-秘-

 様々なビルが立ち並ぶ夜の町。近くにある時計台の時計の針は既に十時を知らせている。そんな夜の町の道を一人の学生が歩いていた。
「あぁ、もうこんな時間になったのか」
 ふと足を止めて時計に目をやったその学生の名は早坂良麻。彼は高層ビル内にある進学塾の生徒でもあり、その日も其処で勉学に励んでいたのだった。今から戻って、遅い夕食を取って、風呂に入って、課題をして、予習をして……
「また寝るのが遅くなるかな。まぁ、仕方がないか」
 鞄を持ち直し、住宅街にある自宅へ向かう。塾がある街は夜の喧騒とネオンで目が眩む程であるが、一度住宅街に入れば静かなものだ。耳を澄ませれば、何処かの家から生活の音が聞こえてくる程度で、それ以外は殆ど無音の世界。その無音の世界を暫く歩いた先に自宅があるのだが……。

「あれ?」
 怪訝そうに眉を顰め、目を細める。その視線の先は近所の公園。消えかけた照明の下に見慣れた顔がいる。
「望月くん?」
 口の中で呟きながら、極力足音を立てずに公園に近付き、情景を近場で見ると、級友であり、幼い頃からの親友でもある望月駿が見知らぬ男達に囲まれていた。最初は彼の仲間かと思っていたが、彼の表情が何処か暗く、怯えているような所から判断すると仲間ではないらしい。では、あの男達は何なのか?
 早坂は、自分の胸程度に位置する低い金網に手をかけ、音を立てずに公園内に飛び移った。幸い、公園の広場にいる男達には死角にあたる茂みの中に移れたので、相手の方は気付いていない。茂みに身を潜め、耳を澄ませるとボソボソと話し声が聞こえて来る。その中のある台詞に早坂は思わず目を見開いた。今、確かに「服を脱げ」って言った。一体、何をする気なんだ?
 そんな早坂に気付く訳もなく、望月は視線を落としながら制服の前を開け、近くのベンチに脱ぎ捨てる。制服の下のシャツに手をかけようとした時、男の一人に頭を掴まされて
「先にこっちの方をしてくれよ」
「ぐっ! うぅぅっ……!!」
「!!」
 息を呑む早坂の視線の先で望月が両膝を付き、頭を掴んでいる男の一物を口に含んでいる。以前、仲間達とコッソリ観てしまった(とは言っても、彼は顔を赤くして眼を逸らしていたのだが)アダルトビデオのような情景に、しかも、その“出演者”が望月である事に早坂は唖然とした。
 このままだと彼はあの男達にナニされてしまうんじゃないか? もし、そうだとしたら彼は……。
(助けないと!)
 鞄に手を突っ込んで携帯電話を取り出し、「110」と親指でプッシュする。しかし、そこで指が止まってしまった。動かそうとしても、身体の何処かがその行動を拒んでいた。そして、気が付けば生唾を飲んで男達に弄ばれる望月を見つめていた。
 何してるんだ僕は! 片隅にある理性が早坂の心に怒鳴りつけて来る。早く、警察に知らせろよ。望月くんを助けないといけないだろ!? 理性がどんなに叫んでも、早坂の身体は動かない。妙な感情が渦巻き、彼の動きを止めている。犯されようとしている親友をもう少し見ていたい。そんな歪んだ感情。違う、今、警察に知らせたら望月くんにまで迷惑をかけてしまう。だから、僕はこうして様子を見ているだけなんだ! 自分自身に言い訳をし、暗い茂みの影から親友を凝視する。凝視されている方は男達の相手に神経が集中しているらしく、早坂の視線には気が付かなかった。

 普段は虫の声の他には何も聞こえない夜の公園に、水音と苦しそうな呻きとクスクス笑いが混じり合って響く。水音と呻き声の主は瞳を濡らしながらも奉仕を続けていた。
「ふぅん? 余り上手じゃねぇが経験は結構あるみてぇだな」
 望月の口を犯している男が僅かに息を弾ませながら、下にいる少年を見下ろす。少年の口の端からは唾液が漏れ出始めていた。
「前から、こんな事してんのか? それとも彼氏でもいるのかな?」
 他の男達の嘲笑が轟き、望月の涙の量を増加させる。それでも彼は抵抗も口答えもせず、ただひたすらに舌を動かしていた。
 彼氏? 早坂の耳がピクリと動く。何となく、思い当たる人物が存在したので。もし、彼がその手の性的指向を抱いているとすれば(彼がそうであると思うのは正直複雑な心境なのだが)、彼の“彼氏”に当たるのは。
「んぐっ……!!」
 篭った声が早坂の考え事を中止させる。ふと視線を戻すと、男が望月の頭を掴んでいて激しく揺さぶっていた。ガクガクと前後する望月の頭。固く閉じられた彼の眼から小粒の光が散る。その瞳が大きく見開かれたのは数秒後の事だった。
(望月くん……!)
