「あっ、あぁっ……!」
 これで何度目だろうか。中に叩き付けられると同時に達した望月の声は掠れていた。力なく倒れ込む望月から男が服を整えつつ離れる。
「楽しませて貰ったぜ。ほら、これが約束の奴だ」
 懐から封筒を取り出し、赤い制服の置かれたベンチの上に落とす。その瞬間、望月の眼が動き、ベンチの上の封筒を捕らえた。
「それじゃあな。また何かあったら相談しな」
 手をヒラヒラと振りながら、男達は倒れている望月の横を素通りし、公園から姿を消した。残されたのは望月とあと一人。
「……」
 虚ろな瞳の望月が立ち上がる。乱れた服を整えながら向かった先は水飲み場だった。
「……」
 早坂もそっと立ち上がる。数本の引っ掻き傷から血を溢れさせながら、唇から赤い糸を垂らしながら、茂みを飛び越え、望月の背中に近付く。
 蛇口を捻って水をガブ飲みした後、その水に顔を押し付ける。顔を汚していた白い粘液が少しづつ落ちていった。水から顔を離し、ブルブルッと犬のように顔を振りながらポケットからハンカチを引っ張り出そうとすると目の前にスッとチェック柄のハンカチが伸びてきた。
「!?」
 突如視界に飛び込んで来たそれに瞬きを忘れ、開きっ放しの眼はハンカチの持ち主の足先を見、そのままゆっくりと上半身の方へ視線を動かしていく。見慣れたスニーカー。見慣れたスラックスは自分が着ているそれと同じ、冷峰学園の制服だった。制服から最も気になる顔へと目は動き続ける。視界に入ったのは見慣れた顔。幼い頃から知っている親友の顔。
「早坂……」
 友の名を呼びながら、何処か動揺した表情を見せる望月に再度ハンカチを差し出した。
「顔、拭きなよ。ビショビショじゃないか」
「え? あ、あぁ」
 口の中でサンキュと言いながらハンカチを手にとって濡れた顔を拭っている間、早坂は無言で望月を見つめていた。
「何、してた訳?」
 濡れたハンカチを丁寧に折り畳んでポケットに仕舞いながら、いつもの何処か皮肉っぽい口調を作って問い掛けると望月の顔は再度同様の色を見せた。
「何、って……。そ、その前に、お前……見ちまったか?」
「……ゴメン。本当は助けに行きたかったんだけど」
 助けに行きたかったんだけど、君が犯される所を見たくて助けなかったんだ、等と言おうものなら彼はどう言う反応を見せるのだろう。少し興味は湧いたが、友情にヒビが入りそうな気がしたので、その言葉は封印した。
「いや、気にするなよ。相手は多人数だったし、お前まで巻き込まれたら馬鹿みたいだしな。その唇の傷も自分でやっちまったんだろ? お前、ガキの時から悔しがると唇を思い切り噛み締める癖があったもんなぁ」
 その後、血を流して泣いたりしてさ、と付け加えて笑う望月を早坂は複雑な心境で見つめた。笑ってはいるが、それは作り笑いだとすぐに判断出来た。
「望月くん……」
 何かを言おうとする早坂の目の前で望月の平手が突き出される。ストップ、と言う意の手が。
「それよりさ、お前ティッシュか何か持ってねぇか? アイツら思い切り人の中に出しやがってさ。入れられる身にもなれっての」
「……」
 無言で鞄からポケットティッシュを取り出し、望月の手の上に乗せる。そのティッシュは数分後には白い粘液で濡れてしまっていた。
「サンキュ、俺うっかり持って来るの忘れちまって……」
「どうして……」
例の作り笑いを浮かべた望月の言葉を早坂の“どうして”が突き飛ばす。早坂はそのまま言葉を続けた。
「どうして、あんな奴らの言いなりになってたわけ?」
「…………」
 早坂の質問に小さく溜め息を吐き、制服を整えながらベンチの上の封筒を手にとって再度早坂の方へ近付く。怪訝そうな早坂の目の前で封筒の中に指を突っ込み、引き出すと指に数枚の万円札が挟まっていた。
「!! こっ、これって……!」
「そっ。まぁ援交みたいなもんか」
「援助交際だなんて! こんなの、ただの売春じゃないか!」
「そうとも言うかな。……なぁ、早坂」
 望月の表情が急に真剣になり、目の前の親友の瞳を真っ直ぐに見つめる。その何処か鋭利ささえ感じる瞳に早坂は何? としか言う事が出来なかった。
「この事さ、誰にも言わないで欲しいんだ」
「…………」
 言うつもりなんてない。「大切な親友が同性の男達に輪姦された」なんて言い触らす程、自分は愚かじゃない。でも、何故か“言わない”の一言が出て来ない。喉の奥まで来ているのに其処でへばり付いて離れようとしない感触に早坂は閉口し、自然と返事をしないという反応になってしまった。黙りこくってしまった早坂に戸惑う望月が何かに気付く。そして、そのまま早坂の肩を軽く掴んだ。
「分かった。座れよ、そのベンチに」
「え?」
 促されるままに座った親友の目の前で膝立ちになリ、怪訝そうな顔を一瞥する。そして。
