仮面ライダーセレナ第壱拾四話「側話/狼の群れは獅子を殺す」 |
前回の仮面ライダーセレナは 鷹「いい加減ちゃんと出演したい…」 セ『因みに今回はマスター完全に出番無しです。 前回までは曲がりなりにも出ては居たのに…』 鷹「うわああぁぁぁぁ――――――――ん!!!!」 泣きながら部屋から走り去る鷹音。 『全く、心の弱い人ですね、マスターは。 おっと、今回も少しやり過ぎた感が有るので注意して下さいね。 因みに作者は「BEN-TO」全巻持っているらしいですが、それでも弁当関係のシーンの描写がイマイチ上手く行かないそうです。 あと、作者はこの間“「BEN-TO」と「DEN-O」って何か響きが似てる”とかほざいてました』 *** 「あーくそ、夏休み早々冷蔵庫の中身が無くなるとは…」 夜、時間は八時半前位、日沈むのが遅い夏とは言え完全な夜になったと言える時間、人通りの少ない路地を一人の少年が歩いていた。 その手には小さめのデイパックを持っている。 「はぁ…(相変わらず燃費悪いなぁ、この体)」 とある事情で最近仕事が入らず、割と暇になっていた少年=獅堂灰斗は、終業式からここ2日程家に籠もってゲームばかりしていた。 そして終業式の前夜にはほぼ満タンだった冷蔵庫の中身が、空っぽに成っていた事につい先程気付き、こうして夜の帳が落ちてきた時間になって買い物に行く羽目になっているのだ。 そうして心の中で愚痴っている内に数日前にも訪れた「スーパー土方」に到着する。 昼間だった前回とは違い、今は看板がライトアップされ、外が暗いせいで店内の明るさが引き立っていた。 (さて、何を買おうか…) 財布の中身は自分のキメラとしての食欲を考慮してもしっかり充実している。 何を買おうと早々予算オーバーには成らないだろう。 とは言え、安い物の方がより多く変えて有り難い事には変わりない。 そんな思考を巡らせて自動ドアを潜り抜けて店内に足を踏み入れる。 空調によって生み出される外との温度差が肌に心地良かった。 「?」 と、足を踏み入れた瞬間、灰斗は妙な事に気付く。 (何だコレ?) 気付いたと言うより違和感だろうか。 先日彼がここを訪れた時に比べて、店内の空気が僅かに重いのだ。 キメラになった事で強化された感覚と、“経験”がそれを感じ取る。 何と言うか張り詰めているというか、殺気を感じるというか。 感覚が鋭い人間なら感じるかも知れない程度の差でしかないが。 店の空気その物に感じると言う事は、発生源は複数、と言うより店全体だろうか? (まぁ、良いか) 殺気だとしてもこの位の殺気なら、直ぐにどうこうされると言う事はあるまい。 そもそもココはスーパー、一般の施設、庶民の生活の一部。 流血沙汰なんて起ころう物なら、この店の信用に関わるし、常識ある者ならこんな場で誰かを襲おうはとするまい。 「?」 と、突然自分に向けられた“意識”を感じ、灰斗は小さく反応してしまう。 先程までの殺気は、緊張によって発散されていると思しき物で、少なくとも自分に向けられては居なかった。 だが、今はそれが自分に向けられている。 それも複数。 「な、何だ…?」 ふと足を止めてそれを感じた方向に目を向けても、食玩を手にとって真剣な目で品定めしようとしている高校生や、ゴマ油とオリーブオイルのどっちが美味しいか論争している女子大生のグループが居るだけだった。 だが、それは間違いなくその方向から出ている。 (隠そうとしている? 何故? 殺気…と言うには害意が薄い。 どっちかと言えば視線に近いか。 飽くまで“観察”…だけじゃない、“品定め”? そもそも何故スーパーで観察される?) 訳が分からない。何故買い物に来ただけで観察されるのか。 自分は何かやらかしたのだろうか? とは言え、問い詰める訳にも行かないので、気にせず弁当売り場に向かってみる。 こう言う場所では、夜に弁当が安くなると言うのが“お約束”だからだ。 金はあるので安くなっていなくても問題は無いが、安い方が沢山買える。 「………」 だが、弁当売り場に近付くに従い、自分に向けられる“視線”は段々増えて行き、弁当売り場に着いた時には、店全体が灰斗を見ているかの様な錯覚すら感じる程になっていた。 そして灰斗がハンバーグの入った弁当を取って、「30%引き」のシールを目に入れた時、その濃度はいっそう濃くなり、僅かに“殺気”の色が混じる。 だが、その一旦その弁当を置いて、何となく腕時計を確認した時、一気にその質が変わった。 「観察」から「狙い」へ、「品定め」から「蔑み」へ。 ハッキリ言えば、一種の悪意か害意が混じりだしたのだ。 「―――豚め…」 「っ!」 そんな声を聞いた気がして、灰斗は思わず振り向くが、誰も灰斗の方を見ては居ない。 飽くまで表面上は、だが。 とは言え、直ぐに襲ってくるでも無く、只殺気を向けてくるだけで、何もしてこない。 (ホント何なんだ?…と、お) ふと左の方を見ると、従業員用の扉から、エプロンを着けた大学生と思しき若い店員が、シールのロールを持って現れた所だった。 (半額にするのか?) 丁度良かった、思って店員の邪魔にならない様にどいた瞬間、向けられていた“意識”が更に増大した。 (へ!?いや、違う、この“意識”は俺じゃなくて…) この場所、つまり“弁当売り場”に向けられて居たのだと気付く。 自分にも殺気は向けられてはいるが、それは物のついでと言った感じだ。 そんな灰斗の前で店員はその殺気を気にした風でもなく弁当に「50%引き」シールを貼って行く。 (気にしても仕方無い…ええい!成る様になれ、だ) やがて、店員が最後の弁当にシールを貼り、彼が元の扉に入って行くのを尻目に、灰斗は弁当売り場に戻り、殺気を黙殺しつつ先程のハンバーグの入った弁当を手に取―― 「っは!?」 ――る寸前に灰斗は体を大きく右にずらすと、直前まで灰斗が居た場所を、風を切る拳が貫いた。 「チッ」 間一髪拳を躱した灰斗が感じたのは、拳が巻き起こした風と、その拳を放ったらしき男の舌打ちだった。 (何だぁ!?) 慌てて振り返ると、いつの間に近付かれたのか、十を超す人々に囲まれていた。 性別も年齢もバラバラで、共通項が有る様には見えない。 いや、共通項がないというのは正確ではないだろう。 彼等は例外なく“狩る者”の目をしており、一様に侮蔑の感情を湛え、灰斗を注視していた。 「な…何だよ。弁当か?弁当が欲しいんか!?」 その異様な光景に思わず灰斗は固まってしまう。 そんな灰斗に向かって、彼等は動き出した。 「弱きは叩く――」 「(ヤバイ!)くっ!?」 誰かがそう呟くと、まず先頭にいた三人が灰斗に接近してくる。 灰斗と同い年位の女子が顔に向かって拳を、大柄な男が低めの姿勢でラリアットを、最後に小柄な少年が足払いを、それぞれ別の方向から掛けてきた。 そのどれもが、一般人の物とは思えないほど早く、鋭い。 常人なら食らった後に何をされたか全て把握出来るかどうかと言った所だろう。 だが生憎灰斗はキメラであり、おまけにそれなりの経験を積んでおり、反応速度は並でない。 女子の拳は頭をずらして避け、ラリアットは両手で正面から受け止める。 最後の足払いは思い切り払い返し、少年の体ごと足を横に吹っ飛ばした。 だが… 「ふぅ……ぐふっ!?(しまった!)」 死角となっていた真横から、灰斗の脇腹に肘がめり込んでいた。 それは最初に拳を放ち、灰斗に避けられた奴だった。 正面の攻撃に集中する余り、最初の男が真横に留まったままだった事を、失念してしまっていたのだ。 「――豚は――」 「ぐっ!」 呻いて体勢を崩した所で、背中を蹴られ、“狩人”達の集団につんのめって突っ込む形になってしまう。 体勢を立て直す間もなく誰かに鳩尾に膝を叩き込まれ、頭が下がった所を、首根っこを掴まれ無理矢理起こされた。 「――潰す」 「っあ…」 その状態で背中に蹴りを、喉に掌底を同時に叩き込まれ、呼吸が止まる。 「それが“ココ”の――」 「ぃ!?!?」 こめかみに回し蹴りを喰らって吹き飛び、意識が一瞬飛ぶ。 床に叩き付けられ、よろめきながらも何とか起き上がる。 (何なんだホントに!!) 混乱しながらも、自分をこんな目に遭わせた者達を再度目に入れようとするが、代わりに彼が見たのは、ジーンズの生地だった。 「――掟だ」 「っ!」 直後にジーンズを穿いた女性のハイキックが顔面に命中。 同時に後からも攻撃されていたのか後頭部からも衝撃が襲いかかる。 吹き飛んで衝撃を逃がす事も出来ず、衝撃に脳がサンドイッチされ、意識が朦朧として悲鳴すら上げられなかった。 「う…くぅぅ…(あれ?床が)」 そんな彼の視界に、良く磨かれた床が起き上がり迫ってくる。 (ああ、俺が倒れてるんだ…) 気付いた直後、視界が床に埋め尽くされた。 完全に倒れたらしい。 体がまともに動かせず、起き上がる事も出来そうにない。 ふと倒れて居る灰斗をよそに、幾つもの足音と怒号が彼の耳に届く。 (これから…何が起こるんだろうか?) ボンヤリそんな事を考えたのを最後に、灰斗の意識はブラックアウトした。 *** “ガ―――ッ”「ありがとうございましたー!」 「はぁ…酷い目に遭った…。 何なんだ、アイツ等」 20分後、店員の声を背中に、デイパックを肩に掛け、両手に大きく膨らんだエコバッグを持った赤毛の少年=灰斗が自動ドアから出てきた。 服はボロボロで背中には足跡が幾つか付いているが、その足取りはシッカリしている。 「そういや楠木が“弁当が”どうのとか言ってたけど、この事だったのか?」 結局あの後灰斗は3、4分程で目を覚ましたが、その時には弁当は一つ残らず無くなっており、店内の空気も以前と同じような感じに戻っていた。 辺りを見回すと、近くに何人か倒れており、何故か店員も客も、倒れていた灰斗達を放置していたらしい。 余程邪魔だったのか、通路の脇に除けられている者は居たが。 まぁ、灰斗も他の人を放置して来たので人の事は言えない…。 灰斗は考える。 つまり、あの集団があの空気の重さの原因だったと言う事か。 目的は半額弁当を買う事だろうか。 だったら何故自分の様に列んでいなかったのか、何故自分を結託してまで排斥したのか。 放置されていたと言う事は、それが日常だと言う事か? 分からない事だらけだった。 一瞬、半額弁当を奪い合う為のバトルロイヤル、何てイメージが浮かんできた。 アレはルールに則った闘争であり、自分はそれへの参加資格を満たしていなかった。 列ぶんでいなかったのは公平さを保つ為であり、自分は邪魔者、或いはルール違反を犯した為に罰せられた言った所か。 そして彼等はそう言った“無法者”を“豚”と呼び、蔑んでいる。 「ははは、無い無い」 何となく浮かんだ設定を笑って却下。 幾ら何でも、弁当の為に暴力まで厭わないというのは、灰斗の常識から離れすぎている。 じゃあ、何でぶっ飛ばされる羽目になったのかと言われれば、答えに困るのだが。 とにかく、弁当の入手に失敗した灰斗は、諦めて他の食材を買い集め、ついでにせめてもの腹いせに半額になっていたおにぎりとサンドイッチを買い占め、現在に至る、と言う訳だ。 