今日は気分がよかったので、ハーレイやドクターに見つからないようにこっそりと青の間を出てきた。
ジョミーの気配を追って子供たちが遊ぶ広場に足を踏み入れると、はしゃぐニナに手を差し出されて困惑しているところを見つけることができた。
「ジョミー!ほら、手を出してっ」
「ええ……!?でもぼく、踊りなんて」
「ステップなんて知らなくても、手を繋いで適当に動けばいいのよ」
「いや、ステップがめちゃくちゃだと相手の足を踏んだりして大変だし……」
「そんなの気にしてるの?」
眉を寄せるジョミーを見て、ニナは声を上げて笑う。
「やあ、楽しそうだね」
そう声をかけつつ軽く手を上げて近付いて行くと、ジョミーに手を差し出して迫っていたニナだけでなく、他の子供たちも一斉に振り返る。ハッと振り返ったのはジョミーも同じだった。
「ソルジャー!」
「ソルジャーだ!」
歓声を上げて走る子供たちと同じように、ジョミーも赤いマントを翻して全速力で駆けて来る。
「ソルジャー!こんなところまで出てきて大丈夫なんですか!?」
一生懸命に走る姿が、子供たちと変わらず可愛いだなんて言えばジョミーが怒りそうだから、その愛らしさには心の中だけでひっそりと微笑み、顔に出しては穏やかな表情を見せる。
「ああ、今日は調子が良くてね。せっかくだから少し散歩に出てきたんだ」
あまりにも堂々と言うものだから、ハーレイやドクターの目を盗んで抜け出してきたとは思うまい。ブルーの言葉に、ジョミーはぱっと表情を輝かせた。
「本当に?それならよかった!」
その笑顔はやっぱり子供たちと同じように無邪気な愛らしいもので、ブルーはますます微笑ましく目元を緩ませる。
「ところで、一体何の話をしていたんだい?」
ニナに押されて困惑していた様子に首を傾げると、ジョミーの笑顔が難しく曇って視線を逸らされた。
そんなジョミーとは対照的に、ニナは軽く腰に手を当て呆れたような目をジョミーに向けて溜息をつく。
「あのね、昨日ライブラリーで見た映画の女の子がヒラヒラの服を着て、くるくる踊っていて、とっても素敵だったの」
「なるほど、それでジョミーをダンスに誘っていたというわけだね?」
「でもジョミーは踊りたくないっていうのよ。つまらない」
拗ねたように頬を膨らませるニナに、ジョミーは困り果てた様子で眉を下げる。
「だから、ぼくはダンスが苦手なんだって。他の子を誘ったほうがいいんじゃないか?」
「おや、ジョミーはダンスが嫌いかい?」
「みんなで手を繋いで輪になって踊るみたいなやつなら好きですよ。でもニナが言うのはソーシャルダンスじゃないですか」
だから嫌だ、とジョミーが続ける前に、ニナは拗ねて足を踏み鳴らした。
「あのお姫様みたいなのが可愛いのに!」
「弱ったなあ……」
天井を見上げて軽く頭を掻くジョミーに、ブルーは苦笑を漏らす。
「なにもそんな厳密に考えなくとも、ニナも正規のステップが踏めるわけでもないのだから、それらしいもので十分ではないのかい?」
「でしょう?ソルジャーもそう思うよね!」
「ダンスを馬鹿にしちゃいけません!適当なステップなんて、もしパートナーの足を踏んじゃったら怒られて大変なことに……あ」
とんでもないと大きく手を振って拒絶を示したジョミーは、はっと口を塞いだ。
ニナは気づかなかったようだが、もちろんブルーはどんな些細なものでもジョミーの言葉を聞き逃したりはしない。
口を押さえて下からちらりと視線だけで覗くように見上げてくるジョミーに、にっこりと裏の無い笑みを見せた。
「経験がなければ言えない話だね」
「えー!そうなの!?じゃあ踊ってくれてもいいじゃない!」
