「や、やめろ!」
はあっはあっと全力疾走した後のような荒くて熱い吐息が上から降ってくる。近づいてくる顔を避けようと首を反らしたら、いらついたのか手首を捕まれた手がぎりっと折らんばかりの力を込められた。痛い。
「うるさい」
雪男の声は今この行為が冗談でもからかいでもなんでもない事を告げていて、背筋がぶるっと震える。このまま実の弟に襲われてしまうのだろうか、俺は。
穏やか、誠実、真面目。こいつを示す言葉はたくさんあるけれど、今の雪男はそのどれからもかけ離れている。まるで腹を空かせた野獣。その野獣は長い事餌を口にしていなくて、腹が減って腹が減ってイライラしていた所に、大好物が転がってきたのだろう。
雪男の口から垂れた涎が、シャツに落ちて染みた。そして野獣は一心不乱に、その白い首筋に歯を立てる。
「い、あ!」
痛くはなかった。その行為そのものに悲鳴をあげた。信じたくない、今弟が熱い息をついて、涎を垂らして、自分を組み敷いているなんて。きっと正気ではないのだ。忙しい日々が雪男を蝕んで、自分を女か何かと勘違いして暴走しているんだろう。兄として放ってはおけない。このままにしていれば自分も危険だ。目を覚まさせてやらなければ。
「ゆ、きお!」
肩を押し退けると、自分の首筋に埋められていた顔とかちあう。瞳孔が開いて、怒り狂ったように眉をつり上げている。普通じゃない。
「雪男、目ぇさませ!どうしたんだよ!」
「っ……」
「こんなのおかしいって!どけよ!」
ぴくっと雪男の眉が動いた。
「焦らしてんじゃねえよ」
一瞬何を言ったかわからなかった。聞いたことの無い低さの声に、身体の血が凍ってしまったみたいに動かない。
「え」
「今更焦らしてんじゃねえよ、どんだけ我慢してたと思ってんだ。黙ってろ」
焦らす。俺が一体、雪男の何をじらしたというのか。分からない。
「毎日毎日人の気も知らないで同じ部屋でグースカ寝てたのは誰だ?兄さん。ああ?お前じゃないのか?あ?」
普段真面目勤勉な弟が乱暴な言葉遣いをするのは、怒っている時や喧嘩をしている時だ。それでも俺は、こんな雪男は見たことがない。これでは不良だ。ついこないだまでよく争っていたたちの悪い不良に似ている。でも今の雪男は、そいつらより明らかに、性質が悪い。その怒気に気圧されて、何も言えない。身体が恐怖を感じて震えだした。
怖い。逃げたい。情けなく這いずってもいい、ここから逃げたい。
「ああ、兄さん泣いてるの?怖かったね、ごめんね」
「あ……」
「大丈夫だよ、兄さんが僕の言う通りにしてくれれば、僕は嬉しいんだ」
先ほどとは一変した穏やかな声。とても優しい音色なのに、さっきまでよりもずっと危うい。
雪男がゆっくりと、舌なめずりをするのを何もできずに見ていた。
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「い、いやだぁっ」
俺の制止の声さえ、もう雪男には届かないのかもしれない。むしろ悪化させてしまったようで、雪男は俺の性器を擦る手を早めた。
「兄さん、兄さんの性器……ずっと間近で見たかった、触れたかった、射精してる所、見たかった」
ぶつぶつと呟きながら俺のを抜く雪男は、熱に浮かれて嬉しそうな顔をしていた。水を掛けられたみたいにぞっとする。
怖い、こんな雪男は知らない。俺が知らなかっただけなんだろうか。先ほど言ってたみたいに、雪男はずっと、こんな顔を隠して生きていたんだろうか。
「おいしそう、しゃぶるよ兄さん」
「んああ!」
ずっと、兄の性器をしゃぶりたいと思っていたんだろうか。
じゅぷっといやらしい音を立てて口に含まれ、舌と唇でめちゃくちゃにしゃぶられる。慣れていない刺激に身体が暴れても、雪男を止める事はできなかった。
「だめ、離、せ!こんなの、あっ」
じゅるるるると吸い上げられて、腰がわななく。しばらく自慰なんてしていなかった身体は、先程の手淫とフェラチオでもう限界だった。
「や、だめ、だめ、だめだぁっ……!」
弟の、口の中に出してしまった。
ごくっと雪男が精液を飲み下す音が、やけに大きく響いた。涙が溢れて、嗚咽が漏れる。こんなことしてはいけないのに。俺と雪男は、血の繋がった双子の兄弟なのに。
「兄さん、美味しかったよ。兄さんの精液はこんなに甘くて濃厚なんだね。これからは自慰なんて勿体ないことしないで、僕に飲ませてね?ね?」
子供みたいにひっくひっく言っている俺の顔にキスの雨を降らせる雪男は、相変わらず荒い息で、恍惚とした表情だった。声音は優しくても、今の雪男には俺の声は届かない。
「次は僕のを気持ちよくしてくれる番だよ。大丈夫、兄さんも気持ちいい事だから」
子供みたいに無邪気な言葉でも、吐息は蒸せそうなほどに湿っていた。
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「い、あ、あ、あっ」
痛くてしょうがない。ぐちゃぐちゃと音が鳴る、想像もしたくない場所からはきっと切れて血が出ているだろう。雪男はそんな所に、嬉しそうに自分の性器をつっこんで抜き差ししている。抵抗すれば押さえつけられ、身体を隠そうとすれば腕を捻られ、声を抑えようとすれば口に長い指をつっこまれた。口腔を開かれたままだから、俺の涎が雪男の指を伝って口の外にでて落ちる。始めは苦しくて漏らしていた嗚咽も、もう出ない。
「ああー、兄さん気持ちいいよ、中がすごくあったかくて、気持ちいい、兄さん、好きだよ、ずっと好きだったんだよ?」
「うあっ、あ、あっ」
雪男はずっと譫言のように俺が好きだと言う。兄弟なのに、血がつながっているのに、俺の事を愛していると言うのだ。おかしいよ、雪男。お前はおかしくなってるんだ。
痛みと振動で、頭がどんどんぼやけていく。すごく寒いのに、雪男と繋がっている所だけが燃えるように熱い。
もう限界なのか、雪男が腰を振る速さを変えた。それに併せて、バカみたいに声が出る。
「あ、あっ、あうっ、ああっ」
「兄さん、出すよ、僕の精液っ飲んで、このひくひくしてる穴で、僕の精液飲んで!あ、いく、いくよ!うっ」
びゅるるる、と自分の後孔に放出される何かと一緒に、意識が霞んでいく。
「ああ、兄さん……僕のものだ、これからもずっと一緒だよ」
沈んでいく中、呪いの言葉を聞いた。
→20130210
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