パラダイスロスト外伝……の外伝 燃えよドラゴン 〜Y〜 |
翌日、雄斗はふらふらと当てもなく歩いていた。 慶吾たちに寝床を提供しようとしたが圭吾たちはそれを断ったのだ。 自分の寝床ぐらい自分で探すさ。 そこまで迷惑かけちゃ、雄ちゃんに悪いもんねっ! そのうち、お前の家よりもでっけーモン見つけてやるぜ、ぬ〜っふっふっふ。 彼らはこうのたまった。 ゆえに雄斗はすることもなくフラフラとしているわけである。 「……暇だ。」 とにかく娯楽の少ないここでは、暇を持て余しているものなど大勢いる。 雄斗の歩みが、ふと止まる。 雄斗は作りかけの神輿を見ていた。 その周りには数人の子供たちが駆け回って遊んでいた。 「あっ!お兄ちゃん!」 「ん?」 一人の少年が雄斗の元に駆け寄ってくる。 それはいつだったか、水原にぶつかられた少年だった。 「あぁ、この間の!」 「うん!お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ。」 見れば少年は手にサッカーボールを持っていた。 長いこと使われたのであろうそれは、ところどころ擦り切れてボロボロになっている。 それでもサッカーボールとしての役目は充分果たせそうだ。 「なあ、君名前はなんていうんだ?」 「僕?僕、彰っていうんだ。」 「よし!じゃあ、一緒にサッカーでもやるか!?」 「うんっ!」 そう言うと雄斗は彰と共に少年たちの輪の中に加わった。 少年たちは幅広い年代で、最年少は8歳ぐらいの子、最年長は14歳ぐらいの子だった。 彰は9歳である。 「……と思ったけど、これじゃサッカーできないな。」 「えぇーっ?」 サッカーするには人数が少ない。 22人ではなく16人ほどしかいない。 それにゴールもないのだ。 「じゃ、代わりに缶蹴りやろう。サッカーボールで。」 「缶蹴り?」 雄斗の言葉に、彰は首を傾けた。 「なんだ、お前ら缶蹴り知らないのか?」 雄斗が尋ねると、少年たちは皆一様に首を縦に振る。 あぁ、これがジェネレーションギャップか……。 雄斗は少し悲しくなった。 今時の子供は缶けりを知らないという。 おそらく、このような状況では誰も彼らの遊び相手にはなってくれなかったのだろう。 ゆえに彼らの前の世代が考案した遊びが伝わっていないのだ。 「いいか?缶蹴りって言うのはだな……」 雄斗は子供たちを集めて缶蹴り講座を開始した。 パラダイスロスト外伝……の外伝 燃えよドラゴン 〜Y〜 <宴> 千景は修二のアパートへと向かっていた。 あの後携帯に電話もかけたが、結局繋がることはなかった。 故にこうして足を運んでいるのである。 やがて修二の部屋の前に着き、千景は軽く扉を叩こうとした。 「ん?」 手を握り、叩こうとした瞬間に白い封筒が目に入った。 それは丁度千景の視線上に位置するように、扉の蝶番の上に挟まれていた。 千景は手に取って見る。 「なんだろ、これ?……修ちゃん宛ての手紙かな?」 ぴっちりと封がしてあるそれは、差出人の名前が書かれていない。 そもそも消印も押していなかったので、大家か知り合いかが昨夜に持ってきたのだろうと千景は考え、とりあえず部屋に入ることにした。 手の甲で扉を叩くと、コンコンという小気味良い音が鳴る。 「修ちゃーん?入るよー?」 返事がなかったので、千景はドアノブに手をかけ回す。 靴を脱ぎ、きっちり揃えて部屋に上がる。 そこにいたのは甚平に身を包んで、掛け布団を蹴り飛ばして寝ている修二の姿だった。 口からはだらしなく涎が垂れている。 「もうっ、いつまで寝てるの?」 