた。

「そ、そそそ、それで、どうだったの!?」
「うん、それがね・・・」

一旦言葉を区切り、眼鏡を人差し指で押し上げる。

照れた笑顔が普段は見慣れないだけに、余計に可愛く見えた。
周りのクラスメートも滅多にない、中には初めて見た委員長の照れ笑いに若干戸惑っている。

皆、あかねの普段とは違う姿に注目する余り、健斗に目が殆ど向けていなかった。
彼が何か言おうとしているが、言えずにいる歯がゆい顔をしているのに気づけたのは、成美ただ一人だけだろう。


フられちゃった。


疲れたようで、しかし何か成し遂げたような表情は、とても晴れ晴れとしている。
とてもフられて気落ちした様子は感じられない。

「健斗君、他に好きながいるんだって。」

あかねは事実をありのまま、しかもそれで救われたも同然に話すが、健斗はさっきから
顔を俯けてばかりだ。やはり自分が断ったことを話されるのは堪えるのだろう。

「あかね・・・その・・・・」
「あ・・・ごめんね。」

慌てて、あかねも言葉を切る。

「あかね・・・いいの?」
「・・・うん。これで良かったんだよ。」

どこまでも晴れやかなあかねの答えに、思い詰めた顔の成美もようやく笑顔になる。

健斗も少しは平静を取り戻したが、ここで海が何やら呟いているのに気づいた。
何をと尋ねる前に、金髪の少年は何の前触れもなく明るくなる。

「やー!そうか、そうか!健斗はあかねちゃんをフったのか!たく、憎いねぇ!
 あかねちゃんみたいに可愛いをフっちゃうなんて、お前も罪な男だ!」
「はぁ?」
「・・・海君?それって、どういうこと?」

金髪の少年の意図が全く読めない発言に、健斗とあかねの表情が変わった。
二人が猜疑の籠もった視線を向けているのに気づいた海は、ワザとらしく口笛を吹く。

「んにゃあ、何でもないって!何でもないからさ!なはははは!」
「・・・訳分かんねぇ。」

はぐらかす海に二人とも呆れた溜息しか吐けず、成美はそんな三人に苦笑する他なかった。










放課後の自習室。

いつもはこの時間になると、成美と藤子が図書室と一続きになって
いるこの教室を、クリーチャー対策の為に利用するのがほぼ日課になっていた。

藤子はまだホームルームが終ってないらしく、ここにはいない。
代わりに、成美の隣では茶髪のストレートに眼鏡の少女が仲良く腰かけていた。

「成美って、いつもここで藤子先輩と対策を練ってたんだ。」
「うん。今まで黙ってて、ごめんね。」
「いいの。それに、謝るなら、私の方が成美や先輩にいっぱい謝らないと・・・」

小さく握り拳を作り、胸の前に置くその姿は、まだ心が痛むのを必死に抑えている姿を連想させる。

「私の心が弱かったから・・・あんな事態を招いちゃったんだし・・・」
「あかね・・・」
「でも、もう大丈夫だから。私、成美がビックリするぐらい強くなるよ。」

決意と自信に溢れた目が、眼鏡越しでもハッキリ分かる。
前へ進むという意思あるあかねの笑顔は、成美にとって大きな助けだった。

お互いに笑顔のまましばらく静寂が続いたが、成美は昼休みの件を思い出し、
丁度いい機会なので、あかねに尋ねてみることにした。

「あかね。その・・・昼休みのことなんだけど・・・」
「健斗君にフられたこと?・・・私は、これで良かったって思ってる。」
「え?」

かなり年季の入った蛍光灯をぼんやりと見上げ、あかねは優しい声色で語りだす。


「本音言うと、自信なかったんだ。告白が成功しても、健斗君と一緒にいられる自信が。
 だから、これで良かったんだよ。これでちゃんと踏ん切りもついたしね。」


「・・・それでいいの?」
「うん。お陰で、ちょっとは勇気が持てた。でも、成美にはまだまだ敵わないよ。」

眼鏡をずらさぬようゆっくりと天井に向けていた顔を下ろし、照れ臭そうな笑みを隣の少女に向けた。

「勿論、成美との約束はちゃんと守る。私にできることがあれば、喜んで手伝うから。」
「うん!」

照れて少しだけ上ずった声に、成美の元気な返事が返ってくる。
久々に心から安堵して笑えた気がした。

互いに同じ気持ちを抱いた時、自分たちの方へと足音が近づいてくる。
自習室に入ってきたのは、左手に包帯を巻いた乳白色の綺麗に外にはねた髪を持つ少女だ。

「あ、藤子先輩。」
「成美ちゃん。それに、斉藤さんも・・・」

意外と言った顔になる藤子に、今度は一転して怯えた顔であかねは立ち上がった。
しかも、いきなり前触れもなく頭を垂れる。これには成美も驚かされた。


藤子先輩、本当に申し訳ありませんでした!今回のことは、全部私の所為です・・・
許されるとは思ってません・・・でも、ただ一言、こうして謝らせてください!



下手すれば周囲にも聞き取れるほどの声量をお構いなしに、あかねは自責の念を籠めて頭を下げ続ける。
何を言うべきかと思ったが、謝る少女の隣で悲痛な顔をしている黒髪の少女を見て、何を言うかはすぐに決まった。

藤子は体まで震わせて頭を下げるあかねの頭に、そっと手を置いてやる。
途端、反射的に体が反応し、恐る恐る顔を上げると、そこには全てを安らかにさせる慈愛に満ちた笑顔があった。

「斉藤さんが反省しているのなら、私から言うことは何もない。それよりも、今後のことが大事でしょ?
 少しでも悪いと思っているなら、これからは力を貸して欲しいの。」
「は、はい!」
「うん、いい返事ね。」

理解ある先輩も許してくれた。それだけで、成美もあかねも
心が躍りだしそうなくらい喜びで舞い上がってしまいそうになる。

歓喜と安堵の入り混じった顔の二人を微笑ましく眺め、藤子は近くの椅子に腰かけた。

「それじゃあ、斉藤さんという頼もしい仲間もできたことだし、今後のことでも・・・」
「あ、あのぉ・・・藤子先輩・・・」
「なに?」

普段からは信じられないくらい弱々しい声があかねから発せられたのには、流石に藤子も言葉を打ち切らねばならなかった。
恋人と接するように頬を赤く染め、胸の前に持ってきた指が忙しなく動き、それが少女の今の複雑な心境を物語っている。

「その・・・差し支えなければ、私もちゃん付けで呼んで欲しいなって・・・できれば、下の名前で・・・///////////」

思いがけぬお願いに、しばし藤子の目が白黒する。
しかし、次には面白そうに微笑み、うんと頷いた。

「あかねちゃん。これでいいかしら?」
「は、はい!ありがとうございます!」
「良かったね、あかね。」
「えへへ・・・/////」

今日のあかねは本当によく表情を変える。まだどこかぎごちなくはあるが、それでも
今まで無愛想そのもので通してきた少女には大きな変化と言えよう。

この和やかな空気に浸りつつ、そろそろ流れを真面目な方向へ変えようと口を開こうとして――


藤子ーーーー!どこにいるのーーー!?藤子ーーーーーー!!


威勢のいい怒声が離れたこの自習室にまで届き、結局、話題は変えられなかった。
それも、自分の名前を喚き散らすというおまけ付きだ。これには藤子も頭を抱えたくなる。

怒号を発する人物―花形 柚子が図書室の奥の自習室まで来るのに、そこまで時間は要しなかった。
綺麗にウェーブのかかったブロンドの生徒会長は、派手に握り拳を作り背後には火の柱まで見えるほど怒りを露にしている。

見つけたわよ藤子!さ、今すぐ病院に行くわよ!
「あ、ちょっと柚子!そう怒らないでよ。どうしたの?」
「“どうしたの?”じゃないわよ!そんな怪我しておいて、また何か無茶する気!?」

忘れていた事実を直視させると言わんばかりに、包帯の巻かれた左手を指差す。

「成美ちゃんも斉藤さんも、藤子がどんな無茶したか知らない!?」
「え・・・そ、その・・・」
「私たちは・・・えと・・・」

言葉に詰まる二人に助け舟とばかりに、藤子がやんわりと柚子を制す。

「ダメよ、柚子。あかねちゃんはちゃんと下の名前で、ちゃん付けで呼ばないと。」
「え、そうなの?じゃあ、あかねちゃん。」
「・・・・//////////////」

藤子と柚子という、この『楠木高等学校』の有名人二人にちゃん付けで呼んでもらえて、嬉しくないはずがない。
あかねは照れて薄く桃色に染まった頬を見られるのが恥ずかしくて、隠すように顔を俯けてしまう。

あまり見慣れないあかねの変化に最初は柚子も少し驚いたが、見ている内に可愛らしく思えたのだろう、
今まで怒っていたのが嘘のようにやわらかい笑顔を見せた。

しかし、そこで藤子にはぐらかされたと気づき、また柚子の顔が憤怒の形相になる。

そうじゃなくて!とにかく、藤子は今から私と一緒に病院に行くわよ!」
「別に、柚子と一緒じゃなくても、一人で大丈夫よ。」
「よくない!あなた一人で、またそんな怪我したら大変じゃない!」

意思が固いどころか、藤子を病院へ連れて行くのが自分に与えられた使命と思い込んでいる節が感じられる。
これには藤子も困り果て、どうするかとまだ口酸っぱく病院へ連れて行くと騒ぐ柚子を前にして、思案に暮れていた。


「あ、あの、柚子先輩!」
「私たちが藤子先輩を病院まで送ります!」


柚子の怒声に比べれば遥かに小さい訴えにも関らず、この喧噪をぴしゃりと止めてしまった。
楠木高等学校の二大有名人は揃って狸に化かされたような顔になる。

「えと、私たちが藤子先輩を無事に病院まで送り届けます!」
「それならいいですよね、柚子先輩?それに、先輩まだ生徒会の仕事が残ってるから、私たちに任せた方がいいと思いますけど。」
「え?ん〜・・・まぁ、成美ちゃんとあかねちゃんが一緒なら、さすがに藤子も暴れたりしないわよね・・・」
「いつ私が暴れたのよ・・・」

言いたい放題な柚子の言い分に、藤子も堪らず溜息を吐いてしまう。

額にワザとらしく手を当てて思案――と言っても、ものの数秒ほどだが――するが、答えは割りとすんなり出たらしい。
軽く頷くと、柚子は提案者の少女二人に威勢よく振り向いた。

「うん、それがいいわね。じゃ、二人とも、藤子を頼んだわよ!」
「「はい!」」

二人は元気に返事をすると、早速、藤子を連れて自習室を出て行く。
彼女たちの後姿を柚子は目線だけをその方向に向け、さっきまでの太陽の明るさを
思わせる笑顔は何処へやら、途端に無表情に変わった。


「いくら藤子でも、成美ちゃんとあかねちゃんが一緒なら無茶しないよね・・・」










東条 海が校門から出てきた成美、あかね、藤子を目撃したのは全くの偶然だった。


特に何するでもなく学校で時間を潰し、いい加減、飽きたので帰ろうとしている時のこと。
いや、もしかしたら何かに期待して、こんな時間まで待っていたのかもしれない。

見かけた途端、何故か心底仰天して顔が引き攣り、近場の木に身を躍らせ影を潜めた。
木陰からそっと顔を覗かせると、三人が仲良く談笑しながら歩いてくる。
三人は海が隠れていることなど気づくはずもなく、そのまま通り過ぎ、どんどん歩き去って行く。

「な、何してるんだ俺はー・・・・」

我ながら情けなくなるような行動に、呆れ果てた溜息しか吐けない。
天然パーマの金髪をむしゃくしゃして弄い、またこっそりと通り過ぎた三人の後ろ姿を覗き見る。

「これじゃ、まんまストーカーみたいだ・・・ダメダメじゃないか・・・」

穴があれば入りたくなるほどの羞恥と自責の念に駆られたが、心臓は異常な興奮を覚えたように荒れ狂っていた。
正直な話、胸が痛すぎてしょうがない。今にも掻き毟りたくなるぐらいだ。
それにさっきから頭には、ただ一つの言葉だけが賛美歌のように心地よく、呪文めいた魔力を持っていた。


・・・・健斗君に告白したの。


その声が響いてくる度に心拍数は馬鹿みたいに跳ね上がり、呼吸困難に陥りそうになる。
どうにか胸の前で握り拳をしっかり作り、何度も何度も深呼吸して、ようやく普通に動けそうな状態にまで戻した。

もう三人の姿は点ほどまで小さく遠ざかっている。
握り拳をより一層、強く握り込み、自らの固い決意を今まさに言葉にして、揺ぎ無いものにしようとしていた。


あかねちゃんだって勇気だしたんだ・・・・お、俺だって・・・・!


石の柱のようになっていた足が動き、歩をどんどん進ませる。
走るでなくしかし歩くでない、駆け足ほどの速さだが、三人の姿が次第に大きくなっていく。

途端に、また歩みが止まりそうになるが、弱りかけた脆弱な心に鞭打ち、より一層、歩を進めていく。

三人が左に折れ曲がる。海はそこを好機と睨んだ。

曲がりきった時が、いよいよ行動に移す時になる。
そう考えると、また心拍数が高まりを見せた。だが、今更引き返す訳にはいかない。
自分は男なのだからと必死に言い聞かせ、さらに力強い一歩を踏みだし、三人の後を追うべく左折した。


「どわ!?」


しかし、丁度向こうからも誰かが来ていた為、鉢合わせどころかその誰かと正面衝突する破目になってしまう。
かなり激しくぶつかった為に体勢が崩れてしまうが、すぐに持ち直した。

「ごめんなさい!その、急いでて、前ちゃんと見てませんでした!」

これでも海は見た目からは想像できないくらい律儀な人間だ。
今のように迷惑をかけたら、すぐに謝る。そのお陰なのか、彼は逆恨みを殆ど買うことはない。

海は誠心誠意に頭を下げ続ける。本当は一秒でも時間が惜しいのだが、迷惑をかけたのは
自分だからと、相手の理解を得ようとする姿にはどこか感服するものがあった。


恐る恐る見上げてみて、海は少し驚いた。

その人物は夜の暗闇を思わせる黒装束に身を包み、顔もフードを目深に被っている所為で、
素性は全く分からない。闇がそこに立っているのではとさえ思えてくる。


オ前・・・・面白イナ・・・・
「へ?お、俺ですか?」

随分と年老いたような声が闇から聞こえてきた。
何を言われたのか分からず、これは芸能界か何かのスカウトなのではと海は考える。
声に比例して、少年の顔に突きだした指にも異常に皺があった。

オ前ハ、役ニ立チソウダ・・・試サセテモラウゾ・・・
「あ、あのー・・・さっきから何を・・・」

黒装束の者の意図する所が全く読めず、流石に海も首を傾げてしまう。
少し苛立った声になり、思い切って黒装束の者に問い詰めようとして、


「え?」


目の前を黒い靄が包み込んだ。










藤子を病院まで送り届け、診察もすぐに終った。
怪我の回復はすこぶる良好で、この分ならもうすぐ完治するとのことだ。


喜びに浸る間も無く、病院へと続く街路樹に邪悪な赤が差し込んだ。
光は姿なき影を生みだし、影は次第に現実味を帯びてくる。


例えるなら、深緑の体色を持つ巨大な亀と言えばいいのか。

白い双眸が少女たちを睨みつけ、口元から生えた鋭い牙が獲物を求めて不気味に光る。
身体の各所は甲羅によって守られ、並大抵の攻撃は寄せつけないのは目に見えて明らかだ。


クリーチャーは雄叫びを上げながら突進を敢行する。鈍重な動きながら、非常に力強さを感じる。
藤子を近場の木陰に非難させると、成美とあかねは即座に変身し、クリーチャーへと勇敢に立ち向かった。



「くぅ・・・!」
「う・・・・なんてパワーなの!?」
ゴロロロロォ・・・!!

