-乱-
「なぁ…お前、早坂と喧嘩でもしてんのか?」
授業終了の解放感が包む教室から足早に姿を消した早坂の背中を見送った竜一が望月の机の端に左手を置きながら声をかけると机の主は首を幾度も横に振った。
「別に喧嘩してる訳じゃないんですけど…アイツの方が俺の事を一方的に避け始めたんですよ。最近は竜一さんと一緒に行動する事が多いみたいですね」
「あぁ…だから、望月がいるのにおかしいなぁって思ってな」
「………俺もまいってるんですよ。いきなり避け始めたから」
大きく溜め息を吐き、机に両肘をついて髪を掻き上げる望月に竜一も伝染したような溜め息を吐き、決まり悪そうに後ろ頭を軽く掻いた。
「俺も一回、その事について聞いてみたんだけどよ。はぐらかされちまったんだ。やっぱ、お前が直接聞くのが一番なんじゃねぇかな」
「…………そう…ですよね…。…俺、今から追いかけて聞いて来ます」
力無く机の上の鞄を背負いながら立ち上がると、竜一の顔が微かに緩んだ。
「…だな。お前の足なら今からでも充分追い付けるだろ。健闘を祈るぜ」
緩んだ顔とおどけた敬礼に望月の肩から自然と力が抜け、硬かった表情にゆとりが出て来る。竜一の応援を背中に感じながら望月は教室を飛び出し、風を切りながら階段を駆け下りていった。
僕、何やってるんだろ。鞄を両手に持ってトボトボと帰路を歩く早坂の顔は自然と下を向いていた。駿君の事を避けたって何もならないのに。寧ろ、向こうの気持ちが離れるだけなのに。でも、彼の瞳を見ていると少し前の悪夢が蘇って来る気がして。僕の事なんか知らないと言わんばかりに小林君と情事に耽っていた姿に胸を締め付けられて。これ以上、苦しみたくないから意識的に彼を避け………
「良ちゃん!!」
「…!」
聞き慣れた声に弾かれたように顔を上げて後ろを振り向くと、遠くの方で丁度心の中で考えていた人物が手を振りながら駆け寄ってきているのが見え、それに思わず目を反らして逃げ出したくなる衝動に駆られたが、逃げた所で彼に追い付かれるのは目に見えているので、衝動を抑えてその場に立ち止まった。
「はぁっ……はぁっ…やっと追い付いた…」
両手を膝につけてオーバーに息を切らしながらも、顔を上げてニコッと笑いかけるが相手の方は何処か冷たい無表情を維持していた。
「……何?僕に何か用?」
「…………………」
予想は何となくついていたが、いざその反応をされると心の中でムッと眉間に皺を寄せてしまう。小さく頬を膨らませつつも望月は何とか笑顔を作り直した。
「お前、何怒ってるんだよ。俺、お前に何かしたっけ?」
「……別に…怒ってないよ…」
「嘘吐け。どう見たって怒ってるじゃねぇかよ。俺の事、避けやがって」
逃げられないように早坂の肩を掴む望月の心の中には小さな不安があった。前も早坂が自分を何となく避けた事があり、その直後に彼は自分が起こした問題に巻き込まれて虐げられた。早坂が自分を避けているのは何か良くない事の前兆であり、彼はまた何者かによって酷い目に会ってしまうのではないか。その不安からか望月の手の力が強くなった。
「…今から俺ん家来いよ。こんな所じゃ言いたい事も言えないだろ?」
「行かない。…別に……言いたい事も………無いし」
「…!……良いから来い!!」
感情の無かった早坂の声色に微かな震えが混じった事に気が付いた望月は早坂の声無き叫びの存在を確信し、早坂の左腕を乱暴に掴んで引くと、相手は拒絶するような声を上げながらズルズルと引っ張られていった。
何とか嫌がる早坂を自分の部屋に引き摺り込む事に成功した望月は鞄を机に放り投げながら、リラックスさせるような笑顔を浮かべた。
「ま、無理矢理連れて来ちまったけどさ。くつろいどけよ。飲み物何が良い?コーラに牛乳に烏龍茶…はあったと思うけど」
「……何も要らない」
「………………。遠慮しなくて良いんだぜ?じゃ、コーラでも持って来るわ」
正座を維持している早坂は扉の閉まる音を聞きながら、ゆっくりと室内を見回し、そのままボンヤリと窓から外を見た。窓から見える空は自分の心とは正反対に蒼く、悲しいまでに清々しい。
「あれ?別にその辺にある漫画でも何でも読んで良かったんだぜ?…お前、何緊張してんだよ。前から、俺ん家に遊びに来てるくせに」
コーラの注がれたグラスと皿に盛られた菓子の乗った盆を片手に扉を開けた望月は、初めて来たような態度の早坂に小さく吹き出しながらテーブルの上に盆を置いた。
「さて、と。此処なら思う存分話せるだろ?今、誰もいねぇし。一体、何があったか言ってみろよ」
足を投げ出して座り、グラスを軽く傾けながら声をかけても微動だにせず俯いたままの早坂に困ったように首を傾げて笑い、優しい声で付け加えた。
「何言っても怒らないからさ。悩みをおにーさんに言ってごらん?」
