そして運命の週末はやってきた。だが、その始まりはその後に起こる淫惨な悲劇の予兆など
全く感じられない平凡なものだった。
達也がお昼近くになってようやく起きて1階に降りてくると、キッチンのテーブルの上に
置かれた一枚の紙切れが目についた。

「何だこれ?」

それを読み、呆然とする達也。

「あのバカ夫婦! また2人で温泉旅行かよっ!」

達也の両親は歳を重ねても仲のいいアツアツ夫婦で、時折こうして達也を残して2人で
旅行などに行ってしまう。

「俺の飯はどうなるんだよ」

何か母親が用意していった食べ物がないかと達也が冷蔵庫を開け物色していると、
南が台所に入ってきた。上杉家は南にとっては勝手知ったる他人の家だ。

「あっ、タッちゃん、やっと起きてきたんだ。じゃあ、南がご飯を作ってあげる」
「作ってあげるって、どういうことだよ?」
「今朝、おばさんに頼まれたのよ。今日から2泊3日でおじさんと旅行に行くから、
タッちゃんのご飯をお願いって」
「たっく・・・・ あの夫婦は何を考えてるんだか。息子一人を残して勝手に旅行に
行っちまうか、普通? それも俺に黙ってこんな紙切れ一枚残してさ」
「いいじゃないの、それだけ仲がいいってことなんだから。ほらすぐに作ってあげるから
タッちゃんは居間で待ってて」

達也は南に言われた通り居間に戻ってテレビをつけ、たまたま衛星放送で放映されていた
過去のサスペンスドラマ傑作選の再放映を何の気なしに見ていると、すぐに南は手際よく
料理を作り上げて居間に持ってきた。

「はい。南特製のスパゲティアラビアータと生野菜のサラダ和風ドレッシングがけ。
感謝して食べてよね」
「おいおい、朝からスパゲティかよ」

南が部屋の壁掛け時計を指差した。

「何言ってるのよ、タッちゃん。もうお昼近い時間よ」

掘り炬燵でスパゲティをすする達也。南がその対面に座り、 テーブルの上に両肘をつき、
頬を両手で挟むようにして訊いた。

「どう、おいしい?」
「ああ、うまいよ」
「そう、よかった。それにしてもタッちゃん、ずいぶん遅くまで寝ていたわね」
「ああ、昨日ちょっと夜更かししてさ」
「ふうん。いったいそんな遅くまで何していたの?」
「えっ? いやまあ、男には眠れない夜ってのがあるもんなのさ」
「何それ。ああ、そうそう。今日の夕食と明日の朝食も作りに来てあげるけど、
もし途中でお腹がすいたら適当に済ませてよね」
「へいへい。そん時は『南風』でおじさんになんか作ってもらうさ」
「あら、それは無理よ」
「へっ、どうして?」
「だってお父さん、同窓会の旅行で今日から一泊旅行にでかけたもの」
「えっ・・・・」

その何気ない一言が達也をどきりとさせた。自分の両親も南の父親も今日はいない。
つまり、それは今夜は南と2人きりということだ。

「どうしたの、タッちゃん?」

フォークを動かす手がぱったりと止まった達也を南が覗き込むようにして訊いた。

「いや、その・・・・ じゃあ店は閉めているのか」
「当たり前じでしょ。私一人じゃ開けられないもの」
「そ、そうだよな。で、でも、それじゃあ・・・・ 今夜は俺と南の2人きりなんだよな」
「・・・・」

沈黙する南。もちろん彼女だってそのことに気づいていなかったわけではなかったが、
改めて達也に言われて妙に意識してしまった。
2人の間に漂う微妙な沈黙。それを突然、テレビの中の甲高い叫び声が引き裂いた。

――いやぁぁぁぁぁ! やめてっぇぇぇっぇ!
――騒いだって無駄さ。今はこの家に誰もいないんだよ。
――そうそう、あきらめて観念しな。おい、早く脱がせろよっ!

そこには突然自宅に侵入してきた3人組の男に若い女性が襲われるシーンが
映し出されていた。男達は瞬く間に女の服を剥ぎ取っていく。

──いやぁぁぁぁぁ! 誰か、誰か、助けてぇぇぇぇっ!