リュミエールとプリュムが力を合わせて真正面からクリーチャーとぶつかるも、
突進の速度を遅らせただけで、止めるには至らない。むしろ、二人のライダーは少しずつ後ろに押されている。

ゴォォオオオオオオッ!!!
「きゃっ!」
「うっ!」

短い指ながら、その握力たるや二人を掴んで放さず、剛力は軽々と宙に投げ飛ばすほど。
リュミエールはしっかりと地面に着地し、プリュムは羽を展開させ空へと舞い上がる。

今度はこちらの番と、高速の拳が顔面にめり込み、空からはレイピアの剣戟が見舞われた。
並のクリーチャーならそれで怯んでしまうが、亀クリーチャーは両腕の甲羅で防御体勢に入り、攻撃を完全に防いでしまう。

一向に効いた様子のないのに、次第に二人を焦らせていく。

ゴロロォォオオオオオオオオオッ!!!
「きゃああっ!」
「あかね!あぐっ!?」

予想だにしない攻撃が二人を襲った。

両腕のバックラーとも言うべき甲羅が、いきなり噴射されたのだ。
甲羅からは勢いよく棘が生え、完全に不意を突かれた二人はまともに攻撃をくらってしまう。

滞空していたプリュムも地に伏せられ、リュミエールも地面に打ちつけられる。
両者の装甲には無残な亀裂が刻まれていた。

「強い・・・!」

思わず吐き捨てるが、その通りなのだから余計に辛い状況だと思い知らされる。

甲羅を再び腕に装着したクリーチャーが、ゆっくりと自分たちに歩を進めていく。
重さの所為で地面が沈むのが、よりクリーチャーの恐ろしさを物語っていた。

「なら・・・あかね、いくよ!」
「えぇ!」

互いに頷き合い、プリュムは再び空へと舞い上がり展開した羽から光の粒子を撒き散らす。
リュミエールも右脚にエネルギーを充填させ、撃鉄を起こしシリンダーが動いたのと同時に駆けだした。



マグナムライダーキック!!!
セイント・レイ!!!



光の奔流と化して突貫するプリュムと、右脚の銃口から膨大なエネルギー弾を発射して蹴り込むリュミエール。
再び両腕を交差し、甲羅に完全に覆われた形のクリーチャーに、二人の最強技が炸裂した。

「ぐぅ・・・!う・・・くぅ・・・・!」
「うぅ・・・・こ、このぉ・・・!」

しかし、苦悶の声が漏れたのは必殺技を放った二人からだった。

クリーチャーもやや後ずさってはいるが、甲羅にはヒビ一つ刻まれてはいない。
溢れたエネルギーは周辺を破壊し、綺麗に整理された街路樹の木は歪に折れ
花は吹き飛び、今や無残な戦場へと変貌していた。

ゴロロロォオオオオ!!!
「きゃぁああああああ!!」
「うわぁあああっ!」

雄叫びが荒れ果てた街路樹に響き渡り、同時に少女たちの悲鳴が重なる。
二人のライダーの最強技も、このクリーチャーの甲羅を打ち破るには至らなかった。

再び二人は墓場を思わせる、元は綺麗にレンガが敷き詰められていた地面に打ちのめされる。


自分たちにこのクリーチャーを打ち破れるのか。一瞬、プリュムに迷いが生じる。
しかし、リュミエールはその瞳にまだ希望の灯を宿し、真っ先に立ち上がった。



はぁあああああああ!!バレットフォーム!!!



バックルの宝玉が放つ強烈な光に、クリーチャーは思わず目を覆ってしまう。
視界が慣れた時に初めて見たのは、姿を一新させたリュミエールだった。

プロテクターは宝玉の代わりにリボルバーが融合した形状となり、左脚も同じように変化している。
胸部プロテクターは大型になり、肩当ては横だったのが後ろに突起が伸びている。
特徴的な右脚はリボルバーから、ショットガンが融合したものへと大きく変貌していた。


バレットフォームへと強化変身したリュミエールの圧力に気圧され、クリーチャーが
半歩だけ下がる。そのタイミングで、リュミエールは一直線に突っ込んだ。

「てやぁああっ!」
ゴロッ!?

今まで平然としていたクリーチャーが、初めてくぐもった声を漏らした。
驚異的に上昇したリュミエールの右拳が、絶対防御のはずの両腕の甲羅に、凄まじい衝撃を与える。

命中と同時に鼓膜を裂くほどの炸裂音が響き、それほどの威力を秘めていた薬莢が排出される。
それも、一撃では終らない。二撃、三撃と、底知れぬ体力とばかりに一気に攻め立てた。


拳が甲羅を叩く度に薬莢が排出され、轟音が轟く。

そして、クリーチャーは反撃に転じる間も無くどんどん後ろへ押しやられていく。
体重だけでも倍はあろうかというクリーチャーよりも、目の前の小さな戦士は力強い。


そして、遂に決定的な瞬間ときが訪れた。
破れる者はいないと思われた甲羅に、徐々に亀裂が生じていたのだ。

たぁああああああああああああああっ!!!
フゴガァアアアアアアアアアア!?

トドメに見舞った左の回し蹴りは、完全にクリーチャーの甲羅を砕いた。
両腕からは黒い血が噴きだし、折れた手首からは骨が覗いている。

やぁああっ!!
ゴロロッ!?

ダメージは防御した腕だけでなく、身体全体に血液が循環するように浸透していた。

蹴った脚を地面に着けず引き戻し、そこからもう一撃を繰りだすと、左の前蹴りは
クリーチャーの胴体に大きな亀裂を刻み、初めてクリーチャーは地に膝を突いた。

リュミエールは既にトドメの体勢に入り、右脚にさっきとは比べようもないほどのエネルギーの充填を始めている。
深緑の巨躯はダメージが抜けきれず、膝を起こして立ち上がることもままならない。

その隙にリュミエールはエネルギーの充填を済ませ、地に膝を突いたままのクリーチャーへと駆けだした。
防御の要の両腕は見るも無残にボロボロにされ、できるのは眼前に迫る脅威を睨むことだけだ。



デトリュイールライダーキック!!!



触れればそれだけで消し炭に変えられそうなエネルギー弾の雨が、容赦なくクリーチャーの胴体に叩き込まれる。
その内の一撃すらも耐えられず、弾丸の雨はクリーチャーを粉微塵にしてしまった。

千切れ飛んだ腕や脚、頭がその辺に散乱し、そのどれもが原型を留めてないほどに朽ち果てている。
それもやがて精彩を欠いていき、最後は黒い破片となってこの世界から消え去っていた。











コレハイイ・・・マサカ、ココマデノ成果ガダセヨウトハ・・・

フードの奥の闇から、人とは思えないほどしわがれた声が漏れる。
黒装束の人物の前には、“何か”がいた。とても巨大で、存在感は圧倒的だ。


殆どこの人物とは対になるぐらい、“それ”は白いとしか言いようがない。


ライオンをそのまま大きくしたような巨躯。鬣も、体毛も、全てが純白の猛獣。
現存するものと違う点は、身体の各所を骨の拘束具のようなもので覆われている所と、額の不気味に光る赤い宝石だった。

使エル・・・コレハ使エル!俺ノ目的ヲ邪魔シタライダードモ・・・始末モ容易ニデキル・・・!!
ググググ・・・・・・・・・ゴォオガアアアアアアア!!!

最高の芸術品を見た者のように黒装束の人物は両手を広げ感動を体全体で表現し、
それと呼応して猛獣が吼える。空気を大きく震わす雄叫びは、恐ろしくも悲しげな響きを含んでいた。










第十六話 「白獅子」





いつもと変わらず授業は行われ、それを中心に生徒たちは学校生活を送っていく。
もっとも、大半の者たちはそれよりも終わった後の持て余した時間の潰し方に意識を回しているのが普通だ。

無論、それは成美たちとて例外ではなく、今日はどこか買い物に行こうかなどと考えていたりする。
戦いがあることさえ除けば、やはり彼女も普通の女の子なのだ。

いつものように成美はノートを取りつつ、時折眠りこける。
あかねと健斗は優等生よろしく、真面目に授業を受ける。
そして、殆どを居眠りに費やす海。いつもと変わらないはずが、今日は違う。


それは、明らかに海の体調がおかしいことだった。





「はぁ〜・・・・・・・」

今日何度目かを数えるのも馬鹿らしくなる溜息が、また金髪の問題児から漏れた。

海が授業を聞かないことが日常茶飯事とは言え、ここまで変調をきたしているのは初めてのことだ。
普段は気にも留めない教師からも、流石に気遣いの言葉が口からでる。

「東条・・・?どこか具合でも悪いのか?無理せず、保健室に行っても構わないんだぞ。」
「あー・・・でーじょーぶッスよー・・・多分ー・・・・」

頼りない挙手は、より海の容態の悪さを物語る結果にしかならない。


ここで授業終了のチャイムが鳴り響いたのは、教室内の全ての者にとって幸いだった。
教師は早々に授業を切り上げ、教室を後にする。



それでも机に突っ伏している海に、すかさず成美たちが駆け寄った。


「海君、本当に保健室に行った方がいいよ・・・」
「このまま授業受けたって、身が持たないな。俺が連れて行く。」
「んー・・・・しゃーねー・・・・悪ぃ・・・・」

海の不調は想像以上のものだった。健斗が肩を貸さねば、まともに歩きさえできないほどに見える。
相変わらず健斗は寡黙を貫くが、横目に友人を見やる目は心配の色が濃厚なのを少女二人には分かっていた。

保健室へと連れて行かれる、いつも明るく元気な姿が常だったはずの少年の後姿は、嘘のように暗い影を纏っていた。










「失礼しまーす・・・」

なるべく音を立てぬよう保健室のドアを開き、成美、あかね、健斗の順に入室する。

清潔な白いシーツの敷かれた簡素なベッドは何個かあるが、横たわっているのは金髪の少年一人だけだ。
半開きの目が幼馴染たちの姿を認めるが、反応は小さく手を挙げただけだった。

「おー・・・なるちゃんたちだー・・・わざわざごめんねー・・・・」
「気にしないで。ねぇ海君、本当に大丈夫?医者に見てもらった方が・・・」
「んー・・・・そうすっかなー・・・でも、やめといた方がいいようなー・・・・」

口にはださなかったが、全員が同じ考えだった。重症だ。
風邪か何かで体調が悪いと言っても、海がここまで無気力さを見せつけることはない。

「ねぇ海君。昨日、何かあった?」

知る限り、少なくとも昨日まで海は良くも悪くも普段通りだった。
それが今やこうして病人に近い状態。疑問も湧きでない方がおかしい。

心配の色を濃くした顔の成美の問いに、海は目を開けるのも億劫な表情で答えた。

「それがねー・・・なるちゃんたち追っかけてー・・・そこで、変な人にぶつかってねー・・・
 んで、気がついたら家だった。訳分かんないよねー・・・」
「変な人・・・」

自然と意識が海の言う“変な人”に向くのは自然なことだ。
だが、健斗はそれとは別の事柄へと興味を向けた。

「・・・成美たちを追いかけてた?どういうことだ?」
「え・・・?」

健斗によって、あかねから意外と言った声が上がる。
遅れて、成美も海が言葉の中に聞き逃せない内容が含まれていたのを気づいた。

当然、真っ先に気づいたのは金髪の少年だ。

「んえ!?あ、いや、そのさ、一緒に帰ろうって誘おうかとしてたんだって!」

さっきまでの気だるげさは何処へやら、一転していつもの調子になる。
だが、それもこの一瞬だけで、次にはまたグッタリとしてしまう。

この状態でそれ以上の追及が許されるはずも、また叶うはずもなかった。
そこで打ち切り、成美とあかねはいそいそと何かを海に見せる。

それは、二人の手作り弁当だった。

「これ・・・」
「私たちのことはいいから、食べて。」
「ちょっとでも食べておけば、元気もでるはずだから。」

勧められた弁当を前にして、海は学校指定のワイシャツの胸ポケットから、割り箸を取り出す。
彼は他人―主に成美たちだが―から食べ物をもらう際には、いつも持参の割り箸を使っている。

「いただきます・・・」

慎重な動きで、握られた割り箸が成美の弁当箱の中のミートボールに伸びる。

いつもなら鼓膜を破らんばかりの大声と勢いで食材を突くのを、今は嘘のように静かに、ゆっくりと口に運んだ。
噛む回数もいつもより多い。それでも、三人は静かに見守っていた。

「・・・・あー。美味しいー・・・・やっぱ、なるちゃんの料理は美味しいやー・・・」
「あ、ありがとう・・・」

声に力は籠もっていないが、語るのは偽りなき本音だった。
さっきよりも幾分か癒された表情になっている。

次に、海の箸があかねのスパゲティに向けられた。

「あむ・・・うん・・・・あかねちゃんのもうめーや・・・・」

これも一口で平らげる。しかし、口にしたのはそれだけで、それ以上、食指が動く気配はない。

普段なら弁当の中身を丸ごと食べ尽しかねないだけに、この劇的な変化はあまりに痛々しく感じてしまう。
三人の沈痛さを敏感に感じ取った海は、今まで以上に重い表情になった。

