On a Rainy Day 朝―――サンジが起きたら、外はまだ暗かった。
まだ夜が明けきっていないのかと思って見ると、久しぶりの雨だ。
メリー号の甲板が、しっとりと濡れている。
今朝の天気は、雨。 海の揺れと潮の香りがなければ、秋の高原にでもいるような天気。
どこもかしこも雨から逃れられずに湿って、雲を通してグレイになった光を吸収しているかのようだ。 「あ、サンジ、起きたか」
見張り台の上からチョッパーが声をかけてきた。 「チョッパー。見張りだったのか」 「うん、夜中にゾロと交代した」 ポケットに手を突っ込んだまま上を向いてよく見ると、チョッパーが帽子の上からかぶっている毛布も、だいぶ色が変わって重そうに水気を含んでいるようだった。 「いつからだ?」 「え、何が?」 「…雨」
話が飛んじまったな、と思って付け足した。 「えっと…そうだな、まだ暗い内から降ってきたぞ」
首だけのチョッパーが少し考えて言う。首をかしげようとしてアゴをごつん、と柵にぶつけたのが可愛い。 「そうか、寒くなかったか?すぐになんかあったかい物でも持ってってやるよ」 キッチンのドアに手をかけながら、ホントか?やった!というチョッパーの声を聞いて、また口元がゆるんだ。 *** (…で、コイツはなんでここに寝てるんだ?)
あろうことか床に大の字になって寝転がっているのは、3、4本の酒瓶と、ゾロだった。 (それにしてもいつまで飲んでたんだ?!キッチンが酒くせぇ…)
わざと靴のかかとをコツコツっと鳴らしながら窓を開けに部屋を横切った。 (起きねぇ。ま、こんくらいで起きたらマリモとは言えねぇか)
やはりこんな日は調子が出ないらしい。 (マリモと熟睡度合いは関係ねぇだろ…)
窓から外を見たら、霧雨のせいもあってか全てが灰色に見える。
自分の調子が出ないから空気がよどんでいるように感じるのか、その逆か。 (さて…今朝のメニューは何にするかね)
あー、モノローグまでヤル気が出ねぇぜ…と自分の爺クサイ言葉にもツッコミつつ、がちゃがちゃと仕度を始める。 さっき開けた窓からも霧雨が吹き込んで、窓枠や壁を湿らせていく。 とりあえず暖めたミルクをチョッパー用のマグカップに移して、表に出た。 起きた時よりは明るくなったが、灰色の海と空は変わらずにまだ重苦しくどんよりとした空気だった。 「チョッパー、降りてこいよ。ミルク持ってきてやったぜ」 「ぅおおー、サンジ、ありがとう〜!」
見張り台からスルスルッと下りながらチョッパーが嬉しそうに言う。 「しっかし、嫌な天気だなぁ〜〜…」
こんなことは滅多にないことだが、キッチンへ戻るのを遅らせたくてチョッパーが横でミルクを飲んでいるのをいいことに、タバコに火をつけた。
朝1番のタバコを、すぅーー、っと深く吸い込む。
目を閉じてその感覚を楽しみながら、はぁ、と短く息をつく。 「なんだよ?」 「べ、別に!」 チョッパーは慌てたようにマグカップに視線を戻して、ゴクゴクと一気にミルクを飲みほした。 「誰もとらねぇからもっと味わって飲めよ…」 *** わいわいがやがやとした朝食が終わって一段落ついたころ、雨はようやく上がったが灰色の空に変わりはなく、またいつでも降り出して来そうだ。 朝食の途中で起きたゾロが皆に笑われながらテーブルについたり、朝から食欲旺盛なルフィがウソップと争奪戦をしたりと、いつも通りの食事風景だったのだが、サンジの気分もあまり明るくならない。 ナミやロビンのいる手前、どうにも上がらないテンションを無理やりに持ち上げて給仕していたが、食事が終わるとまたこのアンニュイな状態が舞い戻ってきたのだった。 (はぁ〜、どうしちまったかな、この重〜〜い気分は) キッチンでだらしなく椅子に腰掛けて、タバコをくゆらせているとナミが何冊かの本とペンを持ってやってきた。 「!! ナミさん!どうしたんだい、何か飲む?」 「そうね、あったかい紅茶でもいただこうかしら」 「喜んで〜〜〜!!!」
ささっとヤカンと茶葉を用意して、お湯が沸くのを待つ。 「ナミさん、それは?」 ちら、と視線をサンジの方にやり、ナミが答える。 「あぁ、ビビのお父さんにおもしろい本をもらったから、ちょっと読もうと思って。外は湿っぽいから、ここで」 「うおお〜〜、お勉強するナミさんも素敵だぁ〜〜」
あんまり騒がしくしないで、と釘を刺されておとなしく紅茶を淹れることに専念する。 紅茶を蒸らしているあいだ、ナミの邪魔にならないようにと特にしゃべりかけることもせずに外を見て、いつになったら晴れるんだ!とかなんでこんなにだりぃんだ〜、とかボケーっと考えていた。
知らず知らず、ため息がもれていたらしい。 「あ、ナミさん、ごめん気が散る?」 「え、ああ、別に大丈夫よ?」
何かおかしなことでもしちまったか? 「今お茶入るから、ちょっと待っててくださいね」 ***
見張っていてあげる、と言って見張り台に自ら登ったロビンを最後に、紅茶を全員に配り終わったらすることがなくなってしまった。