優しい声とおどけた口調。その中に感じる明らかに自分を心配してくれてる望月の気持ち。だが、今の早坂にはその優しさが一番辛い物だった。お願い、僕に優しくしないで。優しくすればするほど、僕は君が好きになるから。好きになればなるほど、君が小林君へ言っていた言葉が僕を苦しめるから。
「………………っ……く……」
胸を締め付けられ、その痛みに耐え切れなかったように涙が浮かび、瞬く間に頬を伝ってポロポロと零れ落ちる。泣きじゃくる親友に望月は小さくあっ…と声を漏らし、何か辛い事があったのだろうと解釈し、少し彼の気持ちが分かった気がして密かに安堵し………
「良し良し、何か辛い事があったんだな。この際、此処でぶちまけちまえよ。吐き出すだけでもかなり落ち着くんだから」
安堵の余り笑みを浮かべ、頼りなく啜り泣く早坂の身体を覆うように抱き締めると腕の中の早坂は小さなシャックリを繰り返しながら、口を開いた。
「………その…原因は……君…だよ………」
「……えっ…!?」
頭の上から聞こえる驚愕の声に胸の奥がチクリと痛んだが、一度口を開くと止まらない。早坂は親友への願いを涙声で訴えた。
「お願い…もう……僕に…関わらないで………優しくしないでよぉっ…!!」
「なっ…何言ってんだよ!!急にどうしたんだ!?」
突然の絶縁宣言に目を白黒させながら親友を抱き締める腕の力を強めると苦しげな声が耳に入り、腕の中の身体が激しくもがいた。普段は冷静な親友からは想像出来ない、癇癪を起こした子供のような素振りに望月はただひたすら驚き、思わず腕を解いて解放した途端、早坂は顔を赤くして泣きじゃくり、手の甲で涙をゴシゴシと拭っていた。
「………良ちゃん……」
近くにあったタオルをそっと差し出すが、それさえも無視されて目の前の親友は手や袖で涙を拭う。何時ものように素直な反応を、自分の思い通りの反応をしない早坂に望月は少なからず苛立ちに似た感情を覚え始めていた。
「…ったく……一体、何だってんだ?泣いてもわかんねぇよ。何で、俺と関わりたくないとか言うんだ?俺の事、嫌になったのかよ」
差し出していたタオルを後ろ手に投げ捨てながら明らかに苛立った声をかけると、早坂はシャックリで肩を揺らし、視線を落として首を何度も振った。
「違うっ……そんなんじゃないっ………」
「じゃあ、何が原因なんだ!?言ってみろよ!」
弱々しい涙声を掻き消す苛立ち混じりの怒声を聞いた早坂は一瞬固まったが、答える事を拒絶するように唇をキュッと噛み締めて改めて首を振った。
「…はぁっ……。ご機嫌斜めだな。一体、何がお前をそうさせてんのかねぇ」
露骨に大きく溜め息を吐き、嫌味ったらしい声をぶつけながら床にゴロンと寝転がり、視線を早坂の頭の上から足の先まで幾度か往復させた時、ふとある事を思い出して寝転んでいた身体を忙しく起き上がらせた。
「あ、分かった。お前、この前保健室で俺とヤれなかったら怒ってるんだろ」
「えっ…!!そ、そんな……そんなの…違うよ!!」
思わぬ推測に顔が強張り、慌てて否定するが相手の方は完全に推測が当たっていると思い込んでいるのか、ゆっくりと近付いて早坂の両手首を掴んだ。
「痛っ!!」
赤い太線が描かれている右手の手首部分に望月の力強く握る親指が衣服越しに触れた時に爆発的な痛みを一瞬感じ、瞳を硬く閉じて顔をゆがめるが、今の望月にはそれさえも早坂の“演出”に見えた。
「何をオーバーに痛がってんだよ。ちょっと触れただけだろ?」
「や…やだっ……離してよ…!」
袖に隠された右の手首には自らが作った深い切り傷がある事は勿論言えず、ただ拒絶の反応を見せながら手足を大きく動かして振り解こうとするが、その行動は何故か余計に望月の胸を高鳴らせてしまう。気が付けば、力の限りに早坂を突き飛ばしてベッドの上に押さえ付けていた。
「止めっ……やっ………嫌ぁっ!!」
叫びながらも抵抗する力が出ないのは心の何処かが諦めたからか、相手が望月だからか。そう、僕は彼と交わる事をあんなに望んでいたじゃないか。それなのに、何故涙が出て来るのだろう。何故、何時ものように身体が火照らないのだろう。その理由が分かるまで大して時間がかからなかった。
「何嫌がってんだ?俺とヤりたかったんだろ?素直に喜べよ」
「…っ!!!!」
もがいていた身体が硬直し、同じく固まった表情の瞳から涙だけが動きを見せてポロポロッと零れ続ける。彼は…僕をその程度にしか見ていなかったのだろうか?性的な接触さえしておけば、それで満足すると思っているのだろうか?余りにも残酷に聞こえた言葉は早坂の頭の中で幾度も反復され、激しい頭痛となって苦しめた。
違う。望月は心の中で搾り出すように呻き、早坂の手首を握る手の力を余計に強めた。こんなんじゃない。俺、何やってんだ?冗談で言ったつもりだったのに、何で良ちゃんを押し倒してるんだ?したいのは…俺の方なんじゃないか?
