-従-

 最近、僕は自分がはしたない人間である事に気が付いた。こうして机に向かっている今でも、目の前の参考書に集中出来ず、瞳は空を見つめて別の事を考えている。
 数週間前まで僕は玩具にされていた。知らない男に知らない場所に拉致されて、休む間も無く弄ばれた。それを救ってくれたのは同じ学校の小林君。僕を家に送った時、彼は言った。陵辱の事実は伝えない方が良いと。嘘を吐けと。僕も事実を伝えたくない一心で必死に嘘を考えて扉を開けた。
 …でも、両親は何も聞いて来なかった。ただ、父さんがお帰りと言って笑っただけだった。母さんが僕を抱き締めて泣いただけだった。家を出ている姉さんが電話でリョウの馬鹿って泣きながら怒っただけだった。誰も僕の失踪の理由を聞こうとはしなかった。きっと、僕に気を使ってくれたんだと思う。僕が自分の口から言った時にゆっくりと聞いてくれるつもりだったんだと思う。僕の心の傷を忘れさせようとしてくれたんだと思う。そして、現在の元通りの平和な日々に至る。
 いや、僕にとっては元通りの生活ではなかった。その証拠に、僕は今も空を見つめて思い出している。友達と…駿君と一緒に滅茶苦茶にされた日々の事を。そして、頭の中で流れる淫靡な回想に妙な興奮を覚え始めて………
「……ぅんっ…………」
僕は体温の上昇と息苦しさを感じて机から離れ、近くのベッドに倒れこんで腹這いになった。部屋のドアが閉められている事を確認し、恐る恐る自分の指を口に含んで熱く濡らす。指を数本濡らしながら下に穿いている物全てを膝下辺りまで下ろす行為には相変わらず羞恥心を覚えるが、それ以上にその後に得ようとしている快感の方が勝っている。落ち着かなく後ろの扉をチラチラと見つめながら微かに震える濡れた指で目当ての箇所の周りを解すように撫でると閉じていた筈の口からも自然と震えた吐息が漏れ出した。解すだけでは物足りなくなった其処が自然と震え出して何かの侵入を求め、僕の指がそれに応えて躊躇いなく入って行く。熱くて淫らな僕の中に一番長い指が限界まで入り込んで、そのまま派手に掻き回すと呆気なく濡れた音がベッドの上で響き、前の方もじんわりと濡れてくるのを感じた。
「はっ………あっ…ん………」
漏れ出る嬌声を極力抑えながら、一筋の涙を流してシーツにポトリと落とす。快感の中に空しさを覚える自慰行為。空しさに涙しながら思い出すのは性処理の玩具として凌辱された日々の事。そして、気が付けば最も望んでいる事を口から漏らしながら泣きじゃくる。
「…ひっく……お願いっ……誰か…抱いてよぉ………」
指なんかじゃ足りない。誰かと繋がりたい。無意識の内に男を求めるように腰を浮かせてしまう。もし、此処が僕の部屋じゃなくてあの地下室だったら、とっくの昔に欲情まみれの男達に犯されているのに。
僕の身体を淫行依存状態にしたあの男達に。
「…あ、あぁっ…はぁ……誰…かぁ…」
コッソリと侵入させる指の数を増やしながら涙でぼやけた視界に入れるのは自室の扉。扉を出て、廊下を進んだ先の部屋……両親の寝室に行けば、自分を抱く事が可能な父親がいる。何度、その部屋に行って“抱いて”と言おうと思っただろう。…でも、言える訳が無い。いくら何でも実の父親と近親相姦(しかも同性だ)に走るほど僕は愚かじゃない。例え、人としてのプライドを捨てて頼んだとしても…母さんと一緒に窘められて性教育やら性病やら人の身体の作り(実は彼は医者だったりする)の講義を聴かされる事になるのも目に見えているし。
 だから、僕は今日も依存状態の身体に渦巻く熱を押さえる為に空しく自分を慰める。それが逆に欲望を強めてしまっている事に薄々気付いているのに。
「やぁ……んっ……だ、駄目っ………もう…イッちゃう…」
言っている本人が恥ずかしくなるような台詞も自然と出てしまうのは快楽に身を委ねている証拠。迫り来る絶頂を迎える為に下半身が、指が忙しく動き、嬌声を出さない為に閉じていた筈の口は、何時の間にかだらしなく開きっ放しになってはぁはぁと荒い吐息を漏らす。身体もベッドがギシギシ鳴く位に揺れ、その音で両親が起きたりしないかと不安を抱くが、その不安さえも微妙な媚薬になって快感を強めていた。
「あんっ、あっ、んっ……ああぁぁっ…!」