「むが……むがむが…ZZzzzz」 どうやら修二は寝相がよろしくないようだ。 纏っていた甚平は半分肌蹴ていて、下から白い肌が覗いて見える。 少し顔を赤くしながら、千景は修二を揺さぶった。 「ほーら、もう九時だよ?早く起きないと……」 「ん〜〜……あと五時間……ZZzzzz」 「五時間っ!?そんなこという子は……こうだっ!」 修二の寝言におったまげながら、千景は敷布団を思い切り引っ張った。 修二の身体はそれに抗う術がなく、ごろごろと転がっていく。 もちろんどうなるかは皆さんの予想通り。 ドテッ。 「いてっ!?」 結構な勢いでごろごろと転がり、修二は箪笥に熱烈なキス。 どれくらい熱烈かはご想像にお任せするが、具体的には鼻と唇が真っ赤に腫上がったとだけ言っておこう。 「あ……テヘッ」 「なにが『テヘッ』だっ!次やったらぶん殴るぞ?」 「はい……いやね、自分でもわかってましたよ、あんな台詞は似合わないってことぐらい。でも、でもね?夢見るぐらいいいじゃない。一度ぐらい夢見たっていいじゃない。大体修ちゃんはいっつもそうやって私のこと、馬鹿にしてブツブツブツブツ………」 背後で暗い影を落としながらブツブツとつぶやく千景を尻目に、修二は布団をたたんであっという間に着替えた。 机の上を見ると、白い封筒が目に入ってきた。 「おい、なんだこれ?」 「そもそも幼稚園の頃からの付き合いなら、少しぐらい気づいてもいいじゃない、この鈍感。」 「おい。」 少し危ない気配を感じとったので、修二は少々強引に千景の肩を揺さぶった。 「はっ!?」 「お前、すっげー変だぞ。」 変とは何だ、変とは。 そう言い返そうと思ったが、喉元でぐっと堪える。 変なのは修ちゃんの方じゃないの? あの灰は一体何なの? そう、それを聞きにきたのだ。 が……どうにも千景は流されやすい性格のようで、話題を切り出せずに修二の質問に答える。 「え?そ、そんなことないよ……」 もちろん嘘である。 修二は顔をしかめたが、それほど気にはしなかったのか再び口を開いた。 「ふーん、ならいいけど。で?」 「?」 「これ何?」 「あっ、それドアのところに挟まってたよ。手紙じゃないの?」 「ほー……」 ぶんぶんぶん。 封筒を振ってみても、中身はスカスカだ。 少なくとも爆弾やその類ではない……と思う。 修二は思い切って封を空けた。 「……何だこれ?」 出てきたのはカラフルなパス。 どうやら遊園地か何かの入場券のようである。 修二には通販でこんなものを買った記憶はなかった。 それを見た千景が声を上げた。 「あーっ!これ、ネズミーランドのフリーパスじゃないっ!」 「……なんだ、そのバッタもんくさい名前は?」 東京ネズミーランド。 千葉にあるのに東京ネズミーランド。 曰く、現在人気急上昇中の遊園地らしい。 何でも訪れたちびっ子たちにはハムスターのハチベエがお出迎えしてくれるとか。 他にも同じハムスターのキュウベエ(♀)、鴨のセリザワさん、猫のトロンなどがいるらしい。 かなり際どい名前だと思う。 ………これ、平気だよね? 「いいなぁー。」 指をくわえて千景はまじまじとパスを見つめた。 何故か犬耳を付け、尻尾をブンブン振り回している千景のイメージが修二の頭をよぎる。 ……そういや、開店祝いも成人式の祝いもしてねーんだよな……。 修二はぼんやりと手を顎に添えて考えた。 「……よし。カゲ、お前今日店休め。」 「へ?」 「連れてってやる。どーせ暇だしな。」 「ホントっ!?」 喜びすぎだろ。 お前は散歩に出かけた子犬か? そんな風に思いながら、修二はぶっきらぼうに、『感謝して敬え。』