だからといってこの天気では洗濯しても乾かせないし、仕方なく甲板に出て、みかん畑の様子でも見ることにした。 もう太陽は高く上がっているだろうに、雲が邪魔して未だ当たりはグレイ一色だ。 (この灰色が俺の気分を下げてくれちまってるのかなァ…)
みかん畑から出たところで、背中を丸めて柵に寄りかかる。 また無意識にため息をついていることに気がついて、気休めにタバコに火をつけた。 (タバコの買い置き…あとどれくらいだっけかな)
こんな調子で吸っていたらすぐになくなってしまう。 ぎぃ、と音を立てて男部屋のドアからバーベルを手にしたゾロが出て来、キョロキョロ辺りを見回してサンジ以外誰もいないのを確認すると甲板のど真ん中でその見るからに重そうなバーベルを振り回し始めた。
ゾロの姿を見た途端、この気分をどうにかしてくれ、と泣きつきそうになった自分にまた落ち込む。
話しかける機会をうかがっていたが、バーベルを振り回すのに夢中のゾロはこちらをチラとも見ようとはしなかった。 (ただでさえうっとうしい天気なのに、ぶんぶんブンブンうっとうしいんだよ) 「おい、クソマリモ…」
風を切ってバーベルを振り回してるゾロには聞こえなかったらしい。 そっぽ向いた先は一面の海と空で、気分がまた下がって行くのだけれど。
見張り台を見上げても綺麗なロビンの顔はここから見えなかった。
(クッソォ〜、なんでテメェらそんな暗〜〜い色してやがんだ! 海や空にしてみれば全くいわれのない罵詈雑言を叩きつけたが、続ければ続けるほど自分で自分の首を絞める結果になるのだった。 そしてまた、ため息。 (なんなんだ、自分…) とことん暗い気持ちになって、何か気分転換をしないことには今日一日が全く無駄に暗いまま終わってしまうのでは、とまで思えてきた。
すると、本日3回目、また他人にじぃっと見られるという視線を感じて目をやると、ゾロがこちらを見ている。 「んだよ、マリモ?!」 マリモのヤツは驚いたようにハッとして、中断していたらしいバーベル振りを再開した。 「い、いや、別に?」 「別にってことあるかぁ!人をジロジロ見やがってたくせに!」
朝からのむしゃくしゃした気分も手伝って、ゾロに蹴りを入れたがバーベルで防がれてしまった。 「テメェいきなり蹴り入れてくんな!」 「テメェこそ何見てやがった!!ガンつけてんのかこらぁ!」 刀がわりに振り回してくるバーベルを避け、蹴りを繰り出し、避けられしている内になぜ暴れているのかわからなくなってきた。 (もういいや、これで気分転換になるだろ) だるかった体に活を入れ、動き回っている内に血が全身に行きわたるように軽くなってきた。 (お? なんか調子出てきたぞ?) よし、と軸足に力を入れ、渾身の足技を繰り出そうとした、その時――― 「ぅうるっさい!! 喧嘩すんなら今すぐ船おりてやりなさいよ!!!」 バンッ、とキッチンのドアを壊しそうな勢いで開けて、ナミが怒鳴り声をあげたのだ。 ゾロに当たる寸前だった足がピタリと止まり、振り向いたサンジはこの世の終わりのような顔でナミを見ていた。 「えぇー…ナミさん、外は海だよ…?」 「知るか!あんたらがうるさくて気が散るのよッッ!!」
バン、とドアを閉めてナミはキッチンへ姿を消す。 「…あいつ、なんであんなに怒ってんだ…?」 「知らねぇ…けど、テメェがでかい声だすからナミさんに怒られちまったじゃねぇか!!」 「んだと、このマユゲ!!テメェが先にかかって来たんだろ?!」 ボルテージの上がる2人の言い合いに、冷静かつ容赦ない声がストップをかけた。 「静かにしないときっとホントに海に投げ出されるんじゃないのかしら」 ギクッと固まった2人の上から、畳み掛けるようにロビンが言う。 「航海士さん、やる時はホントにやるものね…」 *** (そういえば、皆に「別に」って言われたな)
時は過ぎ、夕食も終わったのだが、未だ気分は晴れない。 しかもなぜかチョッパーやナミとしたような会話と反応が、今日1日でサンジと他の全クルーの間で交わされたのである。 さすがにゾロの後にルフィにまで同じような反応をされればおかしいな、と気が付くというものだ。 (ウソップのやつは俺を凝視してやがったな…んで、そのあとにやっぱり「別に」つって慌てて去って行ったな)
そのあともロビンと同じ会話をした。
なんだかわからないが、ため息をついている自分は他人にとって異常に見えているようなのだ。 (でも、元気出せ!とか言われなかったな…) 別に、と言った後はみんな視線をそらして他の事を始めたり、さっきまでの続きをしたりするので、理由を聞き出せないまま今に至るのである。 (みんなに避けられてるような気になるのは、気のせいなのか…?)
頭で考えていることもどんどん後ろ向きの方向へ行ってしまう。 (やっぱ、避けられてたのか?) 今日の俺は暗すぎたかー、ごめんねナミさんロビンちゃん、変に気を使わせて…っ、と思いながら、今夜の見張りのために毛布を用意し、マストを登った。 |
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