自分自身にトドメを刺すように指を再度捻じり込んで掻き回すと、身体が大きく上下し視界が一瞬白くなったかと思うと知らず知らずの内に前を凌辱していた手の平に熱い欲情が伝った。まだ絶頂の余韻でボンヤリしながらも白く染まった手の平やベッドシーツの上に敷いていた紙の上に散った白濁を見つめながら、僕は震えた溜め息を吐いた。
「……やっぱり…駄目だ………」
足りない。口の中で呟いて手の平の白を舐ると舌の上に慣れた苦味が広がるが、もう自分の味にも飽きを感じていた。いや、自分を慰める事自体に飽きを感じていた。ただ、誰が相手でも良いから交わりたかった。より強い快感が欲しかった。…強い快感。その言葉に僕はある事を思い出して身を起こす。そして何時の間にか顔が緩んで笑みを浮かべていた。

 次の日。早坂良麻はやや迷ったような顔で教室の前をうろついていた。御目当ての人物は教室の奥にいるので、堂々と中に入るなり、廊下の窓から大声でその名を呼べば良いのだが、別のクラスと言う妙な気恥ずかしさとやや引っ込み思案な性格がその行為を戸惑わせている。早くしないと休み時間が終わってしまう。腕時計を見て迷いの表情に焦りが加わった瞬間、上の方から声が聞こえて来た。
「うん?早坂じゃないか。どうしたんだ?」
「あっ……鬼塚君」
声をかけて来たいかつい顔の男――鬼塚崇を見た瞬間、早坂の顔が嬉しそうに輝いた。目の前の男は御目当ての人物と同じクラス。これを利用しない手は無い。
「あの…藤堂君に用があるんだ、呼んで来てくれないかな」
「藤堂に?珍しいな、お前がアイツに用があるなんて……」
早坂の思わぬ御目当ての人物に鬼塚は一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたが、元来心優しい彼は特に追及せず、ちょっと待ってろと言い残して教室へと入っていった。
「………………」
廊下からコッソリと覗くと窓際の席で何かの参考書を解いている藤堂の席に鬼塚が近付いているのが見え、鬼塚が一言何か言ったかと思うと、藤堂の顔が上がって廊下にいる自分と瞳を合わせる。一瞬、その瞳は丸くなったが鬼塚に何か言って(恐らく礼の一言であろう)席から離れ、教室の出入り口の戸を開けた。
「…どうしたんだい?早坂君。もう僕と関わり合いたくないんじゃないかって思ってたんだけどね」
微笑を浮かべていたが声は何処か決まりが悪そうだった。数週間前まで早坂をペット扱いしていたのだから無理も無い。決まりが悪いのは早坂も同じだったが、敢えて笑顔を見せて口を開いた。
「うん、ちょっと…此処じゃアレだから…」
廊下を行き交う他の生徒達の事が気になるらしい早坂は手招きをして、廊下の突き当たりまで藤堂を導いた。
「一体、何の用なのかな?こんな所まで呼び出して」
周りの話声も殆ど聞こえない無人の突き当たりの場所で、前髪を掻き上げながら問う藤堂に早坂は少し視線を落としていたが決心したかのように顔を上げて息を吸った。
「あの…僕を、その……監禁していた時に…ジャムみたいな薬使ってたよね?…アレって…市販されてるの?」
「……!」
想像もつかなかった台詞に藤堂は驚きの表情を浮かべたが、すぐにクスッ…と笑った。あぁ、成る程ね。そう言う訳か。
「いや、まだ市販はされていないんだ。…だけど、どうしてそんな事聞くんだい?」
「…………………………」
黙って俯いてしまった早坂の頬が微かに赤く染まっている事に気が付いた藤堂は改めて笑みを浮かべ、じゃあ…と話を切り出した。
「…とりあえず、僕の家に来る?」
「………………ぅんっ…」
その誘いに対し、早坂はただ小さく頷く事しか出来なかった。

 その日の放課後、藤堂に招かれるままに高級車に乗って向かった家に早坂は目を丸くして小さく息を呑んだ。圧倒されるとはこう言う事を言うのだろうか?巨大な家は屋敷と言うよりも要塞を思わせる。無駄に大きい(と言ったら失礼なのだが)門が開いた先には長い道があり、両脇には使用人らしき者達が深々と礼をして藤堂を出迎えた。
「さ、こっちだよ早坂君」
手前の男に鞄を渡しながら、後ろにいる早坂に笑いかけて進む。想像以上のムードに気圧されかけながらも早坂は、こんにちは、御邪魔しますと何故か間抜けで不相応に感じる言葉を繰り返しながら鞄を胸に抱いて藤堂の後に続いた。
「御友人ですか、護お坊ちゃま。…御飲み物は何を?」