とだけ言った。 千景も千景で『はは〜。』とか言った。 手紙の主が誰かなど、そんなことには注意を払う素振りさえ見せなかった。 どうせ、あらかた予想はつく。 「だから、今度からケーキの代金ツケにして。」 「絶対ダメ。」 「じゃ、行くぞ?じゃーん、けーん、ぽんっ!」 雄斗はパー。 彰たちはチョキ。 気持ちいいぐらいの負けっぷりだった。 「だぁぁっ、また俺の負けかよっ!?」 「じゃんけん弱ーい。」 「パーしか出さないもんねー。」 「もっと頭使いなよ〜。」 「オンドゥルルラギッタンディスカー!?」 雄斗は散々な言われようだった。 が、対照的に子供たちの顔は笑顔でいっぱいである。 たまにはこういうのも良いかもしれないと、雄斗はぼんやり考えていた。 「逃げろーっ!」 「隠れろーっ!」 「ナズェミテルンディス!?」 「とんずらだーっ!」 「待てこらーっ!」 空き缶代わりのサッカーボールを空き地の中心部に置き、彰たちは一目散に逃げ出した。 雄斗は十数えてから彼らを追いかける。 久しぶりに雄斗は遊びまわった気がした。 が、そんなに平和な時間というのは長くが続かないのが世の常である。 ここにも空気を読まないお邪魔虫が存在した。 「何やってんだ。」 彰たちと笑いながら缶蹴りをしている雄斗の前に現れたのは、おそらく宙紀チームの間でももっとも評判の悪いと思われる人間、水原。 まず薫は宙紀にイチャモンを付けたという時点でアウト。 慶吾はこの手の人間が嫌いなのでアウト。 敏彰は良くわからないが、多分アウト。 本当に人に嫌われている男である。 「缶蹴りだよ。見てわかんねえのか?」 雄斗は少しだけ、喧嘩腰に言った。 水原にはいい感情を抱いていないので、目つきも険しくなる。 「お前馬鹿か?こんなときに何ガキと遊んでんだよ。」 「アンタには関係ないだろ?大体、昨日宙紀を見捨てて逃げ出したのはどこのドイツだよ?」 そう、水原は昨日宙紀と修二が激突した場面に居合わせたのだ。 修二が立ち去った後、力尽きた修二を運ぼうと思えばできた筈である。 だが水原に限ってそんなことをする筈がなかった。 「はん、あんな化け物助ける必要があんのかよ?」 「あんだと?」 水原は雄斗を見下しながら言った。 そんな雄斗を見つけたのか、彰たちがゾロゾロと出て来る。 「どけ、ガキども!邪魔だ邪魔だ!!」 「おい!この子たちは関係ないだろ!?」 水原は子供たちを追い払おうと、乱暴に手を振った。 雄斗はそれを咎め、抗議する。 「ここは俺たちが今から演習に使うんだよ!ガキの遊び場にはもったいないからな。」 「勝手なこと言うなよ!ここは今、彰たちが遊んでるだろうが!どっか他の場所でやれ!」 雄斗がそう言うと、水原は肩にかけていた銃を突きつけた。 「うるせえ!いちいち目障りなんだよ、このバケモノ共が!大体な、お前らみたいなのがいること自体おかしいんだよ。昨日の連中だって、お前らが連れ込んだんじゃねえのか?」 「何だと……?」 雄斗の顔つきが、いっそう険しくなった。 「止めなさい。」 そこへ女の声が聞こえてきた。 声の主はカイズィーこと草加雅菜。 背後には乾や北崎の姿も見える。 「水原、そいつの言う通りよ。ここは子供たちが先に使ってた、どこか他の場所でやるのね。」 「あ?お前らも、こいつの味方するのか!」 「ええ。誰かとは違って、戦力としては使えるからね。」 食って掛かる水原を、雅菜はあっさりかわした。 水原は顔を真っ赤にして怒鳴った。 「んだと!」 「あら?聞こえなかったの?」 