全身に負ったダメージは、起きた時点で殆ど無くなっていた。 一般人だったら今頃歩くだけで痛みが走る状態になっていただろう、その位のダメージを負わされていた事を考えると、キメラである事に感謝したくなってくる。 「ううぅぅぅ…」 ボコられていた時の事を思い出し、灰斗は何だか泣きたくなって来た。 灰斗にMのケは無い、どっちかというとSだ。 だからああして一方的に殴られるのは御免被りたいのだ。 (何にせよ、ルールも分からないんじゃ、どうにもならん。 もう半額弁当には手を出さんとこ) 幸い、金銭的に割と余裕が有るので、灰斗がそこまで半額で有る事に拘る必要は無い。 せめてルールを教えてくれる知り合いが居れば話も変わってくるのだが…。 まぁ、「30%引き」の内に買ってしまえば、襲われる事も無いはずだ。 そう心に決めて、灰斗は現在の住居へと足を向けた。 *** トボトボと暗い路地を進んで行く。 空は曇っていて月明かりは余り届かず、道の脇に時々建っている街灯だけが頼りだった。 「コレでどれだけ保つのかねぇ…」 両腕の食材の詰まったエコバッグを見ながら、溜息をつく。 キメラは元々人より多めにエネルギーが要る上に、食べようと思えば割と常識外れな量でも食べてしまえる。 その分太るという訳でもなく、それで居てエネルギーは貯蔵出来ているというのだから、世の肥満体型の人が聞いたら嫉妬が止まらないかも知れない。 まぁ、何が言いたいかというと、これだけの食材でも、一週間も保たないだろうと言う事だ。 「やれやれ………ん?」 そうして歩いていると、道の先に人影が見える。 人数は二人と言った所だろうか。 この距離まで気づけなかったと言う事実に、灰斗は“やはりさっきの騒動で消耗していたのかな”と、軽く憂鬱になった。 (ま、適当に避ければいいか) 別に突っかかってこなければどうでも良い。 夜の散歩か、買い物に出た近所の人だろうと思い、何事もなくすれ違おうとする、が 「おっとニイちゃん、ちょーっと待ってくれネェか?」 「はい?俺が何か?(チンピラか何かか?)」 いきなり呼び止められ肩を掴まれる。 相手を見ると、割といい歳してそうな男の二人組で、片方は角刈りでサングラス、もう片方はカラフルに染めたモヒカンを頭から生やしていた。 その余りにもチンピラめいた格好は、イメージ通り過ぎて逆に珍しい。 少なくとも、灰斗が思わず目を奪われてしまう程には。 「……(スゲー)」 「獅堂灰斗と言うのはお前だな?」 「…え?は、はい、そうですけど…」 男達の格好(と言うかモヒカン)に思わず見とれてしまっていた灰斗は、角刈りの自分を呼ぶ声に、現実に引き戻される。 「悪いが一緒に来て貰おう」 「は?何でですか?」 「今知る必要は無い。とにかく一緒に来い」 「ちょっ、止めて下さいよ!」 無理矢理引っ張ろうとする肩に掛けられた手を払い、灰斗は踵を返して逃げようとするが… 「ヘッヘッヘ…」 「おっと、こっちは通行禁止だ」 「うっ!?」 反対側も二人の人影が道を塞いでいたのだ。 こっちはスキンヘッドの大男と、ヨレヨレの服を着たガラの悪そうな男だった。 (こりゃまた“いかにも”だな…) 「さあ坊主、一緒に来い」 「ヘッヘッヘ…」 「クックック…」 「ヒャッヒャッヒャ…」 (笑い方もなぁ) ジリジリと距離を詰められピンチの筈なのだが、灰斗はどうしても彼等の姿や仕草が気になってイマイチ緊張しきれない。 とは言え、大人しく捕まるつもりもない。 “トントン”(コレなら行ける…か?) 二、三ステップを踏んで、荷物を持った今の自分がどの程度動けるのかを軽く確認、問題無いと判断すると、モヒカンに向かって身構える。 「あん?」 「何をするつもりだ」 「………別に何、もっ!」 「!?」 チンピラ(笑)共の疑問を無視し、灰斗はモヒカンに向かってダッシュ! そしてモヒカンの直ぐ前まで来ると 「ほっ!」 「ぐぼぉ!?」 そこでキメラの身体能力を利用して大きく跳び上がり、モヒカンの頭を踏みつけて更にモヒカンの後方に跳躍、数メートル離れた所に着地すると、脇目もふらずにダッシュする。 「バーカバーカ、ざまぁ見さらせ!」 取り敢えず挑発しておいた。 「このガキ!待ちやがれ!!」 「誰が待つか!」 *** とにかく逃走自体には成功したが、ここからが問題である。 ただ単に家に戻る訳には行かず、かつ両手に荷物を持っている状態では、全速力を出せるとは言い難い。 だが、キメラである灰斗はその状態でも一般人には追いつかれない自信が有った。 (でも、相手にキメラが混じってたらそうは行かないな…!) 取り敢えずの目標を交番に定め、しばらく背中から聞こえる怒号をBGMに鬼ゴッコを続けていたが “メキメキメキ…” 「!」 後から、生物っぽいナニカが蠢き、作り替えられる音が聞こえる。 その音で灰斗は、追っ手にキメラが居る事を悟った。 「クソッ!」 舌打ちをしながら左の脇道に入ろうとするが 「ハッハァー!追いついたゼェ!」 上空から背中から透明な翅を生やし、口からは長く太い管を生やした蚊の様なキメラ=モスキートファクターが降りて来て、脇道を塞ぐ。 「くっ」 諦めて通りをそのまま走ろうとするが 「遅いぜぇ」 その方向には灰色の毛皮に包まれた前歯がはみ出た鼠の様なキメラ=ラットファクターが立ち塞がっていた。 「っ…えぇい!」 切羽詰まってザッと見渡すと右斜め後方にも小道があるのを見付ける。 