バイトを始めると環境が変わると言うけれど、本当にそうだと思う。俺のような職場だと尚更だ。
「う、くぅ……んっ」
例えば一人で、オナニーをする時。
俺の身体は、前を直接擦るだけじゃ満足できなくなってしまった。自分でも知らなかった、尻で得る快感に病みつきだ。興味本位で調べてみたら、男は誰でもそこで感じられる訳ではないらしい。反面素質のあるヤツは、そこでの性交にどっぷりハマってしまうとか。今の俺じゃないか。
恋愛経験のない自分が、諸々の段階をぶっ飛ばしてセックスに、しかも男同士で、尻を使ったセックスに夢中になるなんて、冗談だって笑えない。そういうのを日本では童貞非処女というらしい。ははは、本当に笑えない。
今だって、仕事に行くからと穴の準備をしていたのに(マニュアルに書いてあったので実行している)、一度気持ちいい所を擦ってしまってからずっと尻でオナニーしてる。
「んあぁっ……ん、ん……」
たまらない、でも足りない。もっと奥、自分の指では届かない所まで埋めてほしい。凶暴な熱いものに、中をいじめてほしい。
一度目はキセさん、二度目はミドリマだった。二人の性器を思い出して、視界が潤む。三人目のお客は、どんな人だろうか。二人のように、自分を抱いてくれるだろうか。
黒子から連絡があってから、こんな風に抱かれる事ばかり考えてる。
「ん、ぁっ……」
風呂場のタイルに、精液が散った。それまでにも散った白濁を見てため息をついてから、シャワーで全て流した。
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「……ここ、でいいのか?」
客が指名した待ち合わせ場所は、基本的にホテルや駅、自宅などわかりやすい所が多い。その方がお互いを探す手間も省けるし、あちらはデリバリーを頼んでいるんだ、楽な場所を指定して当然だろう。けれど、今回の場所はちょっとおかしい。
住所通りに来てみれば、そこには寂れた廃ビルが建っていた。塗装のはがれたコンクリートはひび割れ、窓ガラスがない窓や割れている窓がいくつかあって、朽ちた壁から所々太い針金が飛び出ている。どこからどう見ても、もう使われていないだろう。人の気配どころか、埃が積もりすぎて虫一匹いなさそうだ。
けれど、住所を何度確認してもこの建物に間違いない。思わず首を傾げる。いたずらかなんかだろうか、そういうものも少なくはないらしい。
中に入って確認しなければならないのだろうか。そう思って入ろうとしても、入り口のドアが妙な形に歪んでいて、長年使われていない様子だった。ドアノブにまで埃が積もっている。
やっぱりいたずらか、と若干残念に思った。黒子に連絡して、今日は帰ろう。そう思った時だった。
道路から廃ビルへ向かってゆるやかに坂道になった駐車場をふと見ると、一台だけワゴンが止まっていた。廃ビルには似合わない、新車みたいにぴかぴかの車だ。
遠目に見ると、運転席と助手席はシートが倒され、誰も座っていない。後部座席部分はカーテンが掛けられていて見えなくなっていた。
もしかして、あの車に乗っているのが客なんだろうか。不審に思いながらも、ワゴンに近づく。何せ、今のところこの場所で人らしい人がいるのはあの車の中くらいしかない。
警戒しながら、後部座席のドア辺りまで近寄ってみる。やはりカーテンに覆われていて、中は見えない。
もし客ならこっちの顔を知っているんだし、声をかけてみようか。窓を叩いてみようとしたら、ドアが急に開いた。
「うわっ!」
中から現れた手が俺の腕を掴んで、車の中に引き込んだ。腕をつっぱったがそれ以上の力で引かれた方へ倒れ、誰かの胸に飛び込むのと同時に、ドアが閉められる。
「よぉ、カガミだな。俺が客だ」
「へ?!は、あ……」
俺が倒れ込んでもびくともしないがっしりとした逞しい身体に、浅黒い肌。身長も俺と変わらないぐらいか、少し高いだろうか。底の見えない青が、目の奥でギラギラしている。
この人が俺の三人目の客、アオミネさん。なんでこの人上着てないんだ。
「挨拶とかは抜きだ。おとなしくしてろ」
「え、あっ!」
倒したシートの上に引き倒されて、あっと言う間にシャツを剥かれる。ぐっと押さえつけられた腕は、俺がもがいてもびくともしない。客だから怪我をさせてはいけないと加減して動いてはいるが、それでもこの人は力が強い。
「ちょ、ちょっと待って、ださいっ、ここで?」
「あぁ?ぐだぐだ言ってねーで抱かせろ。こっちは客だぞ」
「そんな、ぁっ!」
邪魔だとでも言うようにぽいっとズボンと下着を取り払われ、穴にどぷどぷローションを掛けられた。急に下にまとわりつく冷たさに身体が震える。車のシートに垂れるのもお構いなしだ。
車の中でなんて、声が漏れたり車体が揺れたりしないんだろうか。通行人に聞かれたりして。それはちょっと、いやかなり嫌だ。
「え、えっと、アオミ」
「黙ってろって。男ってのは女と違って慣らしてやらなきゃならねーんだろ?」
俺を見下ろしたアオミネさんが、手に持っている物騒なものをべろっと舐めた。男性器を模した、真っ黒なそれ。初めて実物を見た俺だって知ってる、大人の玩具だ。女性器の中に入れて、慰めるもの。