「っ!! ちょっ、望月くん!」
 軽く開かれた両足の間に望月の顔が入り込み、赤いスラックスの前が開かれると性的な反応を維持したままのそれが現れた。何だ? まさか俺が犯されるの見て感じたって言うのか? ま、別に気にはしねぇけど。
「はむっ、んうっ……」
 自分が陵辱された事に性的な反応を見せた親友に対して微かに複雑な心情を抱きながらも、さっきの男達にしたのと同様に口に含み、そのまま舐め上げると舌の上で苦い先走りが広がった。
「望月、く……んっ! そんなの、しなくて……いいっ、てば……!」
 無意識の内に両足の間にある髪を掴み、呼吸を荒くしながら天を仰ぐと満月が自分達を見下ろしていた。本当は整った形であろう満月が何処となくぼやけて見えるのは、自分がやや近眼である為か快楽の為か。月光に視線に似た何かを感じ、恥辱のような感情が早坂の身体に熱を取り戻す。熱は激しい興奮となって身体を刺激し、下半身に熱い射出を促し始めていた。
「んっ……!」
 絶頂を忘れようとせんばかりに、甲に赤い太線が何本も描かれた右手を自分の口元に伸ばし、人差し指に歯を立てる。ギリギリと音を立て始めた其処には新たな赤い糸が生み出されていた。
「我慢するのはよせよ。食い千切りそうじゃねぇか」
「だっ、て……」
「気にすんな。出しちまえよ」
 さっきの奴らよりずっとマシだ、と付け加えながら再度咥え込み、破裂寸前の先端を吸い上げると、頭上から微かに裏返ったような声が聞こえて来た。同時に口内に生温かい何かが叩き付けられる。
「ぐっ……!」
 想像以上の量と濃厚さに目を固く瞑ったが、どうにか堪えて飲み込むと辺りにゴクッと言う音が響いた。
「けほけほっ……! お、お前少しは抜いてんのかよ。結構濃かったぜ?」
 スラックスの中に咥えていた本体を戻して立ち上がり、軽く咳き込みながら口の端から漏れた白を拭う。
「お勉強も大事かも知れねぇけどさ。たまにはする事しとけよ。勉強のストレス解消にもなるんじゃねぇかな」
「………」
 何も言えず、ただ頬を上気させて息を切らす早坂に、ふぅと小さな溜め息を吐きながら赤い親友の顔を見つめる。そして、ゆっくりと口を開いた。
「これでいいか? 黙ってるって約束してくれるか?」
「……言わないよ」
 喉にへばりついていた言葉が漸く引き剥がされて口から飛び出す。本当は奉仕される前に言おうと思っていたのに。彼の口内を汚す事なんて望んでいなかったのに。
「誰にも、言わない」
 静かに、しかしハッキリと答えて僅かに目を逸らす。横目が望月の笑顔を捉えた。さっきの作り笑いとは違う、いつもと同じ明るい笑顔。どこか安心したような笑顔。
「有難う、良ちゃん」
「…………」
 幼い時の呼び方に思わず振り返ってしまう。望月はあどけない笑顔で笑っていた。その子供っぽい笑顔(彼の童顔も手伝っていた)に自分の顔も緩むのを感じる。
「そう呼んで来るのは久し振りだよね。……駿くん」
 少し皮肉さを感じる声を微かに取り戻し、口元に微笑を浮かべながら“お返し”をする。彼の事をこう呼ぶのは数年振りの事だった。中学校に上がる頃から、互いに妙な背伸びをして何処かそっけない呼び方をし合っていたけれど。
「いいんだよ。学校だと仲間に笑われそうだけどな」
「あぁ、それはあるよね。竜一くん辺りにからかわれそうな気がするよ」
 互いにクスクスと笑いながら鞄を拾い上げ、どちらからともなく帰ろうと言う声をかけ、二人は公園の出口に向かった。
 一見すると楽しげに雑談しながら家へと戻る学生。だが、早坂は笑顔を見せながらも心の奥では未だに親友の“援助交際”に対する複雑な、何か粘つくような感情を引き摺っていた。そして、望月の家が見えて来た時、意を決して話題を切り替えた。
「一つ聞いていい? 駿くん。何で、あんな事を?」
「何でって……援交する奴の目的は一つだけじゃねぇか。金だよ」
 笑顔を崩さずに淡々と望月は答えたが、早坂は見落とさなかった。ほんの一瞬だけ見せた親友の戸惑いの表情を。
「質問を変えようか。何で、あんな事してまでお金が欲しいの? アルバイトなんて一杯あるじゃないか。何もあんな事しなくたって」
「普通のバイトじゃ入って来る金は少ない。今はより多くの金が必要なんだ」
「そんな、どうして……!」
 声を半ば裏返しながら悲痛めいた表情を浮かべる早坂に望月は笑顔を微かな苦笑に変え、そのままポツリと言った。
「いつか分かるって。じゃあな、良ちゃん」
「あっ、駿くん!」
 気が付いた時には望月は自分から離れ、そのまま走り去っていた。赤い背中は一気に小さくなり、幼い頃によく遊びに行った家の中へ消える。一人残された早坂は小さく溜め息を吐き、親友の家の前から立ち去った。