「そのさ・・・ごめん・・・今日、ホント変でさ・・・明日には、ちゃんと治すから・・・」
「海君・・・」
「大丈夫だって・・・後で病院も行く。約束するよ・・・」

安心させるべく、海は病院に行くことを約束した。
流石に無理もできないのは、本人が一番良く分かっている。

重苦しい空気を強引に変えるべく、授業開始前の予鈴が口内に響き渡った。

「・・・もう、行った方がいいって・・・ありがとな。」
「うん・・・じゃあ、また放課後にね・・・」

保健室を渋々と後にしていく三人に、海は手を振って応えた。


扉が閉められ、急いで教室へと戻っていく足音を聞き届け、挙げた手が力なく垂れる。

「・・・なんで、こんなに体調悪いんだろ・・・重い病気とかだったらヤだな・・・」

垂れた手は両目を塞ぐ形になる。それは、戸惑いと恐れを宿した瞳を隠すのに一役買う。
ポツリと漏れた呟きは、清潔なシーツを敷かれたベッドで寝ている海以外、聞いている者はいなかった。


まだ・・・何も言ってないし・・・・










授業は殆ど上の空で、教師の声も殆ど耳に入らなかった。
頭には海の容態の心配しか浮かんでこない。

最後のHRまで終えて、成美たちはすぐに保健室まで向っていく。
こういう時に、廊下を走るのは禁止というのは辛く感じてしまう。
なるべく急ごうと駆け足で進んでいく。


しかし、保健室に幼馴染の姿はなかった。





楠木町にある病院は限られている。

駅からも近い、比較的大きめな病院に向うのが一番良いということで、
成美たち三人に下校途中で偶然に会った藤子も加え、四人になった。

「海君・・・どうして一人で行っちゃったのかな・・・」

落ち込んだ声の成美に、乳白色の髪の少女が優しく宥める。

「きっと、一人でも大丈夫だって判断したからじゃないかな?
もう病院に着いて診察を受けているかもしれないわよ。」
「・・・・そうだといいんですけど。」

暗い声色の健斗同様に、二人の少女も表情は不安を湛えている。
横目でそれを見やっていた藤子が、不意に微笑を浮かべた。

「皆、本当に仲良いんだね。東条君を心配している姿とか見ていると、よく分かる。」
「昔からずっと一緒だったから・・・ですかね?」
「藤子先輩も柚子先輩とは仲良しじゃないですか。」

素直な成美の意見に、藤子が苦笑する。

「そうね。柚子は猪突猛進な所とかあるけど、いい娘だよ。」

もしも柚子が聞いていたら、少しムッとした顔になっていたかもしれない。
それを想像すると少し笑みが浮かんでしまい、不謹慎に思ったか全員がそれを噛み殺した。










藤子の予想通り、確かに海は病院までの道程を一人、覚束ない足取りで進んでいた。
一歩進むだけで汗が玉のように浮きでてくるのが、体調の深刻さを物語る。

「はぁ・・・はぁ・・・俺・・なんで・・・・」

“こんなことを”と言いかけて、それを変な味のする唾と一緒に飲み込んだ。
医者に見てもらう方が先決なのに、海の頭にはそれ以上に病院に向うことしかなかった。

病院まで行けばいい。それでけで十分だと頭が訴えかける。
だが、それは自分にとって、何か得体の知れない未知の恐怖が待っているようでもあり、
それがとてつもなく恐ろしく感じられた。

少しでも集中力を逸らすと足が縺れてしまいそうな気がする。
今にも萎えそうな身体に鞭打って、必死に海は進んでいく。



たっぷりと時間を費やして辿り着いたのは、病院へと続く街路樹だった。

病院に明るい表情で行く者など滅多にいない。大体が少し落ち込んだ顔だ。
そんな者たちにとって、ここの丁寧に手入れされた街路樹は少なからず心の休まる一本道だった。


それが、今では酷く荒れ果ててしまっていた。


あれほど生命溢れていた樹木は軒並み根元から折れ、舗装されたレンガ敷きの道の所々が抉れてしまっている。

平和を一瞬で崩すほどの破壊の痕。これはもはや、


「・・・・せん・・・じょう・・・・?


それしか例えようがない。
同時に、自分が口にした言葉に、海はにわかに青ざめる。


行方不明事件を知らない訳ではない。
しかし、それがこれほどの惨状を生むほどのものだと、どうしても否定できなかった。

もはや人間がどうこうできる範疇には納まらないのではないか。
そう思うと、身体の奥底から恐怖で震えてくるのがヒシヒシと実感できた。


「あ・・・・・・」


思わず一歩後ずさった拍子に、視線が僅かに上がる。
金髪の少年の視界の端に入ってきたのは、人の形をした闇だ。


海の記憶は、そこで途絶えた。










楠木町の病院という病院、全てを当たってみたものの、期待した成果はなかった。
もうすっかり日も暮れてしまい、殆どが受付時間を終了している頃だ。

当然、真っ先に海の自宅には電話を入れている。
それでもやはり帰っている様子もなかったことで、全員の落胆は増した。


最初に目的地に定めた病院に、もしかしたらいるのかもしれない。
今、ようやく到着したのかもしれないと淡い期待を寄せ、四人はまたもあの街路樹を通る。

健斗はこのむごたらしい惨劇をまざまざと残すこの一本道に言いようのない
不安を感じたが、それを心の奥に隠ししっかりと鍵をかけておく。

「アイツ・・・心配させやがって・・・」

短い健斗の怒り。同時に、声には狼狽も感じ取れる。
不調のあまりどこかで倒れてしまったのかもしれないと思うと、不安は全員を余計に惑わせてしまう。

流石の藤子も、今度ばかりは下手な慰みの言葉もでなかった。
彼女もまた、三人同様に良くない考えが頭から泡のように浮かんでくる。


「!!」
「!?」


そこに、黒き邪念が成美とあかねの頭に、ノイズの如く駆け抜けた。


気疲れの一切を吹き飛ばし、少女二人はノイズの発生源へと集中力を向ける。
藤子にすれば、それは戦闘準備のカウントダウンとして、同じく警戒心を高める瞬間。
しかし、何も事情を知らない健斗は三人の突然の変化についていけず、口を小さく開けるしかなかった。



今までになく巨大で、恐ろしい邪念。それだけで自分が飲み込まれそうなほどの圧力。
気を張っていなかったら、足が竦んでしまうのが周りに気づかれただろう。


気配はけたたましい雄叫びを上げている。
いや、それだけではない。かなり近づいてきている。


その邪念は既に、


危ない!!!


真上にいた。


燃える夕陽を背にした白い体毛は、恐ろしいほど映えを見せる。
大きさも段違いだ。おそらく、戦った中では最大のものかもしれない。


その総てが圧倒的な殺意の塊のような白い鬣は、まさに強さの象徴。
額の紅い宝石は、血を凝固したもの、或いは暮れてゆく太陽の光を凝縮したと思わせる。

並の人間ほどの大きさはあろうかという爪が、四人の頭上に振り下ろされた。
もしも成美の避難の合図がなければ、四人の肉塊が築き上げられたかもしれない。

全員が慌てて形振り構わず飛び退いたお陰で、奇跡的に掠り傷一つなかった。
代わりに、どこから手を着けていいのか苦しむほど穿たれた地面に、惨い爪痕が刻まれた。


グルルル・・・・グォオオオオオオオオオオッ!!!


獅子(ライオン)。その形容しか当てはまらない。

唸り声と一緒に、不気味に伸びる犬歯が、この猛獣の殺意を表現していた。
白い巨躯も相まって、大きさは倍以上に感じられただろう。

「成美・・・!」
「やるしか・・・ないよ!」

二人に迷いはなかった。
勇みよく獅子の前に躍りでると、成美は左手を、あかねは右手をベルトに添える。


「「変身!!!」」


突きだした右手を払うと、黒髪の少女を暴風が包み込む。
人差し指と中指を綺麗に伸ばした眼鏡の少女には、光が祝福するように注がれる。


地面に散った落ち葉が成美の周りの風が巻き上げた。
そこにいたのは黒髪の少女ではなく、右脚が拳銃リボルバーの戦士だ。
時間にそぐわぬ極光の中から現れたのは、四枚の羽をマントのように靡かせる純白の剣士だった。





「あ・・・・」

喉からでたのは本当に自分の声だったのか。

あまりに非現実的な光景。それが、自分の知っている幼馴染たちが見せつけている。
知らずの内に下がりかけたのを止めたのは、乳白色の少女の、いつになく真剣な声だった。

「あれはクリーチャー。一連の行方不明事件の犯人。そして、成美ちゃんと
あかねちゃんは奴らから皆を守る戦士、仮面ライダー・・・・・・」
「仮面・・・ライダー・・・・?」

聞きなれぬ単語のはずなのに、夢物語と否定したいのに、それは眼前の現実が許さない。
振り返れば、それとなく現実を裏づける不審があった。


かなり前、成美がかなり疲れた様子だったこと。時折、怪我の痕が目立ったこともある。
あかねも何日も休んだりしていた。


それらが全部、あの怪物と戦っていたからだとすれば、辻褄は綺麗に合う。
だが、納得できるかと言えばそれは別だ。

自分の知らない所で、あんな危険な怪物と戦っている。
一歩間違えば死ぬかもしれない恐怖と向き合う少女たちを思うと、拳が固く握られた。


「・・・何でだよ・・・!」





リュミエールは地を蹴りクリーチャーへと肉薄し、プリュムはマントを羽状に展開させ宙を舞う。
白獅子が咆哮と合わせて振るった、殺意を象徴する爪を、咄嗟にローリングでやり過ごす。
鼓膜に届く風切り音が、受ければ惨たらしい結末になるのを脳裏に浮かばせる。

網膜に恐怖として浮かんでくるそれを勇気をだして追い払い、またも地を蹴り疾駆した。
勢いを乗せた跳び蹴りは白獅子の顎に的中する。

苦悶の声を上げてやや退いた所を、プリュムの剣閃が凶悪に煌めく瞳へと走る。
神速の剣戟だったが、鬣同様に立派な尾がそれを阻んだ。

グォオオオオオオオオオオオオッ!!!
「あぐ!」
「成美!!」

巨躯に似合わない俊敏さを持つ爪が、リュミエールを捉えた。
殆どの攻撃を寄せつけぬはずの胸部プロテクターには激しい亀裂が生じている。
宿した力も圧倒的。意識がオンとオフを交互に繰り返し、混濁してしまっていた。



「この・・・!セイント・レイ!!



一筋の光。しかし、触れれば人間など簡単に蒸発してしまう高熱を宿した突き。
まさに光の速さに迫る一閃を、白獅子は顔を背けて回避しようとする。

しかし、プリュムは白獅子の右頬を抉り取った。

グギャアアアアアアアアアアッ!!!
「うわっ!」
「あかね!!」

白い鬣が黒い血に染まる。それは自分の自尊心プライドが傷ついた証拠なのだろう。
恐ろしい速さで振るった尻尾が、“羽”のライダーを荒れ果てた地面へ打ちつけた。



あまりにも強すぎる。たったの一撃で、リュミエールとプリュムの変身は解けていた。
巨大な力を前にして、成美とあかねの心は折れそうになる。

それは藤子も同じだ。絶大な信頼を寄せていた二人のライダーを軽くあしらう敵に、
自分が対峙している訳でもないのに、手が恐怖で震えているのが分かった。

健斗の頭には、こんな惨状は悪夢であって欲しいと祈る一念だけだ。


グルルルル・・・・ググッ!?
「なに!?」
「これは・・・!」

瞬きする間にこの場にいる全員を細切れにしてしまうかと思われた白獅子が、
何かを喉の奥に詰まらせたような苦悶の声を上げた。
それだけでなく、爪が白獅子に起こった苦しみを表して地をガリガリと削り取る。
ひび割れたレンガの道路に、巨大なおぞましい裂け目が刻まれた。

アガガガガ・・・・・オゴァアアアアアアアアア!!ゲガァアアアアアア!!!

巨体が地に吸い込まれるように沈み、のた打ち回る。

“セイント・レイ”の傷などではない。既にそれは驚異の治癒力で殆ど塞がっていた。
真相を知る術など、成美たちにはない。ただこの光景を呆然と、しかし警戒は解かずに見守るだけだ。


グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


苦しみを全身で体現し、暴れ回る。恐ろしい絶叫は大気を裂かんばかりだ。
空気の異常な振動と呼応して、額の宝玉が紅い光を不気味に放つ。

閃光は巨体を飲み込み、目も開けられないほどの極光を放った。





「・・・ウソ・・・・」
「あ・・・あぁ・・・」
「これ・・・何なんだよ・・・・」
「どうして・・・こんな・・・・」

この光が収まらなければ、どれほど良かったのだろうと、誰もが願った。

時間が止まった感覚を抱きながらも、陽は徐々に沈んでいく。
光を失っていく世界は、自分たちの現実を闇に染める合図なのかもしれない。

顔が引き攣り、どんな表情も作れない。この一瞬で喉はカラカラになり、
声などとてもじゃないがでてきそうもなかった。


一瞬だけ風が吹きつけ、舞い上がった砂埃を余計なお世話とばかりに吹き飛ばしていく。
包み隠すものもない恐怖が、そこにあった。恐怖の名を呼んだのは、成美の掠れた声だ。


海・・・・・君・・・・・?


俯いている上に垂れた髪も手伝って、その表情は確認はできない。
だが、あのおさまりの悪い金髪を持つ者など、知る限り一人しかいない。

下がった顔が徐々に上がっていく。人違いであって欲しい。
しかし、その淡い希望も簡単に打ち砕かれる。



白獅子。それは東条 海だった。










第十七話 「交錯」





「・・・・何で・・・・・・」

それはあまりに小さな、現実を拒絶する呻きだった。

これまでになく巨大で雄々しい強敵は、あの赤い光をキッカケに顕現する人間の敵のはずだ。
運命の悪戯なのか、それとも神が与えた試練なのか。恐ろしき白獅子の本性はただのクリーチャーではなかった。


「・・・・何で・・・・海君が・・・・・」


夕陽の赤に映えるおさまりの悪い金髪の少年は、背を丸くし荒い息を何度も吐きだす。
ゆっくりと顔を上げるが、成美たちはとても目を合わせることもできなかった。
殆ど生気が抜けてしまっていて、顔色は重病人と捉えられてしまうぐらい酷い。

「あれ・・・・なる・・・ちゃん・・・?それに・・・・あかねちゃん・・・も・・・・?」

声をだすのも辛いはずなのに、海はいつもの気軽さで話しかけた。

「健斗も・・・・いるじゃん・・・藤子・・・先輩・・・・まで・・・・」

弱々しく右手を上げる動作は、普段の見慣れた挨拶としてあるはずなのに、この時ばかりは心を抉り取る苦しさしかなかった。
このままにしておけるはずがない。堪らず、あかねはまだ身体に走る激痛も忘れて金髪の幼馴染へと駆け寄ろうとする。


来ちゃダメだ!!!


!?