たちまち下着姿に剥かれる女。男達もまた卑猥な笑みを浮かべながら上半身裸になる。
達也が思わず画面に見入って生唾を飲みこみ、南の表情が硬くなってわずかながら
身を引いた。
さらに男達がその女性をベッドに押し倒して仰向けに組み敷き、ブラジャーを毟り取り、
ショーツを両脚から抜き取ってぐっとのしかかってきたところで、達也はリモコンを
手に取ってテレビを消した。
一瞬の沈黙。南がおもむろに口を開いた。

「無理しちゃって・・・・ 本当は続きを見たいんじゃないの、タッちゃん」

達也はわざとらしくおどけた調子で答えた。

「そうだな。俺一人だったらそうしてたさ。だけど今は自分の理性ってのがいまいち
信用できないんだよなあ」

達也は最後に残っていたスパゲティをフォークに絡めて平らげ、明るく言った。

「うまかったよ。ごちそうさん。じゃあ夕食も頼むよ」

南はクスリと笑い、立ち上がった。

「じゃあタッちゃん、それ洗っておくから」

南が中腰になって達也から皿を受け取ろうと手を伸ばしたその時だった。

「隙ありっ!」

達也は南の手首を掴んでそのまま引き倒した。

「きゃっ!」

倒れ込んだ南を達也は素早く仰向けに返して、両手首を掴んで左右に大きく広げ、
ぐっと覆いかぶさるようにして組み敷いた。

「タッ、タッちゃん・・・・・ な、何をっ・・・・」

驚愕の表情を浮かべる南。

「騒いだって無駄さ。今はこの家に誰もいないんだよ」

さっきのドラマと同じセリフを吐く達也。南の手首を掴んだ両手に力がこもる。

「タッちゃん・・・・」

南の目元にうっすらと涙が滲む。明らかに混乱し、動揺を隠せない様子だ。
達也の顔が南に迫り、かすかに唇同士が触れた。
南は思わず顔をそむけた。

「いやっ・・・・ タッちゃん・・・・ やめてっ・・・・ まだ・・・
こ、こんなの・・・・ お願い・・・・ いやぁぁぁ・・・・」

達也が突然、掴んでいた手首を放して身を起こし、南を解放した。

「冗談だよ、冗談。本気にするなって。その・・・・ 何だ・・・・
悪かったよ、南」

南の手を取って起こそうとした達也だが、そこへ南がいきなり抱き着いてきた。

「お、おいっ、南!」

今度は達也が驚愕し動揺する番だ。

「地震っ!」
「えっ?」
「揺れてるっ、地震っ!」

言われてみれば確かに、みしみしと不気味な音を立てながら家が揺れている。
震度3くらいはくらいはあるかもれない。揺れはなかなか収まらずさらに大きくなった。

「きゃっ!」

達也にしがみつく南。彼女は小さい頃から地震が大の苦手なのだ。

「だ、大丈夫さ、南」

達也も南の背中に手を回してぎこちなく抱きしめた。
大きい揺れが断続的にかなり長い間続き、その後も細かい揺れがしばらく続いていたが、
それも次第に間遠くなりようやく完全に収まった。
だがまだ2人は抱き合ったままだ。
お互いの胸の鼓動が直接感じ取れ、時間がゆっくりと流れていくように感じられる。
そうして1分以上は抱き合っていただろうか、達也は落ち着いた声で言った。

