財布の中に詰まった見たことのない量の札束に、目眩がしそうになる。
これが求人内容に書いてあった、働きによってはプラス有り、のプラスなのだ。これからコンスタントに客を取り、最低額だけの支給があったとしても、生活には申し分なくむしろリッチな生活が送れるだろう。
こんなに稼いでるやつ、クラスにいるか?その事実に感じるのは優越感じゃなく悪寒だ。
身体を使ったサービスとはいえ、自分がこの額をもらえる仕事をしているとはどうしても思えない。
結局一万円札一枚だけを財布に入れ、あとは部屋のクローゼットに仕舞った。全額持ち歩くなんて俺にはできない。
口座に振り込んでしまいたいが、そんな事をしたら親にばれてしまう。暫くはここが隠し場所だ。
ぱたんとクローゼットを閉めたのと同時に、携帯が鳴った。
「もしもし」
『初仕事お疲れさまでした』
出会ってまだ3日ほどしか経っていないのに、すっかり声だけで誰かわかるようになってしまった。
「黒子」
『はい、なんでしょう』
「昨日の客から、直接金もらったんだけど」
『おや、おめでとうございます。マニュアルにもありますが、チップだと思って自由に使っていいんですよ』
「量、がさ」
『たくさん稼ぎすぎて怖い、ですか?火神くん、その額が一発で稼げてしまうのがこの仕事なんですよ』
胸を張って下さいとでも言いたげだ。こんな仕事を経営しているんだから、誇りだってあるだろうし、黒子の儲けにもなるんだから当然か。それでも胸の重荷は減らない。
「うん、分かっちゃいるんだがな……」
『本題に入ります。火神くん、また指名が入りました。明日は土曜日ですね、朝から大丈夫ですか?』
予定はなかったので了承すると、当日またご連絡しますね、と言って携帯は切れた。
俺にとって二人目の客の待ち合わせ場所は、そいつの自宅だった。電車に揺られた後、バスに乗り換えて着いたのは高級住宅街。こんな所に住む金持ちが、デリヘルしかも男になんの用だろう。
「ミドリマ、さん……」
変な呼び名だ、本名だろうか。とりあえずもらった自宅の住所を頼りに、家を探す。高級住宅街の中でも、一際大きい家。表札は掛かっていなかった。
でもここで間違いない。何度も確認してからインターホンを押した。
『はい』
「あ、俺……」
店の名前を告げると、トットットっと廊下を歩く音がする。重そうなドアの鍵が外され、ゆっくりと開かれた。
玄関というには広すぎる玄関に立つ男。少し深めの緑の髪と、同じ色の眼。眼鏡がこれでもかというほど似合っている。
伸びた背筋も、見た目も、デリヘルを頼むような男には見えない。検分するような視線に、少し怯む。
「あの、ミドリマさん、ですか」
「……入るのだよ」
のだよ?日本の言葉は複雑だからよく分からないが、それにしても耳慣れない言い回しだ。とりあえず、ミドリマさんにならって、その広い玄関に入り靴を脱ぐ。
何も言わずに階段をのぼっていくので、着いていく。こっちに来てから人の家に呼ばれる事もなかったので、物珍しくてきょろきょろ見ていたけれど、失礼かと思ってすぐにやめた。
この人はどんな目的で俺を買ったんだろう。キセさんと同じように、ただ身体を繋げるためだろうか。そんなものとは無縁の人に見えなくもない。かと言って、仲良くお話したいなんていう人にも見えない。
二階に上がってから、奥にある部屋の前でミドリマさんがぴたっと止まった。身体を避けて、無言で俺に入れと告げる。なんの変哲もないドアだったので、大して用心もせずに開ける。
ドンッ、と背中を強く押された。真っ暗な部屋の中につっこむ。
「うっ!」
さすがになんの警戒もしていない身体は、力に逆らえず倒れ込んだ。すぐにドアを閉められて、闇に慣れない目では何も見えない。
ミドリマさんは俺の両腕を太いベルトで後ろに縛り、足まで膝を曲げた状態で縛られた。突然すぎて、頭がついていかない。
「え、な、何すっ」
「暴れるな」
声がしたのは後ろからだった。今度は布に目を塞がれ、頭の後ろできつく結ばれる。暗闇で何も見えなかったから同じようなものだが、電気が点いてもこれでは何も見えやしないだろう。
「お前はただ、ごめんなさいと言っていればいいのだよ」
この仕事のお客二人目にして、とんでもないヤツと会ってしまった。
ぱちん、と聞こえた。恐らく部屋の電気を点けたんだろう。それさえも視界の塞がれた俺には分からない。
世界にはいろんな趣味のヤツがいると言うが、男をこうしてごめんなさいと言わせるのがこいつの趣味なんだろうか。全く理解ができない。
「どうした、恐怖に喋り方も忘れたのか?」
掛けられる声は冷たく、感情がない。自分ではどうしようもない状況に、息を呑む。
「では、嫌でもごめんなさいと言わせてやろう」
何をされるんだろう。そう思っていた俺の耳の横で、チチチチチ、と聞こえた。聞き覚えがある、この音。カッターナイフを出し入れする音だ。
「っ!!」
「なんの音かは分かるだろう?これで」
竦み上がった俺のズボンのジッパーが下ろされる。ミドリマは、するっと俺の性器を外に晒した。
ぴた、と冷たいものの側面が触れる。
「ひっ!」
「ここを撫でてやれば、言う気になるか?」
ぴた、ぴた、と冷たい感触が、触れては離れる。怖い、怖い。こいつが当たる場所を変えれば、柔らかい皮膚は簡単に切れてしまうだろう。