あれを使われるのか。怖いのに、ごくっと喉が鳴る。
「まあ女はよくしてやんねーといけねえから、同じ事か……おらっ」
「や、あぁあっ!」
ぐちゅうっと音を立てて、ディルドが突っ込まれた。予め洗ってきたのと、ローションのおかげで痛みは全くない。ただ身体の中に入ってきた存在の冷たさと硬さに、異物感が消えなくて苦しい。
「おいおい随分簡単に入ったな」
「あ、あぁああっ……はっ」
アオミネさんがからかうように言った。後孔がその異物を温めてしまおうと、必死で包む。は、は、と短い息を繰り返す。
「ひぃっ!」
「お、ココかぁ?」
アオミネさんが動かしたからディルドの張り出た部分がごりっと中を擦って、身体がのたうつ。指では届かない奥。待ちわびていたそこを満たされて、尻から脳までびりっと刺激が突き抜ける。
快感を拾った身体はすぐにあったまって、ディルドをしゃぶった。腰が動きそうになるのを、必死で堪える。
「く、ぅああっ……」
「かはっ。嫌がってっからどんな初心者かと思ったが……随分美味そうにくわえてんじゃん」
「ひ、は、はぁっ」
ゆるやかに抜き差しされた後、ディルドをぐりぐりと動かされて、掻き回される感覚にいやいやとかぶりを振る。中を満たされているだけで腰が浮きそうなのに、アオミネさんは楽しそうにディルドをいじりはじめた。
ローションがくちくちと音を鳴らす。
「んあ、やっあ、あっ」
「こんな仕事してんだもんなぁ……エロい事大好きに決まってるよな」
「ち、違う、ちがうっ」
こんな筈じゃなかったんだ。数日前まで、性的なことには人並み以下しか興味がなかった。アメリカでの俗っぽい会話や、クラスメイトが読んでいたアダルト雑誌や回されていたAVにだってそそられなかった。身体の経験もなかった。
お金に困ってこの仕事を初めて、開花してしまったのだ。後ろの穴によって刻まれる快感に。男の人の下で、女みたいに貫かれて、揺さぶられる事に。
「違う?えっろい顔してんぜ、お前」
「はっ……ぁ」
「あーもうたまんね、入れるぞ」
「ふぅ、んっ」
ずるんっとディルドを引き抜かれて、身体が跳ねる。大きなものをくわえさせられていた後孔は、口を開けてモノ欲しげにひくついているだろう。
アオミネさんが獲物に噛みつこうとしている獣みたいに唇を舐めて、赤黒く脈打つ性器を取り出した。俺のより大きくて、長い。
あれが身体の中に入る事に、もう恐怖はない。あるのは待ち焦がれた期待だけだ。俺の足を抱えて、嬉しそうに笑う。アオミネさんだって、いやらしい顔してた。
「あ、ひっ……!」
「おお、すげっ」
ずぶずぶと中を押し広げるようにして、待ちわびたものが入ってくる。さっきのバイブより太くて、熱くて、長い。まだ奥に入るのか、と思ってしまう。柔い肉が、アオミネさんの性器を歓迎するように食む。
「中がみっちり、吸い付いてきやがるっ……すっげー穴だ」
「は、あっく、はぁっ」
これだ、欲しかったもの。自分の指でも、真っ黒なディルドでもない、男の性器だ。不意に頬がゆるみそうになって、唇を噛む。
始めから容赦なく、がつんがつんと腰を振られる。亀頭が暴れるみたいに中を擦って、目の前にバチバチと火花が散った。アオミネさんの性器がほんとに長くて、今まで到達された事のないところまで広げられて、肉を突かれた。
「ひはっ!あ、あーっ、あっ」
「はあ、腰止まんね……あーいい」
気持ちよくて潤んだ目で見上げると、アオミネさんがすげえ凶悪な顔で笑っていた。俺が見ているのに気づいたのか、ふっと息を吐く。その顔に、胸がどきりとした。
「なんだ、オネダリか?」
「んむっ、ん、んふ、うぅん」
降りてきた唇に口を塞がれたまま、ぱんぱんと腰をぶつけられる。上も下もぐちゃぐちゃで、俺の思考もぐちゃぐちゃになって、よくわからない。ただキスとピストンが気持ちよくて、ドロドロで、熱い。
もっと奥まで欲しくて、アオミネさんの背中に足を絡めて縋る。俺は、自然と自分から腰を揺らしていた。
ゆす、ゆす、と大きく車体が揺れる。そんな事ももう、気にならない。声が外に漏れていようが、もう関係ない。
アオミネさんが俺の舌をがじっと噛んで、それが合図みたいにイってしまった。ただの射精とは違う、身体の筋がおかしくなってしまったみたいにびくびくする射精。
「うっ、イき痙攣やべえ、出すっ」
「あああ、あーっ……」
奥の奥に押し込まれて、精液が腸にたたきつけられる。熱湯を流し込まれたみたいで、熱くて火傷してしまいそうだ、とぼんやりと思っていると、顎を掴まれてまたねっとりとキスをされた。
ドロドロに溶けてしまいそうなセックスだった。意識がまだふわふわしていて、身体が動かない。
「ふあぅ……」
「男なんて初めてだったが……またしよーぜ、淫乱カガミ」
口を塞がれたまま鼻で息をするのも忘れていると、頭がぼーっとしてどんどん意識が遠のいていく。闇にどぷっと落ちる前に、アオミネさんが何か言った気がした。
→20130702
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