人の気持ち、人への気持ち・前編


赤と緑で飾られた街並に小さな花が添えられる。

クリスマスイヴももう終わろうとしている時間に届けられた天からの贈り物に、
どれほどの人が足を止めて感歎の声をあげるのだろう。

だが、少なくともテツはそんな気分にはなれなかった。

今、目の前にいる幼なじみの少女は一体いつからその場にいて、
その身を冷やしていたというのか――


バイト先のファミレスは毎年クリスマスに特別メニューが登場し、
それがまた好評で、まぁ、そのおかげで忙しい。
当然のことながら仕事慣れしているテツは混む時間帯に出るように頼まれていた。
次々くる注文の波がようやく途切れて休憩をとるよう言われた時、
ふと外を見ると通りの向こう側の街路樹の下に人影があった。
夜の闇の中、雪まで降っていて視界がはっきりしないのに気付くことができたのは
偶然でしかない。
裏から外へ出て近くの横断歩道を渡り、さっき目に入った場所に駆け寄る。
見間違いではなく、確かに彼女はそこにいた。
手を伸ばしてそっと頬に触れると指にひんやりとした冷たさを感じる。
「なんでこんな時間にこんな所にいるんだよ……」
困惑して眉をひそめるテツに、富良兎は平気だと答えるように軽く微笑む。
「ちょっと…ね。見に来たくなっただけよ」
ただそう話すだけで、他には何も言ってくれない。
外気にさらされた肌の冷たさからはとても「ちょっと」なんて言葉は
出ないだろうにも関わらずだ。
いろいろ訊きたいことはあったがこれ以上外に留まる道理もないので、
とりあえず富良兎を促してファミレスへと戻った。


「あったまったか?」
「だいぶ」
あの後、富良兎は店でホットコーヒーを飲みながらカウンターの所で
テツの仕事が終わるのを待った。
人の入りがまばらになってテツがあがったのは午前1時になってだった。
イルミネーションの灯りを反射して光るアスファルトの上を2人並んで歩く。
うるさいほどの楽し気なクリスマスムードは、
さっきから引っかかりが取れていないテツには少々居心地が悪かった。
こいつがバイト先にくることなんてめったになかった。
それこそ、侵略者が現れたと知らせる時以外は全く。
結婚すると決めてからのクリスマスでも去年は別々のことをしていたし、
それでわざわざ会いに来たわけではないだろう。
「なぁ富良兎…」
「ん?」
「何かあったのか?」
富良兎はテツと目を合わせず、その質問には答えなかった。
「ねぇ、ちょっと付き合ってくれる?」
「付き合うって何処に?」
「すぐそこ」
そう言うと富良兎は歩調を速めて道を案内した。


それほど広くない庭に小さな遊具。
二階建ての建物の中を窓から覗けば色紙で作った星やら
サンタクロースの顔やらが壁にいくつも貼ってある。
郷愁――
ずっと同じ場所に住んでいながら思い浮かべる言葉ではないが、
しばらくぶりに来た場所に沸く感情は他に言い様がない。
「俺たちが通ってた幼稚園……」
「卒園以来来てなかったわよね」
「そうだな」
家の近くにあって、そばを通ることだってあるのに寄ることは一度もなかった。
用事がなかったと言えばそれまでだが、ないがしろにしていたように思えて
何か申し訳ない気分になる。
「もう10年以上たったんだな」
富良兎と初めて会ったのはここだった。
「あの頃はまさか結婚することになるとは思っとらんかったな」
「そう?」
「“そう?”って…じゃ、おまえはどう思っとったんじゃ?」
「未来はわからないものでしょう。いろんな可能性があるわよ」
うまくはぐらかされたような、本心から言ってるような。
その時は気にもとめていなかったのに今になって
当時の富良兎に好かれていたいと思うのはなんとも我が侭だ。
「だが、なんだってここに?」
そう訊かれた富良兎の顔に影が差した。
「富良兎?」
「テツ…」
「なんだ?」
「テツは…私のこと好き?」
「は?何を……」
今更言うこともないだろう。
そうでなければ結婚などしようと思わない。
だが、瞳に迷いが灯る富良兎を見て、訊いているのは
そういうことではないと感じて言い直した。
「好きだ」
「本当に?何があっても?」
「…ことにもよるが、少なくとも嫌いになることはないな。
正直迷惑な時もあるがおまえといることが苦痛だと思ったことはない」
それは恋愛としてよりは友として、人としての“好き”。
広い意味での好きだった。
おそらく富良兎が言いたかったのはこちらの意味であろう。
「何があったかは知らねーけど、俺はずっとおまえのこと好きでいるから安心しろ」
「ごめんなさい…変なこと訊いて」
富良兎は額をテツの胸にあてた。
抱き締めるでもなく、ただそうやってそばにいた。


後編につづく





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