ごめんなさいと言っていればいい、という命令を思い出す。
「ご、ごめ……な、さ」
「聞こえないのだよ」
ぺったりと、冷たいものを当てられる。腰を引くのさえ怖くて、少しも動けない。情けなく身体がガタガタ震え出す。
「ごめんな、さい」
「もっとしっかりと喋るのだよ」
「ごめんなさ……い」
「使いものにならなくなってもいいのか?」
「ごめんな、さい!」
もっと情けない事に、涙が滲んできた。ちくしょう、同じ男ならどんだけ怖いか分かるだろう。なんでこんな事ができるんだ。ビビらすったって、質が悪すぎる。
こんな知り合いもいない土地で、ここはこいつの家で、きっと助けを呼んでも誰もこないだろう。
布に涙が染みて、じわじわと落ちていく。それでも今の俺には、こいつに言われた通りごめんなさいと言うしかないのだ。
「ごめっ……なさ、い、ごめんなさ、い……うっく」
「……」
「ごめんなさい、ごめんな、」
しゃくり上げながらバカみたいに繰り返していると、突然視界が開けた。光を取り込みすぎて、まぶしい。
慣れた視界の前には、俺にとんでもない事をしていたくせに、俺よりも辛そうな顔をした男がいた。
「すまなかった」
「!」
人にごめんなさいと言えと言っていたくせに、今度はミドリマが謝ってる。どうやらさっきまでの行為は、こいつの本意ではなかったらしい。
「嫌な事があったからといって、関係ない人間をいたぶっても、なんの解決にもならないのに、な」
「……」
「もういい」
ミドリマは、一度唇を噛んだ後、俺の拘束を解いていく。ベルトを全て外してから、ドアを開け放った。
「金は約束通り払う。もう帰っていい」
「え」
「怖い思いをさせたんだ。もうここにいたくないだろう」
そう言って、俺に背を向けるミドリマ。その背中がなんだか泣いているみたいだった。こいつの事なにも知らないし、怖い目にも遭ったけれど、この大人にも何か辛い事があったんだろう。そんな風に思ってしまうんだから、俺は相当お人好しなのかもしれない。
「……俺じゃ、そばにいたらダメか」
「え?」
「こ!怖いのは、嫌だけど……それが俺の仕事だから。そばにいる位なら」
できる、と言おうとすると、ミドリマがふっと笑った。そういう仕事だから、と言い訳をしてでも、こいつのそばにいてやりたくなったのだ。
「どうやら相当の、お人好しみたいなのだよ」
俺もそう思ったよ。
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「んあっ……」
裸の尻の奥にある後孔に、ぬるついた熱いものが入ってくる。ミドリマにねるねると中を丹念に舐められて、腰が跳ねそうだ。
「は、あ、んっ」
「男でこんな所が感じるなんて、知らなかったのだよ」
笑いながら言われて、羞恥に顔が熱くなる。男と身体を繋げる経験のないミドリマを、俺がキセさんとの行為を思い出しながらレクチャーした。
でも、舌を入れろなんて言ってない。
「あとは女と同じように扱えばいいんだな?」
「ん、そう……あっ!」
「ここがお前の良いところ、だな」
舌と入れ替わりに入ってきた指にぐりぐりと集中的にそこをいじられて、唾液を塗り込めるように擦られる。初めてのくせにコツを掴んだらしい。俺もまだ二回目、だけど。
「あ、も、もういいっ」
「そうか」
さらっと言った後、ぐっと亀頭が襞に押しつけられる。ああ、またくる。一人では味わえない、あの質量が。
遠慮なく押し広げながら入ってくる性器に、背骨を直接震わされているみたいに感じた。
「んああーっ……」
「ふ、いい声だな」
後ろでしか感じられない、なんともいえない快感。気持ちよくて、心地よくて、痛みまで塗り変えられるような。
ミドリマは、はじめこそおそるおそるといった風で中を行き来していたけれど、そのうちぐちゃぐちゃと音が鳴る早さで突いてくる。
俺は息も絶え絶えだ。
「ひ、はっ!あ、あっ、あっ」
「イイ、のか?」
「いい、いっ!いく、いくぅっ」
「いいぞ、イけ。カガミ」
その時初めて、名前を呼ばれた。それと同時にごりっと良いところを突かれて、精を吐き出す。中の痙攣に併せて、ミドリマも射精していた。
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「男を抱くなんて、一生ないと思っていたのだよ」
「そーかよ……」
その割には張り切ってたな、なんて皮肉を言う元気もない。だるくてベッドに横たわったままでいると、俺の中の精液を掻きだし終わったのか、ミドリマがささっと下着とズボンを上げる。
「俺は客だし、お前よりも年上だ。生意気なのだよ」
「うるせー、人のちんこ切ろうと脅してたくせに」
「ああ、それは」
コレなのだよ、そう言って拾った手には、ステンレス定規。こいつ、見えないのをいい事にだましてやがったのか。いや、本物を当てられてなかっただけマシと考えるべきか?
「適当な店を選んで適当に指名したから誰でもよかったが……セックスを目的で頼むのもいいな」
「なっ」
「お前ならまた抱いてもいい、カガミ」
あんな事をして、あんなにへこんでたくせに、なんてヤツだ。
何か言おうとした俺の唇を、ミドリマが楽しそうに塞いだ。
→20130625
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