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 H*Pコンビニ妄想日記(1日目〜5日目)
  コンビニアルバイトポップ君(高校一年生)の日記。
  ヒュンケルとラブラブ(笑)になるまでを連載しています。


  #1日目
  #2日目
  #3日目
  #4日目 up
  #5日目 up

 

 

 ***「1日目」



 高校生活にも慣れてきたので、アルバイトを始めることにした。
 こづかいが足りてないわけじゃないけど、あのクソオヤジが「おめえみてえな甘ったれは少し世間の厳しさを知ってきやがれ」と口うるさくて仕方なかったのだ。

 そんなわけで、おれは家からチャリで10分のコンビニでアルバイトを始めることにした。17時から21時の4時間で、週に5日は厳しいから3日から4日くらいでと頼んである。(表向きは学業を理由にしてあるけど、本音は遊べなくなるのがやだから)
 いわゆる夕勤というやつで本当は22時までやるらしいんだけど、他の学生バイトさんもいるし、21時から22時の間は比較的店が混んでないということからの特別待遇。

 早いもので、バイトを始めてもう2週間が経った。
 最初は渋々だったけど、やってみたら結構楽しい。基本的におれは接客業が嫌いじゃないんだろうと思う。
 オーナーのアバン先生も良い人だしな!(ちなみにアバン先生はおれが小さい頃にピアノを教えてもらった先生だ。他に仕事を持ってるから、コンビニは一応奥さんのフローラさんがやってることになってるらしい。余談だけどおれのピアノはものにはならなかった。人間には向き不向きがあるから仕方ねえ!)

 おれは夕方しか入らないので、夜や朝、昼にどんなひとが働いているのか正直なところよく分からない。ただ、夜やってる人は大変だろうなーとは思う。
 うちのコンビニは深夜2人体制らしいけど、人が居ないときは1人だったりするそうだ。真夜中のコンビニに1人なんて、臆病者のおれには真似できそうにもない。
 そんな話を今日フローラさんにしたら、「確かにヒュンケル君はよくやってくれてるわね」と言っていた。
 大学生のバイトさんで、深夜0時から8時まで入ったり、22時から3時までやったりとシフトを調整しながら(殆ど毎日)いるらしい。時には22時から朝の6時まで働いたりしているそうだ。その上大学にも行ってるなんて……一体どんな頑丈な身体した奴(おれは筋骨隆々の大男を想像した)なんだろうと思ったら、これがまた背が高くて細身のオトコマエらしい。(チッ)

 テスト週間などで彼が休むと朝の人が「昨夜はヒュンケル君いなかったのね……」と分かるくらいだという。
 その話を聞いたとき、おれは正直「ふーん」としか思わなかった。それどころか「男前かよ、気にいらねえ」なんて考えるくらいで。

 顔も見たことがない大学生(それも男)に、胸をときめかせることになるなんて……考えもしなかったんだ。



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 ***「2日目」



 今日バイトに行ってみると、事務所にアバン先生とフローラさんがいた。
 なにやら困ったような顔で話し合っているので、ついつい声をかけそびれてしまう。ふたりの話を立ち聞きするような形になってしまったけど、不可抗力だから仕方ない。

「ヒュンケルだけに負担を強いるのはどうかと思いますねぇ」
「私もそう思うんだけど……ヒュンケル君自身が夏休みは昼間に入れてもらってもいいって」

 ふたりが話題にしている名前を聞いて、ちょっとだけおれはどきりとした。顔が少し熱を持っているのは気のせいだと思いたい。暑いから! きっと今日が暑いから! と、自分自身に言い聞かせる。
 「あること」があってから、おれはちょっと変なのだ。

 さて、動揺しながらも立ち聞きしていた限りで分かったことだが、先生たちは夏休みのシフトについて頭を悩ませているらしい。
 そうか、そういえばもうそんな季節だったと、おれは今更ながらに気が付いた。今日だって期末考査のためにバイトの休みをもらいにきたのだ。

