-狩-

 何時の頃からだろう。僕は家に一人で居る時間が楽しみになっていた。ほんの数週間前までは、一人取り残されると言う状況を嫌がっていたのに。
 今日も学校から帰ってみるとテーブルの上に置き手紙。その紙はそれぞれの仕事で帰るのが遅くなると伝えている。僕はそれを手にとって小さく笑い、ゆっくりと階段を上がって自室へと向かった。
 鞄を机の上に置き、制服を壁にかけると同時にベッドに思い切り身を預けて眼を閉じると、ついさっきまで手の届く範囲にいた親友の別れの間際に見せた笑顔が瞼の裏に蘇る。じゃあな。頭から耳に伝わる彼の声。それだけで胸がドキドキと高鳴ってくる辺り、僕は本当に彼に恋愛感情を抱いていたらしい。……単に…身体の相性が良い相手として見ていただけかも知れないけど。
 思えば、監禁されていたあの頃はそれなりに幸せだったかも知れない。確かに陵辱され続けるのは辛かったけど彼と2人きりでいられる夜は密かな楽しみの時間だった。彼は、僕の肩を抱いてそのまま唇を重ねて来た。彼は、僕をゆっくりと横たえて交わる準備をして来た。彼は、耐え切れなくなって淫らな言葉を口にする僕を嘲笑う事無く抱いて…………
「……………んっ……」
下の服を摺り下ろしながらベッドの下から引っ張り出したのは、数日前に譲ってもらった媚薬の瓶。蓋を開けると同時に鼻腔をくすぐる甘いジャムの香り。それだけで身体が火照ってくるのを感じながら指でゆっくりと薬を掬い、淫らな其処に丁寧に塗りこむと急激な痒みと熱が全身を駆け巡り始めた。
「…あっ……あ、はぁっ………!!」
痒みを少しでも抑えようと指で中を弄りながら、霞んだ視界の中で捜し、手に取るのは媚薬と一緒に貰ってしまった“玩具”。震える手で何とか玩具の先と例の箇所を接触させ、一気に捻じ入れると、慣れてしまっている其処は何の抵抗も無しにそれを受け入れてしまった。
「ひあぁっ…!!…ぁ………ぅ…あぁ………」
玩具を掴んで深くまで突き入れようとする所は僕も自分でいやらしいと思う。でも、それ以上に快感を貪欲に求める本能の方が強いのだから仕方がない。そして、僕は無意識に頭の中である人と交わってしまう。
「…駿…くっ………駿、くんっ……おね…がいっ………もっと…してぇ………!」
想像世界の相手が僕を呼ぶ。良ちゃん、と。呼びながら汗まみれの笑顔を見せて僕の身体を抱き締め、僕はその背中に爪を立ててしまう。そうしている間に冷たい玩具は鈍い唸りを上げ、僕の身体を絶頂まで促す。
「はぁっ………だ…出して………良いよ……ぼ、僕の…中に………」
相手が玩具である事も忘れて、本能のままに求める。相手は生き物じゃないのに。僕の欲しい物を出してくれる訳ないのに。それでも想像の中の彼は微かに困ったように笑い、僕を強く抱き締めてくれる。そのまま耳元で僕の名を囁いた瞬間、彼は瞬く間に真っ白い光と化し、気が付けば僕は現実世界に戻っていた。
「………………………」
何時の間にか自分を抱き締めていた手を離してゆっくりと身を起こすと、目に入ったのは体液でじっとりと湿ったベッドシーツ。まだ後ろで鈍い音を立てている玩具を引き抜いてパチンッと電源スイッチを切ると、一気に部屋は無音の世界となり僕の空しさを強めた。
「……………馬鹿みたい」
ポツリと呟く。最近の自慰行為の後に決まって口にしてしまう言葉だった。玩具なんか入れて一人で弄って…挙句の果てに勝手に妄想なんかして一人で喜んでいる。そんな自分を愚か以外に何と言えるだろう?親が家に居ない、家には一人だけと言う状況を良い事にあんなに馬鹿みたいに喘いで…………
「………………………」