しかし、衰弱しきった身体のどこにそれだけの力があったのか、誰の耳にも残るほどの訴えがあかねの足を止めた。

「ダメだ・・・来ないで・・・くれ・・・・俺・・・・自分でも・・・分かんないけど・・・・あかねちゃんだけじゃ・・・ない・・・・
 なるちゃんも・・・・健斗も・・・・・藤子先輩も・・・・傷つけちゃうかも・・・しれないんだ・・・・!」
「海・・・・君・・・・・・!!」
「逃げ・・・・て・・・・お願いだから・・・・遠く・・・・ぐっ!?

突然、血を吐きだしそうな勢いのくぐもった声が漏れ、それを必死に食い止めようと胸を押さえる。


それこそ指が胸を裂いてしまいそうなほどの力だった。


「今の・・・俺・・・なに・・・・か・・・ヘ・・・・ン・・・・だカ・・・・ら・・・・早・・・ク・・・ニゲ・・・て・・・!」
海君!!海君!!!

徐々に海の声は人のものとは思えぬ、異質なものへと変貌を遂げ始めていた。

何ができるのかは分からない、でも何かしなくてはならない。
その一心があかねの動かなかった足を気力で奮い立たせ、すぐ傍まで駆け寄らせようとする。


ウオォオオオオオオオオオオガァアアアアアアアアアアッッ!!!!





世界を震撼させる雄叫びは、もはや獅子の咆哮のそれだった。
海の身体が白い極光を放ち、それに包まれた彼の肉体は大きく変貌を開始する。


グルルルル・・・・・・・・!


再び顕現した白く雄々しき獅子は、低い唸り声を上げて眼前の獲物たちを睨みつけた。
殺気に満ちた眼光を前に、健斗と藤子はすっかり萎縮してしまう。

しかし、成美とあかねはそれ以上に、ずっと一緒だった幼馴染が敵として立ち塞がっている現実に打ちのめされていた。
“敵”などと形容したくない。しかし、今目の前にいるのは紛れもなく“敵”。
戦いの時だと言うのに、四肢は自分のものではないように力が抜けてしまっている。

「海・・・君・・・・・」

その名前を呼べば少しでも彼が元に、現実に戻ってくれると信じたかった。

しかし、白獅子は巨大な爪を地面に食い込ませ、巨大な尾を振るい、
鋭い犬歯が覗く大口は獲物に対して威嚇するような唸り声が聞こえてくる。

「どうして・・・・こんな・・・・」


ナカナカイイ演出ダロウ?


「「「「!?」」」」

咄嗟に全員が同じ方向、白獅子の頭上を仰いだ。
枯れ葉が舞い落ちるように、白い体毛に覆われた頭頂部に黒衣が降り立つ。

「アイツは!?」

あかねは喉の奥が焼けるような不快感を黒衣から感じ取った。
忘れるはずもない。自分の心の闇につけ込み、親友との同士討ちを謀ったあの悪魔のような存在を。

クク・・・久シイナ。仮面ライダープリュム。

フードの奥の闇からしわがれた声が発せられた。聞くだけで心に闇を植えつけられそうな声。
まるで旧友に話しかけるぐらいの気軽さの男に、あかねから忌々しげに歯軋りをする音が聞こえた。

憎イカ?俺ガ。ダガ、アレハ元々オ前ノ心ニリュミエールヘノ憎シミガアッタカラダロウ?
「・・・・・!!」

沸き立つ怒りも忘れ、あかねの心を“親友に襲いかかった”という重罪が苛んだ。
知らずの内に手から全身に渡って震えが伝わり、今にも膝から崩れ落ちそうになる。


あかねを惑わすのはやめて!!


「成美・・・」

その重い罰を和らげてくれたのは、成美が黒衣の男に向けた怒声だった。
自分を庇ってくれた彼女の優しさに、不覚にもこんな事態なのに涙で目が潤んでしまう。

リュミエール・・・俺ニトッテ、一番ノ障害ハ貴様ダ。

闇から発せられた毒々しい声は、成美への憎悪で満ちていた。

マズハ貴様ヲ殺ス。ヤレ!!
ゴアァアアアアアアアアアアアッ!!!!

黒衣の男の命令に応えるように、白獅子から発せられたけたたましい咆哮が空気を裂き、
それを力に巨体が死の風を巻き、成美たちを踏み潰そうと飛びかかる。
戦えと脳は訴えかけるのに、目の前にいるのは幼馴染だと理性が抵抗してしまう。


「く・・・・変身!!


あかねには理性が、成美には本能が勝った。

石のように固まったあかねや、後ろで驚愕と恐怖で微動もできない健斗と藤子を守るべく、
成美の姿は全身余す所なく銃器と化した強大な力を宿した進化形態、“バレットフォーム”へと遂げさせる。


全身に湧き立つ力を全て引きだすほどの気迫で、白獅子へと逆に飛びかかった。

「だぁっ!」
グォオオオッ!?

白獅子の巨体による突進は、その怪物に比べれば遥かに小柄なリュミエールの身体が見事に止めきった。
何者も太刀打ちできぬはずの白獅子の力に真っ向から対抗する小さな戦士に、巨獣は本能でリュミエールを最大の敵と認識する。

そして、鬣に覆われた頭部に立つ黒衣の男も同じく、リュミエールに敵愾心を燃え立たせていた。

強イ・・・!ヤハリ、貴様ハ先ニ倒サネバナラナイ!!

絶叫を上げて白獅子は巨大な爪を振る続け、リュミエールは皆を守ろうと、迫る攻撃と
言うよりはもはや殲滅を目的とした爪を全て防いでいく。
爪が交差した銃器の腕に直撃する度に、鼓膜に胸を掻き毟りたくなるほど不愉快な音が入ってきた。

「皆を傷つけたくないの・・・ごめん!
アゲガッ!?

左膝のシリンダーが動き、脚の裏に膨大なエネルギーが蓄積される。
それは前の姿よりも早く、そして強力に溜め込まれた。

跳び上がりながらの左回し蹴りは白獅子の横っ面を捉え、巨体が瓦礫を巻き上げ轟音を立てながら沈んだ。
土煙が巨体をすぐに包み隠していく。並のクリーチャーなら今ので終わり、白い巨獣でも意識は繋ぎ止められないだろう。

「これで・・・・!?」
オガァアッ!!

しかし、白獅子の潜在能力は想像を遥かに上回っていた。
驚異的な回復力はすぐに意識を取り戻させ、少しも鈍らない動きで再びリュミエールに襲いかかる。


ふと、リュミエールの脳裏に不吉な考えが過ぎる。



気絶など甘い考えではダメだ。倒すつもりでいかないと、と。



(そんなのダメ・・・!海君に・・・そんなことできない!!)

危うく打倒の為に握りかけた拳を、すぐに意思の力で大切な人たちの守護と、救いの為へと力の方向性を無理矢理変える。
まずやることは少しでも白獅子を皆から引き離し、できれば人気のない場所まで移動させたかった。

いかに操られてクリーチャーになっても、活動時間は一時間が限界のはず。
なら、その時がくればまた元の幼馴染の金髪少年へと戻ってくれると踏んでいた。


巨獣の爪が迫る度に、頭に死、絶望、打倒、様々な負の感情が息をし、リュミエールを唆してくる。
それが次第に彼女から集中力を削いでいき、徐々に窮地へと追いやっていく。

グルォオオオアアアアアアアッ!!!
「うっ!?」

攻撃のリズムを変え、今度は鋼鉄が鞭のようにしなっていると思わせる白く雄々しい尾が頭上から叩きつけてきた。
あわや地を蹴って飛び退いていなければ、いかにバレットフォームでも潰され、全身の骨を砕かれていただろう。

そして、下がった分だけ白獅子は唸り声と共に詰め寄る。
もうリュミエールはこれ以上下がれなかった。後ろにはあかねたちがいたからだ。

仲間ヲ守ロウトシ、本来ノ力ヲダシキレナイ・・・ソレガ貴様ノ弱点ダナ!
「く・・・・!」
ヤレ!!

悪意を籠めた最悪の号令が下され、白獅子は獲物を仕留められる歓喜からか、大絶叫を上げる。


「・・・・!変身!!


もはや、あかねも石像の如く固まっている場合ではなかった。
極光を力にする純白の剣士プリュムへと変身し、背中の四枚の羽を展開し、飛び上がる。

「やぁっ!」

レイピアが白い体毛に覆われた固い岩のような皮膚に揮われる。
しかし、やはり白獅子には毛ほどの傷もつかない。

ルガァアッ!!
「ちっ!」

お返しとばかりに、獲物を丸呑みできそうな大口が開かれ、飛び回るプリュムを食い千切ろうと迫りくる。
あの顎に掴まったら、剣士の軽装甲ではひとたまりもなくすり潰され、肉塊として胃へと運ばれるだろう。

ただ食らうという原始的な攻撃のはずが、それが何よりも速く襲いかかる。
もはや食われないようにと飛び躱すプリュムには、突如横合いから突風のように差し迫った尾を完全に失念していた。

きゃぁあああ!あぐあっ!?
あかね!!

甲高い悲鳴を上げ、プリュムは純白の軽装甲に激しい亀裂を生じさせながら地へと叩き落されてしまう。

ガァアッ!!
「ううっ!?」

助けに走りだすリュミエールを阻止せんと、白獅子の巨大な口から青白い光の柱が吐きだされた。

それは地面を抉り、溶かしながら、リュミエールを迎え撃つ。
破壊光線は両腕を交差して防いだ銃の超戦士を吹き飛ばしてしまうほどの威力だった。

「あかね!ぐっ・・・!」

白獅子の破壊光泉を防ぐも、腕は思うように動かず、さらにその馬鹿げた威力はリュミエールに膝を突かせてしまう。

足止めには十分過ぎるほどの効果だった。
そして、またリュミエールが動きだす前に、地べたに這い蹲るプリュムを仕留めるには十分な余裕だ。

サァ・・・殺シテシマエ。マズハプリュムカラダ!
グルルルル・・・・
「ダメ!海君!やめて!!」
「海!!」
「東条君!!」

リュミエールだけでなく、見ているだけだった健斗と藤子も居ても立ってもいられず、悲痛な声で白獅子と化した少年に訴えかける。
しかし、無情にも巨獣は低い唸り声を轟かせながら鋭く恐ろしい爪の生えた逞しい腕を振り上げた。

ルゴォアアアアアアアアアアアアアッ!!!
ダメぇーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

涙混じりのリュミエールの絶叫は、空しくも白獅子の振り下ろした腕が風を切る音でかき消されてしまう。
しかし、何よりも速いその攻撃を、プリュムの曖昧な視界と認識ではやけに緩慢な動きに感じられた。


それが頭上近くまで降りてきた時、プリュムは寒気がするくらい冷静な頭で気づいてしまう。


これで自分は死ぬのだな、と。










「・・・・・?」


しかし、プリュムが思わず閉じた目をゆっくり開けても、そこは想像した死後の世界とは違う。
破壊し尽くされている病院へと続く並木道のままだった。

落ち着いてよく見てみると自分の影がない。それよりも大きな影が覆って、隠してしまっていることに気づいた。
覆っているとまで頭が回った所で、プリュムは反射的に頭を上げる。


「か・・・・海・・・・君・・・・・」


プリュムの掠れた声は、とても自分のものとは思えないだろう。
それほど目の前の光景が信じ難かったからだ。


もはや理性は失われ、東条 海という少年は完全にクリーチャーになってしまったと、心の何処かで諦めていた。

だが、獲物を殺すことだけにその瞳を爛々とさせていた巨獣は今、死の象徴たる腕をプリュムの頭上で制止させている。
白い体毛に覆われた豪腕は宙で小刻みに震え、くぐもった唸り声を発する口をよく見れば、歯を砕いてしまうほど強く噛み締めていた。

ナ、ナンダ!?ドウシタ!何故殺サナイ!!

黒衣の男から焦燥とも苛立ちとも取れる声が荒々しく白獅子に浴びせられる。
しかし、巨獣が返したのは獣の唸り声などではなかった。


・・・・デ、できッカよ・・・


マサカ・・・抗ッテイルトデモ言ウノカ!?
デキねぇ・・・・・・デキル訳ねぇンだヨ!!!

獣の声の中に、確かに聞き覚えのある、馴染み深いあの声。
それは紛れもなく幼馴染の声だ。よもや、リュミエールたちが間違えるはずがない。

幼馴染ダゾ・・・?ダイジな友達なんダぞ・・・?何で・・・俺ガ殺すナンテばカミたいナ話にナるんダよ・・・・!
ソレに・・・・・それ・・・・・・・・ニ・・・・・う・・・・ぐぅ・・・・・!!


段々と海の声が小さくなっていき、腕の震えが大きくなっていく。
プリュムを潰そうとするクリーチャーとしての意思と、海の意思が鬩ぎ合っている証拠だ。


津浪のような災厄に匹敵する邪悪な意思を、海はまだ残っている人間としての本能を
ありったけの力に変え、決意を露わにした。


俺は・・・アカねちゃン・・・ノ・・・こと・・・ずっト・・・・好きダったンだ!!!


「!!」
「海君・・・」
「海・・・お前・・・」

幼馴染三人は時間が同時に止まったような錯覚を覚えた。
初めて知った金髪の幼馴染の胸中にあった恋心。その想いはプリュム、いや、斉藤 あかねに向いていたのだった。

俺が・・・・コロすなんテ・・・悪いジョウだんニもほどガあ・・・グ!

消え入りそうな海の声は、もう彼が邪悪な意思に屈服しかける前兆だろう。
既にプリュムからは敵への恐怖などない。あるのは彼を救いたい一心と、それが叶わないかもしれないという恐れだった。

無論、それはリュミエールも、健斗も、そして藤子も一緒だ。
まだ動作の怪しい四肢を鞭打ち、リュミエールがゆっくりと立ち上がろうとする。

クソ・・・!ダガ、モウオ前ハクリーチャーヘトナルシカナイ!サァ、奴ラヲ殺シテシマエ!!
ググ・・・・ガァアアアアアアアアア・・・・・・・・・・!!!

気力で繋ぎ止めようにも限界は間近に迫っている。だが、リュミエールたちに海を救う手立ては何もない。
思いと現実が相反し、幼馴染同士の死闘という最低なシナリオの完成が刻一刻と近づく。
焦る気持ちの中に、救いの一手はないのかと、神に祈り藁にも縋りたい助けの声が渦巻いていた。















あの紅い宝石を壊して!!!


「!!」
シマッタ!マズ・・・・

その声は何処から、そして誰のものだったのか。気づけばプリュムはその声に導かれように、
まだギリギリ止まっている腕の下から逃げだし、一気に白獅子が苦悶の表情を浮かべる顔面まで飛び上がっていた。


たぁあああああああああっ!!!


宝石は殆ど無意識に揮われたレイピアの前に、予想以上にあっさりと砕け散ってしまう。
ガシャンと、それこそボールがガラスを割る音に似て、破片が夕陽の赤を照り返しながら落ちていく。


グガァウアァアアアアアアアアアアッ!!アバグガアアアアアガガガガアアアアアアアッ!!!