「先生、フローラさん、おはようございます」

 思い切って声をかけるとふたりがにこやかな笑顔で対応してくれる。
「おはよう、ポップ君。今日はバイトお休みじゃなかった?」
 これはフローラさん。言い辛いけど、テストがあるのでバイトの休みをもらいにきたと正直に答えた。
「久しぶりですね、ポップ。バイトにはもう慣れましたか?」
 隣にいた先生が続ける。本当に先生と会うのは久しぶりだったので、おれは満面の笑顔で「はい」と返事をした。早いもので、バイトを始めて1ヶ月とちょっとになる。なんとかやれているのはここにいる店員さんたちがみんな良い人だからだと思う。

「すみません、人が足りないのにテストで休んじゃって」
 どこの学校もテストの時期は一緒だったりするので、きっとシフトをくむフローラさんは大変だろう。しかし彼女は嫌な顔ひとつせずに、
「大丈夫よ。高校でも二期制のところと三期制のところがあるから、全部重なっちゃうわけじゃないもの」
と、快く引き受けてくれた。
 希望通り休みが取れてホッとする。成績が下がったりしたらあのクソオヤジに何を言われるか分かったもんじゃない。最初は嫌々ながらのバイトだったけど、今ではバイトをやめたくないとまでおれは思ってる。すごい心境の変化だ。

「夏休み、人が足りないんですか?」
 どうしても気になったので、聞いてみることにした。
 するとフローラさんがそういうわけじゃないんだけど、と前置きしてから説明してくれる。
 どうやら昼勤のパートさんが夏休みまるまるお休みするそうで、ひとり昼勤に回すように調整しなければならないとのことだった。小さいお子さんがいるので、夏休みは出られないそうだ。9時から3時のシフトなのでおれは一度も逢ったことがないけど、名前だけは聞いたことがある。

「そういう事情じゃ仕方ないですよね。どうしても人が居なかったら、夏休み中はおれのこと昼勤に回してもらってもいいですよ。部活もやってないから暇だし」
 フローラさんが困っていると大変なのでそう申し出ると、なぜかアバン先生とフローラさんがふたりで顔を見合わせて溜め息をつく。おれ、なんか変なこと言ったかな。

「本当……ヒュンケル君といいポップ君といい、うちのバイト君たちは良い子ばかりだわ」
 フローラさんの口からまた彼の名前が出た。さっきので耐性がついていたので赤くなることは免れたけど。
「大学生バイトのヒュンケルって子がいるんですけどね、その子もポップと同じようなことを言ってくれたんですよ。でもね、彼がいないと深夜がどうにもならないんですよね……。そのことはあの子も分かってるみたいで、仮眠さえ取れれば構わないとか言うし……」
 アバン先生が苦笑している。さっき負担がどうのこうの言ってた理由におれも合点がいった。
 なんつー無謀な人なんだろう。相当体力に自信があるのかな。
「ポップがたまに昼出てくれるなら助かります。ヒュンケルには夕方に回ってもらうこともできますし」
「はい」
 続けて放たれた先生の言葉に頷きながら、実のところおれは少しがっかりしていた。
 どこまで擦れ違い三昧なんだろう。夏休み中ならば、まだ顔も見たことがないあの人……ヒュンケルに、一度くらいは会えるのではと淡い希望を抱いていた。


 どうしておれがそこまで彼のことを気にしてしまうのかというと、それは1週間前の話に遡る。
 フローラさんから何気なく聞いた、彼がおれを褒めていたとの言葉。

『そういえば、ヒュンケル君がポップ君のことを褒めてたわ。今日の夕方シフトを確認しに事務所に来たんだけど、その時ポップ君のことを見たらしいの。入って1ヶ月くらいだって言ったらびっくりしてたわ。
 レジも接客も上手だし、時間があったら売り場を整理したり外の掃除をしにいったりで働き者だって。最近深夜で入ると売り場が綺麗になってるし、商品の補充もしてあるしで助かってたらしいけどそれはポップ君のおかげだったんですねって』

 少し照れ臭かったけど、嬉しかった。
 おれは成績だって中の上だし、運動もそんなに目立ってできるわけじゃない。良くも悪くも普通なのだ。
 だから、あんまり他人に褒められたことがない。

 その日は学校で嫌なことがあった上にバイトも忙しくて疲れてた。ちょっと荒んでたもんだから、その言葉は純粋に嬉しかった。そんな風におれを見てくれる人がいたんだなって。
 おれってば単純だから、褒められると調子にのるんだよね。俄然やる気が出てしまう。