それを目に入れた瞬間、灰斗は後先考えずにその道へ飛び込んだ。 *** 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…くそっ、交番に行くつもりがこんな所まで…」 あれからどれくらい時間が経っただろうか、追っ手をまきつつ当て処もなく走り続けた灰斗は海辺の倉庫地帯に辿り着いていた。 交番、あわよくば警察署が見つからないか探しながら逃げ続けていたら、いつの間にかこんな所まで来てしまっていたのだ。 幸い此方から見える位置に追っ手は居ないようだが、油断は禁物だ。 (大体こんなに時間が経ってるなら仮面ライダーの一人でも駆けつけてきそうなモンだけど…) この町には仮面ライダーは灰斗が知っているだけで一人、ハッキリ知っている訳ではないが噂程度の者が一人、未だ姿を現していが存在はしている筈の者が一人の、合計三人存在するはずだった。 その誰もがあのキメラ達を鎮圧に来ない。 (何か理由があるのか、怠けているだけなのか…) この場では答えは出ないであろう思考をしながら、誰も追いついてきていない事を確認しつつ、適当な倉庫に足を踏み入れる。 中には錆びた鉄骨やら木材やらがいくつかの山となって積まれており、かと言って打ち棄てられている訳でもないのか、運搬用のリフトやその轍も幾つか置かれていた。 しばらくの間隠れる分には問題は無さそうである。 灰斗は倉庫の隅の山に近寄り、その影に荷物を下ろして潜めようとした所で―― “ボゴオォォォォン!” 「いいっ!?」 倉庫の天井を突き破って何かが降りてくる。 こんな状況で登場するのは追跡者だと相場で決まっている。 「ひゃっひゃっひゃ、みぃつけたぁ!」 「くっ」 そう言って降り立ったのは先程のモスキートファクターと似てはいるが、口の管が無く、全体的に太めなハエのようなキメラ=フライファクターだった。 (まさか三人目までキメラとは) ココまでに追いかけてきたキメラは二体だけだったので、何となくキメラは四人中二人だけだと思っていた。 しかし現実には三体目のキメラが居る。 (って事は残りの一人も…) キメラだろうなぁと言う結論に達し、灰斗はゲンナリする。 フライファクターが天井を突き破る時の轟音は、他の奴等の耳に届いたはずだ。 もうすぐ他のキメラもココに駆けつけてくるだろう。 チラリと前後の出入口を見ると、それぞれの方向からそれらしい影が此方に向かってきているのが見えた。 恐らくもう一体のキメラも、別の方向から来ているはずだ。 「絶体絶命…だな」 ――普通ならな――と心の中で付け加える。 これ以上逃げ続けるのは困難だと感じた灰斗は、“逃げる以外の選択肢”を選ぶ事を視野に入れる事にした。 灰斗の予想通り、数秒程で四体のキメラが集結する。 逃亡中に何度か遭遇したモスキートファクター、ラットファクター、先程倉庫の天井を突き破ったフライファクター、そしてこの場でようやく戦闘態を表したトカゲのキメラ=リザードファクターの四体が、灰斗の四方を取り囲んでいた。 「手間を掛けさせてくれたな、小僧」 そう言いながらリザードファクター――声からして最初に声を掛けてきた角刈りグラサンだろう――が灰斗の目の前まで近寄ってきた。 「そうかい、貴重なお時間取らせて悪うござんした。 どうぞワタクシメなんぞ気にせず、有意義にお過ごし下さい」 「ふん“ガッ”」 「うぐっ!」 灰斗が少し皮肉っぽく返すと、気に入らなかったのかリザードファクターは灰斗の胸ぐらを掴み、壁に押しつける。 「く…ぐ……ぅ…」 「ならばその有意義な時間の為に貴様には一緒に来て貰う」 「だ…だからそれは、最初に断った…だろうが」 「貴様に選択権は無い。有る方の命令でな、貴様が欲しいそうだ。 そう言う訳で、少し大人しくなって貰おう…かっ!」 「がはぁっ!!」 そして鳩尾への一撃を皮切りに、リザードファクターは灰斗に暴行を加え始める。 それから三分程、灰斗は痛めつけられた。 いつの間にか他の三人が加わり、入れ替わるようにリザードファクターは後方でその様子を見ている。 彼等は飽くまで“連れて行く”と言う目的を忘れていないのか、本気では無く、遊び程度の力加減で(それでも十分な威力ではあったが)袋叩きにし続けた。 「その辺にしておけ。 下手にやり過ぎれば“あの方”に何と言われるか分からんぞ」 その声に反応して、三人のキメラは灰斗から離れて行く。 そしてその場にはボロ雑巾の様に成った灰斗が残された。 「…………」 「さて、今度こそ着いて来て貰おう。運べ」 リザードファクターは、ラットファクターに灰斗を運ぶよう指示した。 そしてラットファクター無言で倒れ伏す灰斗の首根っこを掴み、持ち上げようとする。 だが―― 「なぁ…」 「ん?」 今までまともに抵抗しなかった灰斗が、自分を掴むラットファクターの腕を掴み返したのだ。 「アンタらは“こう言う事”をして何とも思わないのか?」 「こう言う事?」 「わざわざ戦闘態になって、たった一人を寄って集って傷付けることだよ」 「ふん、それは狙われた貴様の運が悪かったのだろう? それに貴様がキメラだという情報は得ている。 こっちもキメラだとは言え、一対一では些か不安だからな」 「……」 再び黙った灰斗をラットファクターが連れて行こうとする。 だがその手を灰斗は振り払い、自らの脚で立ち上がった。 「テメェ…!」 怒るラットファクターを無視して、灰斗は話を再開する。 「なら、もし相手が一般人だったらどうするつもりだった」 「それなら一人で十分だな。