『早速指名が入りましたよ、火神くん』

 黒子が電話をしてきたのは、採用になってから翌日の事だった。

「ええ?!昨日登録したばっかなのに?!」
『まあいつでもお客様は自分の好みの相手を探しているという事と……あと火神くんは僕が個人的に気に入ったのでオーナーのおススメ☆コーナーに入れておきましたから。ふふ』
「なんじゃそりゃ」
『とりあえず時間や場所など詳細を送りますね。あとはマニュアル通りにお願いします。』
「うん……」
『では、初仕事頑張ってくださいね』

 電話が切れた後、すぐに添付メールが届く。
 学校から出た所ではあ、とため息をついてから、いつもは行かない駅のホームへ急いだ。

 暫く電車に揺られながら、色々と考えてみる。
 どんな人なんだろうか……。メールには、相手の性別や年齢すら書かれていない。待ち合わせ場所と、時間、あちらが提示した呼び名が書いてあるだけだ。客は俺の顔を知っているから、客側に声をかけてもらわないと分からない。つくづく、表に出してはいけない仕事なんだな、と思う。
 黒子から手渡され、復唱させられたマニュアルをカバンから取り出す。マニュアルといってもA4のコピー用紙3枚に両面印刷された簡易なもので、その1ページ目、一番大きな文字で書いてある注意。お客様のプライベートを探ってはいけません。
 偽名かもしれない呼び名だけを知りながら、相手の言うとおりにする。それは俺が思っていたよりも、怖い事なのかもしれない。今更少し身震いをした。

 気付けば降りなければいけない駅に着いていたので、慌てて降りる。待ち合わせはタクシー乗り場だ。駅内の看板を頼りに、タクシー乗り場へ向かった。
 たくさんある出口のひとつを抜けると、駐車場のような広場に出た。タクシー乗り場、と看板が立っているのを見る。ここで合っているはずだ。きょろきょろと見回しても、人の気配はない。相手の顔すらもしらない自分にはどうしようもないので、とりあえず壁によりかかる。

「カガミくん……っスか?」

 突然ひょいっと前に現れた、目が明くような金髪。金というより、黄色だろうか。の、イケメンが立っていた。好奇心の強そうな顔で、こちらを覗きこんでいる。

「は、はいっ!あの、キセさんですか」
「そうっスよ〜、時間通りっスね。じゃあ早速行こうか」

 出会ったばかりのその人は、馴れ馴れしく俺の肩を掴んで、そこに止まったタクシーに乗り込んだ。

 タクシーの運転手さんは、俺達の事をなんだと思っているんだろう。兄弟?友達?そんな事がぐるぐると回る。実際に会ってみると緊張してきて、じっとりと手に汗をかいた。
 そっと隣に座るキセさんの方を見ると、鼻歌でも歌いだしそうな気楽な雰囲気で窓の外を見ている。この人こんなに整った顔してるのに、なんでデリヘルで、しかも男の俺なんて買ったんだろうか。彼が声をかければ、その辺の知らない女だって簡単についてくるだろうに。
 そうこうしているうちに、タクシーは目的地に着いたようだった。

 なんの変哲もないビジネスホテルだ。キセさんは俺をホールに待たせて、チェックインをしている。ドキドキしているうちに、気付けばダブルベッドの部屋の中に居た。

「楽にしてていいっスよ。俺シャワー浴びてくるんで」
「はひっ!」

 慌てた俺を見て、キセさんがくすっと笑った。そのままバスルームへ行き、シャワーの音がしてくる。
 ついに、今からこの人と熱い夜を過ごすのだ。どんどん緊張してきて、心臓がバクバクと鳴る。このまま逃げてしまおうかとも思ったけれど、そんな考えを必死で振り切る。お金の為お金の為お金の為。汚い言葉を何度も繰り返して、自分を落ち着けた。
 見た目だけだが悪い人ではなさそうだし、自分と歳も十開いていなさそうだ。きっと初めての自分でも許してくれるだろう。
 黒子は、俺がそういう経験が少ないのもちゃんと明記していますと言っていた。そういうのがいい、という客もいるらしい。だから大丈夫だ。
 ああそれでもやっぱり逃げようか、と不安に駆られていると、バスルームの扉が開いた。