 それからというもの、おれはバイトに入る前にその日のシフトを確認するのが癖になっていた。
 深夜にヒュンケルさんが入る時は、普段よりも二割り増し頑張って働いていたりする。
 いま、彼がどんな人なのかとても気になって仕方ない。
 きっとアバン先生みたいな優しい感じの人なんだろうな。背が高くて良い男だってのは聞いてたけど、愛想もよくて笑顔が素敵な好青年に違いない。頭もいいんだろうから(S大の教育学部って言ってたし)仲良くなったら勉強とかも教えてもらえるかも!
 妄想は膨らむばかり。
 そんな自分がばかみたいだと思うけど、おれにとってあの人の存在は生活する上での活力になっていたんだ。



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 ***「3日目」



『今日の最下位はおとめ座のあなた。普段では考えられないような失敗をして落ち込みそう。ラッキーアイテムは……』

 何気なくかけていたテレビから聞こえてきたのは、毎日やっている星座占いだった。
 朝、慌しく起きて学校に行くことが多いおれは、テレビなんてまともに見ていることが少ない。今朝も今朝で一本早い電車に乗らなければならないのに寝坊してしまい、朝飯も食わずに出ようとしていたところだ。
 しかし、その音には反応してしまった。だっておれ、おとめ座なんだもん……。
 占い系は良いことしか信じないおれだが、テストの日にそれはねーだろうよ。テンション少し下がっちまうよ。
 しかし、テストで凡ミスをすることが多いので、気をつけようという気になったのだからいいのかもしれない。中学の頃のテストでは解答欄がひとつずつズレていたこともあった。こづかいアップをかけた大事なテストだっただけに、本当に苦い思い出だ。
 今日から4日間、辛いけど頑張ろう! そう前向きに考えて家を出たおれだったのだが……。

 星座占いなんて信じてはいないけど、それを恨みたくなるくらいには最悪な日になった。


 その日のテストはまあまあな出来だった。友達と明日のテストの予想をしたり先生への愚痴を言ったりしながら駅に向かう。途中、昼飯でも食べてから帰るかという話が出たが、その後気晴らしにカラオケでも……という流れにならないとは言い切れない(中間はそれで痛い目にあった)ので誘いを断ってそこで別れることにする。
 高校の最寄り駅であるH駅に、同じ高校の学生の姿は殆どない。どうやら殆どが前の電車に乗って帰ってしまったらしい。
 次の電車まで15分。まっすぐ家に帰ろうと思ったが「そういえば欲しい本があった」と思い出し、3分後に電車が来るということも魅力だったので違う路線のY駅まで足を伸ばすことに決めた。Y駅からはバスを使って帰ればいい。ちょっと時間がかかるけど、買った本を読みながら帰れば気にならないだろうと軽く考えた。

 しかし、それが全ての元凶だった。

 Y駅に着いて階段を下りているおれの背後から聞こえた、女の人の切羽詰った声。
「その男を捕まえて! 痴漢よ!!」
 何事だと振り返ると、すごい形相で走ってくる年配のサラリーマン風の男の姿がある。
 咄嗟のことで反応できずに呆然としていると、そのオヤジがおれのことを邪魔だとばかりに突き飛ばして逃げていく。
 その、突き飛ばされた場所が悪かった……。階段の上だもん、あとはどうなるか分かるよな?
 バランスを崩したおれは、情けないことにそこから転げ落ちた。そして、そのまま気を失ってしまった(らしい)
 階段から落ちたってだけでも最悪なのに。問題はその後だ。
 気を失ったとは言っても大したことなくて、おれはすぐに意識を取り戻したんだけど……どうせならずっと気を失っていれば良かったと激しく落ち込むような状況が待っているとは。
 おれは階段から落ちた。そして気を失った。それからどうなったかというと。
 なんと、若い男にお姫様だっこをされて運ばれているところだったんだ!

