-虐-
「駄目だ。やっぱり電源切ってやがる」
ある日の放課後、固形の栄養補助食品を咥えながら携帯電話を弄っていた竜一は小さく舌打ちをし、小さく畳んで机の上に放り投げた。ストラップが机に当たってジャラッと鳴る。
「どうしたんだろうなぁ。早坂の奴。もう1週間来てないぜ。携帯に電話しても電源切ってるし……」
「だよなぁ…。望月、何か知らねぇか?」
「…………知りませんよ」
一つの机に向かい合った状態で座り、そのまま自分を見る竜一や竜二に苦笑を返しながら、望月は前の方に位置する早坂の席に視線を送った。自分が工場で“口止め”をした次の日から、あの席は無人状態を維持している。
突然の優等生の不登校の原因を教師達は受験に関するストレスだのノイローゼだのと勝手な事を言っているようだが、勿論そんな訳が無い。原因は紛れも無い自分。自分の陵辱による傷だ。その証拠に、あれから意識を取り戻した彼は口を利いてくれなかった。視線さえも合わせようとしなかった。ただ、思い詰めたような表情で下を向き、涙ぐんでいた。幾度も謝罪したが聞いている風には見えなかった。完全に開いてしまった親友との距離。その距離を作ったのは自分なのだが。
本当の所、目の前にいる竜一達や小林に相談はしたかった。開いてしまった距離を元通りにする為のアドバイスが欲しかった。だが、言えるだろうか?開いてしまった原因を。喧嘩の原因は何だ?と聞かれてしまえば終わりだ。俺が早坂をヤッたから、なんて答えられるほど自分は無神経(寧ろ、大物か?)ではない。第一、小林に知られようものなら………。
そして漏れる溜め息。自分で解決するしかない。……もう一度、彼に会って謝ってみよう。決心を固めた望月は鞄を脇に抱え、竜一達に挨拶をして教室を出た。
眩しい夕日によってオレンジかかった家の前で右往左往する。チャイムを押そうと人差し指を伸ばすが、触れるか触れないかの所で指が引っ込む。そして、また家の前をウロウロ。傍から見れば挙動不審人物。この不審行為を既に10分近く繰り返している。何かが望月の行動を阻めていた。許して貰えないかも知れない恐怖が。罪悪感が。もし会ったら何を言えば良いのか、と言う迷いが望月の指を引っ込めていた。だが、ここまで来て帰るのも情けない。自分は和解を求めて家まで来たのだ。何も恥ずかしがる事も恐れる事も迷う事も無いではないか。無理矢理、自分自身を叱咤し、勇気を振り絞って指を再度伸ばす。後1センチ、5ミリ、3ミリ、触れた、思い切り押す。辺りに呼び出し音が響いた。
「はい」
インターホンを通して聞こえて来たのは女性の声だった。それが早坂の母親の物だと分かった時、安心したような恥ずかしいような何とも言えぬ不思議な感じがした。
「あ、あの……望月…ですけど…」
語尾を弱めながら恐る恐る声を出すと、トーンの違う“はい”が聞こえ、10数える間にドアが開いた。目の前にいる早坂の母親は微笑を浮かべていたが顔色が悪く、疲れている事が望月にも分かった。
「あ…こんちは。…あの、良ちゃ……早坂君は………」
何故か指先をもじもじと動かし、切れの悪い話し方をする望月に女性は微笑に困惑の色を加えた。
「良麻の事でしょ?…私も戸惑ってるのよ。急に部屋に閉じ篭っちゃって、学校に行かなくなったから…。学校で何かあったの?苛められているとか」
「いえ、苛めにはあってない……ですけど………」
苛めどころか、俺に犯されたんですけど。勿論、これは言える訳が無く。
「…………そう……」
ポツリと呟いて、そっと溜め息をつく。息子の原因不明の引き篭もりに戸惑っている母親の姿をこれ以上見る事は出来なかった。早々に立ち去った方が良さそうだ。本当は彼に会って土下座してでも謝罪したかったのだが。
「…あの、早坂君と話が……い、いや…早坂君に言って置いて下さい。皆が心配してるって」
「えぇ、伝えておくわ。有難う…」
再度微笑を浮かべる母親に望月はさよならと言いながら軽く会釈をし、そのまま回れ右をして駆け出した。その背中が見えなくなるまで見送った後、女性は家に戻り、階段を上がった。
今日で何度目だろう。部屋のドアがノックされ、自然と目が音のした方へ向けられる。ノックの後に続くのは母親の声。
「良麻?望月君が心配して来てくれたわよ?」
望月君。その単語にベッドの上で布団を被り、膝を抱えて座った状態の早坂の身体がビクンッと跳ねた。単語一つで頭に蘇る情景。狂っていた親友の瞳。陵辱の痛み。
「…嫌だ!!」
様々な意味が込められた叫び声を上げ、頭を抱えて震えだす早坂の瞳には涙が浮かんでいた。聞きたくない。彼の名前なんか聞きたくない……!