「地震・・・・ 収まったぞ」
「う、うん。ご、ごめん、タッちゃん」
「いや・・・・ 別に謝ることじゃないさ」

南は達也から離れると立ち上がり、そそくさと部屋を出ていった。

「(南・・・・)」

南が立ち去ってからも達也の腕の中に残る彼女の身体の柔らかい感触と温もり。
甲子園大会開幕直前に達也から改めて南に告白し、互いの気持ちを確かめあった2人は
晴れて恋人同士となった。
それ以来、達也は以前にも増して南を「女」として意識するようになっていた。
それはつまり、はっきりと南を性欲の対象として見ていることに他ならなかった。
さっき彼女を押し倒したのは本当にすべて冗談だったのか?
あのまま彼女を己のものにしたい気持ちが微塵もなかったと胸を張って言えるのか?
その答えはいずれも「ノー」だった。
南とは誰にはばかることもない恋人同士なのだ。彼女に対して生々しい欲情を滾らせる瞬間が
ないと言えば嘘になるし、正直彼女とのセックスを夢想し、自らを慰めたことは数限りない。
だがだからと言って誰も彼を責めることはできないだろう。
なぜなら達也は18歳の若い健康な男であり、性衝動の強いこの年頃の男子がそういう
「雄」としての欲情を愛しい恋人に対して滾らせたとをしても、それはむしろ健全な男の
証でこそあれ、決して異常と言えるものではないからだ。
そしてたとえそういう激しい性衝動に駆られたとしても、達也はそれを理性で抑え込んで
今すぐ南にその欲望を直接向けることはありえなかった。
今は2人にとって大切な時期だ。一時の感情の発露で南と一線を越えるべきではない。
それに、さっき南は「まだ」という言葉を使って達也を拒否した。
つまり達也との行為自体を否定したわけではない。要は時期の問題であり、そう焦らずとも
いずれ、それもさほど遠くない将来必ずやって来るはずだ。この世界中の誰よりも愛した
女(ひと)と結ばれ、彼女の自分だけのものにすることのできる日が。

「焦ることはない・・・・か」

独り呟く達也。だが・・・・ この時達也には全く想像すらできなかった。
先ほどのテレビの中の暴漢のように、そうした雄の欲情を制御することなく本能の赴くまま
行動するケダモノがこの世には存在するのだということ、そしてそうしたケダモノ達が
どす黒い欲望の標的として浅倉南を選び、その淫惨な蹂躙計画に動き出していたことにも



夜9時ちょうど。昼間の晴天とは裏腹に、今にも降り出しそうな星一つ見えない曇天の
夜空を達也は見上げながら中庭の小部屋に足を向け、ドアノブをひねった。
鍵のかかってないドアはかちゃりと音を立てて開き、

「あっ、タッちゃん」

机に向かって勉強していた南が振り返った。
もともとこの小部屋は上杉・浅倉家の3人の子供のために両家が共同で建てた「遊び部屋」で、
当時は部屋の鍵すらついていなかった。
だが、3人が中学生になったくらいの頃から「遊び部屋」はいつしか「勉強部屋」へと
名前を変え、鍵もつけられるようになった。
そして2年前のあの夏の悲しい事件以来、3人で使っていた部屋を2人で使うようになり、
以来、いつしかこの部屋を使う不文律のルールが3つできていた。
達也が自分の机の椅子に反対向きにまたがるように腰掛けながら言った。

「南、お前一人の時はちゃんと鍵をかけなきゃだめだろ」
「うん、そうなんだけどたまに忘れちゃうのよね。それにタッちゃんは一人の時でも
鍵なんかかけないじゃない」
「そりゃ俺は男だからな。だけど南はやっぱり女なんだし・・・・
それにここんとこ何かと物騒だしな。一人の時はやっぱり鍵くらいかけとけよ」

ルールの一つがそれだった。南が達也を見つめて微笑んだ。

「タッちゃん、私のこと心配してくれるんだ」
「ばか。そんなんじゃ・・・・」

そこで言葉を切り、言い換えた。

「まあ、な。当たり前だろ」
「ありがとう、タッちゃん。今後は気を付けます、はい」

南は少しおどけたように言うと、再び机に向かって勉強し始めた。
達也はそんな南の後姿を見ながら不思議な思いにとらわれていた。
昼間あんなことがあり、さらに今日は南の父親だっていないというのに、今こうして
この狭い部屋で2人きりになっても何ら屈託を感じさせない彼女の態度がどうにもわからない。
自分がよほど信頼されているのか、それとも高をくくられているのか・・・・