キメラが只の一般人に負けるはずがない。 力のない只の人間如き、キメラに逆らう術もないだろう。 弱い奴が悪い、そう言う事だ」 「そうか…」 「そう言えば貴様は逃げる時も、こうして追い詰められても変身しなかったな。 大方、戦闘態になる事を怖がっているのか、戦闘態の力に自信が無いかのどっちかだろう?」 「………」 「ハハハハッ、図星みたいだな!」 「ヘッヘッヘ、なっさけねぇの!」 「仕方無いな、弱い奴はこんな物だ、ククク…」 「ヒャッヒャッヒャ、あの人も何でこんな奴欲しがるんだかな!」 リザードファクターの嘲笑に、他の三人も同調して灰斗を笑い始める。 「――――クッ」 「「「「!?」」」」 だが、突如聞こえた異様な“声”に笑い声が途切れる。 「クハハ…ハハハハハッ…アァ――ハハハハハハハハハハハハハ!! 」 「な、何だコイツ?」 「狂ったか?」 「Mに目覚めたとか?」 「その発想は無かったぁ!」 哄笑する灰斗に四人は戸惑い、混乱して適当な事を口走った。 誰だって目の前で前触れもなく笑われたら多少なり混乱するだろう。 「――ハハハハハ……フゥー、そうかそうか。 分かった、分かったよ」 やがて笑いも収まり一息つくと、鋭い目つきで四人を睨む。 その雰囲気は、さっきまでの割と普通の少年らしい物とは全くかけ離れ、強い意志と深い狂気を感じさせる物に変わっていた。 彼が発散するその姿とは不釣り合いな殺気に、四人は動けなくなる。 それほどまでに彼は異様だった。 「全く、折角“逃げてやった”というのに、ココまでしつこく追いかけてくるとはな…。 仕方無い、貴様等の考えも理解したし、これ以上逃げても不毛だ。 何より最近欲求不満でな…相手をしてやる。 精々派手に燃えろ、ゴミ共が…!」 灰斗が叫ぶと、右手首のバンドにプリントされていたファイヤパターンの模様が赤い光を放ち、その形をまるで炎を思わせるような色合いの赤い腕輪に変化させる。 次いで灰斗の体のあちこちから炎が噴き出した。 「! 自爆か!?」 驚くリザードファクター達の目の前で炎は勢いを増し、瞬く間に天井まで届かんばかりの巨大な火柱に変化して、倉庫全体を赤々と照らした。 その芯となっているはずの灰斗の姿は、完全に炎に隠れて見えなくなっている。 ラットファクター達が、燃え尽きたかと思い受けた命令を果たせなかった事を嘆こうとしたその瞬間―― “□□□□―――――――!!!!!” 「っ!」「ひぃっ!」「何じゃぁ!?」「うひゃ!?」 炎が戦慄き、魂まで揺さぶるような猛獣の咆吼が彼等の耳を打った。 こう見えて四人とも、そんじょそこらの猛獣には負けない自信と自負は有る。 しかしこの意味のない筈の只の咆吼が、そんな彼等でさえ恐怖を禁じ得ない何かを叩き付けてきたのだ。 (どうする…!?) 四人のリーダー格であるリザードファクターは迷う。 彼等の眼前の“炎”は十中八九敵だろう。 だが、敵の能力は未知数な上、発する“圧力”が尋常じゃないのだ。 四人で同時に掛かっても勝てるかどうか…いや、恐らく勝てないと思える位に。 とにかく一定の距離を取り、仲間にもそうするよう指示した時… “ヒュッ”「うっ!?…“ゴォン!”がはっ!」 リザードファクターの横からいきなりモスキートファクターの姿が消え、後方の壁に叩き付けられたのだ。 何事かと一同が慌ててその方を見ると、赤熱した鉄塊のような色をした杭みたいな物体が、その腹部を壁ごと貫き磔にしていた。 「く…何、だコレ……“ボゥ”!」 キメラにとって腹に風穴開けられた程度では、大ダメージに成りこそすれ、致命傷には至らない。 だが、痛みに耐えながらも杭を引き抜こうとしたモスキートファクターの声がその途中で恐怖に染まった。 個体だった“杭”が、崩れるように炎に変化し、彼を飲み込んだからだ。 「ひ…ぎゃあああああぁぁぁぁ!!!…あ…ぁぁ……、………」 “杭”が炎に変わった事で磔からは解放され床に落ちたモスキートファクターは、呆然とする三人の前で、その炎に体を内から外からから焼かれて行く。 最初は火達磨になりながらのたうち回っていたモスキートファクターだが、数秒で悲鳴も止み、動きも止まってしまった。 「汚い篝火だ…とでも言った方が良いか? ともあれ、まずは一つ」 「っ(まさかエレメントシリーズか!?)……貴様!」 嘲笑するような物言いに向き直った三人の目の前で、声の主――火柱が蠢いた。 “パチパチ”と音を立てながら塔の様な形状から、粘土を捏ねて丸めるように直径3M程の火球に変化する。 “ボバッ” その変化が終わった瞬間、火球の真ん中辺りから突き破るように一対の手が生えた。 オレンジ色をベースに、赤い装甲が装着され、鋭い爪を生やした、猛獣の足と人の手を掛け合わせたような造形の手だ。 考えるまでも無く、火球の中に潜む少年――だったモノの手だろう。 「ふん」“バシュゥッ!” そしてその手が火球を引き裂き、舞い散る火の粉の中からそれは姿を現した。 二メートルを軽く超す身長。 野性味を感じさせる大柄な体の各所に纏った、オレンジ色の模様の入った赤い装甲。 頭部はライオンに近いが、その周りに揺れているのは鬣ではなく燃えさかる炎だった。 それはキメラという異形の中にあって尚異質、自然物を操るエレメントシリーズと呼ばれるキメラ群、その中で三番目に人類に認識された個体、コード名“フレイムファクター”。 その名が指す通り、炎を操り眼前の敵を余さず焼き尽くす“怪物”だ。 「てめえぇぇぇ―――!よくもォ!!」 「待て!