「あんたたち、私は今日帰れないからね。ご飯は自分で作りな」
「え、ばあちゃんなんかあるの?」
「集まりがあるんだよ、帰ってきて家が荒れてたら許さないからね。お前もだ」
「はーい」
おばあさんはそう言って、蒼葉さんちを出て行った。
見送ってる蒼葉さんのほっぺが赤くなってるのを見逃しはしない。期待してるのは僕だけじゃなかったのが嬉しくて可愛い頬にキスをすると、手に持っていたカップを落としてしまっていた。
揺れるリボンを見ていると、顔が緩む。
いつもお前が作ってくれるから、今日は俺が作るって言ってくれた。それから蒼葉さんは、悪戦苦闘しながら台所に立ってくれている。
ぱたぱたと忙しそうにキッチンを行ったり来たりする姿が、なんとも微笑ましい。いつも着ているぽこぽこした上着を脱いで、白いエプロンをして、料理をしている蒼葉さんを後ろから眺めているけれど、これがどれだけ見てても飽きない。
エプロンの紐を腰で結んだリボンが可愛い。邪魔にならないように束ねた髪のブルーが綺麗だ。時たまちらっと見える困った顔や、嬉しそうな顔が愛しい。そんな感じで、僕の顔は破顔しっぱなしだ。だって、可愛いんだもん。
こういうのにいづまっていうんだっけ。いいなあ、蒼葉さんが僕の奥さん。僕が旦那さん。うん、しっくりくる。こんな格好した蒼葉さんが、こないだ見たテレビみたいにおかえりなさいあなたなんて言ってくれたら、抱っこしてくるくる回しちゃうなあ。
料理に夢中な蒼葉さんは、僕がこうして見つめているのに気付かない。いつも僕が見つめていると、なに見てんだって照れて顔をしかめちゃうのに。こんな利点もあったんだ、手料理って。あ、今失敗した?また困ったって顔してる。どんなに失敗したって、蒼葉さんの料理ならなんでもおいしいから心配しなくていいのに。
こんな時間って、幸せだなあ。心からそう思う。
「ごめんっ」
開口一番がそれだった。手にお皿を持ったまま、ばっと頭を下げられる。手元の料理を見ると、どうやらオムライスを作った、みたいだった。卵が焦げたんだろう、黒くなって香ばしい匂いがする。
「た、多分卵に砂糖、入れすぎた……でも、もう材料がなくて……」
声がどんどん尻すぼみに、小さくなっていく。それと一緒に肩も、どんどん下がっていく。ああ、蒼葉さんが悲しんでる。落ち込んだ顔なんて、見たくないのに。ここは僕がなんとかしないと。蒼葉さんの手に乗ったお皿を、ひょいっと奪った。
「あっ」
テーブルにセッティングしてたスプーンを取って、オムライスを掬い上げて口に運ぶ。うん、美味しい。焦げた所だって、バリバリと歯ごたえがよくていいじゃないか。
「美味しい!美味しいですよ、蒼葉さん!」
何より貴方が僕の為に作ってくれたんです、美味しくないわけがないじゃないですか。嬉しい気持ちだって合わさったそれは、どんな高級で美味しいって言われてる料理だって敵わない。もぐもぐ食べる僕を見て、落ち込んでいた顔を上げて少し笑った。
「クリア……」
「蒼葉さんの、いらないんなら僕が食べます」
「いや!く、食うよ」
元気になってくれたみたいで嬉しい。煙たくなったキッチンの換気扇を回しながら、蒼葉さんの作ったオムライスを二人で食べた。
笑いながら皿を空にした後、お風呂に先に入っていいって言われたのでお言葉に甘えさせてもらった。人間じゃないとはいえ汚れはするし、性能上変わらずお風呂にも入れる。あったまるし綺麗になるし、お風呂は僕も大好きだ。
ちょっぴり一緒に入ってくれるかなーって期待してたけど、まあ今日はご飯も作ってもらったし、そこまでは望むまい。なるべくゆっくり入ってきてくれって言われたけど、なんでなんだろう。もしかして、布団の上でサプライズでもしてくれるのかな。楽しみだ。
そんな事を考えていたら、お風呂のドアがカシャっと開いた。突然の事に驚いていると、そこには、タオルで前を隠した蒼葉さん、が。
「蒼葉さん?」
「今日、焦げたもん食わしちまったから……無理して、食べてくれたんだろ?」
「そんな!美味しかったですよ」
「だ、だから……その、お詫びっつか、ご奉仕?」
ごほうし?ごほうしするにゃん、なんて、見たことある単語が浮かんだ。あおばさんがぼくにごほうし。ご奉仕。
身体が一気に熱くなる。血が滾るって、こういう事なんだ。蒼葉さんがお風呂で僕にご奉仕してくれる?ああ、夢じゃないか。もじもじして顔を赤らめてる蒼葉さんが、尋常じゃなく可愛い。本当はそんな事を言う唇を今すぐ塞いで押し倒してしまいたい。でも。
「ご、ご奉仕して下さい!」
期待に胸が膨らみすぎて、そんな事しか言えなかった。しかも妙に気合が入ってしまった。
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