「ふざけんな!いいか、俺たちに必要なのはベルトだ!オルフェノクや、お前みたいなタカビーじゃねえんだよ!」 一体こいつは何を言い出すのか? 人権無視発言も甚だしい。 だが、水原の取り巻きたちも同じ意見らしい、口々に野次を飛ばしている。 「うっわー、信じられない。何時代の生き物よ。」 「それ、差別ですよっ!」 「あ〜いう男って、もてないのよね〜?」 お返しとばかりに、雅菜たちも口々に暴言を吐いた。 それに応じて水原たちもさらに大声を出す。 結局いつまで経っても口喧嘩は終わらなかった為、雄斗は子供たちを引き連れて別の場所へ移動した。 ふと、背後から強烈な視線を感じる。 振り返ると水原の取り巻きの中に中学生ぐらいの子供たちが雄斗のことを憎しみや殺意の入り混じった儚げな瞳で睨んでいた。 彼らの顔つきは悲壮そのもので、どことなく以前の宙紀を連想させる。 雄斗は彼らの顔を見て、言いようのない寂しさを覚えた。 龍美修二の憂鬱 その1 地上が遥か下に見える。 大空がいつもより身近に感じる。 足が大地を踏みしめているという感触がなく、どこかおぼつかない。 フッっと身体が浮遊感に襲われ、次の瞬間に落下運動を始めた。 「いやぁぁーーーっ!?降ろしてぇぇーーーっ!!」 地球の引力か、はたまた重力かは知らない。 知らないが、未知なる力によって体が引っ張られる感覚。 何度経験しても、恐ろしいことこの上ない。 なんと言うか、内臓が身体の中で激しくシェイクされるような気がする。 これ、実は人間シェイク製造機なのではないのかと、突飛な考えが頭をよぎるぞ。 「助けてぇーーーっ!?神様ぁーーーっ!?」 普段ならこんな間抜けなことは言わない。 人に助けを求めるなんてことは在り得ないし、神や仏なんて信じてもいない。 けど、怖いから仕方ないじゃない。 「誰かぁーーーっ!?」 「もう終わったよ?」 ……諸君、無様な姿見せたな。 どうやら地獄の拷問かと思えたこのアトラクションは無事事なきを得たようである。 まったくもってけしからんとはこのことだ、俺が極度の高所恐怖症と知っての暴挙かね? こんな危ないものに乗るから、腹の奥から何かこみ上げてくる。 この感覚は………まずいっ! 「……キボチヷルイ…」 「え!?修ちゃん、絶叫マシン駄目だったの?」 今の俺を平気と言うのなら、お前の頭はどうかしているぞ。 余は吐き気を催した、びにいる袋を持てい! 急げ、敵はもうすぐそこ(喉の奥)まで迫ってるって! 「ビニール袋、貸せ……うぶ…」 「ちょ、ちょっと!袋袋!?」 「おお、さんうぶおぇぇええ!?」 ダム決壊。 大切な何かを失ってしまった。 もうダメだよ、耐え切れないよ。 「うおげぇぇぇえええっ!?」 「だ、大丈夫!?」 龍美修二の憂鬱 その2 「ここ……か?」 「うん。一回来てみたかったんだー、ボーンテッドアパート。」 これまた奇怪な名前のアトラクションだこと。 こんな危なそうな名前をホイホイと使って、大丈夫なのかね? ついでに言ってやろう、俺は暗い所も狭い所も駄目だぞ。 「……ちょっと休憩しねー?」 「ダメダメ!早く並ばないと、すぐ一杯になっちゃうんだからっ!」 お前は何でそんなに詳しいんだ。 あらかじめ予習しすぎ。 それにさ、俺の弱点ばっかり突いてくるってどういうこと? 俺、お前になんかしたか? 「では、このお客様まで中にお入りくださーい。」 「はーい♪ほら、行こっ?」 あぁ、俺にはお前の手や従業員の声が死神のそれに感じるよ。 何故だ? 俺はここネズミーランドに遊びに来たんじゃないのか? 何故俺はこんなにもやつれてるんだ? 