今年の春、高校生になった。
小学生からしばらくの間アメリカで過ごし、日本に帰ってきた。一緒に帰ってくるはずだった親父は急な用事で帰ってこられず、俺一人この街の片隅に暮らしている。
家事は一通りできるし、学費や生活費は親が送ってくれる。問題なく高校生活をスタートした、はずだった。
毎月の通帳の残高にため息をつく。出費のほとんどは食費によって消えているから、自分でも自分の食欲が恐ろしい。それでも空腹には逆らえない。近所だけでなく遠いスーパーまで足を運んで特売品を買うようにしているが、それでも食費はなかなか減らなかった。
そこで決意したのだ、バイトをしようと。部活の後、夕方や夜にできるバイトをして、生活の足しにしなければ。と言っても高校生を夜雇ってくれるバイトなんて時給もたかが知れている。半端な求人誌に載っている仕事では焼け石に水だ。
早朝と夜やるしかないかとため息をついたその時、街の誰も見ないような掲示板に貼られている紙切れのような求人を見つけたのだ。
魅力的な金額を、最低でも支給。働きによってはプラス有り。主に夜働ける高校生歓迎。
その夢のような求人を、すぐさまむしり取って帰り、電話をした。
そして、今に至る。
大きなビルの名前を何度も確認してから、綺麗なエントランスをくぐり、メモした階へエレベーターで向かう。
緊張した俺が降りたフロアは、まっすぐな廊下にひとつだけぽつんとドアがあった。一度大きく深呼吸をしてからノックを二回すると、どうぞ、と控えめな声がする。
意を決して、ドアを開けた。
「どうも、電話でお話しした黒子テツヤです。君は火神大我くんですね」
「は、はい」
「入ってください」
促されるままに部屋へ入り、黒子さんが座っているイスの向かい側に置いてあるイスに座る。
黒子さんが、手に持っている紙をぺらぺらとめくった。
「志望動機や年齢は聞いていますし……うちとしては人手不足なので、すぐにでも採用したいですね」
「え?!本当かよ、ですか」
「はい、本当です」
俺の拙い敬語に、黒子さんは特につっこみもいれずに続けた。てっきり、面接やなんかをされるかと思っていた。普通のバイトならそうするだろう。
「こうして会って、君の顔や見た目、体型も問題ありません。君みたいなタイプが好きな方も一定数いらっしゃいますから。高校生というのも興味を引くでしょうし」
まさかこんなにあっさりと採用されるなんて思いもしなかった。断られたらすっぱりあきらめて次を探そうと思っていたけど、その手間もなくなるかもしれない。
急な展開に不安になっている俺を見て、黒子さんが続けた。
「あと君に確認したい事はひとつだけです」
「え?」
「この仕事はお客様の相手といっても、おしゃべりやデート、なんて可愛いものばかりではありません」
それでも、できますか?
少し口隅を上げた黒子さんに、俺は黙って頷いた。
俺が始めようとしているバイトは、デリバリーヘルス。それも、身体のサービス込みの、ちょっと危ないやつだ。
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「こちらへどうぞ」
そう言って通されたのは、さっきまで話していた部屋の仕切の向こうだった。だだっぴろい部屋に、キングサイズのダブルベッドと、テーブルがひとつ、置いてある。どうしたらいいかわからないのでとりあえずベッドの端に座ると、テーブルの上のコップを手に取り、俺に差し出してくれる。飲めと言うことだろう、中の水に口を付けた。
「こういった仕事は初めてですか?」
「はい、バイトってのがまず初めて、です」
「へえ、初めてでこの仕事をね」
ずっと無表情だった黒子さんが、ふっと笑った。少し違和感を感じて、ぐっと水を飲み干す。
「敬語が苦手なんでしょう?無しでいいですし、黒子でいいですよ。これから何度も会う事になりますから」
「じゃあ、黒子……今から何す」
そこまで言ったところで、とん、と肩を押された。大した力じゃない。普段の俺ならびくともしないような力だ。なのに、俺の身体は簡単に倒れ、後ろのベッドに崩れる。吃驚している俺に、黒子はにやっと笑いかける。
「効いてきたみたいですね」
さっき飲んだ水に、何か盛られていたのか。今更気づいても遅かった。身体は言うことをきかず、まるで真夏のように暑い。抵抗しようとして服に擦れる肌が、痺れる。もしかしたらバイトなんて真っ赤な嘘で、このままこいつに殺されるんじゃないか。
自分がアホすぎて泣きそうだ。こんな所で最後を迎えるなんて。しかもこんな、普段なら絶対喧嘩で負けなさそうな大人に殺されるなんて情けなさすぎる。
「や、やめろっ!やだ、死にたくねっ……」
「おや、怖い事は何もしませんよ。安心して下さい」
ベッドに乗り上げ、俺の上に跨った黒子が、そっと頬を撫でた。触れられただけなのに、それにさえ感じる。なんだかおかしい。体中がむずむずして、黒子の手の感触を追いかけてしまう。死ぬ事はないにしろ、身体がおかしくなってしまったのは確かだ。
黒子は楽しそうに俺のベルトに手をかけ、抜き取ってズボンと下着を同時にずらす。
「ひっ?!」
「うん、体型に比例して大きいですね。しかし使い込まれてはいない……」
あろう事かまじまじと俺の性器を観察し、つらつらと論じられる。黒子の顔の横に、何もしていないのになぜか半勃ちになった俺の性器があるのが滑稽で、新手の羞恥プレイに頭が更にパニックになった。なんだこいつおとなしい顔して変態だったのか!
「み、見るな、見るなよっ!」
「こちらも……まだ処女ですね」
今度はへろへろになった足をがぱっと開かれ、とんでもない場所を見られる。暴れたくても暴れられない。顔から火が出そうだ。尻の奥の奥、窄まった部分。誰にも見られた事のない場所を、見られている。処女ってなんだ、俺は男だ。
すると突然、性器をぎゅっと握られた。火照った身体は、黒子の手に掴まれただけで簡単に反応してしまう。
「ひっあ!や、うあっ」
「気持ちいいですか?」
しゅっしゅと抜かれ、どんどん性器が硬さを増していく。人に触られたのは初めてだけど、違和感や嫌悪感はない。ただただ、気持ちいい。自分でする時よりもずっと簡単に、限界に登りつめてしまう。身体が熱くて早く熱を吐き出したい。
「あ、あっ、いっ!いいっ」
「おや、イきそうなんですね。いいですよ、出して」
「ひ、だめ、だめだぁっあーっ……!」
黒子の手と身体の中で倦ねる熱に導かれるまま、精液を吐き出す。
その間、俺の方を向いたデジタルカメラがピピピピピ、と音を鳴らしていた。
「ふふ、とてもいい写真が撮れましたよ。見ますか?」
「見ない!」
残念、と残念じゃなさそうに言った後、鼻歌でも歌いそうな上機嫌でデジタルカメラをパソコンに繋いでいる。訳の分からないうちに終わってしまったが、どうやら登録用の写真の撮影だったらしい。
薬の効果は切れてくれたみたいだが、この黒子という男、要注意人物だ。虫も殺せねえような顔しやがって。
「では、今日はこれで終わりです。早速掲載しますね」
「……ああ」
もう後には戻れない。ここまできた以上、頑張って稼ぐしかないな。気合いを入れ直していると、黒子がすっと手を出した。
「これからよろしくお願いします。火神くん」
少し躊躇ったけれど、差し出された手を握り返す。こうして俺の一風変わったバイト生活は、始まった。
→20130620
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