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「気付いているくせに、素通りしちゃうわけだ」
恨みがましい声が、マルチェロの背後から飛んだ。
マルチェロは足を止めて、ゆっくりと振り返る。そこには、数年ぶりに逢う美しい異母弟が立っていた。
「そちらこそ、立ち聞きとは無粋ではないかね。いつからあそこに居たのか言ってみたまえ」
片眉を上げ、騎士団長の頃のように横柄に言葉を放つ兄。
しかし、彼の口元は笑っていた。
ククールが久しぶりにトロデーンを訪れたのは、今日の昼過ぎのことだ。
普段は滅多に寄ることはなかったが、なぜか足が向いてしまった。まさに1年ぶりの来訪であった。
城の者は自分を覚えていてくれたらしく、笑顔でトロデ王の元に案内される。美味い食事と酒をご馳走になってから、リュウとミーティアに逢いにいった。ふたりは私室にいるとのことだった。
だが、その部屋に居たのはミーティアのみ。リュウはどうしたのかと問いかけると、少し前に出かけたという。
『確かポルトリンクの方に行くと……あ、嫌だわミーティアったら! これは誰にも内緒だって言われてたのに。でも、ククールさんならいいわよね』
内緒という言葉に興味を引かれて追いかけることにした。
リュウは旅の服で出かけたようだが、残念ながら目立つ。本人には自覚がないようだが。
ククールほどではないが人目をひく容貌を、街の人間もよく覚えていて、数人に尋ねただけでその足取りを掴むことができた。(声をかけたのが女性ばかりだったのは言うまでもない)
そしてククールは見つけた。
友人…リュウと、―――捜し求めていた兄マルチェロを。
「どの辺りから聞いていた」
憮然とした表情でマルチェロは言葉を放つ。この威圧感はリュウの前ではなかったものである。
全くもって不公平だ、と愚痴りたくなるのを必死で堪えてククールは答えた。
「えっと…リュウと兄貴が座ってた場所からちょっと離れた木の陰?」
「そういう意味ではない」
ピシャリと音がしそうなほど厳しく切られた。これも先まではなかったキレの良さである。
「えっと…ほら、最後のほう。ニノのおっさんがどうとかってところかな。オレも不思議だったんだよねー、どうやってあそこから脱出したんだろうって。謎が解けてすっきりしたよ」
「本当か」
「う、うん。本当だよ本当! 嘘ついても仕方ないじゃん」
慌てて肯定するククールを見つめるマルチェロの瞳は厳しい。しかし、一度瞑目し、再び開いたときにあった翡翠の瞳は、それまでとは違った色を宿していた。
「だったら、なぜ泣くんだ。ククール…」
厳しく顰められた眉は怒っているというよりも、むしろ困っているときの表情。
低く静かな声音は、胸に渦巻く感情を押し殺すため。
―――多分。いや、きっとそうだ。
ククールは、もう抑えることが出来なかった。
土を蹴って、マルチェロの胸に飛び込む。
「ごめん…兄貴! 本当に、ごめ……オレ、なにも分かってな、くて」
何についての謝罪かククールは言わなかったが、不思議とマルチェロにはその意味が分かるような気がした。
彼が謝る必要はない。マルチェロは今まで何も語らなかったし、ククールに何か語らせようともしなかった。
「もういい、すべて過ぎたことだ」
手袋をしていない手で銀髪を撫でる。彼の髪に素手で触れたのは、もしかすると「あの日」以来かもしれない。
それほど、互いに触れ合うことがない兄弟だった。
これでは心も擦れ違うはずだと、自嘲気味にマルチェロは笑う。
―――そろそろ、解放されよう。
「そばに、居させてくれよ。オレ、兄貴のそばに居たいんだ。
なんでもする。兄貴の仕事の手伝いもするよ。
ほら、ルーラが使えたほうが便利じゃないか。オレ、兄貴の足になれるよ。
今度は兄貴の役に立つよ。そうなれるように努力するよ」
マルチェロは息を呑んだ。
弟はこんなに健気だったろうか。
いや、そうだ。今まで自分が気付かなかっただけだ。
「―――ばか者。お前には端から何も期待していない」
マルチェロはきっぱりと言い放ったが、ククールは大してショックを受けていないようだった。
声が以前よりも優しくなっているのは隠しようがない。
それに、この様子から伺うとククールはリュウと自分の会話を殆ど聞いてしまってるだろう。今更、という感が否めない。
「まあ…いいだろう。着いて来い」
淡々とマルチェロが言えば、ククールの表情が明るくなる。
それを正視できずに、思わず、顔を背けた。
「荷物がひとつ増えたと思えばなんでもない」
正直照れ隠しの嫌味だったが。
「ひでえな…。兄貴は知らないかもしれないけど、オレ、本当に役に立つんだぜ。今度こそ兄貴のご希望に叶ってみせるのに」
面白くなさそうに不貞腐れる。だが、掴んだ左腕を、ククールはもう離そうとしなかった。
「オレ、兄貴のために何かしたいの! なあ、何して欲しい? その辺の女の子か親父でも誑かして金とってこようか?」
見れば花が咲いたかのような笑顔。確かにこれなら初心な女のひとりやふたり、阿呆な親父の3人や4人騙されそうだ。
「ばかもの」
拘束された左腕で裏拳をひとつ入れてやる。その隙にマルチェロはククールからするりと離れた。
「……もう……からいい」
呟いた声は小さすぎて、ククールには届かない。
自分が彼に望むことは、本当に本当に小さいもの。
……しかし今までどうしても為せなかったこと。
そんなに簡単に与えるなと、ククールの笑顔を見てマルチェロは思った。
天使さま、あなたが捜した人は見つかりましたか?
聖騎士さま、あなたは歩みを止めることはできましたか?
ところで天使さま、捜し人は見つかったのか?
うーん、どっかに居なくなっちゃった
それはそれは、お気の毒に
いいんだよ、別のものを見つけたからさ
それよりも聖騎士さま、誰かさんに報いることはできたんですかー
いいや、まだだ
あらら…それじゃまだ歩かなくちゃ
お前にもつき合わせてやる、ありがたく思え
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