誰か、教えてくれ。 ストレス発散の場にやって来て、ストレスが溜まるというこのジレンマ。 これこそまさに『ジ〜レ〜ン〜マは〜終〜わら〜な〜い♪』ってヤツだ。 あの歌はこのことを予知していたんだよっ! な、なんだ(ry いかん、脳内にM○Rのキ○ヤシがやって来た。 重症だな、俺。 落ち着け、俺。 「いや、俺は……」 「何言ってるの。ここまで来たんだから、しっかり行かなくちゃ。」 「ちょ、よせ、止めろっ!ヘァァァァアアア!!」 ……結論から言おう、俺は失神した。 この際だからはっきり言っておくが、俺は別にナイフを持った男が襲ってこようが、ベルトの戦士が束になってかかってこようが怖くはない。 そこにあるのは、暇を潰せるという喜びの感情、スリルを楽しむ快感があるだけだ。 が、しかし!今回は勝手が違った。 うん、オバケ怖いね。 作り物とわかっていても、俺オバケ怖いんです。 二度とこんな所来るもんか。 ……誰だ、チキンと笑ったやつは? 「………はっ!?」 いけないいけない、また流されてた。 すっかりデート気分で……デート……/// 千景は修二とベンチに座りながら、もじもじくねくねしていた。 確かにネズミー(ryは楽しかったが、今日の本来の目的を思い出し気落ちする。 昨夜、店内に残された一摘まみの灰。 オルフェノクにとって、灰になるということは『死』を意味する。 その『死』の片鱗を確かめにわざわざ出かけたのではなかったのか。 「はぁ……私、何やってるんだろ……」 今までもそうだった。 流されがちな性格をなんとか直したいと思ってきた。 今では、少しばかり改善されたと思っていた。 でも違った、修二といると楽しいことばかりを考えてしまいたくなる。 嫌なことを記憶の奥底に押し込めてしまう。 昔から二人はいつも一緒だった。 幼い頃から助け合ってきたと言えば聞こえはいいが、実質はお互いが依存しあっているどこか歪んだ関係である。 それは千景だけでなく、修二も心のどこかで感じていることだろう。 居心地がよく、失うには惜しい関係。 このままじゃ、いけないよね……やっぱり。 それに終止符を打つべく、千景は意を決した。 「修ちゃん、あのね……あれ?」 顔を横に向けると、そこに修二の姿はなかった。 「なあ。」 「んー?」 「水原の取り巻きの子たちって、一体どういう子なんだ?」 本日もレオナ宅にて夕食を御呼ばれした雄斗は、日中の出来事を思い出して宙紀に訊ねた。 「グレン・フィディックはないのか?」 「私、ノンアルコールのフロリダ!」 「ジョージア・ムーンのロック。」 食卓では慶吾たちが食後の酒を嗜んでいた。 普段は『未成年がお酒なんていけません!』とNGを出すレオナも、今日ばかりは大目に見ている。 「その子たちがどうかしたのか?」 「あ、いや……ちょっとな。」 宙紀の質問に、雄斗は口を濁した。 宙紀は首を捻りながらも、雄斗の問いに答える。 「あの子たちはさ、孤児なんだよ。」 「孤児?」 「ああ。なんでも、オルフェノクに両親を殺されたところを水原に拾われたらしいんだ。一緒に復讐してやろうぜ、って。」 オルフェノクに両親を殺された。 雄斗は、宙紀のその言葉がやけに耳に残った。 宙紀も自身の言葉を反芻しながら救うことができなかった二人の少女を思い出し、胸に鈍いような鋭いような痛みを感じ取る。 「そっかぁ……」 雄斗は合点がいった。 オルフェノクに親を殺されたのなら、先刻のあの悲壮な顔つきも、マグマのようにドロドロとした瞳も説明がつく。 要するに、彼らはもう笑えないのだ。 