漸く辿り着いた玄関の脇に立っていた若い男が早坂を見た後に藤堂に声をかけると、いや…と断りを意味する言葉が返って来た。
「何も要らないよ。…それに彼が帰るまで部屋に誰も入れないようにしてくれたまえ」
「…かしこまりました」
藤堂の返事に男は一瞬早坂の顔を見て何処か意味深な笑みを浮かべた後、右手を左肩の前に置き、優雅に礼をする。男が見せた笑顔に早坂は不安そうに眉を顰めたが、何も言わずに藤堂と共に巨大な玄関の戸の中に消えた。

 迷路のような屋敷内を歩いて辿り着いた先は異様な広さの寝室だった。無意味に広いその部屋の中心には、これまた無駄に大きな寝台が一つ。周りには様々な家具が置かれ、天井には想像出来ない位に高価であろうシャンデリアが下がっていた。
「ココは来客用の寝室なんだよ。だからちょっと狭いんだけどね」
「……………」
これで…狭いのか…。半ば呆れて煌びやかな室内を見回す早坂の耳にカタンッ…と何かが開く音が入り、自然と瞳を音の方に向けさせる。呆れた瞳が瞬時に驚きと微かな期待に変わった。
「君の言っていた薬ってこれだろう?仕舞う場所が無かったからココに置いていたんだ。………なんてね。…何となく思ってたんだよ。君か望月君のどちらかがこれを欲しがるんじゃないかなって」
でも。コトンッ。藤堂の声と瓶を置く音が重なり合う。そして明らかに瞳の色が変わって来た早坂を面白そうに見ながら話を続ける。
「やっぱり欲しがるのは君だったね、早坂君。…無理も無いか。使った時はあんなに発情して喜んで足開いていたし」
「…………!!」
早坂は思わず耳を塞ぎ、頬の赤を強くした。藤堂が言っていた事は確かに事実だったが、その時の自分を思い出すと一気に羞恥心が全身を駆け巡るのを感じた。その反応に構う事無く藤堂は笑い、ゆっくりと早坂の眼前まで近付いて来る。
「…あの時の君は凄かったよ。この上なく淫らだった。普段の君からは全く想像出来ない位にね」
早坂の手首を掴んで耳から離し、手の代わりに自分の口を彼の耳に近付けて話す。漏れる吐息が耳に触れる感触に早坂の身体が小さく震えたが、瞬く間にその震えは大きな跳ねに変わった。手首を掴んでいた筈の藤堂の手が何時の間にかベルトの下に移動して軽く撫で上げている。やっ…と思わず小さな声を漏らすが、自由になった己の手は決して玩弄して来る手を掴んで離そうとはせず、自然と相手の後ろ首に絡めていた。
「抵抗…しないんだね」
クスクスと笑いながら熱くなった其処を焦らすように撫で続けると耳元に揺れた声が聞こえて来た。
「お願いっ…。…して…………抱いてぇ…」
余りにも呆気なく懇願して来た相手に藤堂は勝ち誇ったような笑顔を浮かべ、器用に片眉を吊り上げた。別に良いけど…もう少し…焦らして楽しもうかな?その言葉は口に出さずに胸に留め、良いよ、と言う言葉を代わりに口にする。そして、体温が上がりつつある身体を強く抱き締めた。
「…えっ……………」
答えに期待の表情を浮かべていた早坂の瞳が丸くなるのを見た藤堂はニッコリと微笑んだ。
「“抱いて”って言ったじゃないか。だから抱き締めてあげたんだよ」
「ち、違うっ!!」
意地悪な答えに頭が熱くなり、無意識の内に藤堂を突き飛ばす。その瞳には涙がうっすらと浮かんでいた。
「違うよ…抱いてって言うのは……そう言う意味じゃなくて………」
「じゃあ、どう言う意味なんだい?どうして欲しいのかハッキリ言ってくれないと分からないよ」
「………………………」
早坂は小さく呻いた後、下唇をキュッと噛み締めていたが、その間にも体内を周り続ける熱に耐え切れなくなったのか、観念したかのように口を開いた。
「…僕を抱いて………じゃ駄目か。…そ、その…僕と…して……僕とセックスして…」
「あぁ、成る程ね」
語尾を震わせながらの言葉を聞いた藤堂はわざとらしく何度も大きく頷き、笑みを強めて早坂の肩を掴んだ。
「最初からそう言えば良いのに」
掴んだ肩を突き飛ばして柔らかなベッドに沈め、素早く馬乗りになって手首を押さえ付けて顔を接近させる。普段は知的に整い、何処か気取ったような早坂の顔は今は赤く染まり、瞳は期待と不安で湿っていた。身売りを生業としている娼婦の仕事前といった顔かな?早坂の顔をじっくりと眺めながら藤堂は心の中で呟き、幾度目かのクスクス笑いを漏らした。