違和感は昨日の夜からだ。
ミンクの所から自分の家まで帰ってきて、もうだるかったので風呂に入らずに寝てしまおうと布団に入った時、ちょっと、ぴりっとした痛みが走った。 ミンクに会った後そこが痛むなんていつもの事だし、今日はとびきりしつこかったしなぁとちょっと照れながら眠りについたのがいけなかった。思えばあの時、恥を忍んでばあちゃんに聞いてみればよかったんだ。
そこが今ではずきずき痛む。
これは、もしかしたら……裂けてるかもしれない。
情けなさ過ぎて病院になんか行けない。というか病院だって顔見知りだらけだ、なんて言えばいいんだ。男が好きで後ろの穴でセックスしてたら裂けたみたいなんですけどって?言えるわけないだろ!
うーんうーんと頭を抱えていると、蓮が足をとんとんと叩いた。
『大丈夫か、蒼葉』
「うん……ほんとは痛い」
『それはそうだろう、臀部が』
「わあああ言わないでくれ!」
蓮は何でもお見通しらしい。平凡の商品をおっかなびっくり品出ししていたから、尻をかばってるって気づいたのかもしれない。はあ、と溜息をついて、レジの椅子に浅く座りなおした。
『病院にいった方がいい、自分ではどうしようもないだろう』
「そうだけどさ、言えねえよこんなとこ痛めたって」
『では、タエに相談したらいい』
「そうだな、それが一番だとは思うんだけど……」
「私になにが相談できないっていうんだい」
「うわあ」
思わず椅子からひっくりかえりそうになった。いけないいけない、今尻に致命傷を与えては本当に使い物にならなくなってしまう。というより、
「ばあちゃん!」
「あんたが朝から悩んでる風だったから心配してきてやったんだよ、感謝しな」
「おやおやタエさん。こんにちは」
「店長、ちょっとバカ孫を借りてもいいかい。ケガを隠してるみたいだから」
「ケガ?それは大変ですね。蒼葉くん、もうすぐ時間ですし帰っていいですよ」
「え、ええ?!」
そこからはずるずると言われるままにひっぱられ、ばあちゃんと家に帰るはめになった。
「まったく、尻が切れたくらいの事気にするんじゃないよ。一体何回あんたのおもらしを片付けたと思ってるんだ」
「はい……」
尻が裂けた理由は口が裂けても言えない。ばあちゃんが純粋に心配してくれているのが分かるから、申し訳なくて黙っているとごそごそと棚をいじっていた。そして、塗り薬みたいなものを取り出す。
「これを毎日二回塗りな。痛みが引くまで、尻に不用意に力を入れたらだめだよ」
「うん、ありがとう」
ふうっと溜息をついた後、ばあちゃんは出かけていった。俺の様子がおかしかったからってわざわざ店まで来てくれるなんて、本当ばあちゃんには感謝してもしたりない。なにか、ばあちゃんが喜ぶもんでも買ってこようか。立ち上がろうとすると、後ろがじわっと痛んだ。まあ、まずは薬を塗ろう…なんだか情けなくて、肩を下げたまま階段を登った。
部屋に戻ってすぐにコイルが鳴った。この音は、ミンクの着信だ。あいつ、滅多に着信なんてしないのに。
「もしもし」
『蒼葉か』
「はは、何言ってんだよ。俺にかけてんだから俺に決まってるだろ」
ミンクの声を聞いて落ち着いたからか、ベッドに座ろうとしてはっとする。危ない、いつもの調子で座ってしまうところだった。
『水2つ買って今から来い』
これがミンクの常套句だ。何かと俺に御使いをさせて、自分の所へ呼ぶ。ミンクが素直に会いたいとか言うとも思えないので、俺もいつもそれを口実にミンクの所へ行っていたけれど、今日はなんだかいらっとした。一体誰のせいでケツが痛いと思ってるんだ。
「……今日は、行かない」
『なんでだ』
「とにかく今日は行けないんだよ」
『なんでだと言っている』
こいつ、俺が来るのが当たり前みたいに…!なんでこんなに高圧的なんだ、俺はお前のせいで今日一日大変だったのに。かっと頭に血が上る。
「とにかく行かない!じゃあな!」
強制的にコイルの接続を切る。感情的になってもしょうがないのに、思わず怒鳴ってしまった。上がった息が整っていくのと同時に、気分が落ち着いて、落ち込んでいく。尻が痛いからって、ミンクにあたってどうすんだ、俺……いや確かにあいつのせいではあるんだけど。
ミンクの前では、かっこ悪い姿とか見せたくないって思うのに。あいつの事が、好き、だから。
へこんでいてもケツは痛い。しょぼんとしながら、ズボンを脱いだ。
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