「(はあ・・・・)」

達也は小さくため息をつくと、自らも机に向き直って教科書と参考書を開いた。
達也はプロからのドラフトの指名をあらかじめ拒否して大学進学を目指すことになった。
壊した肩のリハビリというのが表向きの理由だが、もともとプロに行きたいという
気持ちはそれほど強いものではなかった。
だいいち野球だって本来なら弟・和也が叶えるはずだった南の夢を叶えるために始めたもので、
それが甲子園大会優勝という思いもかけない形でかなった今、野球を続けるモチベーションは
下がっていた。
リハビリ中とはいえ、甲子園での活躍から野球の強豪校からいくらでも推薦入学の誘いはあったが、
あいにく南が志望している大学からの話はなく、達也は彼女と同じ大学に進学するために今必死で
勉強している。今朝南に訊かれた時は照れくさくてごまかしたが、実は昨日夜更かしをしていたのも
受験勉強をしていたからだった。もっとも彼女にはそんなことは見抜かれているのかもしれないが。
2時間近く経ち、部屋の外でぽつぽつとした雨音が聞こえ出したかと思うと、瞬く間にそれは
本降りとなって部屋のトタン屋根をたたく激しい雨音に変わった。

「うわっ、本格的に降ってきやがった」

達也が窓を開けて外を確認し、それを機に時計に目をやった。時計の針はもうすぐ11時を
指そうとしていた。

「南、お前どうするんだ?」

夜11時以降にこの部屋で2人きりにならない、それが2つ目のルールであり、
さらに夜0時以降の使用は一切禁止というのが最後のそれだった。

「俺は戻るけど、まだやっていくのか?」

達也がもう一度訊くと、南は両手の指を組み合わせ、その掌を胸の前に突き出すようにして
伸びをしながら振り返った。

「うーん・・・・ もう少しやっていくから、タッちゃんは先に戻ってて」

このところいつものパターンだった。南は自宅の自分の部屋よりも慣れたこの部屋の方が
勉強がはかどるらしく、最近ではいつも時間ぎりぎりまでここで勉強している。

「だけど、こんな土砂降りだぜ。早いとこ切り上げた方がいいんじゃないか。
それに確か明日は全国模試なんだろ? あんまり夜更かしをしない方がいいんじゃないか?」
「うん、分かってる。私も適当に切りがいいところで終わるから」
「そうか、わかった。じゃあ先に戻るぞ。お休み、南」
「うん、お休み、タッちゃん」

再び机に向かう南。その後ろ髪からわずかにのぞいたうなじの白さに思わずどきりとし、
このまま南に駆け寄り背後から抱きしめたい衝動に達也は駆られた。

「南・・・・」

思わず2、3歩足を進めたが、昼間南を押し倒した時の彼女の表情が目に浮かんで
何とか踏みとどまった。
今ここで南を抱き締めたら、それだけでは済まないような気がしたのだ。
南は世界中の誰よりも愛しく大切な女性(ひと)だ。やはり一時の激情による軽はずみな
行動で彼女を傷つけることだけは避けなくてはならない。
それでもその気配に気づいたのか南が振り返った。

「今、何か言った? タッちゃん?」
「あっ、いや・・・・ 明日の朝飯は・・・・ その・・・・」
「大丈夫よ。ちゃんと模試に行く前に作ってあげるから。そうね・・・・ 7時過ぎには
そっちに行くから、タッちゃんもそのくらいの時間には起きて家の鍵を開けておいてよね」
「分かった。助かるよ。ありがとう、南」
「別にいいのよ」

再び振り返って机に向かった南の背中に向けて達也は部屋を出る間際にもう一度言った。
「じゃあ、おやすみ、南」
「うん、おやすみ、タッちゃん」

南が振り返らずに声だけで返事をし、達也はそのまま部屋を出ると傘を差して土砂降りの雨の中、
自分の家へと戻っていった。
その時、中庭に面した路地の物陰からじっとその様子を見つめていた一人の男が携帯電話を
取り出した。

「今、野郎はいなくなった。標的(ターゲット)は一人きりだ」

そして電話を切ると、淫猥な笑みを浮かべて呟いた。

「さあ、楽しいカーニバルの始まりだ。

                  ※

日付が変わる直前の午後11時45分。上杉・浅倉両家を見通せる路地の一角に路上駐車する
ワゴン車の中で、息をひそめる6人の若い男達。
そのうち5人はこれから始まる淫惨なカーニバルへの期待と高揚感で目を爛々と輝かせて
中庭に建つ小部屋を凝視しながら顔を紅潮させ、1人は顔面蒼白となって今にも泣きだしそうな
表情でうつむいていた。

