ひどく重い微睡みから目が覚める。
 身体が疲れていて、うまく動かない。こんなにだるい寝起きは初めてだ。特に腹が気持ち悪くて、生唾を飲み込む。しばらく身体を起こしたくなくて、寝返りを打とうとしてふと違和感に気づく。
 妙に、下股が熱い。そこに何かが絡みついてる。それを自覚した頭が、少し遅れて音を拾った。自分以外の誰かの呼吸と、布擦れの音。
 はっとして顔を上げると、昨日の夜見たことがあった光景がそこに広がっていた。

「ああ、起きた?おはよう兄さん」

 顔を上げて、にっこりと笑う弟。普段と変わらないその表情に、起き抜けの脳がさあっと冷える。多分顔も、真っ青になっているだろう。

「何して」
「朝だからね、丁度よく勃ってたからもらおうと思って」

 爽やかな顔を崩さないまま、勝手にむき出しにした性器を口に含んでれろっと舐め上げる。
 朝に勃起してしまうのは男だったらしょうがない。しかし、起き抜けに弟がくわえているという状況には、どう対応していいのか分からない。
 昨日の行為がフラッシュバックする。昨夜、雪男は自分を押さえつけて、愛撫し、性器を舐め、そして犯したのだ。思い出してぞっとする。怖くて、信じられなくて、何をする事もできなかった。
 起きてすぐ、悪い夢だったのだと思いたかったけれど、それさえもできなかった。

「や……やめて、いやだ、雪男」
「嫌だよ、昨日全部飲ませてねって言ったでしょ。ワガママ言わないで」

 ね、とあやすように言った後、ぐりぐりと太い指で尿道口を抉られる。

「いあ!いた、痛いっぁ」
「いい声だね……ほら、兄さん」

 俺の性器から溢れた先走りを指ですくい上げて、すっと差し出す。
 舐めろと言っているのだ、自分の精液を。そんな事できるわけがない。がくがくと震える身体で首を横に振ると、無理矢理喉を突く勢いで指を口に突っ込まれる。

「あっ!んぐぅっ」
「舐めろよ、自分で出したんだろっ……!」

 雪男の指が、口の中で暴れ回る。痛いほどにずぼずぼと動かされた後、舌の上に丹念に指をすり付けられる。苦い、独特の味と血の味。俺の血なのか、歯に当たったときに傷ついた雪男の血なのかはわからない。
 満足したんだろう、ゆっくりと指が口の中から出ていく。

「は……っ」
「ほら、美味しい……唾液も美味しいよ」

 頬を染めて、雪男が俺の唾液まみれになった指をくわえた。ぬぷぬぷと丹念に出し入れして、舐め取る。美味しいキャンディか何かみたいに。指が口から抜かれるのと一緒に、とろっと唾液が垂れる。雪男の、唾液が。
 雪男は本当に、おかしくなってしまったんだ。狂っている。そんなお前に、俺はどうしたらいいんだよ。

「ああ、ちょっと元気がなくなっちゃったね。すぐ可愛がってあげる」

 涙は出ても、嗚咽は出なかった。結局また、雪男の口の中で射精してしまった。

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今日一日何食わぬ顔でいるなんて、できはしなかった。
普段も集中力散漫だと怒られる授業にはいつも以上に集中できなかったし、何より身体の所々が痛くて、時たま疼いて声が出そうになった。傷の治りが早い自分の身体を一体どれだけ強い力で押さえつけていたのか。考えるだけで悪寒が走った。
雪男が怖い。そんな経験は今までしたことがなかった。だから、どうしていいのかわからない。
小さい頃は、いじめられっこで、泣き虫で、弱くて、守ってあげないといけない存在だった弟。最近になって、俺が知らない間に並々ならぬ努力を積んで、いつのまにか自分より大きくなってしまっていた弟。どちらも雪男だ。では、昨夜の雪男も、今朝の雪男も、あの弟だというのか。
 強く押さえられた腕が、ずくんと痛む。
 気づけば、授業は終わっていた。こんな事ではいけないとわかっていても、頭から離れない。

「燐、大丈夫?上の空だったけど……」

 しえみが心配そうに、隣の席からのぞき込んできた。取り繕わなければと思ったその時だった。

「あ、ああ、大丈……」
「あれ、奥村くんソレ」

 すぐそばで志摩の声がする。いつも通路を隔ててあちら側の席にいる志摩が、自分の真後ろまで来ていた。不意に、襟首を引っ張られる。

「なんや、赤い痕。首にいっぱい」
「え?」
「ん、虫刺されとか?」

 赤い痕、虫刺され。一瞬で理解する。
 これはきっと、昨日の――――痛い位に何度も吸われた。はっとして、体中の血がざわめく。

「え、あれ、あれあれー?その反応、もしかして奥村くん……へえー」
「なんや、この痕がなんやねん」
「いや、坊にはまだ早いですわぁ」
「その顔腹立つねえ」
「え、何?燐のこの痕何かあるの?!」