ひどいと頬を膨らませて睨め上げてくるニナと、笑顔でせっかくニナが気づいていなかったことをあっさりと指摘したブルーを交互に見て、ジョミーは嘆くように溜息を漏らした。
「だからー……ぼくは社交ダンスは下手なんだよ。足を踏んで友達に何度怒られたか……足なんて踏んだら踊りが止まっちゃって、ニナが憧れた映画みたいなシーンは無理だよ」
「えー、でも……」
「だったら練習すればどうだい?」
軽く顎を撫でながら、さもなんでもないことのように提案するブルーに、ジョミーは目を剥いて後ろに下がり、ニナはパチンと手を叩いて身を乗り出した。
「ソルジャーの言う通りよね!踊れなければ練習すればいいのよ!」
「待って待って!そんな何でもないことのように言うけど、ぼくは女の子のステップは知らないし、教えられないよ!」
「大体なら僕がわかる。教えてあげられるほどは理解はしていないけれど、それらしいステップを見せるという形でなら」
「どうしてソルジャーが!?」
悲鳴のような声を上げ頭を抱えて叫ぶジョミーとは対照的に、ニナを始め周囲で事の成り行きを見守っていた女の子たちまで歓声を上げる。
「プロム、だったかな?」
「は……?」
「女の子にパートナーを申し込んで、出席していたじゃないか」
事も無げにダンスステップを知っている種明かしをしたブルーだが、ジョミーは呆れるべきか、いっそ感心するべきなのか迷った。
アタラクシアにいた頃、学校行事でプロムというダンスパーティーが年に一回催されていた。出席の資格は十二歳からなので、プロムに参加できるのは通常二回、成人検査の時期次第では三回。
そのチャンスの少なさに、周りはみんな出席意欲を掻き立てられるという寸法だ。特にドレスに憧れる女の子たちには。ちょうど映画に憧れたニナたちのようなものだ。
これは原則的にパートナーがいないと出席できないので、プロムの時期が近付くと女の子も男の子もそわそわと浮き足立つ。
ジョミーは一年目は友人のスウェナと、二年目は隣家の一つ年下の女の子と出席した。そのスウェナに嫌というほど特訓をされたおかげで、すっかりダンスに苦手意識が植え付けられている……というのに。
「そんなのも見てたんですか……」
「偶然にね。ダンスパーティーに出ている君は大層愛らしかった」
「……それ、誉め言葉じゃないですからね」
正装をして可愛いなんて言われて嬉しい男がいると思うかとジロリと睨みつけたのだが、ブルーは気にした様子もなく手を差し出してくる。
「あの……これは……」
「お手をどうぞ、お嬢さん?」
「お嬢さんじゃない!って、そうじゃなくて、それじゃあぼくが女の子役じゃないですか!」
「だって君から誘ってくれないじゃないか」
だから僕が誘うしかないと呆れたように言われた。何か理不尽だ。
「君から誘ってくれるかい?」
その笑顔が恨めしい。
「………お手をよろしいですか?」
諦めたように溜息をついて手を差し出すと、ブルーは上に向けていた掌を返してジョミーと手を重ねる。
その秀麗な顔に本当に嬉しそうな笑みを見せて。
「喜んで」



「あなたが迷いもなく女の子役をやるとは、思いませんでした」
「そうかい?僕は、女の子のステップも……大体わかると……ああ、やっぱり見ているだけだと大体だね。あ、すまない」
足を踏まれた。
子供たちという衆人環視の元、ジョミーとブルーは手を取り合い、身体を寄せて、そして非常に苦労しながらワルツのリズムで足を運ぶ。
曲など流れていない広場では、一、二、三と二人だけにしか聞こえない程度の小声で呟くジョミーの声がリズムのすべてだ。
リード役でもあるジョミーは冷や汗さえ浮かべながらブルーの腰に添えた手に力を入れて、ともすれば足元を見そうになるブルーを制止する。だがお陰でもう既に何回か足を踏まれた。