そう思うと、雄斗は口にしているギネスの生の味が感じ取りづらくなった。 「なんかさ、悲しいなぁ……」 「そうだな……」 そう言うと雄斗は手にしたギネスを、宙紀はタンカーレを飲み干した。 仲間が勢ぞろいして飲む酒は、今夜はやけに苦く感じた。 「えーっと……コーラで良いや。」 ピッ…ガランガラン 自動販売機というのは素晴らしい発明品だと、修二は思っている。 いつでも冷たい清涼飲料水、ひいては糖分を補充できるのだ。 甘党を超えた甘党の修二は、おそらく世界で一番清涼飲料水の売り上げに貢献していると自負している。 もちろん個人でできる範囲の話、だが。 「………龍美。」 「ん?」 声が突然かけられた。 声のする方を見てみると、昨夜意味不明な行動をとった(修二視点)円がそこに立っている。 なにやらおっかない雰囲気だった。 「……何か用?」 「昨日僕は言ったよな、必ずお前を追放してやるって。」 「………そんなこと言ったっけ?」 少し考えてから、修二は言う。 そもそも修二視点では昨日円と会ったのかどうかさえ不確かだし。 円はそんな修二の態度も今日まで言わんばかりに、笑いながら嘆息した。 「へぇ〜。それでそんなに大勢で押しかけてきたってワケね。あの封筒もアンタの仕業だろ?」 「良くわかってるじゃないか。お前なんか『王』には相応しくない、この僕が『王』たる男なんだ。」 「だから取り巻きも大勢いるってか。無様だね〜、一人じゃ何もできないの?」 「なんとでも言え。お前の人生も、ここで終わりだ。」 円がパチンと指を鳴らすと、数人の男たちが物陰から姿を現した。 男たちは共通項と呼べるものがまるで無かった。 あるとすれば、それは不気味なほど虚ろな瞳か。 「おいおい、こんな危ない連中、どっから引っ張り出してきたわけ?」 「君は知らなくてもいいことだよ。どうせ、ここで終わるんだからっ!」 言うやいなや、円の身体にオルフェノク特有の文様が浮かび上がる。 と同時に、周りの男たちもオルフェノクへと変貌した。 「………?」 が、修二は違和感を感じ取った。 目の前の円はいいとして、周りの男たちは明らかにおかしい。 オルフェノクとはいえ、同じ生命体の特質を備えても個人差はどうやっても生じる、それこそ性格や嗜好のようにズレが生じるはずなのだ。 だが、彼らは寸分違わぬ姿へと変貌したのだ。 それは彼らの王を連想させる、飛蝗の姿をしていた。 「なんだ、コイツら?」 「彼らは君と同じ『落ちこぼれ』さ。君には相応しいよ!」 「へー……ま、面白けりゃ何でもいいけどなっ!せいぜい楽しませてくれよっ!?」 そう言って円は駆け出した。 修二はそれを見てニヤリと笑うと、自身も異形へと姿を変える。 身体に薄暗い線が走り、身体のラインが刺々しくも細いものへと変貌した。 両膝からは鋭い刃が牙のように生え、手足は薄い鱗に覆われている。 頭部からは悪魔を思わせる二本の角が、その存在を誇示していた。 SBの灰色の悪魔…………深い意味はない、言ってみただけである。 「くたばれっ!」 円は両腕に備え付けられた甲羅の重量を生かして、思い切り腕を叩きつけた。 修二は両腕をクロスさせて、それを防ぐ。 ボキッという嫌な音がして、修二の両腕はありえない方向に折れ曲がった。 「貧弱な身体だな!」 「その分、治りも早いんでね。」 鮮血を垂らしながらも、腕は瞬時に再生された。 「ふん、しぶとさだけは一流ってことか。見苦しい奴めっ!」 「そりゃどうも。」 「褒めてないっ!」 修二は笑いながら右脚で思い切り円の左腕を蹴りつける。 