マサカ、コンナ・・・ウオ!?

突如、白獅子が狂ったように暴れだし、黒衣の男は頭上から振り落とされてしまう。
手当たり次第にあちこちを壊し尽くすが、やがて腹を押さえて丸まってしまった。

「み、見て!」

声を上げたのは藤子だ。四人の前で、白獅子の巨体から白い光が零れていく。
シャボン玉が空へと上るように、どんどん光の粒子は空へ舞い上がり、消えてしまう。
あれだけの巨体の代わりに残されたのは、倒れ伏す金髪の少年だった。

「海君!」
「海!!」

変身を解いた成美、あかね、健斗が一斉に金髪の幼馴染の下へ駆け寄る。
先に彼へと辿り着いたのはあかねだった。本人としては冷静にと心がけたが、かなり荒っぽく海を抱き起こす。

「海君!海君!!」
「・・・・げほっ!・・・・うぅ・・・・」
「よかった・・・生きてる・・・よかった・・・・う・・・・・・あぅ・・・・・・」

想像を絶する力を使い続けた反動だろう。
しかし、それは疲れによる眠りだけで、命に別状はないように見える。


救うことができた。最悪から一転し最高を迎えて、皆の目からは涙が自然と溢れる。
それを、藤子は遠巻きに安堵した顔で見ていた。



ク・・・クソォ・・・!誰ダ!!

立ち上がった男は世界を呪うような怒声を張り上げた。
成美とあかねは眠ってしまった海を健斗と藤子に任せ、男に警戒する。

しかし、さっきの誰かの声に疑問があるのも事実で、慎重に声の主を探っていく。


“誰か”はすぐに分かったが、それは予想外の人物だった。


「あ・・・・」
「う・・・うそ・・・・」
「あれって・・・まさか・・・・・」

成美もあかねも、勿論普段は冷静な健斗もその人物に驚きを隠せなかった。
黒衣の男は沈みかけた夕陽の光を背にする者の姿を認めると、苛立ちと悪意の混じった恐ろしい歯軋りをする。

貴様・・・・・・何者ダ!?

しかし、成美たちも黒衣の男も、彼女に比べればマシな反応だ。

この時、藤子が見せた顔はなんと形容すればよかったのだろう。
驚きよりも、信じていた者に裏切られた時の表情と言っていいかもしれない。

「なん・・・で・・・・?」

藤子の目には周囲の景色など見えていない。仁王立ちで踏ん反り返るその者しか認識できないでいた。


夕陽を受けたウェーブのある金髪はあまりにも映え、その堂々とした佇まいだけでこの場を完全に支配してしまっている。
“生徒会”とデザインされた腕章、意思の強い瞳、何よりあの金髪。
一体、何の悪い冗談が彼女を呼び寄せてしまったのだろう。


なんで・・・・柚子が・・・・・・・・・・・





ゆっくり、しかし力強い歩みをもって“楠木高等学校”生徒会長、花形 柚子は戦場へと向ってくる。
この場にいる誰も、彼女を止める術も言葉も持ち合わせてなどいない。

「そこの黒ずくめ。アンタ、自分が何しでかしたかちゃんと分かってんでしょうね?」

今歩み寄ってくるのは柚子なのかと疑いたくなるほど、声には怒気が孕まれていた。

「可愛い後輩を利用して・・・仲良しな幼馴染たちを戦わせ・・・傷つけて・・・何様のつもり?」

握り拳からは異様な重圧が漂ってくる。

「これは生徒会長として・・・いや・・・・」

歩みが止まった。射抜くではなく、潰す。
そんな形容が相応しい目線が男に向けられ、それこそ殴る勢いで拳を突きだした。


人間として許しておけるか!!!


今にも柚子は男に飛びかかり、そして殴るだろう。
ただの人間が怒りに任せた行動として容易に察することができるはずが、男は完全に萎縮してしまっていた。

いつの間にか芽生えた恐怖心に似たそれを意地で捩じ伏せ、憎悪の溢れる絶叫を上げる。


人間ガ図ニ乗ルナ!!


男の周囲に四つの影だけが生まれ、それが現実を帯び始める。


チチチチチ・・・!


這いでたのは、茶色の体色をした小柄な鼠のクリーチャーだった。
異様に発達した爪と前歯は、獲物を襲う為に他ならない。

四体は連携を取って戦うタイプらしく、即座に柚子を四方向から包囲してしまった。
ゆっくりと歩み寄りながら、間合いを詰めていく。慎重に隙を見いだし、仕留める戦法である。

・・・・!柚子!逃げて!!

ようやく藤子は声を発することを思い出した。
しかし、柚子はまるで聞こえていないように、四体のクリーチャーへと向かい合う。


「私は今、本っ気で怒ってんのよ・・・火傷ぐらいじゃ・・・済まないわよ!!!


素早く、柚子は両手を腹の前に持っていくと、信じられないものが顕現する。
それは中央に黒い宝石の安置されたベルトだった。

「柚子・・・!?まさか・・・・!!」


変身!!!


滾らせた血を力にするように発せられた大音声は、世界を一変させる。

金髪の少女の周りの地面がいきなり隆起し、小さな山々を生みだしていく。
その山脈に覆われ、柚子の姿が見えなくなる。しかし、数瞬とせぬ内に岩肌に亀裂が入った。

「あれは!」
「まさか!?」

岩山を砕いて現れた、銀の重装甲を纏った戦士。その片手には昆虫の王者を模した雄々しい斧。
バックルの黒い宝石は、まさに軍神と表現し崇め奉りたくなるほどの威光を放っている。


「今こそ名乗る・・・力によって敵を滅討せし戦乙女、仮面ライダーフォルス!!!


柚子、いや、フォルスは呆気に取られた周囲を他所に、豪快に片手斧を振り上げた。

それはダイヤモンドすらも切り裂く最強の武器、“ヘラクレスアックス”。
カブトムシの角という特殊な形状をした斧が、荒涼とした地面に打ち立てられた。


アースシェイク!!!!


その一撃で、立つことも不可能なほどの地震が起こった。

成美たちも男も、ただ地震が収まるまで微動だにできない。
フォルスを仕留めようとした四体のクリーチャーに至っては、大地震で再び生じた隆起した大地によって、押し潰されていた。


地震は数秒しか起こらなかったが、その数秒で男は手駒の四体を失ってしまった。


グ・・・・!?
「さぁ、今度はお前の番よ!」

片手斧が男に向けられる。これほど圧倒的な力を見せつけられることになるとは、
さしもの黒衣も夢にも思わなかったのだろう。しかし、男はフードの奥の闇から笑い声が漏れる。

マァイイ・・・俺ニハ既ニ見エテイル。勝利ノ図式ガナ。
「なに?」
マタ会オウ、ライダードモ。次ニ会ウ時ニ、決着ヲツケテヤル!

宣戦布告だけ告げ、黒衣は現実から消え失せていた。
悪夢を振りまいた男のいないそこは、夕陽が沈み、暗い闇が覆った荒れ果てた街路樹だ。



「逃がしたか・・・でも、今はこっちね。」

フォルスは周囲をぐるりと見渡し、いきなり片手斧を振り上げた。


アースヒール!!!


またも起こる地震。しかし、今度は世界を破壊する為ではない。

何の魔法か、もう元には戻らないと思われた地面が見る見るうちに整然されたレンガ造りの道へと変わっていく。
葉を散らせ、幹の折れた数々の樹木もあっという間に本来の心を落ち着かせる緑へと戻ってしまった。

さきほどは破壊。そして今度は修復。あまりに両極端な力を使いこなすフォルスに、成美たちは舌を巻く心地だ。

「ふぅ・・・これでよし!」

いつもと変化のない街路樹へと戻ると、フォルスは柚子へと変身を解く。
今の彼女からは荒れ狂う怒気は渦巻いていない。そこにはいつもの自信満々で猪突猛進な生徒会長がいただけだ。

柚子はすぐに眠りこける海に近づいて行った。

「相当消耗しちゃってる・・・すぐそこは病院だし、連れて行くわよ!」
「は、はい!」
「じゃあ、俺が背負って行きます!」

健斗は海を背に乗せ、この先の病院へと走りだす。
その後を成美とあかねが続き、柚子も続こうとするが、その足が止まった。

「・・・・・・」
「藤子・・・・・」

放心したままの藤子の目に、今の柚子はどう映っていたのだろう。

幼馴染と思っていた少女は、その実、自分が憧れを抱き何度も助けてもらった絶大な存在。
その正体は、あまりに身近にいた幼馴染。胸中ではどんな感情が混沌としているのか。

「・・・・!」

先に視線を外した藤子は、一目散に成美たちの後を追っていく。
残された柚子の肩が落ち込み、瞳が悲しみの色に染まりだす。


「ごめん・・・藤子・・・・・」










第十八話 「負けないから」





当たり前だと思っていた日常は今や大きな変貌を遂げ、現実としてそこに在る。

何の変哲もないどこにでもある町のはずだった。しかし、この町には怪物が出没し人を襲っている。
たった一時間の悪夢。しかし、それは容易く世界の常識を捻じ曲げてしまうのに十分な時間。





人間に災厄をもたらす怪物へと変えられそうになった海が病院に運ばれ、早一週間。
隠すことは無意味だった。どんな形であれ、彼はこの戦いに巻き込まれた以上、伝える必要がある。


成美たちの戦い、クリーチャー、自分の身に起きたこと。


海だけでなく、同じように巻き込まれて知ってしまった健斗にも伝えられた。
普通なら足元がいきなり失ったような心許なさを覚えても不思議ではない。


全てを知った少年は今、


おーい。なるちゃーん、あかねちゃーん!俺もうお腹スカスカだよー!


病室のベッドで空腹を訴えていた。





クリーチャー化を体験したことで頭より先に体が納得していたのか、海は割と平然といることができた。
手放しで喜べる話ではないのだが、事態を素早く呑み込めたのには助かる。

体の調子の方も良好で、いきなりクリーチャーに変えられてどんな悪影響がでるかと心配されたが、それは杞憂に終わった。


何せ、次の日には目を覚まし起きがけに、


「お腹減った・・・・腹減って死にそうだよー・・・・」


と言うぐらいだったのだから。


数日も経たない内に病院食に完全に飽きた海は、成美とあかねの手作り弁当が何よりの楽しみになっていた。
毎度ご飯粒一つ残すことなく綺麗に、満面の笑みで平らげてしまうのは、作った方も見ていて気持ち良い。

ともかく、この金髪の“一応”病人はいつ退院しても大丈夫なほど健康になっていた。



しかし、何も異常がなかった訳ではない。


病院側は健康だと診断したが、決して現代の医学では解明できない、ある“異常”が見つかった。
それに真っ先に気づけたのは、楠木高等学校の生徒会長でもあり、
その正体は仮面ライダーフォルスとして今までクリーチャーと戦い続けてきた花形 柚子だ。



キッカケは、海の奇妙な言葉だった。

「なるちゃん、あかねちゃん。そんなに俺のこと心配しなくても大丈夫だって!」

海が目を覚まして二日くらい経った後のこと。
お見舞いにきた、傍目には普段通りの成美とあかねを一目見るなりである。

「え・・・・?」

いきなり出鼻を挫くようなことを言われても、戸惑うしかない。
曖昧な笑みで返そうとした二人に、さらに不可思議な追い討ちがかかる。

「だって、今二人とも俺のことが心配だって言ったじゃん。」
「「・・・・!?」」


思わず息を飲んだ。


確かに二人は海のことを心配した。
ただし、それは“心の中”である。言葉には決してだしてなどいない。


なのに、海は確かにまるでその耳で聞いたかのような口振りで返してきた。


遅れて病院にきた柚子はその奇妙な体験を聞くなり、すぐに答えに行きついた。

今自分は何か言ったかなど、変な質問を何度か繰り返している内に、確信が持てたらしい。
清潔な病室をまるで自分のものにしてしまったかのような存在感を発しながら、柚子は唐突にその答えを突きつけた。


「海君は“接続リンク”を使ったのよ。」


大真面目な顔で、到底理解し難いことを言う生徒会長に、三人は言葉を失くしてしまう。
茫然とした顔の面々を見ても、彼女の真面目な表情は崩れない。この辺りにこの生徒会長の大物さを感じられる。

「この町で目覚める力は何も“ライダー”の力だけじゃない。今の海君のように・・・超能力って言えばいいのかな?
 そんな感じの力に目覚める人も中にはいるの。もっとも、大半の人は無自覚のままなんだけどね。」
「そんなことが・・・」

ライダーとは違う、しかし明らかに異能な力の持ち主たちがこの町に存在していることに、成美たちは少なからず驚いていた。

「えっと・・・その、なんスか?接続リンクって・・・・」
「うん。これはね、“繋げる”ことができるの。もっと大きく言えば、心と心を繋げられるって所かな?」
「心と・・・心・・・・」
「何ていうのかな・・・テレパシーとか、そんな感じ?」

そこまで言われて、ようやく皆が納得した顔になる。
つまり、さっきのは成美とあかねの心の中の声を無意識に聞いたということだ。

「まぁ、ちゃんと使いこなせれば無意識に心の中を読んだりもしないから、大丈夫!」

まるで壇上に立って演説するような凛々しい顔つきから一変して、柚子の顔は普段の自信満々な笑みになる。
おそらく、似たようなケースを何件か知っているからこその自信なのだろう。

「そっか・・・うし!」

海の表情がたくましくなる。
その胸中には何としてもこの超能力にも似た力を使いこなそうという決意が燃え上がっていた。

いくら気心の知れた幼馴染同士であっても、心の中まで覗き放題というのは流石に考えものだ。
何より、海自身がそんなことを許せない。自分の力の所為でまた余計な迷惑がかかってしまう。