「案外、ダンスとは……格闘みたい、だね」
「そんなはずはないんですけどね……って!」
「すまない」
リードする男性役のジョミーが上手に踊れるのなら、ブルーの適当なステップをフォローすることもできるのかもしれないけれど、ジョミーは自分のことで手一杯だ。
ブルーが何度か小声で謝るダンスでも、二人がステップを踏んで動くたびに、マントがひらひらと翻るその様子が綺麗だと、周りで見ている子供たちは二人の不器用なワルツを喜んで見ている。
「……彼女達が納得しているのなら、まあいいが……」
「だから言ったじゃないですか……ぼく、ダンスは苦手で……!スローテンポのワルツでこれだ」
「大丈夫、君が下手なのではなくて、僕が下手なんだ」
「自慢にもフォローにもなりませんよ!」
ジョミーの右足とブルーの左足がちょうど綺麗に揃ったところで、ジョミーはブルーの腰に回してホールドしていた手を外してニナたちを振り返った。
「って、こんな感じだけど……」
いつの間にか床に座ってすっかり見学態勢になっていたニナたちは、わっと声を上げて拍手をする。
「いいな、ジョミー、いいな、ソルジャー!」
「ソルジャーがすごく綺麗だったわ!」
「ジョミーも可愛かったよね!」
子供たちは満足してくれたようだが、当初の目的からずれている。おまけにもらった評価はジョミーにとってとても微妙なものだった。
「……可愛いって」
「僕も……綺麗と言われてもな」
「あ、珍しい。気にしてるんですか?」
「珍しいとはなんだい」
常にはない様子でぼやくように零したブルーだが、その表情は楽しそうに緩やかな笑みを見せている。
ブルーが楽しそうならいいかな、とジョミーも軽く息をついて首を竦めた……その時。
「でも、ソルジャーのほうが背が高いから、反対だったほうがもっと綺麗だったかも」
誰だ、今そんなことを言ったのは。
ぎょっとして子供たちを振り返ると、確かにと賛同の声が幾つも上がる。
「あ……あのね。ソルジャーが疲れるから、もうだめだよ」
「いや、別に。今日は気分がいいと言っただろう?たまには身体を動かすもの楽しいよ」
もうダンスはお終いといい含めようとしたジョミーの横で、パートナーがあっさりとリクエストに笑顔で応えてしまう。
「ちょっと……ブルー……そんなにはしゃいであなたが倒れでもしたら……」
「大丈夫、こんなスローテンポのダンスならそんなに負荷でもないよ。では」
改めて、ブルーの右手が差し出される。
「僕に誘われてくれるかい、ジョミー?」
「……拒否権なんてくれないくせに」
言葉にしても思念に乗せても返事はなかったけれど、その秀麗な顔に浮かんだ笑顔が言葉よりも雄弁に物語っている。
「ぼく、女の子のステップは全然わかりません」
「適当でいいんだ。ではジョミー」
重ねた手を引かれた。抱き寄せられるままに仕方なくブルーの肩に手を置いて、小声の合図を基点に足を運ぶ。
せめてジョミーが男性役のステップを知っているさっきよりも、ダンスらしいダンスになんてならないのではないだろうか……というジョミーの危惧は大きく外れた。
「ちょ……あ、あのブルー」
「なんだい」
女性役のときより、ブルーの動きがよほど自然だ。心なしかその表情にも自信が見えるような気がする。そして曲がりなりにもワルツならスウェナに徹底的に仕込まれたジョミーの動きは、同じ女性役をやってもブルーよりは様になっている。
「あなた、実はダンスをやってたんでしょう!?」
女性役のときのぎこちなさはわざとかと、楽しんでいる子供たちには聞こえないように顔を寄せて小声で恨みの声を上げても、ブルーは笑顔で軽く首を振るだけだ。