うかつに……」 赤い獅子が完全に姿を現した瞬間、仲間を葬られて逆上したフライファクターがリザードファクターの制止を聞く前に、背中の翅を羽ばたかせて飛び掛かる。 「……“ヴ…ドゴウッ!”」 「ぎあああぁッ!?」 次の瞬間、悲鳴を上げたのはフレイムファクターではなく、フライファクターの方だった。 フライファクターの爪がフレイムファクターに届く前に、炎の鬣から撒き散らされた火の粉がそれぞれ大人の頭程の大きさの火球に変化、それがフライファクターを撃墜したのだ。 “パキッ” “ヒュッ…ボボボボボボボボゥ”「うああああああああああぁぁぁぁ!!!」 撃ち落とされフライファクター見たフレイムファクターが指を鳴らすと、更に20を越す数の火球が生まれ、フライファクターに殺到、小爆発を起こして大きく燃え上がった。 「これで2つ。 全く…幾らゴミに過ぎないとは言え、もう少しマシな戦い方は出来ないのか?」 燃えるフライファクターに何の感慨も見せず、フレイムファクターは呆れたように呟いた。 その声には嘲りすら籠もっておらず、ただ詰まらなそうな空虚な響きがあるだけだ。 「くそ…(まさかこんな事に成るとは…!)」 リザードファクターは心中で嘆いた。 今回の仕事に当たって、対象がキメラであるとは聞いていたが、まさかココまでの怪物だとは予想の範囲外だったからだ。 「こ、これ以上付き合ってられるか!!」 目の前であっさり二人も仲間を殺され、怖じ気づいたラットファクターが出口から逃げだそうとするが―― 「逃がさんぞ“パキッ”」 再びフレイムファクターが指を鳴らすと、何と未だ燃え続けていたモスキートファクターとフライファクターが起き上がり、ラットファクターに組み付いて動きを封じてしまった。 「お、お前等止めろ!離せぇ!!」 「弾けろ」 「ひ“ドゴォン!!”」 「!……」 しがみついていた二体のキメラは、フレイムファクターの合図でラットファクターを巻き込み爆発した。 おまけにどう言う力が働いたのか、爆風は周りに広がらず、見えない結界に閉じ込められているかの如く封じ込められていた。 当然外に行けないエネルギーは結界内で暴れ回り、その内側を破壊し尽くす。 やがて爆発が収まった時には、その場には灰しか残っていなかった。 「………」 「ふむ、前回と同じ轍は踏まないよう工夫してみたが…上手く行ったな」 立ちすくむリザードファクターをよそに、フレイムファクターはその結果に満足そうに呟くと、最後に残ったリザードファクターに目を向けた。 「さて、後は貴様だけのようだが……“シュッ”」 「!? かはっ!」 言葉を切るのと同時にフレイムファクターの姿が消え、一瞬後、リザードファクターは首を締め上げられながら壁に押しつけられていた。 「少し貴様に聞いておきたい事がある」 「ぐ…答えると……思うか?」 「…………どこから焼いて欲しい?」 「……」 片手で締め上げつつ、空いた方の手に炎を生み出しながら脅してくるフレイムファクターに、強がっていたリザードファクターは黙り込む。 どのみちコイツは自分を殺すつもりだろう。 つまりコレは、答えないと楽には殺してやらないと言うタイプの脅しだと理解した。 その沈黙を了承と取ったのか、フレイムファクターは質問を続行した。 「まず、俺を狙うように言ったのは、CCC団のヤツか?」 「……そうだ」 「名前は分かるか?」 「…知らない“ボウッ!”ほ、本当だ!面識はあるが名前は聞いてない!」 「そいつが俺を狙った理由は?戦力目的か?」 「わ、分からない、とにかく連れてこいと…」 「俺がエレメントシリーズだとは聞いていなかったのか?」 「……」 「ふん、お前等、捨て駒にでもされたんじゃないか?」 「………」 「では、CCC団のアジトはどうだ?」 「く…し、CCC団に基本的にアジトは存在しない、飽くまでキメラによるネットワークがその本質だ」 「ほう」 “よくもまぁ、ココまで簡単に話してくれるモノだ”とフレイムファクターは思ったが、考えてみればキメラは戦闘力こそ有れど、拷問に耐える訓練を受けた兵士という訳ではない。 個人差はあっても、痛めつけるなり絶望させるなりすれば、例えその先に死しか待っていないと分かっていてもペラペラ喋ってくれるのも道理という訳だ。 そもそも隠す積もりがないのかも知れないが。 「それでは、最後の質問だ。……水を操るキメラを知っているか?」 「水を…だと?」 「! 知っているのか!? 話せ!そいつは今何処に居る!!?」 リザードファクターが思い当たる事があるかのように言い淀むと、フレイムファクターは豹変して詰め寄った。 「ぐ…し、CCC団…の幹部…に確かそんなキメラが居るという話を――」 「な…に…?」 「うおっ?“ドサッ”」 リザードファクターの答えを聞いた途端、何故かフレイムファクターは呆然として腕から力を抜いてしまう。 (何だ?……とにかくチャンスだ!) いきなり自由になったリザードファクターは戸惑った物の、直ぐに気を取り直し手の中に中型の剣を生成、未だ立ち尽くすフレイムファクターに斬り掛かった。 “シュカッ”「うくっ!?」 目論みは上手く行き、すれ違いざまにフレイムファクターの左腕が肘の辺りから切り離され宙を舞う。 「(やった!)……なぁっ!?」 だが、心の中で喝采を上げたのも束の間の事だった。 宙を舞ったフレイムファクターの腕が、空中で炎に変化し、リザードファクターの首に巻き付いたからだ。 「やってくれたな…ゴミの分際で」 「“ギリギリ”ぐあぁ!