 思わず口から出そうになった叫び声を慌てて飲み込み、心の中で絶叫する。口を微かに開けて固まる早坂の視線の先には口に手を沿えて蹲る親友の姿があった。手の指の間から白い何かが零れ出始める。
「何だ。飲めねぇのか? 仕方ねぇなぁ」
ふぅ、と快楽による大きな溜め息を吐きながら、蹲って咽始めた望月の髪を再度掴み上げる。そして、周りにいる仲間達に眼で何かを合図すると、合図を受けた方は下卑た笑顔を一層深めた。
「それじゃ、後がつかえてるからこっちもさせて貰うかな」
「あっ! やっ、やだっ!!」
 後ろから無遠慮にスラックスを引き摺り下ろされ、彼らの御目当ての場所らしいそれが晒された瞬間、涙混じりの拒絶の声が響き、その声に早坂は唇をグッと噛み締めた。
(あいつら、僕の友達に何て事を!)
 利き腕の左腕が伸び、近くに落ちている木の棒を拾う。自分は元々争い事を好まないが何故か喧嘩は強く、武器を手に取ればその強さは数倍に跳ね上がる。武器の扱いに関しては仲間達の中でも随一の実力の持ち主だった。確かに人数では向こうが上だが、相手は完全に油断している。望月の解放位は可能に違いない。一気に攻め込めば……。
 しかし、彼の思惟に反して身体は全く動こうとしなかった。さっきと同じ歪んだ感情が悪魔の囁きとなって早坂を刺激する。本当は続きを見たいんだろ? 君の御望み通りの展開になっているものなぁ。
(そんな……)
 囁かれた良心が唖然とする。僕は…親友が犯される所が見たいのか? だから、身体が動かな……いや、身体を動かそうとしないのか? グルグルと回転する頭の中の片隅からある回想が突然飛び込んで来た。
 そこは例の“アダルトビデオ上映会”。凝視する事も出来ず、耳を塞いでひたすら顔を逸らしていた自分の眼前にひょっこりと顔を見せたのは仲間内でリーダーの立場にいる服部竜一だった。
「何だ? お前、エロビデオも観れねぇのかよ」
「そ、そう言うキミこそ、よくあんな物を平気で観れるよね。他の皆もだけど……」
 呆れた声で言うが真っ赤な頬は隠せず、その顔は竜一を吹き出させた。
「お前みたいに純情そうな奴が案外一番やらしかったりするんだぜ?」
「なっ……!」
 普段の冷静さなど微塵も感じられない位に動揺した声を出しながら目を丸くすると竜一はまた吹き出し、そのまま大笑いをした。
 お前みたいに純情そうな奴が案外一番やらしかったりするんだぜ? 竜一の声が早坂の頭の中で反復される。僕みたいなタイプが一番いやらしい? 左手から棒が抜け、雑草の上に落ちる。早坂はそのまま自分の身体を抱き締めた。違う、違うよ! 僕は……!