彼にとって、誰かに迷惑をかけるというのは最も許せない悪徳だった。





今日も海は二つの弁当箱を綺麗に空箱にしてしまう。
注がれたお茶を一気に飲み干して、大きく息を吐いて気を落ち着かせる。

「ごっそーさん。」

律儀に両手を合わせ、ご馳走を満腹になるまで頂けたことに感謝する海に、二人の少女は笑顔で返す。

「どう?美味しかった?」
「もう、最高!こんなに美味しい物を食える俺って、幸せ者だよ!」

無邪気に笑う姿は小さな子供とさほど変わりはない。

「これだけ食べれれば、もうそろそろ退院できるかな?」
「そろそろと言わず、さっさと退院したいんだけどなー。先生がまだ入院してろって言うし・・・」

口を尖らせる海のことをあかねは口元に手を当ててクスリと笑う。
それを見て海は少しだけ気を悪くするが、すぐにつられて自分も笑顔となった。

無菌にして無機質な部屋とは思えないほど、そこには温かみが広がっている。


まるで二人だけの空間となりつつあるのを、成美は微笑を湛えながらも感じていた。
ゆっくりと音を立てずにパイプ椅子から立ち上がる。

「私、健斗君探してくるね。」
「え・・・?うん。」

不自然さを一切感じさせず病室から成美が出て行って、ようやく残された二人は事態を飲み込めた。


気を遣わされたのだ。


いつも皆一緒だっただけに、急にこういう状況になったのには流石に焦ってしまう。


さっきまでの温かみは薄れ、今度はやや慌しい不思議な空気が部屋に浸透していく。
それを醸しだしているのは海だ。いきなりの二人きりに戸惑い、嫌に口の中が乾いてくる。

そこでふと、もう一人の少女はどんな表情で現状を思っているのかが気になり、ゆっくりと視線を動かしてみた。


「あ・・・・・」


不意に金髪の少年の口から短く声が漏れる。

あかねは頬をやや朱色に染め、心臓の鼓動の早まりそうな笑顔を浮かべていた。
それが余計に少年から言葉を奪ってしまい、代わりに少女の方が口を開く。

「あの時・・・」
「え・・・?」
「覚えてるよね?クリーチャーにさせられた時に海君が私に言ってくれた言葉。」

海の緊張がさらに高まる。まさか言った当の本人が忘れるはずもない。



本当はもう助かる見込みがないと諦め、せめて最後にと叫んだ自分の今まで隠し続けた思いの丈。
できることならもっとちゃんとした形で伝えたかったが、それができなかったのが今では悔やまれる。

しかも、あの時はあかねだけでなく、成美も健斗も藤子もいた。もしかしたら柚子も聞いていたかもしれない。
こうして病人とは思えないほど元気な今になって思い返してみると、すっかり海の頭は羞恥で爆発しそうだった。



「あ・・・・いやね、その・・・・さ・・・・・・えと・・・・・・・・・」

言葉にならない声がちぐはぐででてきてしまう。これでは何が言いたいのか分からない。
落ち着きのない金髪の少年の姿は、あかねにさらに笑みを誘った。


嬉しかったよ。


「・・・・へ?」

不意に飛びでた言葉が、今度は海の思考を一瞬停止させてしまう。

「私、知らなかった。海君が私なんかをそこまで想ってくれてたなんて。だから、嬉しかったよ。」
「あ・・・・・・・・・・あ、あはは・・・・ははは・・・・・・・・」

頬を染めているのはあかねだと言うのに、極度に緊張しているのは海の方だ。
何を言うべきかを見いだせず、乾いた笑いしかできないのが情けないと心の中で嘆いていた。

「私が健斗君に告白した時のことは知ってるよね?」
「う、うん。」
「あの時ね。フられた時は、ああやっぱりって思ったけど、実はちょっとだけ傷心気味だったんだ。」
「そ、そうなの?」
「うん。言わなかっただけだし、言うほどのことでもないかなって。」

苦笑しながら、普段のあかねなら絶対に口にしないような会話が次々と口からでてくる。
あまり、と言うより初めて目にした眼鏡の少女のこの姿は、海でなくとも鼓動を高まらされるだろう。

それが不思議と、海に何かの力を湧き立たせた。
勇気と呼べばいいのか。身体の底から熱く燃え上がった力が、初めて海にマトモな会話を成立させる。

「・・・・あかねちゃんの気持ちは・・・今はどうなの?」

自分でも驚くほど素直に、まっすぐな質問が口からでてきた。

今度はあかねの顔が呆然とする番だ。しかし、それはほんの一瞬で、すぐに笑みになる。
まるで、天使のように明るく、幸福感に満ち足りた笑みだった。


私も・・・・好き。










病院の屋上から見える陽の傾きかけた町並みはとても穏やかなものだった。
とてもこの平和そのものの影で異形の存在たちが猛威を振るっているような情景には見えない。

少しだけ肌寒い風が吹いたが、特に気に留めるほどのものではない。
その風を受けつつ、黄昏に染まった人気のない屋上に成美と健斗はいた。


二人揃って、何も口にしようとはしない。

特に何も喋ることもないのか、それともそのキッカケを掴めないのか。
それでも、二人はまるでただ町を見ているだけで十分と言うように、眼下の町を静かに眺めていた。


そうして、どれだけの時間が経ってからだろうか。ぼんやりとした表情で健斗が口を開いた。


「成美たちは仮面ライダーだったんだな。」
「・・・・うん。」

責める声色ではない。ただ確認する為だけの抑揚のない声。
成美もそれを知っていて、短く返すだけだ。

「成美だけじゃない。あかねも、柚子先輩も。藤子先輩だって普通の人間だけど、成美たちと一緒に戦ってた。」
「・・・・・うん。」

一つ一つを口にして、まるで言葉にすることで全てを理解しようとする。
健斗の表情に戸惑いはない。平坦を絵に描いたようなぐらい無表情だった。


言葉を区切って何も語ろうとしないのは、頭の中で整理しているからであろうか。

黒髪の少女はどこか達観した心持ちで次を待っている。
いや、もしかしたら次に何が語られるのか、それを知っていてこうして静かに待ち続けているのかもしれない。

「・・・悪い。俺、何も知らなかった。」
「健斗君は悪くないよ。黙ってた私の方が悪いから・・・」
「それは違う。」

短くはっきりとした口調は成美の言葉を遮ってしまう。

「成美は巻き込みたくなかったんだろ。」
「・・・・うん。」

それは幼馴染という、他人には絶対に理解できないであろう関係からくる、核心に迫った回答だった。
驚いた様子も焦った様子もない。きっと、こう答えるのではとある程度想像していたから、成美は優しい声色で頷くだけだった。

「昔から、成美は一度こうと決めたら絶対に諦めたりしなかったからな。だから、あんなに傷ついても頑張ってきたんだろ。」
「うん。」

今度は間を置かず、すぐに頷いた。


ありがとう。


相変わらず短い感謝の言葉だったが、伝わってくる感情には様々なものが含まれている。
素直な喜び、守られていることと大切な幼馴染が傷だらけでも戦ってきたことへの無念さ。


それら全てを手に取るように感じられたからこそ、成美は温かい光のように優しい笑みを見せた。

「いいの。私が守りたいって決めたことだから。色々あって、私たちもちょっとずつ変わってきているけど、
 私たちの絆は変わらないよ。ずっと一緒の幼馴染だってことは。それが守れたから、私はそれでいいの。」
「・・・・やっぱり、成美は強いな。」

平気でこんなことを言ってのけるのだから、健斗は肩を竦めて溜息を吐くしかない。

「・・・こんな俺で良かったら、いつでも頼って欲しい。何ができるかは分からないけどさ。」
「ありがとう。困ったことがあったら、うんと頼っちゃうから。例えば・・・学校の宿題とか。」
「成美は真面目に勉強してるから宿題には困らないだろ。」

普段と変わらない調子の会話に戻った時、二人は不思議と懐かしい感覚がした。

いつも気軽に交わす内容なのに、一週間とない以前にもこんな会話をしたはずなのに、
まるでようやく元の現実に戻ってこられたような錯覚を覚えたのは何故だろう。



金髪の幼馴染が異形へと変貌したあの日、もう自分たちの日常は終ってしまったのではないかとさえ疑った。
確かに今まで普通だと思っていたことが通用しなくなっているかもしれない。

それでも皆無事だったし、関係にもどこにだって綻びなどない。


どんなことがあっても自分たちの絆は負けなかった。それが嬉しくて、また誇らしかった。





「・・・・!」

成美の表情が急に強張り、戦士が戦場に臨む顔つきへと変わった。
健斗もそれを見てはっきりと意識する。今はどんな制止の言葉も届かない、ライダーとしての表情だと。

「そこにいて。」

素早く健斗の手を掴み、屋上入り口の陰に連れて行く。
いつもの彼女を知る者には想像できないほど行動力に溢れた動きである。


成美!


今にも、ただただ広いだけの屋上に生まれようとする影へと走りだそうとした少女に向かって、健斗が声を張り上げた。
心の中では「やめろ」と言いたかったが、それが無理なのは百も承知である。


だから、せめて勇気を与えられるような言葉を送る。


負けるなよ。


一瞬だけ、成美が健斗に振り返った。驚くほど可愛らしく、鼓動が早まるくらい輝いた笑みで。


うん!


次には凛々しい表情の成美が屋上のある一点に駆けつけた時には、今までにない姿がそこにいた。

海の底から這い上がってきたかのような深い青ディープブルー
頭部は体のどの部位よりも巨大で、鮫の頭を被り物にしているようにしか見えない。
手には鮫の自慢の歯にも似た鋸刃の剣が二本あった。


変身!!


左手は腰に出現したベルトに添え、右手は甲を前に突きだしそこから振り払う。
バックルの宝玉が緑光を放ち、少女の身体を包み込む。それを裂いて、右脚が拳銃と化した戦士が現れた。

「はっ!」

リュミエールは短く息を吐くと、地を蹴り鮫クリーチャーへと迫る。
右手甲の赤い宝石から力を引きだしながら、離れていても風切り音が伝わってくる拳を振るう。

ギシュッ!

それをクリーチャーは鋸刃のような剣で受け止める。さらに、もう一方の剣でリュミエールの腹を薙いだ。

「うっ!?」

プロテクターに覆われているのに、内臓に恐ろしい痛みが伝わってくる。
よく見れば、プロテクターには深い亀裂が横一文字に走っていた。

勢いづいたクリーチャーがさらに双剣を揮い、リュミエールを攻め立てる。
一撃毎に、銃脚のライダーは後退を余儀なくされていた。

「あぐあっ!う・・・やぁっ!」

さらに後退させられ、口の中に嫌な鉄の味を感じながらも、不利な状況を打開しようと反撃の拳を打ちだす。

しかし、リュミエールががら空きの顔面に決められると思ったそれは、クリーチャーの仕かけた罠だった。
予想通りにきた攻撃を予想通りに一方の剣で素早く弾き、残りの剣で逆に胸を突く。

「きゃぁあああああっ!!」
「成美!」

大型車が真正面から突っ込んできたような衝撃は、軽量とは言え装甲に身を包んだリュミエールを吹き飛ばしていた。

銃脚のライダーは屋上入り口の鉄扉に激突してしまい、その拍子に頑丈なはずの扉は歪に変形してしまう。
ドアノブは地面に転がり落ちて用をなさなくなり、歪んだ箇所から自在に開けられるようにまでなっていた。


力なくその場に崩れ落ちたリュミエールへと、危険とは知りつつも健斗は駆け寄る。

「成美!大丈夫か!?成美!!」

戦闘用装備の少女の体を必死に揺すり、声を張り上げて無事を確認しようとする。
全身傷だらけで無茶だと少年は悔しげに顔を歪めたが、リュミエールの意思は少しも萎えてなどいなかった。

「う・・・・平気・・・まだ、戦えるから・・・・」
「成美・・・・でも・・・・・・!」

まだ何か言おうとした健斗に構わず、リュミエールは立ち上がる。
足を引き摺り、誰の目にもこのままでは勝てないと分かるのに、それでも戦士は鮫の異形へと向って行く。

その背に敗北感は一切伝わってこない。むしろ、必ず勝てる確信だけがあった。


負けないから。


「!!」

自身に満ちた言葉。それも、本当にその通りだと実感できるほどの期待感溢れるもの。
正直、健斗は舌を巻く思いだった。やはり、この少女は誰よりも強い。

はぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!!!

バックルの宝玉からさらなる緑光が放たれ、リュミエールを包み込んでしまう。
次に姿を見せたのは、全身余す所なく銃器を纏った強大な力を持つ戦士。

“バレットフォーム”へと強化変身を遂げたリュミエールだった。

「だぁあああっ!」
ギロロロッ!?

同じように向ってくる拳を得物で受け止めようとした鮫クリーチャーから、驚愕に似た呻き声が上がる。
小枝でも折るかのよう容易さで鋸刃の剣は折れてしまい、拳圧だけでクリーチャーの顔面が歪む。

ギゴガァアッ!?

今度はクリーチャーが吹き飛ぶ番だった。まだ無事な剣と折れた剣を手にしたまま、地面を引き摺って飛ばされていく。
ただの一撃で普通では考えらないほどの視力を持った視界が揺らめき、四肢から力が抜けてしまう。

さらにリュミエール・バレットフォームはクリーチャーへ追撃をかけようとする。
圧倒的な力の差をいきなり突きつけられ混乱極まりながらも、クリーチャーは苦し紛れの剣戟を見せた。

「はぁっ!」

だが、残された武器も紫電のような蹴りが叩き折ってしまう。
抵抗の術を失くしたクリーチャーに全力の右拳がお見舞いされた。

ギッグガァァアアアアアアアアアア!!

またも地面に打ちつけられ、そこから立ち上がるのに軽く何十秒もかかってしまった。
その間に、リュミエールはリボルバーが融合した右手を掲げながら駆けだしている。



マグナムライダーパンチ!!!



