勝算は……あるんや。
誰もいない部屋を見回し、城島は満足そうに笑みを浮かべた。
山口が少しだけ青ざめた表情で、不満と心配を一瞬覗かせていつもより乱暴な仕種で
部屋を出て行ったのは、僅か数分前。
それだけで、城島は山口が誰に面会を求められたのか分かってしまった。
この狭い施設の中で、山口はかなりの発言力を持っている。
生体義肢という分野において、この施設内で山口の右に出る技術者は存在しないからだ。
基本的に山口自身は尊敬や羨望の眼差しを集める対象になっていても
先ほどのようにインターフォンが鳴ったからといって自ら進んで会いたくもない他人に
会いにいくほど、フットワークも軽くなければ、彼自身が認め、懐に抱きこんだ人間以外の
他者への関心は驚くほど希薄だ。
そんな彼が、渋々ながらも腰を上げ、面会に応じた相手…しかも、山口自らが
赴く形となる…というのは、間違いなく自分の父親なのだろうと見当をつけて、
城島は申し訳ないような思いで眉をハの字にさせると、姿の見えない部屋の主が
よく身体を預けている診察台のような場所へ視線を向けて、小さな声で謝罪した。
「そろそろ…潮時やなぁ」
腰を下ろした寝台を軋ませて立ち上がり、困ったように微笑んだまま城島は山口の
作業用に電源の入った状態になっている端末に近づいた。
仕事の途中か、らせん状にくるくると回転する核酸の様子が画面の右上に表示され
青一面のディスプレイには、白い文字で塩基の並びが冷たく映し出されていたそれに
キィボードを幾つか叩いて、別の画面を呼び出すと、小さく満足気な声で頷き、
城島は画面を元に戻してもう一度、部屋の中をぐるりと見回した。
自らが施した仕掛けは、未だ誰にも気づかれていない。
その事実に満足して、素早く操作履歴を削除すると、思い立って端末の横に
山口の自筆でメモの書かれた紙の切れ端に、隣に転がっていた鉛筆で
謝罪の言葉を書き込んで。
「信じとるから」
穏やかな笑みを浮かべ、囁きを落とすと、何かを吹っ切るように顔を上げ
山口と、よくこの部屋に入り浸っている複数人の気配が
色濃く残った部屋を横切ってドアへ近づく。
外側からはパスワードがなければ開かないドアも、内側からは無防備で。
ス…と微かな摩擦音を立ててスライドしたドアから一歩、部屋の外へと足を出す。
両足が外に出たところで再びロックされたドアを振り返らずに、
がらんとした廊下をゆったりとした足取りで、城島は歩いていった。
些細かもしれない、城島にとって壮大な望みを叶えるために。
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20070204.naoi
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