あの夜、初めて重ねた肌は酷く熱かった。
初めて与えられた深い口付けにポップの膝は使い物にならず、ヒュンケルの胸へと縋り付いた。
その震える身体を抱き上げられて連れて行かれた寝室。
簡素な寝台にそっと横たえられるポップの身体は相変わらず震えていて、
それをなだめるようにヒュンケルは顔中に何度も口付けを落とす。
「・・・くすぐってえ・・・」
「・・・ん・・・?」
初めて聞く、信じられないような甘ったるい声がポップの耳を擽って、耐え切れないように身体を捩った。
そのせいであらわになった首筋に口付けられ、ヒュンケルの大きな手で身体中を弄られ、背筋を這う甘い痺れ。
「んんッ!」
ポップの唇からも甘い吐息が漏れ、それに驚いたように口を塞ぐ手をヒュンケルに取られてそこにも唇を寄せられる。
くらり、と視界が回る。
甘い、眩暈。
「ポップ・・・」
どこか夢を見ているような声。
耳を塞ぎたくなる程甘ったるい声なのに、心地いいのは何故なのか。
けれどその声は、どこか追い詰められるような感覚も連れてくる。
気がつけばヒュンケルの大きな手はポップの素肌に触れて。
ポップの細く幼い身体は初めて知る快感に震えながらも跳ね上がる。
流されまいと必死に理性に縋りつくポップをヒュンケルは甘く笑って追い詰めて、堕としていく。
眩暈の園へ。
正直、あの夜の事はあまり覚えていない。
これがあの堅物ヒュンケルなのかと疑うほどの甘い声と熱っぽい接触に与えられた怯えるほどの快楽。
想像したことも無いような場所を確かめてきた指と唇と舌に何度も奪われた。
張り詰めた凶器が侵入してきて。
気がついた時には、顔面を蒼白にしたヒュンケルがポップの顔を覗き込んでいた。
大丈夫か、と心配気な声に答えようとした声は嗄れて音にならず。
せめて伝えようと腕を伸ばそうとした瞬間、腰に走る激痛。
身体中の関節が軋んで一体どんなことまでしたのかと、恥ずかしさで死にそうになった。
「・・・すまん・・・」
心底すまなそうに謝られて、逆にいたたまれない。
身体と喉の痛みを耐えて枕を投げつけて、謝るなと怒った。
「謝ることじゃねーだろ。」
「しかし・・・」
「だから!・・・おれも望んだんだから」
もう恥ずかしいこと言わせるな!と言って話は終わりにした。
折角、心も身体も重なり合えたのに、謝られたくなんてなかった。
そりゃ、ちょっと考えていた以上というか、あんまりそこまで考えてなかったというか、された事に物凄く驚いたけれど。
いつもは仏頂面で感情を出さないヒュンケルが、欲望を剥き出しにして触れてくるのは案外悪くないものだと思って。
そんな自分が恥ずかしくてまた死にそうになった。
なのにあの日から1ヶ月が経とうとしている。
ヒュンケルと接触はほとんど、無い。
普通の接触なら仕事だのなんだので山のようにあるけれど、恋人としての接触はほとんど無く、
唇を触れ合わせたのすらどれだけ前だったのか思い出せないくらいだ。
ポップはというと外交だのなんだのと世界中を飛び回っていたし、
ヒュンケルはというと新兵の採用だとか演習、騎士団を連れてパプニカの郊外の復旧作業だのとポップほどではないが飛び回っていた。
ポップのほうはいくらか落ち着きを取り戻したものの、ヒュンケルの方はそうでもないらしい。
城内で顔を合わせる事はあっても、2人きりには成れずにいる。
ポップは寂しいとは思うものの、それを口にするどころか認める事すら恥ずかしくて何も言ってはいない。
ヒュンケルはどう思っているのか、何も言わない。
それで、1ヶ月。
見上げる空に昇る月は、あの日のように痩せ細っていく。
「ヒュンケル、トマトやる。」
「ちゃんと食べろ。作ってくれた人に失礼だ。」
「嫌いなヤツに食べられるより好きなヤツに食われるほうがトマトも本望じゃん。」
昼下がりの裏庭の奥。
人の来ない木陰で2人、遅いランチ。
ポップは作ってもらったサンドイッチに入っていたトマトをつかみ出して、ヒュンケルへと差し出す。
どうにもそのままのトマトは苦手なのだ。
たまたま。
本当にたまたま。レオナ姫の執務室から出てきたヒュンケルと、レオナ姫に書類を持ってきたポップが出会った。
すぐに書類を渡して部屋を出て、聞けばヒュンケルも昼食はまだだという。
もう片付け始めている城の食堂に無理矢理入るのも、と食堂の年配の女性に声をかけてサンドイッチを作って貰い、城の裏庭に来た。
ポップがサボリの途中で偶然見つけた場所だった。
それを告げた時、この真面目な兄弟子兼恋人は眉を寄せたけれど、結構気に入っていることをポップは知っている。
「・・・お前はどうしてそんなに口が回るんだ?」
「お前もあのジジイの修行受ければ回るようになるぜ。」
師のせいではないだろう、決して、とヒュンケルの顔が物語るがポップは軽く無視して、トマトを更に差し出す。
ヒュンケルが手を伸ばした。
その手は赤いトマトには触れず、ポップの手首を掴んだ。
ポップの手首は細めなものの割合骨太なのだが、ヒュンケルの手は酷く余る。
そしてその手首をヒュンケルは自分の口元に寄せて、トマトに齧り付いた。
ビク、とポップの身体が跳ね上がる。