 駅員に誘導されて、男がスタスタと歩いている。
 おれは呆然として言葉も出ない。
 目を覚ましたおれに気付いた男が、無表情でおれをじっとみつめてくる。
 銀髪に、綺麗な紫色の瞳。気に入らないほど男前だ。

「お、おろせって!」
 色々なことに動揺してしまい、おれはヤツの腕の中で暴れ始める。しかし、男は軽く一蹴しやがった。
「頭を打っているらしい。無理はしないほうがいい」
 悔しいことに声までいい。なんて、そんなことはどうでもいい!
 いくら反論しても暴れても男は離してくれず、気が付いたときには駅の中の救護室のような場所にたどり着いていた。
 Y駅は駅前に大きな本屋があるのでたまに来ることがあるが、そんなに利用するわけではない。さっきおれが落ちた階段からここまでどれくらいの距離があるのか……どれくらいの時間、おれが周囲にこのような醜態をさらしていたのか……考えただけでも頭が痛い。(頭が痛いのはそれだけが原因ではなかっただろうが)
 学生が少ない時間帯だったのが不幸中の幸いだったろうか。知り合いにこんな無様な姿を見られていたらと想像するとぞっとする。

 後から知った(救護室で手当てをされながら駅員に聞いた)話だが、痴漢はちょうど階段を上ろうとしていた銀髪兄ちゃんが捕まえたらしい。
 慌ててやってきた駅員にそいつを引き渡してから、階段の半ばで倒れているおれを見つけて運んでくれたようだ。
「名前を聞こうと思ったんですけどねぇ、大学の講義に遅れるからといって早々に立ち去られてしまったんですよ」
 年配の駅員がのんびりとした口調でおれに言う。
 お礼を言い忘れたことに気付いたが、その時のおれは恥ずかしさと自己嫌悪でいっぱいでそれどころじゃなかった。
 おれも多感な15歳。色々と説明できない感情があるわけよ。

「そういえば、さっきのかたが言ってたんですけど」
 それにしてもおしゃべりな駅員さんだ。
 もう早く帰りたいと思っていたので、投げやりに相槌を打って続きを促す。が、次に出た台詞におれは絶句してしまった。
「あなたがとても軽いので、びっくりしたとか」

 ―――ヤツへのお礼のことなんて、その時全て吹っ飛んだ。

 軽いっていっても高校生なんだからそれなりに重かったでしょうに。多分元から力がある人なんでしょうね。確かにさっきのかたは良い体形してましたねー。背も180以上あるでしょうし。何かスポーツでもやってたんですかねー。
 悪意のない様子でそんなことを言う駅員を前に、おれは平静を装いながら内心怒りで震えていた。

 ふざけんな、ふざけんな!
 ちょっとくらい良い男だからって。ちょっとくらい背が高くて立派な体躯だからって!
 向こうはそんなつもりなどないかもしれないけど、馬鹿にされた気がして悔しくてたまらない。

 駅員が「被害届けを出しますか?」とか「さきほど痴漢にあわれた女性が後からあなたにもお詫びをしたいと言っていたので連絡先を…」とか言っていたが、曖昧な返事と救護のお礼をして逃げるようにその場を後にした。

 しばらくY駅には来ない。
 おれは、そう心に強く誓った。

 間違っても、もう二度とあの男に逢いたくなんてなかった。



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 ***「4日目」



 テストも無事に終わって、バイトのある生活がまた始まる。
 ちなみにテストの出来は悪くなかった(と思う)。中間よりも良いくらいじゃないだろうか。これでバイトのせいで成績が下がったと親父に文句を言われずにすむ。正々堂々これからもバイトしてやるぜ!

 約10日ぶりのバイトだったので、おれは張り切って仕事した。深夜にヒュンケルさんのシフトがあったから尚更だ。
 夕方のピークを無事に乗り越え、気付けばもう20時45分。忙しかったせいか、時間が経つのが早く感じる。バイト終わりまでの15分、売り場の補充と整理でもしておこうかとレジを離れると、先輩バイトの大学生であるマリンさんが青い顔でおれのところに走ってきた。