「それで、本当にあの浅倉南があそこにいるんだな?」

後部座席に座る天王寺が身を乗り出すようにして助手席の阿倍野に確認した。

「ええ、間違いないです」

阿倍野・都島・住吉の3人は1週間ここに通い詰めて観察し、毎晩あの部屋で南と達也が
勉強していること、そしてたいてい達也が11時にはいなくなり、そのあと南1人だけが
0時近くまで残って一人で勉強を続けることを確認していた。
今夜も先行させた住吉からいつも通りの時間に達也だけが自分の家に戻ったとの連絡を受けて、
ここは集まったのだ。

「それにしても来るのが遅かったじゃねえか。おかげでびしょ濡れになっちまったよ」

住吉はタオルでびしょ濡れの頭を拭きながら文句を言い、さらに付け加えた。

「そうそう、さっき言い忘れたけど、どうやら今夜、あの女の父親はいないみたいだぜ」
「えっ、どういうことだ?」
「昼間っから店がずっと閉まってたんでちょっと聞いて回ったら、何でも同窓会の旅行か
何かに出かけたらしい。こんな時間まで戻ってこないってことは、今夜はもう帰っちゃあ
こねえだろ」

阿倍野の顔に淫猥な笑みが浮かんだ。

「そうか、そりゃあ好都合だな。邪魔者はいないし、この土砂降りで条件もいい。
こりゃあもう、神様が俺達にあの女を犯れって言っているようなもんだ」
「土砂降りが条件がいいってどういうことだよ?」

運転席の都島が窓に叩き付ける雨を見ながら怪訝そうに訊く。
阿倍野は都島を振り返った。

「そんなことも分かんねえのか。これだけの土砂降りなら、あの女に多少騒がれたところで
音にかき消されて、周りに気づかれる危険性が減るじゃねえか」
「ああ、そうか。なるほどな」

都島が得心がいったという風にうなずき、阿倍野は再び住吉に視線を向けた。

「それでアイツらはやっぱりいつもと同じか? 結局やりもしないで2人で仲良くお勉強かよ」

その口調には明らかな嘲りの調子があった。

「ああ。全く同じだよ。やるどころかあの野郎が家に戻る時だって、この前みたいな
色っぽいシーンはまるでなし。つまんねえったらありゃしねえ」
「それにしても毎晩密室であんないい女と2人きりになっても全然手を出さねえなんて
信じらんねえよ。それに今夜は女の親父もいないんだから、俺だったら速攻で押し倒して、
一晩中やりまくるぜ。もしかしてあの上杉って野郎はインポなんじゃねえの」

都島の言葉に車内に嘲笑が巻き起こった。確かに彼らにしてみればそれは全く信じられない
ことだ。この一週間の観察で阿倍野の願望はほぼ確信へと変わっていた。
阿倍野は男達を見回し、自らの言葉の効果を確かめるようにゆっくりと言った。

「やっぱりあの女はバージンのようだ」

そして、高揚する男達の中でただ1人顔面蒼白の男をねめつけて言った。

「こいつの言ってた通りにな」

敏和はびくんと身を震わせた。
今自分がここにこうして座っているのが信じられない。
阿倍野達に南のことをしつこく聞かれたあの日以来、それまで3日と空けずに恐喝を続けてきた
彼らからの接触がぱったりとなくなった。

「(本当に俺から巻き上げるのはやめたのか・・・・)」

彼らが興味を移したらしい南のことはもちろん気になってはいたが、何より自分自身に危害が
及ばなくなったことに敏和は安堵していのだ。
しかし、その考えは甘かった。
今夜、突然阿倍野に呼び出された敏和は、そのままほとんど拉致されるような形で
わけもわからずここまで連れてこられたのだ。
だが、すぐに交わされる会話から彼らの目的がわかって慄然とした。
彼らは今夜南をレイプするつもりなのだ。それもただレイプするのではなく、全員で輪姦し、
それを撮影までしようというのだ。
まさしくあの時の最悪の想像が実現しようとしている。だが、どうしてその場に自分が
連れてこられたのかがわからない。
阿倍野がその心理を読んだように言った。

