解放 -6-

 

 

「気付いているくせに、素通りしちゃうわけだ」

 恨みがましい声が、マルチェロの背後から飛んだ。
 マルチェロは足を止めて、ゆっくりと振り返る。そこには、数年ぶりに逢う美しい異母弟が立っていた。

「そちらこそ、立ち聞きとは無粋ではないかね。いつからあそこに居たのか言ってみたまえ」

 片眉を上げ、騎士団長の頃のように横柄に言葉を放つ兄。
 しかし、彼の口元は笑っていた。



 ククールが久しぶりにトロデーンを訪れたのは、今日の昼過ぎのことだ。
 普段は滅多に寄ることはなかったが、なぜか足が向いてしまった。まさに1年ぶりの来訪であった。
 城の者は自分を覚えていてくれたらしく、笑顔でトロデ王の元に案内される。美味い食事と酒をご馳走になってから、リュウとミーティアに逢いにいった。ふたりは私室にいるとのことだった。
 だが、その部屋に居たのはミーティアのみ。リュウはどうしたのかと問いかけると、少し前に出かけたという。

『確かポルトリンクの方に行くと……あ、嫌だわミーティアったら! これは誰にも内緒だって言われてたのに。でも、ククールさんならいいわよね』

 内緒という言葉に興味を引かれて追いかけることにした。
 リュウは旅の服で出かけたようだが、残念ながら目立つ。本人には自覚がないようだが。
 ククールほどではないが人目をひく容貌を、街の人間もよく覚えていて、数人に尋ねただけでその足取りを掴むことができた。(声をかけたのが女性ばかりだったのは言うまでもない)

 そしてククールは見つけた。
 友人…リュウと、―――捜し求めていた兄マルチェロを。



「どの辺りから聞いていた」
 憮然とした表情でマルチェロは言葉を放つ。この威圧感はリュウの前ではなかったものである。
 全くもって不公平だ、と愚痴りたくなるのを必死で堪えてククールは答えた。
「えっと…リュウと兄貴が座ってた場所からちょっと離れた木の陰?」
「そういう意味ではない」
 ピシャリと音がしそうなほど厳しく切られた。これも先まではなかったキレの良さである。

「えっと…ほら、最後のほう。ニノのおっさんがどうとかってところかな。オレも不思議だったんだよねー、どうやってあそこから脱出したんだろうって。謎が解けてすっきりしたよ」
「本当か」
「う、うん。本当だよ本当! 嘘ついても仕方ないじゃん」
 慌てて肯定するククールを見つめるマルチェロの瞳は厳しい。しかし、一度瞑目し、再び開いたときにあった翡翠の瞳は、それまでとは違った色を宿していた。

「だったら、なぜ泣くんだ。ククール…」

 厳しく顰められた眉は怒っているというよりも、むしろ困っているときの表情。
 低く静かな声音は、胸に渦巻く感情を押し殺すため。
 ―――多分。いや、きっとそうだ。

 ククールは、もう抑えることが出来なかった。
 土を蹴って、マルチェロの胸に飛び込む。



「ごめん…兄貴! 本当に、ごめ……オレ、なにも分かってな、くて」
 何についての謝罪かククールは言わなかったが、不思議とマルチェロにはその意味が分かるような気がした。
 彼が謝る必要はない。マルチェロは今まで何も語らなかったし、ククールに何か語らせようともしなかった。
「もういい、すべて過ぎたことだ」
 手袋をしていない手で銀髪を撫でる。彼の髪に素手で触れたのは、もしかすると「あの日」以来かもしれない。
 それほど、互いに触れ合うことがない兄弟だった。
 これでは心も擦れ違うはずだと、自嘲気味にマルチェロは笑う。


 ―――そろそろ、解放されよう。


「そばに、居させてくれよ。オレ、兄貴のそばに居たいんだ。
 なんでもする。兄貴の仕事の手伝いもするよ。
 ほら、ルーラが使えたほうが便利じゃないか。オレ、兄貴の足になれるよ。
 今度は兄貴の役に立つよ。そうなれるように努力するよ」

 マルチェロは息を呑んだ。
 弟はこんなに健気だったろうか。
 いや、そうだ。今まで自分が気付かなかっただけだ。

「―――ばか者。お前には端から何も期待していない」
 マルチェロはきっぱりと言い放ったが、ククールは大してショックを受けていないようだった。
 声が以前よりも優しくなっているのは隠しようがない。
 それに、この様子から伺うとククールはリュウと自分の会話を殆ど聞いてしまってるだろう。今更、という感が否めない。

「まあ…いいだろう。着いて来い」
 淡々とマルチェロが言えば、ククールの表情が明るくなる。
 それを正視できずに、思わず、顔を背けた。
「荷物がひとつ増えたと思えばなんでもない」
 正直照れ隠しの嫌味だったが。
「ひでえな…。兄貴は知らないかもしれないけど、オレ、本当に役に立つんだぜ。今度こそ兄貴のご希望に叶ってみせるのに」
 面白くなさそうに不貞腐れる。だが、掴んだ左腕を、ククールはもう離そうとしなかった。
「オレ、兄貴のために何かしたいの! なあ、何して欲しい? その辺の女の子か親父でも誑かして金とってこようか?」
 見れば花が咲いたかのような笑顔。確かにこれなら初心な女のひとりやふたり、阿呆な親父の3人や4人騙されそうだ。
「ばかもの」
 拘束された左腕で裏拳をひとつ入れてやる。その隙にマルチェロはククールからするりと離れた。
「……もう……からいい」
 呟いた声は小さすぎて、ククールには届かない。

 自分が彼に望むことは、本当に本当に小さいもの。
 ……しかし今までどうしても為せなかったこと。
 そんなに簡単に与えるなと、ククールの笑顔を見てマルチェロは思った。





 天使さま、あなたが捜した人は見つかりましたか?
 聖騎士さま、あなたは歩みを止めることはできましたか?





 ところで天使さま、捜し人は見つかったのか?
 うーん、どっかに居なくなっちゃった
 それはそれは、お気の毒に
 いいんだよ、別のものを見つけたからさ

 それよりも聖騎士さま、誰かさんに報いることはできたんですかー
 いいや、まだだ
 あらら…それじゃまだ歩かなくちゃ
 お前にもつき合わせてやる、ありがたく思え


 

 

 

 

 

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2007/06/06