「ポップ君、レジわきに置いてあったCD知らない?」
 その言葉だけではピンとこなくて、おれは何のCDですか?と聞きなおした。
「赤いジャケットの二枚組のアルバムよ。タイトルは…」
 聞いておれは「ああ」と思った。テレビでもよく宣伝していた、あるアーティストのベストアルバムだ。そのCDなら確か19時くらいに売った記憶がある。
「予約票は受け取った?」
「予約票?」
「あのCD、多分お客様の予約注文分だと思うの」
 それは知らなかったので、おれは正直に首を横に振った。マリンさんは左手を口に当てて困惑した表情を浮かべている。
「どんな人だったか覚えてない?」
 その問いには淀みなく答えることができた。会社帰りのサラリーマン風の男性がCDと飲み物を一緒に買っていったのだ。
「予約については何も言ってなかったわよね?」
「う、うん。あの時間帯混んでて……当然のように出されたから売っちゃったんですけど」
 言い訳するわけではないが、CDやDVDはレジカウンタ内の棚にあってお客さんは直接取れないようになっている。誰か他の店員さんが出したものだと信じて疑わなかったのだ。
「ごめんね、ポップ君。私ちょっとフローラさんに連絡してくる。それからバックルームでビデオ確認してくるから!」
 慌てて走っていくマリンさんを見て、おれは全身から血の気が引いていくのを感じた。今すぐ彼女の後を追いたい気分だったが、そうすると売り場が足りなくなってしまうのでぐっと我慢する。
 おれは、もしかすると大きな間違いをしてしまったのかもしれない。

 バイトが終わるまでの15分は生きた心地がしなかった。最悪の状況しか想像できなくて……それを打ち消すように我武者羅に仕事をしていたが、もうひとりの大学生バイトであるアポロさんが「上がっていいよ」と言うので、後ろ髪を引かれつつも彼1人を残してバックルームに向かう。
 そこにはマリンさんとフローラさんがいた。
 ビデオを確認していた二人の表情は厳しく、状況が芳しくないことを窺わせる。

「ごめんね、マリン。伝達がなってなかったのは私の責任だわ……」
 深い溜め息をついて言うフローラさん。首を横に振ってそれを否定するマリンさんの横から、いてもたってもいられなくなったおれが飛び込んで口を挟んだ。
「フローラさんは悪くないですよ! おれが不用意に売っちゃったから……!」
「ポップ君……」
「本当に、すみませんでした!」
 自己嫌悪で泣きそうだったけど、ぐっと堪えておれは謝罪する。どんなに罵られても仕方がない。おれがあの場できちんと確認していれば、こんなことにはならなかったんだ。
 バイトを始めて2ケ月とちょっと……おれの中に慣れからくる慢心が生まれてたのかもしれない。

「あんまり自分を責めないで。本当にポップ君のせいじゃないのよ。あえて言うならスタッフ全員の責任だわ」
 フローラさんが優しく微笑む。そして、おれを慰めた後にこの件に関しての一部始終を説明してくれた。
 CDは大体深夜に店に届くことになっていて、朝から引き取り可能になっていること。大体は深夜のスタッフが分かるように別にしておいたり、注文の品として張り紙をしておいたりするのだが、昨日は注文を受けたヒュンケルさんが休みだったこともあってレジわきに寄せただけになっていたらしい。
 それでも一応ダンボールの中に入れてあったので、朝勤、昼勤の人たちも注文の品だと思って手を出さなかった。

「注文の控えはコルクボードに貼ってあったから、その時点で分かるようにしておいても良かったの。だけど、今日は忙しくてそこまで手が回らなかったみたい」
 フローラさんに続けて、マリンさんも言う。
「私もあのCDが何なのか確認していたはずなのに、きちんと張り紙したりポップ君たちに伝えておかなかった。だから私も悪いのよ……。本当にごめんね、ポップ君」
 マリンさんは悪くない。本来ならおれ自身も売り場に目を通してCDに気付くべきだったし、バックルームでボードをきちんと確認しておくべきだったんだ。
「CDを買っていかれたお客さんも責められないわよね。ダンボールの中からCDを取ってきちゃうのは私たちでも読めなかったけど……」
 フローラさんとマリンさんが顔を見合わせて苦笑する。
 防犯ビデオを再生して、その問題の場面をフローラさんが見せてくれた。
 サラリーマン風の若い男性が飲み物を持ってアポロさんのレジに並ぼうとしたが、混んでいたためかもう一度売り場をうろうろし始めている。暇つぶしに売り場を散策していた途中、レジわきの床に置いてあるダンボールに気付いたようだ。こっそり窺うように中を覗き込み(ちなみにダンボールの蓋は開いていた)男性はそこでCDを見つける。やはり少しは躊躇いがあったらしく……しばらく周囲を見回していたが、店員はレジに夢中で自分に気付かない。青年は「まあ、いいか」という様相でCDを手に取り、それからおれのレジに並んだのだ。