「どうしてオマエがここまで連れられてきたか、わかるか?」

目をそらせる敏和。だが阿倍野は薄気味の悪い笑みを浮かべて意外なことを言った。

「今まで散々貢いでもらって悪かったな。今夜でそれも終わりだ」
「えっ? そ、それはどういう・・・・」
「言葉通りの意味さ。今後一切オマエから巻き上げるようなことはしない。
オマエは今夜から俺達の『仲間』になるんだからな。仲間から毟るわけにはいかねえよ」
「なっ・・・・ 仲間って・・・・ どういう」

からからに乾いた喉でつばを飲み込む。まさかこいつらは・・・・
阿倍野が淫猥な期待に満ちた表情になって続けた。

「もうわかっちゃいるだろうが、今から俺達は浅倉南をレイプする。全員で輪姦するんだよ、
り・ん・か・ん。いわゆるマワシってやつだな」

一斉に卑猥な笑い声が車の中に響き渡った。

「り、輪姦・・・・」
「もちろん『俺達』の中には当然オマエも入っている。オマエにもあの女を犯してもらうからな」
「ばっ・・・・ ばかなっ・・・・ 冗談はやめてくれっ!」
「冗談なんかじゃないさ。それが俺達の『仲間』になるってことだ。それにオマエ、あの女に
惚れてるよな?」

敏和が顔をそむけたが、阿倍野はかまわずに続けた。

「だけどあの女にはオトコがいるし、それもよりによって甲子園の優勝投手ときてやがる。
これじゃあオマエなんか相手にしてくれるわけねえよな。だからこのままじゃいつまで
経ったって、あの女とオマエがヤレる確率はゼロってわけだ」
「だ、だからって・・・・ お、俺は浅倉と別にそんなことを・・・・」
「ヤリたくないってか? かっこつけんじゃねえよっ!」

住吉が敏和の襟首を掴んで締め上げてすごんだ。

「あんないい女とヤリたくない男なんているわけないだろっ! どうせてめえだって、
あの女で何度もオナったんじねえのか。犯したいと思ったことが一度もねえとは
言わせねえぞっ!」
「そ、そんなことは・・・・」

苦しげに呻く敏和。だがそれは図星をついていた。

「オマエには随分と貢いでもらったから大サービスだ。惚れてる女とコマせるんだ、
たっぷりと可愛がってやればいい。まあもっとも俺達に散散犯られた後で、あの女の
お〇〇こがまだ使いものになるんだったらだけどな」
「そんなこと・・・・ いやだっ、絶対にいやだっ!」

住吉の拳が敏和の腹にめり込んだ。

「うぐっ・・・・」
「分かってない野郎だな。お前に『いや』はないんだ。俺達が犯れといったら犯れば
いいんだよっ!」

ここに至って敏和は心底悔やんでいた。

「(どうして・・・・ どうしてこんなことに・・・・)」

ストレス解消とわずかなスリルのために、ほんの出来心で始めてしまった万引きが
こんな事態を招いてしまうとは、あの時は想像すらできなかった。
今の敏和にはそれを食い止めるすべは何も見つからなかい無力な存在だ。

「そろそろあの女が出て来る頃だな」

阿倍野は腕時計で時間を確認し、目と口の部分だけが開いた革のフェイスマスクを
人数分取り出した。

「天王寺さんと旭以外はあの女と面識があるから一応被っておいた方がいい。
天王寺さんもお願いします」

天王寺が鷹揚にうなずくと、阿倍野は敏和に命じた。

「オマエは一切余計なことをしゃべるんじゃないぞ。俺達の言うことを黙ってきいてりゃいい。
そうすればオマエもあの女を犯れるんだからよ」

もはや逃げ場はどこにもない。このままこの男達の言う通りに南を犯すしかないのか。
確かに住吉の言う通り、南とのセックスを幾度となく夢想し、時には彼女を無理やり
犯すという背徳的なシチュエーションの妄想を楽しみ、それを自慰の糧としてきたのも
まぎれもない事実だ。
だが、それは責められるほどのことだろうか。おそらく明青学園の中だけでも少なくない
数の男が自分と同じように浅倉南を「おかず」にしてにして自らを慰めているはずだ。
そんな男達の淫らな妄想の中で、南はおそらく何十回、いや何百回と犯されているに
ちがいない。
しかし、そんな背徳的な妄想での自慰行為と実際のレイプとではまるで次元が違う。
それは理性の箍をはずして人間としての大事な一線を明らかに飛び越していく行為で、
普通の人間ならたとえその衝動にどんなに強く駆られたとしてもそれを飛び越えることは
躊躇してできはしない。
だがこの男達はそんなものなどどこにもないかのように軽々と飛び越えて犯罪を
行おうとしている。