ヒュンケルはその赤い実だけでなく、ポップの指まで口腔へ収めた。
実の柔らかい部分で汚れた指を舌で舐めて、ちゅ、と可愛らしいような音を立てて唇を離した。
その光景にポップが思い出すのは、あの夜。
口を塞ぐ自分の手を剥がして、寄せられた唇。
手首に唇で触れられただけで、身体中に走った電流のような甘い波。
唇を離したヒュンケルが、汚れたその唇を赤い舌で舐めた。
体温が、上がる。
眩暈が、する。
飢えてる、自分をポップは知った。
「・・・ポップ?どうした?」
ヒュンケルの声に我に返る。
その声があまりに普通で、ポップは余計にいたたまれない。
ヒュンケルの手を払ってそっぽを向き、照れ隠しも手伝って乱暴に言い放つ。
「お、おれの指まで食うな!気持ち悪いヤツだな!」
けれどヒュンケルは何も言ってこない。
気持ち悪いは言い過ぎかとヒュンケルのほうを見れば、別にいつもの仏頂面があるばかりだった。
なんだ、と思い次のサンドイッチへと手を伸ばすと、ヒュンケルが呟いた。
「・・・そんなに、オレが怖いか・・・?」
「へ?」
「いや、なんでもない。」
意味が分からなかった。
しかし問いただそうと思う前にヒュンケルに遮られた。
サンドイッチに噛み付いて咀嚼するも、なんだか上手く飲み込めない。
話題を変えようと、無理矢理飲み込んでヒュンケルに話しかける。
「あ、あのさ、お前の休みっていつ?」
「休み?」
「うん。こないだカールに行ったらアバン先生がさ寂しがってたからさー。一緒に行こうぜ。」
アバンが寂しがっていたのは本当だが、別にカール王国になんて行かなくてもいいと思っていた。
もう少し、一緒の時間が欲しくて。
もう少し、ヒュンケルのことを知りたくて。
なのにヒュンケルから返ってきた答えは、酷く寂しいものだった。
「・・・すまん。当分取れそうに無いんだ。」
「え?」
聞けば長期で遠征に行かなければならないらしい。
パプニカの郊外での復旧に手間取っているらしく、キャンプを張って集中的に工事をすることになりそれの指揮にあたるという。
どうせ遠征するのならとそのあたりの工事を一斉にやろうという案が出、長期滞在になるとの事だった。
「そっか。それじゃ仕方ないな。」
「ああ、すまん。」
すまなそうな、謝罪の念の込められた言葉。
でも、それだけ。
自分と共にいられないことを嘆くような、そんな色は皆無で。
ポップは酷く寂しかった。
寂しいのは。
一緒にいたいのは。
自分だけなのだろうか。
昼食を終えて、演習に戻ったヒュンケルと別の方向へ歩く。
サンドイッチの入っていたバスケットを食堂へと返しに行く。
美味しかったと告げると、ちゃんとトマトは食べた?と聞かれて笑って誤魔化して逃げた。
城の回廊を歩く。
歩きながら考える。
あの夜、ヒュンケルは自分と同じように思ってくれている事を告げてくれた。
総てを、手に入れたいのだと。
でも長く会えない事に寂しさを覚えるのは自分だけのような気がして。
「おれがガキなだけなのかなあ…」
思わず、ため息のような言葉が漏れる。
なんだかんだ言っても自分は15歳の子供でしか無い。
こと恋愛に関しては。
ヒュンケルもそう思っていたのだけれど。
「・・・やっぱり相手は大人ってわけか」
あんまりにも世間知らずだから忘れてた。
寂しい気持ちを憎まれ口で無理矢理消して。
それくらいしか出来ない。
翌日、レオナに仕事で呼び出されて、山のような書類を渡された。
書類自体の重さよりも重く感じるそれを持ってレオナの執務室を出ようとしたその時、声をかけられた。
「そういやポップ君とヒュンケルって喧嘩でもしているの?」
「はあ?」
随分と唐突な問いかけだ。
心当たりがまったく無いポップは素っ頓狂な声を上げ、否定の言葉を口にした。
「してねえよ。っていうか喧嘩するほど会ってねえ!」
誰かさんのお陰で!という台詞は無理矢理飲み込んだ。
そんなことをいった日には、そんな仕打ちが待っているか分からない。
言い捨てて逃げようとしたポップに帰ってきたレオナの台詞は予想もしない言葉だった。
「じゃあなんでヒュンケルが長期遠征の申請なんてするのよ。」
困るのよね、いないのも。
そうため息を零しながらレオナは言ったがポップには意味が分からなかった。
ヒュンケルは確かに長期遠征がある、とは言っていた。
でもそれは仕事で仕方ないものなはずだ。
けれどレオナの言い分では。
「そりゃヒュンケルが行ってくれるのは助かるわよ。でも長期でいく必要はないじゃない?」
実際の工事はそんなに時間かからないし、調査自体に彼は必要ないんだから。
今まで会えなかった時間。
これから会えない時間。
欠片も無かった接触。
寂しさの見えない言葉の温度。
総ての点が繋がって線になった気がした。
NEXT
------------------------------------------------------------------------------
今更ながらに表のIN ONE'S〜の続き?って話です。
あんまりエロくならなくてすみませぬ。
続きにはエロ入れるよ!
・・・またプロレスかもしれないけど。
ウインドウを閉じてください。