「痛っ!! 痛いっ!! やめ……」
 望月の悲痛な叫び声が早坂を現実に引き戻す。ハッと視線を戻すと、視線の先の望月の後ろには無骨な指が無遠慮に侵入し、内部を掻き回していた。
「ぁ……」
 思わず声が漏れてしまい慌てて口を手で塞ぐが、その声は蚊の鳴くような微かな声だった為、望月の喘ぎ声にアッサリと掻き消されてしまった。そう、望月は喘いでいた。早坂にとっては信じられない箇所に指を突っ込まれて、目に涙を溜めながら喘いでいた。
「……」
 自分を抱き締めていた、口を塞いでいた手が糸の切れた操り人形のようにパタリと落ち、呆然と今まさに汚されんとする望月を見つめている。未知なる異様な光景と自分の歪んだ感情により、早坂の思考回路は半ば停止状態だった。何処か虚ろな目の彼の目の前で親友は突き飛ばされ、大の字にされた状態で四肢を他の男達に押さえ付けられた。
「ひっ……!」
 何かの罰を待つ子供のように怯え切った表情をする望月の顔を連中のリーダーであろう男が歪んだ笑顔で観賞する。
「そうそう。いい顔してくれるじゃねぇか。そんな顔されるとたっぷり可愛がってやりたくなるんだよなぁ」
「んくっ!」
 圧迫感を感じて小さく呻き、目を閉じる。圧迫感の元である男の先端は望月を解すように周辺を撫でるばかりで、中々本命の行動に移ろうとしない。しないのか? と望月が閉じられていた眼を開いた瞬間、一気にそれは奥まで貫いて来た。
「うあっ! や……ぅんぐっ!!!」
 突然の衝撃による悲鳴が男の手によって塞がれた。
「余りでけぇ声出すんじゃねぇよ。人が来たらどうすんだ?」
「んんっ! んっ! うぅッ……!!」
 口を塞いだ手の隙間を縫って、篭った嬌声が漏れ出す。相手の男は涙をポロポロと零す望月の腰の辺りを掴み、より奥までの侵入を試みると、男を迎えるかのように広げられていた両足がビクンッと震えた。
「うっ、ぅんっ……」
 目の焦点が定まらなくなり、塞がれた口の端から透明な液体が伝い落ちる。顔を横に向けて身体を小さく痙攣させる望月は失神寸前だった。この際、意識を手放した方が楽かも知れないと思い、眼を瞑ろうとする。だが、男達はその様な事を許す訳がなかった。頬を思い切り張られ、無理矢理現実世界に引き戻される。
「おねんねにはまだ早いだろ? 眠いのなら眠気覚ましに付き合ってやるよ」
「えっ? あっ、うぐ……っ!!」
 口を塞いでいた物は手から捻じ込まれた一物に変わり、その感触に望月は大量の涙を零した。後ろで、口内で一物は蠢き、淫靡な水音を轟かせる。
 それでも、早坂は動けなかった。身体が熱い。何処か息苦しい。激しい呼吸を繰り返しながら、熱い身体の中でも最も熱が高く感じる箇所に視線をやると同時に目が見開かれた。熱と息苦しさの原因は性的に反応している身体だった。歪んだ欲望はいつしか歪んだ快楽に変わっていたらしい。汗が噴き出し、頬が上気する。僕は何故、こんな事になってるんだ!? 望月くんが犯されてる姿に……その、感じた……と言う事?
「っ……」
 自分に対する情けなさや恥辱に唇を強く噛み締める。大した時間もかからぬ内に鉄の味を感じ、手の甲に赤い雫が落ちた。それでも何かが足りず、左手を赤い斑点が散る右手の甲の上に移動させ、力の限りに爪を立ててグッと指の方向へ引いた。皮が剥け、血管が裂けて血が流れ出るのを確認すると同時に激痛が走ったが、指を離そうとはしなかった。それどころか、余計に力を入れて右手の甲に傷を刻んでいく。激痛を漠然と感じながら早坂は思った。あぁ、これは僕に対する罰かも知れない。目の前で大切な親友が犯されているのに助けようとせず、それどころか“もっと見ていたい”と言う歪んだ感情を抱き、挙句の果てにはそれに性的な反応をしてしまった最低な自分に対しての。
 そんな早坂の“望み通りに”事は進んでいた。何人もの男が望月を弄び、嬌声を上げる姿を笑い飛ばす。幾度も突き上げられ、幾度も注ぎ込まれ、そして幾度も望まぬ絶頂を強いられて。
 昼間は遊ぶ子供や散歩を愉しむ老人で賑わう華やかな公園が、夜更けの今では官能の空間と化していた。