それは蹴りと言うにはあまりに早く、接触した瞬間に右脚は脛の部分から歪な音を立てて砕けた。 しかし、次の瞬間に骨、筋肉、皮下組織といった具合に瞬時に再生された。 「とろいなぁっ!これならサイガの方がまだマシだぜ?」 「ほざけ!」 修二は再生した右脚で円の腹を蹴った。 が、それは円の右腕に備え付けられていた甲羅で遮られる。 やはり修二の右脚はひしゃげ、次の瞬間には元通りに再生していた。 ビシャリと鮮血が円の身体にかかり、修二が防御すると自身の血しぶきが飛び散る。 夜のテーマパークに血飛沫が舞う。 「そらそらっ、どした、どしたーっ!?その程度か、あぁん!?」 「はん、まだまだ!やれっ、お前たちっ!」 「ギギィッ!!」 言葉と共に、飛蝗のような男たちは強靭な跳躍力を見せ付ける。 空中遥か高くに飛び上がり、地面にはクッキリと足跡がめり込んでいた。 修二はそんな連中を気にもとめず、高速の蹴りを絶え間なく繰り出し続けた。 修二が蹴りを繰り出せば円は捌き、円が反撃をすれば修二は防御せずに距離をとる。 二人の実力は拮抗していて、中々決着はつきそうにない。 修二は今日の鬱憤を晴らすかのごとく、歓喜の声を上げた。 その表情は、円から見ても歪で醜悪に感じ取れる。 「いいねぇ、それそれ!そんな感じで最初っからやりゃぁいいんだよっ!」 「…5………4……3…2,1…」 「あ?」 円は修二の言葉に耳を傾けず、小声で何かを数えている。 修二はそれに気づいたが、危機を察知するのが少々遅すぎた。 「0!」 「ギギッ!!」 「がはっ!?」 突如として円が後方に飛びのき、それと同時に背中に激痛が走る。 あまりの勢いに身体の自由が利かず、コンクリートで舗装された大地にめり込んだ。 身体の四肢や様々な部位が折れ、拉げ、捩れ、千切れ、再生する。 再生している間も、嵐のような激痛が絶え間なく降り注いだ。 嵐の正体は、虚ろな目をした男たちだった。 遥か高く跳び上がった連中が、いきなり急降下して蹴りをぶちかましたというわけだ。 「ギギィ!」 「ギギッ?」 男たちは最早言葉さえ失ったのか、なんとも言えない鳴声を発するだけだ。 倒れ伏した修二を中心として血だまりができていたが、円はまだ終わらせる気はなかった。 「立ちなよ。死んじゃいないだろ。」 「……やっぱりバレたか。おら、どけどけ!」 言いながら、修二は背中に乗るオルフェノクたちを振り払い立ち上がる。 グラッと身体がふらつくが、次の瞬間には顔に狂喜じみた笑顔を浮かべていた。 「へー、結構やるじゃない。それでこそ、潰し甲斐があるってもんだなっ!」 身体のあらゆる部位、間接、皮膚から出血しながらも修二は立ち向かった。 「っ!今の音……」 テーマパーク内を駆け回っていると、なにやら只ならぬ音が千景の耳に入ってきた。 どうやらそれほど離れていないらしく、走れば五分もしないうちに着くだろう。 だが修二がそんなところにいるのだろうかと考えた千景の頭に、ふと昨日の修二の言葉が蘇える。 いや、喧嘩してさー。相手が中々しぶとくて。 嫌な予感がした。 あの男は喧嘩を売るし、喧嘩を買う。 もしかして、お礼参りにあっているのではないだろうかと、千景は推察した。 「まさか、ね……いや、でも修ちゃんならあり得るかも…?」 胸騒ぎがした。 走って走って走りまくった。 やがて視界に捉えたのは、灰色の影。 目にも止まらぬ速さで疾走するものが一つ。 跳んだり跳ねたりして落ち着きのないものが沢山。 少し離れたところでそれらを眺めているものが一つ。 修二が闘っているのが、千景には一目でわかった。 