「お待たせっス」
「は、えっと、俺」
「緊張してるんスか?経験少ないんスよね、ゆっくりでいいっスよ」

 キセさんはバスローブ姿で、笑いながら俺の隣に座った。肩を抱かれたせいで、風呂上がり独特の熱気が伝わってくる。

「カガミくん、ひとつ忠告っス」
「は、はい」
「次のお客さんからは、制服じゃない方がいいっスよ。学校ばれちゃうから」

 しまった。そういえば黒子も言っていた、お客様の所に行く前に家か事務所に寄って服を着替えて下さいって。マニュアルにもしつこく明記してあった。みるみる青ざめる俺がおかしかったのか、キセさんがまた笑う。

「俺は学校特定したりしないし、気にしないっスけど」
「あ、忠告、ありがとうございま」
「制服って萌えるっスよね?」

 耳元で囁かれた。ぞくっと背筋が震える。

「え、えっと、俺もシャワー……」
「駄目」

 そのままベッドに押し倒された。
 降り注ぐようなキスの雨が、額、瞼、鼻に降ってくる。うわああああ、と思いながら、必死で爆発しそうな心臓を抑える。自分の上に誰かがいるというのは、こんな恥ずかしいものなんだろうか。目を開ければ、整った顔が嬉しそうに自分を見降ろしていた。顔から火が出そうだ。

「あのっ」
「ん?」
「な、なんでキセさんは……その、俺?」

 全く言葉にならなかったけれど、キセさんはそんな断片的な言葉から察してくれたようだった。この人は顔がいいだけじゃなく、頭もいいのかもしれない。

「んー、俺職業上お付き合いとかできないんスよね、だから遊びたい時はカガミくんところみたいなお店を利用するんスけど。男の子を頼んだのは、今日が初めてっス」
「なんで、ですか」
「写真、可愛かったから」

 写真、写真、写真。昨日黒子の手でイかされて、撮られた、自分のイく時の顔写真。ぽんっと頭から湯気が出そうだ。

「それに、女の子でも会って気に入らなかったらキャンセルしたりするんスけど……初々しい所とか、興味湧いたから」

 抱きたい。
 キセさんは、綺麗な笑顔で真っ直ぐに、俺にそう言った。
 男に抱かれる、男ならありえないシチュエーションに、俺の胸は高鳴ってる。気づきたくなかった性癖に気付いた俺を置いて、キセさんは唇を合わせてきた。
 ちゅくっと音を立てて、舌を絡め取られる。柔らかくて、熱くて、気持ちいい。ディープキスなんてした事なかったけど、こんなに気持ちいいのか。

「ふぁ……」

 口が離れると、熱い息がこぼれた。口の中が溶けてしまったみたいだ。ずっとしていたかったな、と残念に思う自分が居る。

「大人のキス、初めて?」

 キセさんの問いに頷くと、またふっと笑われた。俺の学ランとシャツを脱がせて、ベッドの下に放られる。上半身裸になる位なら男だから恥ずかしくないけれど、そこをキセさんに見られていると思うと、やっぱり少し恥ずかしい。
 キセさんが、俺の乳首をきゅっと摘まんだ。

「あっ」

 声が出たのにびっくりして口を抑えようとしたら、駄目、と手を避けられた。こんな所、普段意識した事だってなかったのに。両方の乳首をきゅうっとひっぱられて、反応してしまう。

「んぅ、あっ」
「乳首、感じるんスね……可愛い」

 可愛い?俺のどこが?!もう恥ずかしさで死んでしまいそうなのに、そんな俺を可愛いだなんて、キセさんは趣味が悪いとしか思えない。既に逃げ腰になっている俺のベルトを、キセさんが不意に掴んだ。
 なんだこのデジャヴは。確かつい最近、どこかで、誰かに。しゅっとベルトを引き抜かれ、ズボンと下着を脱がされて、そうそう、ここまで一緒だ。

「って、ええ?!」
「ああ、じっとしてて」

 気付けば、昨日黒子の所でされたように下半身を露わにされていた。先ほどまでのキセさんの愛撫に反応した俺のはもう勃起してて、死にたくなるほど恥ずかしい。

「若いっスねえ、ちゅっ」
「!!」

 キセさんは、あろう事か俺の性器の先端にキスをした。ちゅっと尿道口を吸われ、亀頭を舐められる。初めてのフェラだ。フェラってこんななのか。これは、感じすぎる。

「ひゃ、ああっ!あっ」

 直接与えられる刺激に、声を抑えられない。シーツを固く握りしめて、熱を逃がそうと頭を振る。そんな俺に面白がるようにキセさんは、フェラチオしながら右手で乳首を転がし、左手で奥の窄まりを撫でた。いつのまにか尻まで垂れた先走りに触れて、ぬちゅっと音がする。