 次の日。右手に包帯を巻いた早坂は本を読む振りをしつつも、そっと視線を後ろに向けていた。後ろの方の席から聞こえて来る笑い声。竜一と隣のクラスから来たらしい竜二、そして望月が馬鹿話に花を咲かせている。そう、望月はいつも通り学校に来た。何もなかったかのように自分に挨拶をし、笑いかけて来た。それが何処か悲しかった。ショックじゃないの? あんな事されて。それとも、もう慣れてしまったって事? 場所が場所だけにそう聞き出す事も出来ず、ただ笑顔を見せて挨拶を返す事しか出来なかった自分。僕達、親友なのにね。心の中で呟き、心の中で寂しげな笑顔を見せる。表面では普段通り、本に目を通す秀才を演じていたのだが。
「その右手はどうしたのですか?」
 突然の声にハッと視線を前に戻すと小林が自分の机の片隅に右手を置き、包帯に巻かれた早坂の右手を凝視していた。
「あ、これ? 猫に引っ掻かれたんだよ。昨日、うっかり尻尾を踏んじゃってね」
 傷の理由を聞かれた時の為に考えて置いた嘘を言って唇の端を上げると、小林はそうですかと微笑を返し、お大事にと言い残して早坂の席の横を通った。暫くすると、後ろから聞こえる馬鹿話の声が一層盛り上がった。
「早坂も来いよ。本なんていつでも読めるだろ?」
「……」
 本から眼を離しながら後ろを振り返ると望月が手招きをし、他の三人もスペースを空けて早坂の場所を作っていた。いつもだったら喜んで本を仕舞い、話のメンバーに加わる。だが、今日は。
「ゴメン。この本、返さないといけないから」
 視線を落とし、本をパタンと閉じながら立ち上がる。そして、後ろにいる友人達の返事も聞かぬまま早歩きで前の扉から出て行った。
「何か今日のアイツおかしくね?」
「あぁ、妙におかしいよな。兄貴、また何か言ったんじゃねぇの?」
「はぁっ!? 何で俺のせいになるんだよ! それに“また”ってどう言う意味だ!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて下さい。彼にも気分が晴れない日と言うのはありますよ」
 三人の声をボンヤリと聞きながら、望月は早坂が消えた前方の出入り口を見つめていた。彼だけが早坂が沈んでいる理由を知っていた。きっと、その理由は自分だから。
「……ゴメンな、良ちゃん」
 別の話題で話を始めた三人にも聞こえない位に小さな声で望月は呟いた。