 周りの声が、遠くなっていく。
 どうしよう、どうしよう、どうしたらいい。気づかないうちに雪男は、こんなものを自分に残していたのだ。しかも、シャツでも見えるような位置にしっかりと。
 烙印のようだ。そう思って、ぞっとする。

「奥村くん、顔色悪ない?大丈夫?」

 子猫丸が背中をさすってくれるのにも、反応を返せない。

「おい、お前があんまりからかうから」
「ええ?!ほんま?奥村くん、ごめんなぁ」
「あ、ゆきちゃん」

 ぽつっと呟いた、しえみの言葉。それと一緒に、身体がふわっと宙に浮いた。否、抱き上げられた。

「兄が体調不良なので休める所に連れていってきます。それまで自習」

 ぱきっとした雪男の声が、すぐそばで聞こえた。自分を抱えているのが雪男だと思うと、身体が固まったように動かなくなる。
 そばにいる仲間に、助けを求めたかった。けれど、口も動かせず、声も出ない。これほどまでに恐怖している、実の弟に。


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 すたすたと廊下を歩く雪男は、もうどこへ行くかアタリを付けているようだった。ベッドのある休憩室を素通りして、端の方にある部屋の鍵を開ける。ベッドが一つ置いてあるだけの、簡素な部屋だ。

「僕が仮眠する時によく利用するんだよ、この部屋。便利だから」

 俺をベッドにおろして、ふっと笑った。がちがちになった俺の身体に、雪男がゆっくりと触る。まるで、壊れものを扱うみたいに優しく。

「あんな事した後だから、普段通りに過ごせないかな、とは思ってたんだけど……」

 気遣って、くれているんだろうか。その労るような表情もなんだか前の雪男に戻ったような気がして、嬉しくなる。やっぱりあれは、気の迷いか何かだったのかもしれない。
 今ならうやむやにして、誤魔化して、無かった事にできるかもしれない。そう思った。

「雪男っ」
「あんなに早く他の男を誘うなんて思わなかったなあ」

 がつん、と頭に衝撃が走って、気を失いそうになった。
 雪男に、ベッドに思い切り頭を押しつけられたのだ。鉄パイプでできた足が、びいんと音を立てている。

「すごく残念だ。幻滅だよ。最低だね。そんなに男同士のセックスが気に入ったの?なら今すぐ」
 楽しませてあげるよ。

 ブヂっという音と一緒にベルトをちぎられて、ズボンと下着をずらされて、まだ痛むそこにぐりっと何かが捻り入れられる。

「いああああっ!」
「ほら、兄さんの好きな性器だよ。しゃぶって」
「いた、ひた、いっ……!ぎ、あ!」

 まったく潤ってない後孔に入った性器は、無理矢理動き出す。とんでもない痛みに吐き気がしてきて、せり上がってきたそれを必死で堪えた。雪男は、自分が他の男を誘惑したと思っているのだ。みんな仲間だというのに。しかしそれを弁解する間もなく、雪男はぐいぐいと頭をベッドに押しつける。

「いい?兄さんが愛していいのは、僕の性器だけなんだよ。他の男のなんていらないんだ。次色目使ってみろ、こんなんじゃすまさない」
「うぐ、ん、ぐぅっ……」
「分かった?分かったって言って、分かりましたって言って、言え、言えよホラ!」
「うぐっ!」

 どんっと腹を内側から殴られたみたいに突き入れられる。苦しい、死んでしまいそうだ。息ができなくてもがいても、雪男は容赦なく腰を動かす。言うとおりにしなければ、壊されてしまう。このまま。
 なんの感情か分からない涙が頬を伝う。こんなの、兄弟じゃない。じゃあ何かと聞かれても、分からない。確かに俺は雪男の兄で、雪男は俺の弟なのに。そうだったはずなのに。
 でももう、こんな怖い思いは嫌だ。もうたくさんだ。

「った……、分かった」

 言ってしまった。言わざるおえなかった。けれど確かに、俺は雪男に屈服してしまった。敗北じゃない、屈従だ。絶望にも空しさにも似たものが、ぶわっと心から染み出る。ひどく惨めで、叫び出しそうになる。
 言葉になるかならないかわからない位の言葉でも、雪男にはちゃんと伝わったらしく、動きが止まった。

「分かってくれたらいいんだ。痛かったよね、ごめんね兄さん。今からは、優しくするね」

 俺を後ろから抱きしめて、ゆっくりと動きを再会する。昨日も散々蹂躙されたそこは、また血を流しているんだろう。
 雪男の律動と一緒にぴちゃっぴちゃっと散るそれは、妙なピンク色をしていた。




20130212

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