「これならローションも、必要なさそうっスね」
「ひ、ひぇ?」

 キセさんが俺の後孔を見つめた後、また性器を食む。同時に二点を攻められている事で力が抜けた身体は、あまり難もなく後孔へ押しつけられたキセさんの指を飲み込んだ。

「ひうっ!」

 色んな所をいじられすぎて、もう自分の身体がどうなっているかも分からない。突然とんでもない所から侵入してきたものはキセさんの指で、俺をいじりまくってるのもキセさんで、その下でアホみたいに喘いでいるのが俺、で。

「痛み、感じてないみたいっスね。カガミくんはこっちの才能があるんスねえ」
「あ、うぁっ、キセさん、やぁ」
「大丈夫。今からもーっと、気持ち良くしてあげるっス」
「ひんっ」

 キセさんの指が引き抜かれる。そして代わりに押し当てられた、熱くて硬い、それ。ずにゅうっと内臓を押し上げるように、指より何倍も質量があるものが入ってきた。

「うぐっ……っうっ……!」
「……カガミくん、息して」

 苦しくて、口だけがバカみたいにはくはくと開く。何かにのしかかられたみたいな圧迫感に、汗が噴き出た。俺を落ち着かせようとキセさんが俺の身体を撫でながら、性器を抜く。根気よく続けてくれたおかげで、少しずつ楽になって、呼吸もできるようになってきた。

「は、はあ、はぁっ……は」
「うん、いい子」

 額にキスをしてくれるキセさんも苦しそうだ。俺が締め付けてしまっているから、辛いんだろう。こんな事じゃ駄目だ、お客さんを喜ばせないといけないのに。拙い俺にも優しくしてくれるキセさんに、心が温かくなる。
 深呼吸を繰り返して身体の力を抜くと、今度は中に入っているキセさんの所からじわじわと身体が熱くなってきた。

「ん、ぁ……キセさん」
「じゃあ、動くよ」

 ぬ、ぬ、とゆっくりキセさんが腰を振る。敏感になった中が擦られて、違和感はもうなくなり、妙なざわめきが残った。なんだこれ、こんなの感じた事がない。自然と声を出してしまいたくなるような、自分から腰を振ってしまいたくなるような、そんな感覚だ。

「あぁっン、はぁ、あっ」
「カガミくん……気持ちいい?」

 こくこくと頷くと、キセさんのピストンが速くなっていく。俺とキセさんが繋がった所からぐぷぐぷといやらしい音が鳴って、それに耳まで犯されてるみたいだ。
 そのうち擦られると気持ちいい所があるのが分かって、自分で入れられるタイミングの時にそこに当ててもらえるように腰を動かしていた。そこを突かれると、頭がしびれるほど気持ちがいい。気を失ってしまいそうだ。

「んあっ!そこ、あぁっ」
「カガミくん、自分から腰動いてるっスよ。エッチだね」

 嬉しそうに囁かれて、ガツガツと性器をぶつけられる。俺はエッチなんだ、男の人に抱かれて感じて、自分から腰を振る、変態なんだ。そう思うのに、何故か嫌悪感はなかった。

「あ、キセさん、いく、いくっ……!」
「俺も、くっ」

 射精したと同時にどろっと感じたのは、俺の中に出されたキセさんの精液だった。


「中出ししてごめんね」

 あれからキセさんは、体格もあまり違わない俺を抱えてバスルームまで運んでくれて、中を洗い、力の抜けた俺の身体を洗ってくれた。俺はといえば終始恥ずかしくて顔を上げられず、してもらうがままになっていた。
 キセさんが渡してくれたシャツを、そっと羽織る。

「そんな、俺も……優しくしてもらって、でも上手くできなくて、えっと」
「あーもう、カガミっち可愛い!」

 ぎゅうっと抱きつかれてベッドに倒れこむ。至近距離にまた綺麗な顔が合って、やっぱり照れる。あと、カガミっち?

「カガミっち、俺すごく良かったっスよ。カガミっちは抱かれる才能があるっスね」
「さ、才能?」
「この仕事に向いてるって事っスよ」

 ニコニコしながら、俺の顔にまたちゅっちゅっちゅーとキスをしてくる。熱烈で恥ずかしいけど、ちょっと嬉しかった。

「あ、時間時間。カガミっちも送って帰らないといけないっスからね」
「え、俺そんな」
「あと、これ」

 立ちあがって着替え始めたキセさんが、俺の前に何かを差し出した。受け止めるようにした俺の手の上に落とされたのは、明らかに十枚以上はある一万円札だ。

「上乗せっス。また指名させてね」

 あっけにとられた俺の頬に、キセさんがまたキスをした。




20130623

←back to top