な…に…が」 空中で腕がいきなり炎に変化し、更にその炎が宙を舞ってリザードファクターに巻き付き、実体のない筈の炎に首を絞められる、それで居て炎の熱さは保たれたまま。 およそ常識から外れた事を立て続けに見せられ、リザードファクターはパニックに陥る。 そしてその炎はフレイムファクターの方に、リザードファクターを引き摺って行った。 そして炎がフレイムファクターの腕の斬り口に燃え移るように接続され、元の腕に再変換される。 丁度フレイムファクターがリザードファクターの首を絞めていた、先程の体勢の再現だ。 「本当ならバラバラにしてから燃やしてやる所だが、質問に答えて貰った事もあるからな。 苦しまないように“消して”やる」 そう言ったフレイムファクターの右腕に炎が収束し、最初に放った“杭”と同じような色合いの剣が生まれる。 「ふん!」 「うおっ!…“ザスッ”ぐあぁ!!」 そしてリザードファクターを宙高く放り投げると、彼目掛けて剣を投げつける。 その剣はまるで昆虫採集のピンのようにリザードファクターの体を天井に磔にしてしまった。 「安心しろ、これから撃つ技は、痛みもなく一瞬で貴様を消してくれる筈だ」 そう言ったフレイムファクターの目の前に、直径1M位の火球が発生する。 そして彼がその火球に手を添えて、力を注ぎ込むように構えた。 火球は蠢き表面を細かく波打たせ始め、傍目にもエネルギーが高まっている事が分かるような状態になる。 炎は段々色を変え、最終的には色の無い光の塊へと変貌していった。 “バチッ…バチバチ……バヂ…”「完成だ…」 そして添えられていた手が離れると、光の塊はリザードファクターの方を向くように移動し、フレイムファクターはそれに向かって右の拳を振りかぶる、そして―― 「発射ぁ!」 何故か妙に威勢の良い声を上げて、光の塊を殴りつけた。 殴りつけられた光の玉は、まるで本当に殴り飛ばされたように吹き飛び、天井に磔になっているリザードファクターに向かって一直線に飛んで来る。 そしてその光の玉はリザードファクターに命中する直前に炸裂し、その内側に閉じ込めていた膨大なエネルギーを解放した。 解放されたエネルギーは倉庫の内部を真っ白な光で塗りつぶし、その爆心地にいたリザードファクターはその光を脳が認識するよりも早く、灰の一片も残さずにこの世から“焼”滅した。 *** 「っはぁっ…はぁ、はぁ、はぁ…はぁ…くっ、調子に乗りすぎたか」 倉庫の一人残ったフレイムファクターは、息を切らしながら天井を見上げ、苦々しくぼやいた。 その視線の先には、半分程の面積が熔解している倉庫の天井が有る。 その結果に、フレイムファクターは苦虫を噛み潰す。 最後の最後で光の制御が不完全になり、予想よりもかなり大きめの穴が開いてしまった上、エネルギーの消耗が予想以上に激しい。 とは言え、制御を放棄すれば被害は倉庫地帯全体に及んでいたかも知れない程の熱量だった。 それを思えば上出来だと言えなくも無い。 そもそもそんな物をこんな場所でぶっ放す方が間違っている気はするが…。 「まだまだ改善が必要だな…」 コレでまた始末書が増えるのだろうかと、自分の考えの足りなさに憂鬱に成りながらも、取り敢えず問題を先送りする。 それ以上に今は気になる事があるからだ。 (し、CCC団…の幹部…にそんなキメラが居るという話を――) 「くそっ、本当にお前なのかよ…」 水を操るキメラ――灰斗が今の身分になってまで探し求めている人物だ。 この二年以上、探し続けてきた相手、その所在の糸口が自分の予想の中でも最悪に近い形で見つかった事に、彼は苛立っていた。 それの情報を集める為に今の身分に就き、何人もの敵の命を奪ってきたし、その事を何とも思っていなかった。 だが、探し求めた相手が、その“敵”になるかも知れない、殺さなければいけないと言う可能性に、今彼は恐怖を感じている。 (どうすれば良いんだ…俺は) 迷いながらも、このままで居る訳にも行かず、変身を解除するべく、最初に手放した荷物の所に近付いた。 幸い、燃えても居なければ踏まれても居ない事に彼は安堵する。 そして変身を解き、デイパックの中から、持ち歩いていた着替えを取り出しそれを着る。 “ぐうぅぅぅぅ〜〜”「あ…」 迷っていようが、キメラだろうが、腹は空く。 着替え終わった途端自覚した空腹に、フレイムファクター=灰斗は元々夕食を買う為に出掛けていた事を思い出した。 (帰って飯食うか…) 始末書も悩むのも後にしよう、そう考えて、灰斗はトボトボと家路についた。 何だかんだで現在十時過ぎ、歩きながら空を見上げると雲が殆ど無い星空が見える。 その空模様とは対照的に、灰斗の心は雨が降りそうな曇り模様だ。 なんだかその差が苦しくて、灰斗は思わず声を漏らした。 「なぁ、お前は俺の敵なのか?………遊希(ユキ)」 その問いに答えを返す者など居るはずもなかった。 *** 何処かの部屋、普通の家具があり、電化製品があり、ポスターやゲーム機などの嗜好品もある、何処にでも有りそうな内装で、過不足のない普通のリビングとしか形容出来無さそうな部屋。 そこに黒髪の少女と金髪の少女が机を挟んで向かい合っていた。 そして突然、頬杖をついていた金髪が何かに気付いたかのように身じろぎをすると、テレビを見ていた向かいの少女に向かって話し始めた。 「あーあ、全員やられちゃったみたいね。 相手が使ってたのも炎だったみたいだし、こりゃアタリね」 「…そう……彼なら当然」 「おや、随分彼を信用しているのね。