「(壊れてる・・・・)」

今から行う淫虐非道な犯罪について、一片の罪悪感も感じる様子も見せずに卑猥に笑いながら
話す男達、いや人の皮を被ったケダモノ達の存在が信じられない。だがこのままでは自分も
そのケダモノの『仲間』にされてしまうのだ。
敏和はこの場を逃れる方法を懸命に考え、そして唯一思いついた方法を試してみた。

「あのさ・・・・」
「うん、何だよ」

阿倍野が振り返り、敏和は阿るように言った。

「あ、あの部屋の中で浅倉をレイプするつもりなら誰か外で見張ってないとまずいんじゃ
ないかな。も、もしかしたら、上杉が戻ってきたりするかもしれないし・・・・
そ、その見張り役をお、俺がやるよ」

だが、苦し紛れの提案もあっさり却下された。

「別にそんなものは必要ねえよ。今まで監視していて、あの野郎が戻ってきたことなんて
一度もなかったしな。まあそれに万が一あの野郎が戻ってきたりしてもそれならそれでいいさ。
そのままボコってふん縛り、アイツの目の前であの女を犯ってやるだけだからな」
「なっ・・・・」

絶句する敏和。達也が戻ってくることを恐れるどころか、逆に達也の目の前で南を犯すことまで
考えているとは、こいつらはどこまで鬼畜なのだ。
それはまさしく阿倍野の本心だった。都島や住吉には反対されたが、阿倍野はむしろその状況に
なることを望んでさえいるのだ。
阿倍野は敏和に冷たい一瞥をくれ、馬鹿にしきった口調で嘲った。

「その隙に逃げ出そうとでも考えたのか? たっく・・・・ 頭がいいくせにその程度しか
思いつかないのかよ」

敏和はがっくりと肩を落としうなだれた。狙いは見抜かれていたのだ。
どんなに学校の勉強ができようが、一流大学に推薦入学が決まっていようが、
今このピンチを逃れるすべはまったく思いつかない。

「どうせみんなで犯っちまうんだ。せいぜいオマエも楽しめばいい。ほら、早くそれを付けな」

阿倍野に言われるままにのろのろとフェイスマスクをつける敏和。
全員がフェイスマスクをつけたのを確認し、阿倍野が住吉にナップサックを渡した。
中には手錠やロープ、その他に脅迫用のナイフにスタンガンなどが入っている。

「相手はたかが女一人なんだぜ。こんなもん必要ないだろ」

住吉が訝しんだが、阿倍野はこともなげに言った。

「ああ、たぶんな。まあ一応念のためさ」

さらに旭の方を振り向いた。

「俺達が犯ってる間の撮影は任せたぞ」

旭が自慢のカメラをポンポンと叩き、にんまりと笑って請け負った。

「任せてください。この前の女子大生以上の映像をこれで激写してみせますよ。
何てったってあの浅倉南のモノホンの生レイプを直接撮れるんですからね。
AV監督志望者としてこんなチャンス逃すわけにはいかないっすよ」

阿倍野が最後に天王寺の了解を取った。

「いいっすよね、天王寺さん?」

天王寺は小さくうなずき、付け加えた。

「さっき透が言ってたよな、自分があの男だったら女と一晩中ヤリまくるって。
全くその通りだ。いいじゃねえか、あのインポ野郎の代わりに俺達があの女を
一晩中犯りまくってやろうぜ」

阿倍野がポケットから携帯電話を取り出し時間を確認し、高らかに宣言した。

「23時55分、行動開始。今から浅倉南輪姦計画を実行する」
「おうっ!」

男達は姦声の鬨を上げ、ばらばらと車を降りて土砂降りの雨の中に飛び出すと、
阿倍野を筆頭に小走りで中庭に侵入し、小部屋へと近づいて行った。



      戻る   作品トップへ  第一章  第三章へ