「嫌だって……さっきからそればっかりじゃない。何が嫌なのか言わないと分からな…」
「うるさい!僕の事は放って置いてくれよ!!」
母の言葉を最後まで聞かず、ひたすら拒絶する。言える訳無いじゃないか。その望月君に無理矢理犯されたなんて!膝を強く抱えて震える早坂の耳に心配そうな母親の声が聞こえて来た。
「……皆が心配してるって…望月君言っていたわよ」
そして、足音が遠ざかる。母親が部屋から離れた事が分かった。分かってるよ。口の中でモゴモゴと呟く。でも、嫌なんだ。彼に会いたくないんだ。会ったら…どうなるか分からないから。
布団から抜け出てベッドから降り、カレンダーを見ると既に1週間が経過していた。この1週間は生きている感じがしなかった。殆どの時間を、この薄暗い自室で過ごしていた。過ごすと言っても何をする訳でもない。ただ、さっきのようにベッドの上でボンヤリとしていた。僕、言わなかったのに…どうして……。言わなかった…よね?…もしかしたら何かの拍子にポロリと言っちゃった……のかな。でも僕、木下君や平君とはそれ程付き合い無いし………。
視線を壁に動かすと赤い制服が掛けられていた。いい加減に行かないと勉強が遅れてしまう。だが、学校に行けば親友と嫌でも顔を合わせないといけない。……無視すれば良いじゃないか。無理矢理こじつける。彼から眼を逸らして置けば良い。そうだ、学校は勉強する所じゃないか。何を恐れているんだ。
「よしっ…」
両手で頬を軽く叩いて、机の横の日課表に目をやる。そして教科書を手に取り、鞄に詰め始めた。駿君がいても無視すれば良いんだ。彼の事は許すつもりはないから。ただ、他の皆を心配させたくないだけなんだ。自分に必死に言い聞かせながら、早坂は鞄に荷物を詰め込んでいった。本心では、無視する予定の親友との和解を求めていたのだが。
次の日の朝。登校時間は過ぎていたが、彼はまだベッドの中にいた。いざ、その日が来ると身体が動かない。皆を心配させたくないと言っていたのは何処の誰だ。僕だけど。トントン。ノック音が聞こえた。
「良麻、今日はどうするの?」
心配させたくない人物の一人である母親の声。その声に身体の重みが急速に無くなっていく。
「……今日は…遅れて行く」
何だか弱々しい声になってしまったが、返って来た母親の声は少し明るい感じがした。
「そう。じゃあ、母さん仕事に行くから。鍵架けて置いてね」
母親も仕事に行くのは1週間ぶりの事だ。自分が部屋に閉じ篭っている間、彼女も仕事を休んで家にいてくれた。その事が嬉しくもあり、申し訳なくもあった。ゴメンなさい、有難う。既に家を出た母親に心の中で謝罪すると共に礼を言いながらベッドから降りる。久し振りにカーテンを開けると薄暗い部屋に明るい光が差し込んだ。
鞄を片手に家を出て門を閉めたのは、それから1時間後の事だった。今から行けば3時限目の授業には間に合うだろうと計算しながら、ふと家の前の通りを見ると見知らぬ車が止まっていた。聞いた事の無い会社の名前がドアに書かれたそれから二人組のスーツ姿の男が出て来て何かを相談している。片方が地図らしき物を持っている辺り、彼らは道に迷っているようだ。腕時計を見て、時間に余裕がある事を判断した早坂は困り顔の男達に近付いた。
「どうしました?」
声を掛けながら近付いて来る高校生に二人は振り向くと同時にパッと顔を輝かせた。
「君、この近所の人?ちょっと道を教えて欲しいんだけど……」
「えぇ、良いですよ。何処ですか?」
目の前に広げられた地図に顔を近付けると、突如ドンッと鈍い音と振動が身体に響き、同時に腹部に激痛が走った。
「……ぐっ………ぅっ…!?」
鳩尾を押さえ、蹲ろうとする早坂の後頭部に何かがぶつかり重い衝撃を受ける。目から星が飛んだかと思うと、地面が何重にもぼやけ、霞んで見えた。地面に落ちそうな頭を必死に上げ、男達を見上げるとぼやけた彼らは笑顔を崩さずに自分を見下ろしていた。片方が持っていた地図は何時の間にか警棒のような物に変わっている。もう片方が持っている何かがビッ…と言う音を立てる。それがガムテープのような物だと判断した時、早坂の身体はくずおれた。動かぬ彼の口元に例のテープが貼られ、そのまま車の後部座席に詰め込まれる。目撃者無き誘拐は一瞬にして成功した。