「違うよ。君のダンスを見ていたと言ったろう?僕の目当ては君。つまり、女性のものより君のステップのほうがよく覚えてる、というだけのことだ。さあジョミー、ターン」
腰からブルーの手が離れて、手を繋いだまま一歩離れる。
重ねた手を捻って促されて、つい言われるままにくるりと一回転をする。ふわりと舞った赤いマントに、子供たちから一斉に歓声が上がった。
「ブルー!これ初歩のワルツでしょう!?なんで動きなんてつけるんですか!」
「僕に厳密なワルツを求められても。ダンスは要は楽しむものだから、そう怒らない怒らない」
悪びれもせずとはこのことだ。
「………あなたって人は……っ」
「ソルジャー!あなたという人は!」
ジョミーが低い声で唸ったのと重ねるように、広間の入り口からハーレイの怒声が聞こえた。
「やれやれ、見つかった」
「ブルー?」
首を竦めて足を止めたブルーに、ジョミーは入り口のハーレイと、すぐ傍のブルーに交互に視線を向ける。
「誰にも知らせずに姿を消したと思えば、こんなところで遊んでおられたのですか!」
駆けて来るハーレイの怒り心頭の叫びに、ジョミーは驚いて飛び上がるようにして背筋を伸ばす。
「黙って出てきたんですか!?」
「調子がいいと許可を求めても、聞き入れてくれないからね。そういうときは実力行使に限る。一緒に踊っていて、僕が倒れそうだなんて一度でも思ったかい?」
赤い瞳に真っ直ぐに見下ろされて、ジョミーは返す言葉に詰った。
適当なステップのワルツを踊っている間、ブルーは楽しそうに笑ってはいたが一度も苦しそうな表情は見せていない。無理をしていると思うようなことも一度もなかった。
「身体を労わることも大事ではあるけれど、一番はいいのは気持ちを楽に保つことだよ。付き合ってくれてありがとう、ジョミー」
重ねていた手を引かれて、甲に柔らかな唇が落とされる。
あっと思う隙すらない、その流れるような自然な動作に、ジョミーは声にならない悲鳴を上げて硬直する。
ブルーはそんなジョミーに微笑みかけて、今度は顔を赤くして見上げている子供たちに手を振ると、少々青褪めてすっかり意気消沈した様子のハーレイの方へと歩いて行く。
「何だハーレイ、腹でも下したような顔をして」
「あなたに呆れているだけです!」
どんな悲鳴を上げられようとまったく気にした様子もなく歩いて行くブルーの後を追おうとしたハーレイは、ブルーにキスをされたときのまま、妙な角度で手を固定しているジョミーを振り返る。
「そうだ、ジョミー。エラ女史が君に何か話があると言っていた。後でテレパシーコントロールルームへ行くといい」
「え、あ……はい……」
ジョミーが首を前へ倒すように頷くと、床に座って惚けるように二人のソルジャーを見上げていた子供たちが、一斉に歓声をあげて立ち上がった。
「ソルジャー、格好いい!」
「ジョミーも可愛い!」
「最後のなんて、お姫様みたーい!」
ハーレイの向こう、既に広間の入り口まで歩いているブルーにも、この歓声は聞こえているだろう。むしろその背中はどこか自慢げにすら見える気がする。
ジョミーは居たたまれない気持ちになって、両手を上げて顔を覆った。
「ソルジャー・ブルー……っ」
なんて恥ずかしい人だ!
何よりも、うっかりと惚けてしまった自分が恥ずかしい。
遥か年上のソルジャーに振り回される新米のソルジャーの心から漏れた叫びに、ハーレイは心底気の毒に思った。






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ブルーとジョミーの日常ということで、振り回されるジョミーと、
どこまでが確信犯なのか不明な長でした。
こんな日常?(^^;)
澪さま、40000ヒットのリクエストありがとうございました!