ま、私も同感だけど。 仮にもエレメントシリーズの一人だしね。 だから、普通のキメラを遣るの嫌だったのに…」 「…本当に彼かどうかちゃんと確認しておきたかった」 「その為にわざわざ情報を与えずに捨て駒をぶつけたって訳? 全く、そんな事したら皆怖がるじゃない。 せめて正体位教えておいてあげたら良かったのに。 私、仲間は大事にしたいって言ったじゃない…」 「…誰がどうなろうと、どうでも良いし、どうせ期待してなかった」 「おや恐い、私もそのどうでも良い内に入ってるの?」 “コクリ” 「……はぁー、こう言う場面じゃ、嘘でも違うよって言う物よ?」 「………」 「シカトかよ…そんなんじゃ友達出来ないよ?」 「…私と彼以外がどうなろうと関係無い」 「はぁ…王子様さえ居れば何も要らないって?」 「うん」 「重傷だね、こりゃ。まぁ元々そう言う約束ではあったけどさ」 「…私は彼と一緒に居られればそれで良い」 「おーけーおーけー、お熱い事で。 もー口は挟まないわよ」 そう言って金髪は立ち上がり、ドアに向かって行く。 と、そこで何かを思い出したかのように振り返った。 「あ、そうだ、これからは人を使うのは出来るだけ控えてよね。 貴女に使わせると平気で使い潰しそうだし、他人のでも命はもっと大事にしないと…」 「…分かった」 「ホントに分かってるのかね。 全く、私だってあの子を早く見付けたいのに…」 呆れたように頭を押さえる金髪。 「ま、いいや、じゃあお休み遊希ちゃん」 「うん…おやすみ」 そして金髪が出て行き、部屋には黒髪の少女だけが残される。 その少女はしばらく座ったままボンヤリした後、口元に笑みを浮かべて呟いた。 「…やっと見付けた。 もうすぐ……もうすぐ会えるよ、灰くん」 Go to NEXT STAGE→ |
@PF
2009年07月12日(日) 14時58分00秒 公開 ■この作品の著作権は@PFさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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f1NAw4 Major thanks for the blog article.Really looking forward to read more. Keep writing. | -20点 | amazing services | ■2012-08-07 20:10:06 | 91.201.64.7 |
なんという更新頻度。よもや三回連続でセレナに感想を入れる事になろうとは… …! ベン・トー面白いですよね、 それにしてもエレメントシリーズと聞くとメダロットを思い出す…… 遊希さん> 新キャラ登場となると胸が躍りますねー。 というか、以前灰斗クンが言ってたのってこの子の事だったんすねー。僕はてっきり記憶を失う前の鷹音ちゃんの事を言ってるものだと… 灰斗クンやチンピラどもが戦闘に突入すると人格豹変しちゃうテンションの上がりっぷりはさておき、短いですが失礼しました。 |
50点 | ぴあの | ■2009-07-19 15:29:06 | p7100-ipbffx02sasajima.aichi.ocn.ne.jp |
勇者の口撃、いちげきひっさつ! 雑魚いYP「……んばビヲぬるしッゆェヰろヱニャっ!?!?!?」 雑魚いYPはたおれた! ……という夢を見ました。 いやはや、事情があるとはいえ二ヶ月ぐらい投稿できてない身としては@PFさんの速筆っぷりが羨まC。 >作者は「BEN-TO」全巻持っている (`・ω・´)仲間がいてくれてぼかぁ嬉しいよ! >引きニート、獅堂灰斗(違 夏休みに入って、即ゲーム三昧とか、小市民っぷりが素敵ヤワァ。 獅堂くんもキメラが絡まない分には、普通の高校生とおんなじですねー。 だが冷蔵庫の中身をたった二日で食い尽くすとは、おそるべしキメラの腹ぺこぼでぃー。 >「な…何だよ。弁当か?弁当が欲しいんか!?」 なんかこう、言葉の節々から滲み出る動揺が……w 冷静になって考えてみると、半額弁当争奪戦とか二つ名とか、かなりのアホですよねー。 そりゃ灰斗くんだってビックリするわ。 >VS チンピラず やっぱしCCC団の回し者だったみたいっすね。 エレメントシリーズの存在って、一般キメラは知らないけどCCC団とかキメラに詳しい人たちは知ってるってぐらいの認識なんでせぅか? てかCCC団の本質が“団体”ではなく“つながり”だったのにはちょっとビックリ、てっきり宗教法人みたいなものかとばっかし思ってたYO! こういうのって撲滅させるの難しいんですよね……。 >水を操るキメラ エレメントシリーズの内の一人ですねわかります。(ぉ 名前は遊希ちゃん? ……彼女とか幼なじみとか、そんなリア充っぽいオチでないことを切に願います。(超マテ まぁ灰斗くんにとって今の身分につかせるほど重要なキメラさんだってことは、今回の話でわかりました。 >「…やっと見付けた。」 (((;゚д゚)))…………ヤベぇこの子、危険キメラ☆DA! 何がヤバイって、平気で雑魚キャラを捨て駒にするあたりがヤバイっすねー。 人の話もあんまり聞かなさそうだし……。 でわー、こんかいはー、このへんでー。 |
50点 | YP(テスト(7/30まで)が終わった本気だす) | ■2009-07-12 16:44:18 | proxy20015.docomo.ne.jp |
合計 | 80点 |