音速に迫る拳の直撃と同時に、銃口からの膨大なエネルギー弾がクリーチャーを粉塵へと帰し、地面を焼き焦がしてしまう。
鮫の異形が跡形もなくなってしまった後の病院の屋上では、ただ静かに時が流れ、夜を迎えようとしていた。





暗さは町を、病院の屋上を、そして少女と少年をとてつもない早さで飲み込もうとする。


ほんの数分前の激闘に身を任せていた少女は、普通の女の子と同じように焦土のような地面の上にいた。
彼女が優しく微笑んでいるのは、大切な人を守れたことへの素直な喜びからに他ならない。


私には守りたい人がいる。その為なら、私は絶対に負けないから。


薄暗い中なのに、成美の頬はほんのりと紅色に染まっていたのが分かった。
彼女の言葉の意味、表情、伝わってくる気持ち。何もかもが理解できた。

「・・・・・」

ここで黙る必要があるのか。答えは否だ。
自分もここで伝える必要がある。自分の気持ちを言葉にして。


目の前の少女に応えられるように、少年のやや震えている唇が開かれようとする。



「あ・・・・・」
「・・・・・」

変容しつつあった空気を見事にぶち壊したのは、携帯の着メロだった。

この時ほど、成美はマナーモードにしておかなかったことを後悔したことはないだろう。
珍しく渋った顔でディスプレイを見ると、メールの着信だった。

「柚子先輩・・・・?」
「どうした?」
「うん・・・今すぐ海君の病室に話があるから来てって・・・」

仮面ライダーである彼女がする話だから、重要なものなのには違いない。
まさかこの局面で何でもないことで呼んだりはしないだろう。


それでも、二人が少しだけ生徒会長を心の中で恨んだのは秘密である。


「仕方ないな・・・行くか。」
「うん。あ・・・・」

成美はあることにようやく気づき、困惑してしまう。
戦いと健斗を守ることに夢中のあまり、屋上の鉄扉が壊れたままだった。

参ったことに、成美には柚子のように修復の力はない。
これが病院側にバレてしまっては、どんな言い訳をすればいいのか。

「成美。先に行ってろ。」
「え・・・?でも・・・」

助け舟は健斗からだったが、成美はなかなか屋上から去ろうとはしない。
行くべきか行かざるべきかで迷う成美に、健斗はいつもの声色で何でもないことのように言う。

「守られっぱなしなのもあれだしな。言い訳なら俺がしとくさ。」
「健斗君・・・」
「大丈夫、すぐに俺も行く。」

少しだけ健斗が微笑む。その顔は見ているととても頼り甲斐のあるものだった。
まだ迷いはあったが成美は健斗の言葉に甘えることにし、屋上から去っていく。



ドアノブのない半壊した鉄扉は凹んだ箇所に手をかければ容易に開けられるように
なっていて、もはやそれは奇怪なオブジェと何ら変わりはなかった。


少女の駆けて行く足音が完全に聞こえなくなったのを聞き届け、健斗は地面に転がったドアノブを拾い上げる。
ドアノブ自体も拉げていて、扉を丸ごと取り替える必要があるのは一目瞭然だ。
それをゆっくりと、本来あったはずの場所にもっていき、


強化・補修カスタマイズ。」


何でもないことのようにその言葉を呟いた。





月が輝き、星が美しく点在する夜空の真下。誰もいない病院の屋上。
そこに異常は見当たらない。焼けた地面は元の古びたコンクリートのもの。
それは半壊していた鉄扉も含めてである。


唯一の入口であり出口の鉄扉は、まるで誰も彼もを拒むように閉めきられていた。










第十九話 「悲劇の過去、二年前」





楠木高等学校生徒会長の花形 柚子に呼びだされ指定された場所は、海のいる病室だった。
成美は扉の前に立ち、軽く何度かノックをしてから、静かに扉を開き入室する。

そこには既に先客がいて、呼びだし主の柚子はパイプ椅子に腕を組みながら腰かけていた。
まだ入院中の海は頭の後ろで手を組んで清潔な白いシーツの敷かれたベッドに寝そべり、
あかねは柚子と違い行儀良く同じようなパイプ椅子に座している。
ただ、屋上にまだいるはずの健斗は仕方ないとして、藤子がいないことが成美には妙に気になった。

「あの、藤子先輩は?」
「藤子は・・・今、ちょっと席を外してもらってる。」

藤子の所在を問われた柚子は少しだけ口を濁らせ、目線を窓の外へと移す。
外には木枯らしが一陣だけ吹いていた。



「いきなり集まってもらってごめんなさいね。」

すぐに視線を戻し、改まって一礼する。
凛々しいその表情は普段の快活な印象とは程遠く、ライダーに変身した時に見せた鬼気迫るものだ。
見慣れぬ鋭い眼光に一瞬だけ、一同の体が硬直してしまう。

「話って言うのは・・・クリーチャーのこと。」
「クリーチャーの?」
「そう。もっと言えば、初めて奴らが現れた時のこと。」
「初めて・・・」

成美の頭に、以前藤子に託されたクリーチャーについて記されたノートの内容が蘇ってくる。
その生態、活動時間、そして活動時期。それはおよそ二年前から。
記憶が正しければ、あのノートには二年前に突然現れたとしか記述されていなかった。

「奴らが初めて人を襲ったのは二年前。そして・・・」

一旦言葉を区切り、柚子は財布を取り出し、その中から一枚、ボロボロに擦り切れた
写真を札入れから引き抜いた。その写真に視線が落ちる。慈しむような、懐かしむような、そして悲しむような目で。

「その時の被害者の写真よ。」

皆の顔に緊張が走る。ただ写真を受け取るだけの動作なのに、手が不自然に震えてしまう。
写真は先に成美に裏向きに渡され、受け取ったそれを裏返すと、そこには三人の少年少女が映っていた。
うち一人は見慣れた、ウェーブのかかった金髪をしている。

「これ・・・柚子先輩ですか?」
「そ。と言っても、まだ高校に入ったばかりのものだけど。」

彼女の言う通り、背景には満開の桜と楠木高等学校の校舎が見える。
次に成美の目についたのは、やはり見慣れた乳白色の髪。ただし、この少女の髪は腰ぐらいまでのロングヘアーだ。

「こっちは藤子先輩・・・髪、長かったんですね。」
「・・・ええ。元々、藤子は長くて綺麗な髪をしてたから。」

柚子の顔に一瞬だけだが暗い影が落ちたのを、この場にいる三人は気づけただろうか。


左手は腰に、右手は乳白色の髪の少女の肩に回して笑顔を向ける柚子。
今とは違う長い髪をしていた藤子は、柔らかく、そして見惚れるほど美しい笑みをしていた。

そして、藤子が優しく寄り添う、楠木高校の制服を着た男子生徒。
茶髪をした、傍目にも美形に位置づけされる少年が、藤子に寄りかかられてか少し照れた笑みを見せている。


「・・・彼の名前は、佐々木 裕也。」

口を開いた柚子だったが、その声色はあまりにも沈んでいる。

「私たちの幼馴染で、柚子の彼氏。そして・・・・」

まるで、今にも泣き喚いてしまいそうなほどの悲痛な顔を、成美たちは忘れないだろう。


クリーチャーの最初の犠牲者よ。


彼女の語る、二年前の悲劇も。










風が吹いた。
それに巻かれて、桜の花弁が何枚か吹き飛ばされる。

「あ・・・・」

小さく、少女の悲鳴が上がった。どうやら花弁の一枚が目に当たったらしい。
“楠木高等学校”とあった校章が左胸のポケットに刺繍された制服に、乳白色の長い髪。
顔立ちは可愛らしさの中に人目を引く美しさを兼ねた、美少女と形容するに相応しいものだった。

少女は歩みを止め、目をしきりに擦る。目に当たったと言っても、当たったのは桜の花弁だ。
すぐに晴れた視界が戻ったことにホッと一息吐くと、不意に肩を誰かに叩かれた。

「ひゃっ!?」
「はは。何驚いてんだよ、藤子。」
「ゆ、裕也!?」

藤子は仰天したような顔で振り返ると、彼女の後ろでは裕也と呼ばれた茶髪の少年がクスクスと笑っていた。

「もう、驚かさないでよ・・・」
「悪い悪い。藤子があんまりぼんやりしてるもんだからさ。」
「私、そんなにぼんやりしてる?」
「してる。」

少しだけむくれた顔の藤子がおかしいのか、裕也はまたクスリと微笑む。
遂には乳白色の髪を振りまきそっぽを向いてしまうが、藤子の顔が綻んでいることに裕也は気づいているのか。

先に藤子が歩き、その後を裕也が腕を頭の後ろに組んでついて行く。
また不意に風が吹き、桜の花弁が二人の横を通り過ぎていった。





「おはよう!朝からお熱いね〜、お・ふ・た・り・さ・ん♪」
「ゆ、柚子ったら・・・/////////」
「お前なー・・・」

校門前で元気よく二人に声をかけたのは、ウェーブのかかった金髪の柚子だった。
からかうような笑みを顔に貼りつけ、藤子のなよやかな肩に手を回す様を見て、裕也は呆れきった溜息を漏らす。

「自分がモてないからって、藤子に絡むなよな。」
「んな!?相変わらず、アンタは人の神経を逆撫でることを、いけしゃあしゃあと・・・!」
「事実だろ。お前、もうちょっと大人しくしてる方が男も寄りつくだろ。
そんな風にバカ丸だしにしてるから、お前はモてないんだ。」
「んきーー!!腹立つわねー!なに?“自分はいつも藤子といれて幸せでちゅー♥”とか思ってるわけ!?
アンタみたいなのは、すぐに藤子にフられて捨てられるのがオチよ!!」
「うぐっ!?勝手に人の行く末を最悪な方向に持ってくな!!あと、俺は“でちゅー♥”なんて言わねぇよ!!」

辺りを憚らず言い合う二人を見ながら、また始まったと藤子は溜息を吐く。
昔から、二人はいつもこうだ。本当は大の仲良しなのに、顔を合わせればこんな風に口喧嘩の毎日。
だが、二人は心の底では互いを大事に思っているし、本当はこの言い争いをどこか楽しんでいるのを藤子はちゃんと分かっていた。

「はいはい。二人ともそこまで。早く教室行かないと遅刻だよ。」
「う・・・・ふん。命拾いしたわね裕也。私がその気になれば、アンタなんか宇宙まで一直線よ。」
「言ったな?じゃあ、俺はお前を地底の底の底まで叩き落してやるよ!」
「もう。二人とも行くよ?」

既に呆れ返っている藤子に促され、渋々と言った様子で二人揃って校門を潜る。
互いに顔を見合わせないようにそっぽを向いて歩いていたが、裕也も柚子も口元は綻んでいた。





「デート?」
「そ。」

昼休み、先に学食に向った藤子に続こうとした裕也を柚子は呼び止め、一枚の紙切れを顔の前に突きだす。
それは今話題になっているテーマパークのペアチケットだった。
なかなか手に入らない代物なのだが、それをどうやって手に入れたのかと問う前に、柚子は強引にチケットを裕也の手に握らせる。

「アンタも一応、藤子の彼氏なんだったら、ちょっとはあの娘の喜ぶことをしなさいよ!」
「な、お前に言われなくったって・・・それに、藤子だったら花火とかの方が喜ぶだろ?」
「う・・・そ、それはそれで別として、ちゃんと男っぽい所見せなさいよ!いいわね!?」
「お、おう・・・」

これでもかと念を押されてしまっては、裕也も返す言葉がない。
一方的にチケットを手渡した柚子は、さながら暴君ばりに豪快に笑って教室を後にするのだった。

「たく・・・アイツ、また余計な世話焼きやがって・・・」

握らされたペアチケットをまじまじと眺める。
少しだけ皺になったそれを見ている内に、なるほどあの金髪の女傑の言うことも尤もだと納得する。

(ま、そこがアイツの良い所なんだけどさ。)

流石に照れ臭いので、これは本人には聞かせられない。
とは言え、豪快なようでいて勘の鋭い女傑だ。自分の考えなどお見通しだろう。

「・・・・サンキュ。」

チケットを胸ポケットにしまい、ここにいない金髪の幼馴染に感謝の意を示すのだった。










陽が沈んでいくにつれ、楠木町の町並みが物悲しさを湛えたような風景へと転じていく。
それは町だけでなく、気だるげに鞄を担ぐ裕也も、その前を良家の子女よろしくと言った様子で歩く藤子もだ。

好都合かはたまた、楠木高等学校の校門から十字路の横断歩道に続くこの直線の周囲には自分たち以外に誰もいない。
この時間、この場所を自分たちだけが独占できることの優越感は、裕也に心の中で
ガッツポーズを作らせたが、同時にこそばゆい恥ずかしさも芽生えさせていた。

前を歩く藤子の微笑を浮かべた顔は、夕陽の赤に染まりながらも幻想的な美しさを裕也の心に深く刻み込ませる。
一体、彼女は今何を思っているのだろうか。自分と同じか、それとも全く違うことなのか。
聞きださない限りその答えを知り得ることは決してない。だが、言葉にしようとすると照れからか詰まってしまう。

付き合い始めたのが去年、中学を卒業した時に自分からアプローチをかけたのがキッカケ。
まだ正直な所、幼馴染な気分が抜けきっていない所だ。だからこそ、柚子がチケットをくれたのだろう。

(これでもっと“らしく”なれってか?でもまぁ、悪かねぇかも・・・)

何をするにしても、まずは行動に移さないことにはどうしようもない。
胸中の照れを強引に蓋してしまい、少し駆け足気味に藤子の隣へと並んだ。

「なぁ、藤子。」
「うん?」

乳白色の長い髪を振り撒き、藤子の綺麗な笑顔が裕也へと振り向かれた。
上目遣いの目といい整った顔立ちといい、彼女の全てがまるで高嶺の花を思わせる。

「ちょっと、いいか・・・?」
「いいけど・・・どうしたの?」

屈託なく微笑むのもまた様になっている。可憐さの中にも麗しさを兼ねた藤子の端正な笑顔に
裕也の鼓動は跳ね上がり、再度、口にだそうとした思いの丈が詰まりかけてしまいそうになる。

だが、ここで退いては男が廃ると、頭の中で自分を押し潰そうとした重圧をマウントポジションで
殴打した後、ないはずの腕をどうやってか極めてしまい、決起の炎を燃え上がらせた。

「あの、今度だけどさ・・・・」

ようやく一歩進めた気がする。こうなったら、後は勢いで押し通すだけだ。
裕也の顔が緊張に引き締まったものとなり、それを察した藤子も真剣に次の言葉を待った。

「俺と・・・」

目の前の幼馴染の少年が言いたいこと。それは自分の望んでいる未来なのだろうか。
少しずつそれを口にしようとする裕也も緊張しているのかもしれないが、それを待つ
藤子の胸も絞めつけられるような苦しさを覚えていた。


それでも、少女は少年を信じている。きっと、彼なら言ってくれる、と。


「!?」
「・・・・裕也?」

またも裕也が言葉に詰まる。ただし、今度は照れや緊張からとは少し違う。
瞳孔は焦点がずれてあらぬ方向を、藤子の真後ろを見ていた。
ただならぬ雰囲気を藤子も察し、何事かと、乳白色の長い髪を振り乱して振り返る。

「え・・・・?」

ただ一言、それしかでなかった。



赤い、赤い夕陽の斜光が二人しかいない一本道に降り注ぎ、地面を赤く映えさせる。
周りにあるものと言えば、安全の為のガードレール、電柱、交通標識、周囲に立ち並ぶ家々の塀。


そして、不自然に存在する巨大な影。


二人を驚かせたのは、そこにあったのが影だけだったこと・・・・・・・・だ。
不気味に陽炎のように揺らめく影が、余計に二人の不安を煽る。
知らずの内に、藤子は言い知れぬ不吉な予感からか、裕也の手を握っていた。

次第に“影”が現実味を帯びてくる。だんだんと、“影”から“何か”が這いでてきた。


ギ・・・・ギギ・・・・・・ギガガガ・・・・・・・!