意識は戻ったが視界は暗く、何となく息苦しかった。目隠しをされている事に気付き、慌てて外そうとするが手が言う事を聞かない。口元に貼られているのはさっきのガムテープだろうか?ガムテープ。そうだ、僕は家の前で道を教えようとして………
「お。やっと起きたか。あんまりグッスリ眠ってるから死んだかと思ったぜ」
さっきの男の声が聞こえる。最初見た時に抱いた“誠実そう”と言うイメージを打ち砕くような口調と声の感じ。眉間がボンヤリと温かい何かを感じ取ったかと思うと、目隠しが外されて暗い視界に景色が広がる。目に入って来たのはコンクリートの壁だった。周りを見ても同じ景色。薄暗く、何処か肌寒い地下牢のような部屋。視線を自分の身体に向けると、椅子に縛り付けられている事に気が付いた。己の姿に蘇る恐怖。この前も僕は縛り付けられて……!一気に精神を支配する恐怖に固く目を瞑る早坂の頭を大きな手が撫でた。
「そんなにビクビクするなって。殺しはしねぇさ。……ちゃんと言う事を聞けばな」
パチンと何かが起き上がる音がし、身体の横でギシギシと別の音が鳴る。椅子から自分を縛り付けていたロープが落ちたのは数分後の事だった。今だ!自由になると同時に立ち上がって殴り、男からナイフを奪い取る……つもりだったが、左手を動かそうとすると右手も勝手に付いて来ていた。見ると、自分は犯罪者のように手錠を掛けられているではないか。
「ハハハッ。元気が良いなぁ。それ位元気が良くねぇとな」
巨大な手が突如、早坂を突き飛ばす。咄嗟の事で受身が取れなかった彼は後頭部を打ち、低く呻いた。別の男が近付いて、打った箇所を軽く撫でる。
「おっと、大丈夫か?頭打って馬鹿になるのは嫌だよな。秀才ちゃん」
「!!」
こいつ等…何で僕の事を………!聞きたくても口元のガムテープが妨害して何も言えない。この前も…口に変な物咥えさせられて何も言えなかった。あぁ…一体どうなっているんだ!?戸惑う早坂の不自由な両腕を持ち上げて抵抗をより不可能にする。ナイフを持った男が馬乗りになった。乱暴に赤い制服の前を開き、下に着ていたシャツにナイフの刃を当てて、そのまま腹部まで下降させると布が裂ける音が響いた。
「上手いもんだろ。ちゃんと服だけ切ったんだからな」
真っ二つに裂けたシャツを細かく破りながら晒されていく胸部を観察し、指先でなぞると触れられた身体は小さく震えた。
「ふぅん?秀才とか言うから青白いモヤシ野郎かと思ってたけど結構筋肉ついてるじゃねぇか」
「聞いてねぇのか?コイツ、運動神経も良いらしいぜ。頭も良くてスポーツ万能。全く羨ましいねぇ」
「んっ…!!」
工場内で木下や平にされた行為がフラッシュバックし、激しく首を振る早坂の目には早くも涙が滲んでいた。
「お、何か言いたいみたいだな。何だ?」
馬乗りになっている男の手が伸び、口元からガムテープが剥がされると早坂は大きく息を吸い、そのまま声を出した。
「此処は何処?僕をどうする気だ!」
震えそうな声をどうにか抑えて声を張り上げると目の前の男はニヤッと笑い、手に貼り付いてたガムテープを捨てた。
「別に?俺達は依頼された通りに動くだけだ。ま、俺にとっちゃバイトなんだよ」
「バイト……?あ、いっ…嫌だ!!」
ガムテープを捨てた手が自分のベルトを外し始めた事に気付き、声を裏返すが相手は手を止めようとせず、両手を持ち上げていた方がわざとらしい同情の台詞を口にした。
「可哀想になぁ。まだ高校生のガキなのに。…ま、悪く思うなよ」
「嫌だってば……本当に………こんなの…嫌だ…」
着々と服を剥がされ、全てを晒されていく自分の姿に早坂は声を震わせながら涙をポロポロと零した。その泣き顔も彼らの欲望を掻き立ててしまっているのだが。
「もう、こっちは経験してるんだろ?…折角だから楽しむ方に考えろよな」
「ひうっ……!」
何時の間にか油で濡らされた一物が晒された後ろに当たり、そのまま容赦無く侵入しようとする。そんな、何で、どうして……どうして、こんな事に………
「嫌あああぁぁああっ!!」
次の瞬間に襲ってきた衝撃に悲鳴を上げたが、その声は薄暗い部屋に空しく響き、そのまま掻き消えていった。