「いや…違う」
余計な意地が口の中で小さく否定の言葉を呟かせる。良ちゃんが悪いんじゃないか。勝手に俺の事、避けて。俺が聞いても泣くばっかりで何も言わないで。だから、俺も苛立って良ちゃんの態度に余計にムカついて。そうだよ、全部コイツが悪いんじゃないか。それに…良ちゃんだって何だかんだで結構こう言うのが好きな奴みたいだし。…何を迷ってんだよ。サッサとヤッて終わらせちまえば…………
「お願いっ……止めてよ…本当に嫌なんだからぁあっ!!」
考え込む望月の耳に飛び込む裏返った叫び声。ハッと我に返って下を見ると、本気で拒んでいる様子の早坂がいた。その表情が望月の頭の中のある記憶を引っ張り出す。二人きりの工場跡。男を求める体勢で固定され、玩具に処女を奪われた早坂の絶望的な泣き顔。口枷によって篭っていた悲しい悲鳴。そして、その親友を無理矢理汚すと言う背徳的行為によって余計に感じてしまった強い快楽。ドクン。心臓が胸の中で強い音を響かせながら妙な熱を発し、熱いそれは激しい怒張となって早坂の身体にコツンと触れた。
「………ぁ…………」
身体に触れた何かを眼で確認し、ゆっくりとその瞳を動かして望月と焦点を合わせ、小さく唇を動かす。友の名を呼ぶ為に開きかけたであろう口に、望月は数本の指を捻じ込んで言葉を紡ぐ事を不可能にした。
「っ!!んっ……ぅあ…!?」
思わぬ行動に目を見開き、封じられた言葉を何とかして伝えようと舌を動かすと中の指が濡れて行き望月の口に笑みが浮かぶ。さっきまでの優しい笑顔を見せていた者とは同一人物とは思えぬ、何処か不気味な笑みを湛えながら先が薔薇色に染まった指を抜き出し、今一番欲している物を求めて早坂のスラックスの内側に無理矢理滑り込ませた。
「やっ………だ…駄目……!!…ふぁ……」
内側を無遠慮に探って来る望月の腕を両手で掴むが、素早く御目当ての場所を探し当てて撫で上げて来る指が掴む力を弱める上に出している自分も恥ずかしくなる声を出すように促して来る。その間にも濡れた指が触れ、周りを解すように撫で、少しだけ中に侵入させて、相手の声を微かに上ずらせた。
「お。思ったより解れてるじゃねぇか。お前一人でする時こっちも弄ってるんだろ。ったく…やらしいなぁ、マジで。ま、これなら少しくらい無理しても大丈夫だな」
「む…無理しても……なんて………そんな……やだよ………僕……嫌だっ……!」
気を抜けば緩んでしまいそうな手に力を込めて下半身を物色する望月を引き離そうとするが、彼の指が動く度に腕が震え、指が解けて行く。そんな早坂の弱々しい抵抗を楽しむように眺めながら、望月は忙しく動かしていた指を突然離し、その行動に微かに力を抜いた早坂の一瞬の隙を突いて邪魔者であるスラックスを一気に引き下ろした。
「っ!!」
慌てて足首まで摺り下ろされたそれに手を伸ばそうとするが、目の前に伸びて来た一物が身体を硬直させ、瞳を相手の顔の方に向けさせる。視界に入って来たのは、何時か見た親友の欲望に燃える瞳。抵抗出来ない状態だった自分を無理矢理汚した狂人の炎。あの時の工場跡の悪夢がフラッシュバックした瞬間、早坂は息を大きく飲み、止めてと涙声で叫んだが、望月は何の反応も見せずに早坂の両膝を掴み、痛みを感じるまでに大きく左右に広げた。
「…あぁ…ぁ……駿…く…ん………許して……」
「………………」
もうこれ以上は何も見たくないと言わんばかりに涙に濡れた眼を覆って消え入りそうな声で懇願するが、皮肉にも早坂のその行動は逆効果となって望月の加虐心を煽る結果になってしまい、既に先端がうっすらと濡れている肉杭が一気に早坂に打ち込まれた。
「ひぁっ……ぃ…や……嫌っ………やだああぁぁあーーっ!!」
眼を覆っていた手でシーツを掴み、激しく泣き叫ぶ親友の姿を見た望月は彼らしからぬ残酷な笑みを浮かべると共に腰を前進させて、相手の慟哭を楽しんだ。