それはまるで地獄の亡者の発する、苦悶の声に他ならない。
とても人語とは思えない声をだした“何か”は、やはり姿も人間のそれではない。

優に2メートルを超え、琥珀を液状にして全身に塗りたくったような体は、異様そのもの。
辛うじて大まかには人間の身体をしているようにも見えるが、所々は決して人では持ちえない箇所がある。


まずは腕。長く、鋭利な三日月状の刃物がそこから生えていた。
次に背面。やはり琥珀色の巨大な尾と、薄くも強靱そうな羽が備わっている。
最後に頭部。巨大な複眼に長い触角、そしてグロテスクに蠢く牙が口から伸びている。


それは、まるで巨大な蟷螂だった。


「な、なに・・・・・・・?」

藤子には目の前で佇む怪物の存在をどうしても認められないでいた。
本能的な恐怖から、藤子は半歩後退する。その拍子に地面の砂を踏みしめる音を立ててしまう。

ギシュアアアアアアアアッ!!
ひっ!?

それを合図にして、蟷螂の怪物が勢いよく地を蹴り上げた。
人間離れした瞬発力は一瞬の内に遠間から、腕と一体の鎌の間合いまでに潰してしまう。

咆哮を猛らせながら振り上げた鎌腕に、一瞬、夕陽の光が照り返った。

藤子!!!
「きゃっ!?」

握っていた手が強引に引っ張られ、藤子のなよやかな体が簡単に押し退けられる。
体勢を維持できずその場で尻餅をつき、次いで乳白色の髪に隠れた耳に、肉が裂ける不快な音が入ってきた。


「あ・・・・・」


短く小さい悲鳴は、殆ど血飛沫によって遮られてしまう。
縮小した瞳孔に映ったのは、左の肩口から切り裂かれた裕也の姿だった。
その瞬間がスローモーションで流れ、藤子の脳裏の奥底まで深く、焼けつけていく。

悲鳴を上げる間すら与えなかったのだろう。裕也の体が前のめりに沈んだ。
そこを中心に、ゆっくりと血が大きな水溜まりを形成していく。

「あ・・・・あ・・・・・・あ・・・・・・・・・」

無意識に腕を祈るように組み、冬が訪れたように全身が震えだす。
水滴が落ちる音が、鋭利な鎌の先から聞こえた。その鎌を持つ怪物は、全身を赤く染め上げている。

その赤は紛れもなく、今地に倒れ伏している少年のものだった。


ギリリリリ・・・・


また、怪物が唸り声を上げる。だが、藤子には悲鳴を上げる余裕すらなかった。
血溜まりに沈み動かない裕也と、複眼を不気味に爛々とさせる怪物が、現実として受け入れられないからだ。
自分は今、やけに現実味の強い悪夢を見ているだけなのだと頭に言い聞かせていた。

あの怪物が次に襲いかかってきた時、この夢もお終い。
次にはちゃんと朝になって、裕也と会って、柚子と会って、いつもの生活に戻るはず。

だが、どんなに頭に命じても、どこか冷静な部分が彼女に「これは現実だ」と囁いてくる。
それが余計に藤子の恐怖心を煽り、怪物の姿を心的外傷トラウマとして脳裏へと刷り込んでいく。

ギギッ?

一瞬、怪物の声色が変わったように藤子には聞こえた。
同時に何故か怪物の姿が蜃気楼のように霞んでいる。

蟷螂の怪物は全身を血で染め上げたまま、藤子を値踏みするように見下ろす。
その姿もいつしか、最初から存在しないように消え去っていた。


結局、怪物は最後まで藤子に何もしなかった。



「・・・・・・」

今気づいたが、既に夕陽が沈んだ代わりに月が輝いている。夜だ。
しかし、今は時間を気にする時ではない。酷く緩慢な動作で、藤子は伏したままの裕也へと近寄る。

「・・・・裕也?」

恐る恐る裕也を揺するが、伝わった感触に嫌な寒気を感じる。体温が低すぎる。
何かの冗談だと藤子は乾いた笑みを浮かべるが、普段のものとは程遠くぎごちない。

「ねぇ、裕也・・・?寝てるだけだよね?すぐ、起きるよね・・・?」

今度は少し強く揺するが、最初同様、何も反応は返ってこない。
もう形振り構っていられず、藤子の表情も焦りに支配されたものとなる。

「起きて、起きてよ!嘘だよね!?そんな、し・・・死んだんじゃ・・・ないよね!?」

何度も何度も、裕也の体を揺すり続ける。いつの間にか、藤子の目には涙が浮かんでいた。
涙で顔を歪ませ、掠れた声で幼馴染の少年に呼びかけるが、手に感じる冷たい感触は絶望的な結末しか想像できない。


「起きて!私、まだ何も聞いてないんだよ!?裕也の気持ち、まだちゃんと・・・
 口で伝えてくれなきゃ、私も応えられないよ!お願いだから・・・起きてよぉ・・・・」


だんだんと声が萎む代わりに冷たくなって動かない裕也を無理矢理抱き起こした。
両手でしっかりと、それで少しでも体温が戻ればと、さらにきつく胸元に抱き寄せる。
地に垂れた乳白色の髪が、着ている制服が血に染まり赤黒くなるのも構わず、ひたすら強く抱きしめた。


「う・・・うわぁああああああああああああああああああああっ!!!!


辺り構わず泣き喚く少女の下に、ひらひらと、血に染まり二つに裂けた紙切れが舞い落ちる。










佐々木 裕也は死んだ。素人目にも他殺でありながら、事件は迷宮入りになった。

その主な理由が、生き証人の藤子の供述だ。彼女はしきりに「怪物が裕也を殺した」と
譫言のように繰り返したが、そのような目撃証言は周囲からはでず、幼馴染の彼氏を殺された
ショックから、正常な判断ができないのだろうと結論づけられてしまった。

何より、その殺害方法はあまりにも人間離れしている。
まるで居合いの達人のような鋭い傷痕は、とても通り魔による犯行とは思えないからだ。


結局、事件は何一つ進展もなく、藤子もあれから学校に来なくなった。





ウェーブのかかった金髪を揺らしながら、花形 柚子は東雲家の玄関前まで来ていた。
ただし、表情はいつもの明朗快活さからは程遠く沈痛だ。

柚子と藤子、そして裕也とは長い付き合いだ。彼女もまた、裕也を殺されたことにショックは隠せない。
許されるなら、この手で犯人を殺してやりたい衝動に駆られることが、ここ最近は顕著にある。

だが、警察でも手におえない犯人を、ただの生徒会長である自分だけでどうにかできるものだろうか。
しかも、藤子が言うには犯人は蟷螂の姿をした怪物らしい。

にわかには信じがたい話ではあったが、あの藤子が嘘を吐くことなど、ましてあの状況でそれはない。
だから、こうして直接乗り込んで彼女から話を聞きだそうと行動に移した訳だ。

「・・・・でない・・・」

インターホンを何度鳴らしても、返事も何もない。
藤子の両親は共働きでなかなか家に帰れないことが多い。だから、家には藤子しかいないはずだ。

「あれ?」

焦れてドアノブに手をかけると、扉は簡単に開かれた。
閉め忘れだろうか。几帳面な藤子にしては、いやに無用心である。

「藤子・・・?入るよ・・・」

小声かつ、慎重な足取りで柚子は東雲家の敷居を跨ぐ。
ここには何度も来たことがあるはずなのに、この時ばかりはまるで完全に他人の家に来ている心地だった。

特に、柚子を不安にさせたのは漂う無機質な空気である。
まるで生活感というものが感じられない。綺麗な廃屋というイメージが頭につき纏う。

一歩ずつ二階にある藤子の部屋へと階段を上っていくが、その度に嫌な汗が伝ってくる。
とてもよくない出来事が待っている。そんな気さえした。


そうこうしている内に、藤子の部屋の前へとやってくる。
ここまでの道程が酷く長く感じられ、目の前の扉も堅牢に見えてしまう。

「藤子?いるんでしょ?藤子!」

声を振り上げ、半ば強引に扉を開け放つ。次に飛び込んできた光景に、柚子は頭を金槌で叩かれたような衝撃を覚えた。
まるで自分の存在にも気づかず、藤子は思いつめた表情で何かを為そうとしている。
右手には鈍く光る鋭利な刃物。それがゆっくりともう一方の手へと向っていく。


藤子!!!


全身の血液を一瞬で凍らされたような悪寒に身震いしそうになったが、それを堪え、素早く柚子は藤子へと詰め寄る。
一瞬の内に彼女の手からカッターを取り上げると、藤子は別人のように血相を変えた。

「柚子!?返して!返してよ!!」
「バカなこと言わないで!藤子、自分で何をしようとしてたか分かってるの!?」
「柚子には関係ないでしょ!?私のことは放っておいてよ!!」
「な・・・!?」

言葉を失いそうなほどの衝撃と、血が滾るような怒りが同時に柚子の中で起こった。
藤子とはもう十数年も一緒だったし、他愛ないケンカだって何度かしたことがある。
だが、ここまで突き放すような言葉をぶつけられたのはこれが初めてだった。

「柚子だって、どうせ私の言うことなんか信じてないんでしょ!?柚子だけじゃない!
 皆、誰も信じてなんかくれやしない!本気でアイツを殺そうなんて思ってない!!」
「藤子・・・」

普段の藤子なら絶対に口にしないような言葉、見たこともない感情の猛々しさに
柚子は完全に気圧されてしまい、かける言葉を完全に失念してしまう。
いつしか藤子の目尻には涙が溜まっていたのが、余計に柚子の胸を絞めつけた。


私も・・・あの時、殺されてれば良かったのよ・・・そうすれば、こんなに苦しまなくて済むのに・・・・


「・・・・・!!」

瞬間、柚子の頭は漂白した。今まで悲痛に藤子を見下ろしていた瞳は、怒りの激情に駆られたものとなる。
最後の理性など簡単に叩き伏せてしまい、完全に“キレた”柚子は、次には手を振り上げていた。


静寂な少女の部屋に、頬を張った音が響き渡る。


「・・・・あ。」
「何よそれ・・・死ねば良かったですって!?ふざけないで!死んでいいことなんか、ある訳ない!!
 残された私はどうなるの!?裕也だけじゃなく、藤子までいなくなったら、どうすればいいのよ!!

「ゆ・・・ず・・・」
裕也がそんなこと、本気で望むの!?藤子は生きているんでしょ!生きているのなら、
最後まで生きている者としての責務を全うしなさいよ!!


ここまで感情を露わにした柚子を見たのは、藤子もまた初めてだった。
柚子のウェーブのかかった金髪に隠れた肩は上下し、本気でぶつかってきたことが分かる。

次第に呼吸を整えていき、柚子は取り上げたカッターの刃をしまい直すと、それを藤子へと投げ返した。

「これだけ言っても分からないなら、もういい・・・藤子なんて、もう知らないから!!

最後の怒声をぶつけると、入ってきた時同様に荒々しくドアから出ていってしまう。



一人呆然と佇む藤子の目に、柚子が投げて寄こしたカッターが目に留まる。
躊躇することはない。これは自分がさっきまでやろうとしたことのはずだ。

しかし、いつまで経っても藤子の細腕がそのカッターに伸びることはなかった。
代わりに、目尻に溜まっていた涙が止め処なく流れ落ちていく。

「う・・・・あ・・・・・ゆ・・・ず・・・・あ、あああああああああああああああああ!!!










「これが、二年前に起きたことよ。」


誰も、何も言えなかった。
理不尽な怒り、どうしようもない悲しみ、それら全てが混じった複雑な気持ち。
それは成美たちからこの場に相応しい言葉を奪ってしまう。いや、成美たちでなくとも、誰も声をだせなかっただろう。

「私が仮面ライダーになったのは、そのすぐ後。そして確信した。奴らが裕也を殺した犯人だって。」

そう言う柚子の拳は固く握られ、顔つきが怒りとも悲しみとも取れるものになる。

「そして藤子は・・・髪を短くし、すぐに学校に戻ってきた。傍目には事件から立ち直った強い娘に見られてるけど、
 私には藤子が無理してるって、すぐ分かった。だって、幼馴染だから・・・・」

「でも」と、一旦そこで区切ってまた言葉を続ける。

「私には藤子を止められなかった。あの時の藤子を突き動かしていたのは、クリーチャーへの復讐心・・・
 私にできたのは、クリーチャーを追う藤子を守ることだけ・・・・」
「だから、藤子先輩を影ながら守っていたんですね・・・」
「そう。けど、結局私は藤子と向き合うことから逃げていただけなのよ・・・」

逃げるように視線を窓に移した柚子の表情は、ただただ憂いていた。


もう、逃げることなんか許されない。ケジメは、ちゃんとつけなきゃ・・・





一人、成美は病院の外へと足を運んでいた。
あの時の柚子にかける言葉も見当たらず、また何をすべきかも分からない。

(何ができるんだろう・・・私には・・・)

藤子と柚子のこと。あくまで勘だが、この問題はあの二人自身で解決する他ないと思う。
分かっていても、やはりそうすんなりと納得できない。

(・・・クリーチャーと戦うこと。他にはないのかな・・・・)

戦う力がありながら、身近な人を救えないもどかしさ。
それを考えると、途端に自分が無力な人間に思えてくる。


「成美ちゃん?」
「え・・・?」


不意にかけられた声が誰のものかも分からないぐらい、思案に耽っていたらしい。
成美の前には、綺麗な外ハネをした短い乳白色の髪をした藤子がいた。





病院の外に備えつけられたベンチに、成美と藤子は揃って腰かけていた。

「そっか。柚子から聞いたんだ、二年前のこと。」
「・・・すいません。」
「成美ちゃんが謝ることじゃないわ。」

相手を心配させまいと藤子が温かく微笑むが、かえって成美にはそれが堪えた。
二年前に、自分の想像もつかないほどの傷を負った人が、どうしてこれだけ優しく笑えるのだろう。

「柚子がライダーだって知った時、私は逃げた。本当はそんなことしちゃいけないのにね・・・
 私は、二年前のあの時から、何も進むことができず肝心な時には逃げてばかりなのかも。」
「そんな・・・藤子先輩・・・・」

何か言葉をかけようとした成美を、藤子は首を横に振って制す。

「何だかんだと理由をつけておいて、私がクリーチャーを追っている理由が個人の復讐・・・
 その為に私は成美ちゃんやあかねちゃん、そして柚子を利用しているだけなのよ。」
「違います!藤子先輩はそんな人じゃ・・・」
「・・・ありがとう。」

目を細めてまた微笑む藤子の表情が、またも成美の心を痛めつけてしまう。

違う。本当はこんな気休めの言葉を言いたいのではない。
そう思いながらも、やはり成美には何を言うべきかに迷ってしまう。

彼女の気持ちを十分に察しているのか、藤子の瞳に温かな光が灯る。
しかしそれもほんの一瞬のことで、すぐに凍てついた悲しみと静かな憤怒の炎が支配していた。


どうして私には、戦う力がないのかな・・・・・


今度こそ、成美はかけるべき言葉を喪失してしまう。
ただ、この消えない傷を抱いた少女をどうやったら救えるのか。

その答えを自問し続けていた。





イシス
2009年01月09日(金) 00時35分55秒 公開
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