「修ちゃんっ!」 思わず声を荒げてしまった。 灰色の影が幾つか消え去り、次の瞬間に頭上から舞い降りてくる。 「あんのバカッ!」 聞き慣れた声がしたかと思うと、千景の身体は押し倒された。 身体の上に覆いかぶさるようにして修二が倒れ、血が滴り落ちる。 傷は一瞬にして治るが、修二は立ち上がれない。 その理由が自分だと知ったとき、千景は悲しくなった。 自分のせいだと、痛感させられる。 「意外だね。君が身体を張って他人を庇うなんて。」 「言ってろ。その気持ち悪い顔、ニヤニヤさせれんのも今のうちだけだ。」 言う間にも、修二の身体は蹴りを受けてどんどん下がってきた。 身体と身体が密着し、さらに血が滴り落ちてくる。 傷は治るが、その分目に見えない代償を彼は支払い続けることになる。 「おい、何泣いてんだよ。」 「だって……だってぇ、わ、私の、せいで、ヒック、修ちゃん、身体、ボロボロ、に……」 千景はどうしていいかわからず、ただ泣き続ける。 修二は彼女を庇いつつ、頭を働かせた。 「……おい。」 「なんだい?」 「こいつは見逃してやってくんねーか?」 千景は途端に情けなくなった。 幼い頃から彼の背に隠れ続けて、助けて貰ってばかりいる。 今も修二は自身を犠牲としている。 「無理だね。目撃者は消す、常識だろ?」 「あぁ、そうかい。なら、俺もいつかお前を消さなきゃならねーなっ!?」 修二の声に苛立ちが含まれているのを、千景は感じ取った。 もともと人に頭を下げるということが大嫌いな修二。 自分の為にそれをして、それが却下された。 それが修二の逆鱗をどれだけ逆撫でしたことか。 「なら、今やって見せなよ!」 「ぐっ!?」 「修ちゃんっ!」 円は修二を無理矢理立たせると、腹を思い切り叩きつける。 修二の腹が裂け、傷が塞がる。 身体が後方へ勢いよく吹き飛ばされ、修二の視界は霞んでいた。 再生するといっても、質量保存の法則には逆らえない。 少しづつ重量は減り、オルフェノクとしての身体を維持できなくなる時が必ず来る。 それ以前に大量出血でショック死なんてこともあり得る。 「無様だなぁ!お前みたいな者が僕と同列だなんて、そんなことあってはならないんだよ!死ねっ!死ねっ!死んじまえっ!!」 「……てよ…」 円は倒れこむ修二を幾度となく蹴りつけた。 千景は呟く。 「何か、言ったかい?」 円は修二を蹴り飛ばして、千景の方へと振り向いた。 千景は泣きながら叫ぶ。 「止めてって言ったの!!」 そうだ、今彼を救えるのは自分しかいない。 「無理だね。何なら、君が僕を止めて見せれば?ま、そんなことできそうにもないけどね、ハーハッハッハ!」 決意した彼女の行動は早かった。 瞬時にホークオルフェノクへとその姿を変えると、翼を広げ硬質な羽を飛ばして威嚇した。 そのまま低空飛行して修二を抱きかかえると、夜の闇へと飛び去っていく。 地上から飛び跳ねてきた男たちに幾度となく蹴りつけられ、痛めつけられても千景は飛ぶのを止めなかった。 円はその様子を黙って見過ごすと、男たちを引き連れて撤退する。 「フフ……フ、ハハハハハッ!これで、もう邪魔者はいない。いなくなったんだっ!」 笑い声だけが木霊した。 |
YP
2007年07月31日(火) 16時57分13秒 公開 ■この作品の著作権はYPさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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合計 | 1420点 |