「注文をいただいたお客様に電話してみたんだけど、留守番電話だったわ。帰りが遅いお仕事なのかもしれないわね。注文を受けたのが夜の11時ごろだから、もしかするとその位の時間に取りにくるのかもしれない」
「そ、それじゃ……おれ、そのお客様が来るまで居ます!」
 おれの必死な訴えはフローラさんに軽く却下されてしまった。
「だめよ。君は高校生でしょう? ご両親も心配されるし……私も後でアバンに怒られてしまうわ。「わたしの可愛い教え子をそんな夜遅くまで置いてはだめでしょう?」ってね」
 確かに過保護で心配性な面があるアバン先生ならそんなことを言いそうだけど。それでも今回はおれだっておとなしく引き下がれない。
「で、でもっ!」
「ポップ君、それにね」
 いいかけた言葉はマリンさんに打ち消される。おれの肩を掴んで困ったように微笑みながら首を軽く横に振った。
「お客さまが本当に今夜来るのかは分からないのよ? もしかしたら明日かもしれないし、時間だってもっと遅いかもしれない」
 気持ちは分かるけど、今夜は帰って。ね?
 マリンさんのその言葉に、おれが逆らえるはずもなかった。おれがここにいることで却って皆に迷惑をかけることになるのなら、できることはひとつだけだ。

「すみません……。あとは宜しくお願いします」

 制服を脱いでバックルームを後にする。
 レジにいるアポロさんに挨拶をしてから店を出た。
 自転車の鍵をリュックから取り出そうとして、間違えて地面に落としてしまう。かがんでそれを拾おうとしたら、今まで堪えていた涙が零れ出てきた。

 自己嫌悪。情けないほど何もできない自分に嫌気がさす。
 最近身に覚えのある感情だと気が付けば、3日前の嫌な出来事が脳裏に浮かぶ。
 痴漢を捕まえることができない上に、気を失って野郎に軽々と運ばれてしまう自分と。
 自分がしたミスの責任を何一つ取れない、それどころか迷惑までかけてしまう自分と。
 これまでの出来事が錯綜して、頭の中がごちゃごちゃになる。

 暗い夜道、涙のせいで視界も覚束なかったけど。
 綺麗な月がおれを優しく照らしてくれるのが、なんだかとてもありがたかった。
 何度も見上げているうち、涙も止まる。



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 ***「5日目」



 今日は週末金曜日。
 おれは、授業が終わるや否や慌てて学校を飛び出して駅に向かう。

 電車に揺られて30分。いつも降りるN駅までは行かず、そのひとつ前の駅であるU駅で下車したおれは予めそこにおいてあった自分のチャリに乗ってある場所に向かった。
 言わずもがな自分のバイト先のコンビニだ。学校が終わったら家には戻らずバイト先に直接向かおうと朝のうちに決めていたので、普段使っているN駅から乗車せずにU駅まで必死でチャリを飛ばしたのだ。
 おれの家からバイト先までチャリで10分ちょっと。しかしU駅からだと5、6分で行ける。時間が半分に短縮されるだけだが、電車一駅分の時間も加えて考えると大分違うような気がした。今は一分一秒の時間でも無駄にしたくない。

 例のことが気になって夜も殆ど眠れず、学校で眠い目を擦る破目になっていたおれ。いっそのことサボってしまいたかったが、親にばれた時が怖いし、フローラさんにも叱られるだろう。そう自分に言い聞かせて、逸る心を必死に抑えていたのだ。

「フローラさん、おはようございます!」
 駆け込むようにバックルームにやってきたおれを見て、フローラさんが目を丸くする。
「ポップ君。今日はお休みじゃなかった?」
 確かにその通りだ。次のバイトは月曜日。しかし、どうしてもその日を待つことができなかった。3日間もこんなもやもやした気分で過ごすのはやりきれない。
「その……昨日CDのお客さんが来たのか気になって」
 息を整えながら問いかけると、フローラさんがふっと柔らかい微笑みを漏らして一冊のノートを差し出した。それはスタッフ同士が連絡を取り合うために用いられているものだが、バイトであるおれがそれを確認することは滅多にない。というか必要性も殆どないのだけど。