 夕方、図書室から出てきた瞬間に飛び込んで来た夕日に早坂は目を細めた。美しい橙色の夕日の明るさとは正反対に、早坂の気持ちは暗いままだった。字を追う目も数秒もしない内に追跡を止め、ボンヤリと物思いにふけってしまっていた。新しく借りた本は自分の心のようにずっしりと重く、廊下を進む足取りも重い。何度目かの溜め息を吐きながら、ふと窓から外を見ると中庭に見慣れた二人……小林と望月がいた。何か話をしているようだ。そっと窓を開け、二階の窓から下にいる二人を見下ろす。
「!!」
 目を見開いた早坂の視線の先にいる望月は鞄から封筒を出していた。あの封筒は、昨日、駿くんが身体を売って手に入れたお金が入ってる封筒。駿くんは小林くんの為にあんな事してるってわけ? 小林の家庭の事情は早坂も知っていた。彼を尊敬している望月が力になりたいと思うのも分かる。だが。
「そんな……駿くん……」
 そこまでして彼の力になりたいの? 彼は君がどうやってお金を手に入れているのか知ってるの? 後者の質問の答えは直後の小林の言葉ですぐに分かった。
「しかし、どうやってこんなに稼いでるんだ?」
「え? まぁ、色々とバイト掛け持ちしてますから」
 二人の会話に早坂の眉は悲しげに顰められた。小林くんは知らない。駿くんは黙ってる。誰にも言わないで欲しいんだ。昨夜の一言が脳裏をよぎる。普段はどんなに難しい問題を解く時も混乱する事のない頭の中が今は激しくグルグルと回っていた。眩暈を感じる。親友に対する複雑な思い。そこまでして、そこまでして彼の力になりたいだなんて。
「馬鹿だ。馬鹿だよ駿くん……」
 語尾を震わせながら窓を閉め、早坂は居た堪れない思いを抱きながら廊下を駆けだした。本を抱え、伏せられたその顔は殆ど泣きそうな表情だったが、放課後の学校でその顔を見た者はいなかった。
 早坂良麻の苦悩は、続く。

<To Be Continued......?>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<相変わらずの後書き・言い訳>
良ちゃん・駿くんって何ですか
止まらない暴走は早坂も巻き込んでしまいました。
しかも覗きと言うファンに殺されそうな役回り。
でも、望月と親友と言う設定は使いやすいし、オイシイと思ったんですよ。

…しかし、男の友情って難しいですね。男の親友同士は素晴らしいとよく言いますが(?)
一歩間違えればホモ臭くなっちゃうじゃないですか。
現に、今回の小説…望月×早坂(逆?)っぽいような……
ちなみに私の妄想設定では二人は親友であり、幼馴染みです。
小さな頃から一緒に遊んでいたような間柄。
「良ちゃん」「駿くん」と言う呼び方もこの小説での勝手な設定です。

今回は望月よりも早坂メインになってしまったような気がします。
早坂好きなんですよ。何か可愛いじゃないですか。
不良じゃなくて秀才。くにおくんゲームには珍しい(?)存在です。良い

実は最近は望月や小林並に気になるキャラに…ゴニョゴニョ

今回も掟破りな小説と無意味な後書きを読んで下さって有難う御座いました!