乱れた服やシーツを整えながらチラリと机の上の鞄を見る。あの鞄の中には勉強道具の他に彼と連絡が取れる携帯電話が入っている。気が付けば、僕の左手にはその携帯電話が握られていた。これを使えば、彼を家に呼べる。彼が来たら、後は淫らな情事に無理矢理誘い込めば良い。頭の中ではスムーズに計画が練られるが、肝心の身体の方は、携帯を握った左手は全くそれを実行しようとはしなかった。
「…やっぱり……駄目だよね…」
誰にともなく呟き、電話を机の上に置いて溜め息を吐く。そんなの…僕のプライドが許さない。駿君には小林君と言う人が居るのに、それを寝取るなんて。そんな泥棒猫なんかになりたくない。
「……………はぁっ……」
自分の無駄なプライドに改めて深い溜め息を吐きながら、僕は引出しを開けて中から小さなメモ紙を取り出した。藤堂君があの薬と一緒にくれた謎の地図。
――その地図の場所に行ってごらん。今の君を満足させてくれるだろうから。
あの時の意味深な声色が頭の中に蘇る。今の僕を満足させてくれるって…どう言う意味なのだろう?彼の行為の意味がイマイチ理解出来なかったが、僕は彼を信じてみる事にした。満足させてくれる。その言葉を。

 次の日。私服姿の早坂は駅のホームに立ち、ボンヤリとメモ紙の地図を見詰めていた。一体、何の場所を彼は教えてくれたのだろう?目の前で到着して扉が開いた電車に乗り込みながら早坂は小さく首を傾げ、視線をメモから窓の外で流れ行く景色へ移しつつ吊革に手を伸ばした。
「………………?」
それから何分経っただろう。背中に妙な視線を感じ、細かい瞬きをしながらそっと振り返ると座席に座っている男達の集団のクスクス笑いが返って来た。何なんだよ、人の顔を見るなり笑って。失礼な奴。露骨に眉間に皺を寄せた後、眼を反らして心の中でブツブツと文句を言う早坂の後ろで彼らは互いに目配せをし、相変わらずクスクスと嘲りに似た笑いを漏らしながら前にいる少年の背中を指差した。
「……………」
笑い声にこの上ない不快感を覚え、無意識の内に俯きながら下唇を軽く噛み、吊革を握る力を強める。この車両から移動しようか。そう思いながらチラチラとドアに眼にやった時、後ろの集団が動き、その中の一人が早坂の隣の吊革に手を伸ばして来た。
 何か、嫌な感じ。改めて眉を顰め、移動しようと吊革から離れようとした早坂の手が突如ビクンッと跳ねた。隣の吊革を掴んだ男の余った手が早坂の肉付きの良い後ろを幾度も撫で、感度の高い中心部を中指で突付いてくる。布越しの感触に早坂の頬は早くも紅色に染まり、咎めるような瞳を必死に作って隣の男に目をやろうとすると、先に男の顔が早坂に近付き、耳元に唇を寄せた。
「…お前、裏ビデオに出てただろ。現役の高校生がマジレイプされるって奴」
「………………っ!!」
咎める瞳は丸くなり、小さく開いた口は大量の息を呑む。まさか……監禁されていた時の…悪質な………。陵辱される自分を容赦無く撮影していたカメラの冷たい視線が脳裏をよぎった。
「…ち、違います…僕……そんなの知りません!」
首を激しく振り、半ば上ずった声で叫びながら背中を向けて隣の車両に逃げ込む早坂に男はニヤリと笑い、後ろにいる仲間達に軽く目配せをして互いに頷き合った。

 目的の駅に到着すると同時に転がり出るように電車から飛び出し、幾度も後ろを振り返りながらホームから走り去る。あの男に関わったらお終いだ。何となく、そんな気がした。
「どうか…あの人達が此処で降りていませんように……」
無意識の内に祈りながら早坂は未だに染まっている頬を落ち着かせるように撫でた。