 胸を高鳴らせながらそれを受け取り、開かれたページに目を通す。
 ぶっきらぼうに、一行だけ書かれた文章が視界に入った。

『CDの件。23時頃お客様がいらっしゃいましたが、納得していただきました。大丈夫です』

 乱暴な走り書きだったが、全然読み辛い字ではない。きっと元から綺麗な文字を書く人なんだろう。
 こういうところでも字の上手い下手は出ると思う。おれはあまり字が上手くないから羨ましい。

「どう? 安心した?」
 安堵の息をつくおれに、フローラさんが問いかける。
「はい……。良かったです」
 やっとのことで笑顔が出た。その姿を見てフローラさんも安心したみたいだ。おれ、昨日は相当酷い顔をして帰ったんだろうな。心配をかけてしまったようで申し訳ない。
「私も気になってたから、今朝早いうちに顔を出したのよ。夜は事情で居られなくて……結局ヒュンケル君に任せることになってしまったわ」
 どきり、と胸が早鐘を打った。
「ヒュンケル君本人は大丈夫でしたなんて軽く言ったけどね、彼の性格じゃ正直に言わないだろうから……ビデオを確認してみたんだけど」
「どうでした? やっぱりお客さん怒ってましたか?」
 どうしようもなく不安になる。ヒュンケルさんに嫌な思いをさせてしまったのかと考えると心が痛んで仕方ない。
「やっぱりお客さんも怒ってたわ。楽しみにしてたのにって。でもね、ヒュンケル君が何度も頭を下げてくれて……。商品が入り次第家まで届けますって言ったら『どうせここにはよく来るから声かけてくれればいいよ』って。いいお客さんで良かったわ」
 おれもフローラさんに同意だったので、「そうですね」と首を縦に振る。
 でも、その時一番おれが感謝していたのはヒュンケルさんだった。自分の不手際でもないのに……きっと嫌な思いをしただろう。それなのに恨み言ひとつ漏らさず、ノートにも「大丈夫です」と書いてくれた。

「それにしても、彼ったら『やっぱり休むべきじゃありませんでした。自分の責任です』なんて言うのよ」
「そんな! だって、ヒュンケルさんは8日連勤だったし!」
 この前の休みがなかったら、彼は13日連続でバイトすることになっていたのだ。
「そうなのよね。だから私も無理に休みを入れたんだけど……って、ポップ君よく知ってるわね?」
 突っ込まれたくないところに触れられて、おれは内心しまったと思う。上手く話を誤魔化そうと、再びノートに視線を移して話題を変えた。
「これ、おれも書いていいですか? 一言お礼したいから」
「別に構わないけど……CDを売ったのが君だってヒュンケル君は知らないのよ? ヒュンケル君だけじゃないわ。朝や昼のスタッフにも伏せてあるの。今回のことはみんなの不手際だったから、ポップ君の名前を出すのは違うだろうと思って」
 フローラさんの心遣いはとても嬉しいけど、おれは誰にどう思われようと平気だ。だって、おれがミスしたことには違いないんだから。
 おれのことなんてどうでもいい。おれの代わりにお客さんに謝ってくれたヒュンケルさんの気持ちを考えれば……多少嫌な思いをしたって構わないと思う。そう、本当に些細なことじゃないか。

 フローラさんの制止も聞く耳持たず、おれは卓上のペンを取ってノートに文字を連ねていく。長い文を書いても言い訳じみてしまうから、なるべく短く。それでも彼への感謝をこめて。

 ”今回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました。”

 最後に自分の名前も入れておく。ヒュンケルさんのおれに対する印象は悪くなるかもしれないけれど、それでも仕方がないと思った。
 前におれのことを褒めてくれたヒュンケルさんだからこそ、良い所ばかりを見せたくない。
 カッコつけの自分にしては珍しいと思う。こんな風に素直に誰かに感謝して、反省することができるなんて。

「フローラさん、本当にすみませんでした。これからも色々頑張りますので宜しくお願いします」
 昨日のように卑屈になることはなく、前向きな気持ちで謝ることができた。
 そうさせてくれたのはヒュンケルさんだ。

 おれの中で、ヒュンケルさんへの憧れがますます強くなるのを感じる。
 そして、その感情が”ただの憧れ”の範疇を超え始めていることにも、なんとなく気付いていた。



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2008/06/21〜2008/08/10