「あぁっ…」

暗いキッチンにかすかに聞こえる声、息遣い。
合間にする水音。

息遣いは少しずつ荒くなっていく。

「…はぁっ、ぁ…」

床に手足の当たる音がする。





◆◆◆ ことば -Side SANJI- ◆◆◆





初めは酷く荒々しいものだった。
互いに身の内に猛るものを宥めようと、必死になってぶつかり合うだけだった。
ただその情欲を処理するように。

言葉は、いらない。
手を伸ばし、肌に触れるだけで他の全てが魅力を失い、輝きを失っていき。

互いの体だけが深い闇から浮かび上がるように、存在していた。
その間だけは、他には何も欲しくなかった。


それが。


次第に互いの激しい猛りを知り、それを受け入れるために体を合わせるようになっていた。
ぶつかるのではなく、まるで互いに哀れむように。

毎夜繰り返される、二人の儀式に似た行為。

気が付けばキッチンで顔を合わせ、互いの目に宿る、激しく猛り狂う情欲を認めて、安堵する。

今夜も自分だけではなかった。
自分以外にも、こんな目をしている者がいた。
そして、自分に潜む激しい情動を理解し、拒絶ではなく受け入れてくれる者がいた。

安堵し、受け入れ、手を伸ばし、肌に触れる。

やはり言葉は必要でなかったけれど、その行為を二人ともが大切に思うようになった。
この夜の儀式で、昼間は互いの身の内に潜んで姿を現さない情欲を曝け出し、受け入れあうことを大切だと思うようになった。

その感情がどういうものか知らないまま、訳も分からずにぶつけ合っていたのは、もう過去のこと。
これまではただ自分の心の揺れるままに、情欲の昂ぶるままにぶつけ合っていた。
まるで自分の昂ぶりが恐ろしいもののように思えていたから。

何故とかどうして、という問いには気が付かないようにして。
その感情に目を背けたまま。


互いの情欲や昂ぶりに気が付いたとき、それが哀しく思えて、ぶつけるのを止めた。
あぁ、自分と同じようにぶつけているんだ、と気が付いたとき、相手の必死な行為が哀れになった。

そして、受け入れることが出来た。
すると今までのただ処理するだけという行為が虚しく思えて、なんとかして相手の昂ぶりを宥めたいと思い始めた。


それが始まり。


いつもより優しく触れる最初の合図が哀しくて。

いつもと同じ行為を繰り返すのは耐えられなくて。

つい、口を衝いて出た、最初のことば。

「抱いてくれよ」


一瞬虚を衝かれたために動きの止まった手が、いつもとは違う動きをした。
慈しむような優しい触れ方で、まぶたに、頬に、唇に、手のひらの感触を残していく。

こんな風に触れられる手だとは思わなかった。
この手がこんなに暖かいとは知らなかった。

いつもなら嵐のように自分を攫って行く腕が、ゆっくりと自分の腰に回され、背中に回された。
とても満たされる気持ちになるのはどうしてだろう?
自分もこんな風に触れられるだろうか。

体の脇にぶら下がっていた自分の腕を、目の前の両肩に回し。

抱きしめた。

いつも外にいて寝転がっているゾロの体からは、お日様の匂いがすることに今頃気付いた。
そして抱きしめている体が温かいことも。

気が付くと随分長い間お互いに抱きしめあっていて、なんだか可笑しい感じがして、ふ、と笑った。
笑うのと同時に体から余計な力が抜けて、自然にゾロと体が密着していった。それに気が付いたらしく、腰に回された腕に更に力が込められていって。

ゾロの初めてのことばが、耳元で聞こえた。

「抱いてやる」

そして、優しく、体が床に横たえられた。




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