 走った事で息を軽く切らしながら駅の出入り口から街を眺めた時、早坂は眼を見張った。自分が住んでいる町からは全く感じられない、むっと重たく、暗い空気を派手なネオンで無理矢理明るくしている。降りる駅を間違えたのだろうかと、慌ててポケットの中から地図を取り出して確認するが下車した駅に間違いはない。だが、今自分がいる街は明らかに歓楽街だった。治安の悪さで悪名高く、自分には一生縁が無いであろうと思っていた裏の街。
「………………」
街の空気に圧倒され、無意識の内に背後の駅を振り返って帰るべきかと迷ったが、藤堂の言葉が再度頭をよぎった。今の君を満足させてくれるだろうから。その言葉が早坂の背中を押し、歩みを進ませる。街の雰囲気とは場違いな少年の背中が駅から離れ、薄暗い闇の中へと消えていった。

 地図を頼りに辿り着いた場所は、この街の中では比較的爽やかに見える、待ち合わせに適していそうな巨大な街灯の下だった。地図をポケットに仕舞いながら辺りを見回すと結構な数の人間が自分と同じように立っている。彼らの表情を見る限り、やはり此処は待ち合わせの場所によく使われているらしい。
(こんな街で待ち合わせか……。やっぱり、誘い合って遊んだりするのかな………)
街をキョロキョロと見渡し、至る所に建っている店の露骨に卑猥な雰囲気に慌てて視線を下に向けた時、視線の先に靴先が飛び込んで来た。
「!!」
自然と視線を靴の主に向けると同時に眼が見開く早坂の目の前には、さっき車両で会った……自分の“秘密”を知っている男が立っていた。
「また会ったな。“俳優”さん」
「……………!!」
否定するように首を何度も振りながら、その場から全速力で逃げるが男は笑みを浮かべたまま動かなかった。男の数十メートル先で少年が誰かにぶつかる。
「あ、ご、ゴメンなさい!」
ぶつかった事を詫びながらも、逃走を再開しようとする早坂の肩が乱暴に掴まれた。
「待てよ。何処に行く気なんだ?」
「ど、何処って………あっ!!」
強い力で掴んで来る相手の顔をまともに見た瞬間、早坂の顔が強張った。彼もさっき、あの男と一緒に自分を嘲笑っていた仲間………
「やっ……離せぇっ!!」
必死に肩を振り解こうとするが、相手の男は素早く両手首を掴み、痛いまでに掴んだそれを離そうとしない。もがく早坂の背中に、さっきの男が近付いて来た。
「何言ってんだよ。自分から誘い込んだくせに」
「…えっ……?」
早坂の視線の先で笑みを強めた男が顎で街灯を指した。
「知らねぇのか?あそこに立つって事はヤッて良いって言ってんのと同じ事なんだぜ」
「……!!!」
男の言葉に街灯の下の人々の人待ち顔を思い出し、その意味が分かった瞬間、早坂の身体は小刻みに震え始めた。
「……う、嘘…………嘘だよ…そんなの……だ…だって……僕…」
「そんなつもりじゃなかった…ってか?」
肩を掴んで離さぬ男の一人がおどけた様子で言葉の続きを紡ぐと早坂は激しく何度も頷いた。
「そうか、知らなかったのなら仕方がねぇな。許してやるか………とか言うとでも思ってんのか?」
「!!……お、お願い………僕、本当に知らなか………ぅんっ!!」
懇願を無理矢理断ち切ったのは突然の口付け。じわりと涙を浮かべた早坂の瞳を見つめながら、容赦無く舌を挿し入れると見開かれていた瞳は硬く閉ざされ、端から涙の粒が零れ落ちた。
「とりあえず、移動するか?別に此処でヤッても良いがギャラリーが嫉妬して騒ぐだろうしな。裏ビデオの主演者様とゆっくり楽しもうぜ」
「…そうだな。今日は歓迎パーティーでもするか」
馬鹿笑いをしながらも、逃がさないように強く肩を抱く男達に早坂は、嫌…と小さな声で拒絶したが、勿論それを受け入れられる事はなかった。