「ジョミー、この紙に願い事を書いて」
「は?」
「願い事だよ」
ブルーに手渡されたのは、俳句でも詠めというのかと言いたくなるような短冊形の薄い紙だった。
「願い事って」
「もちろん、ツリーに飾る。君の願いが叶いますようにと僕が誠心誠意を込めてあのツリーの天辺に括りつけてあげるよ!」
「違う行事が混ざってますよ!」
ジョミーは紙を目の前の麗しい顔に叩き付けた。
「それを言うなら欲しいものでしょう!?それだって子供に言うことだけど」
「子供に?」
顔に叩きつけられた短冊形の紙を剥がしながら首を傾げるブルーに、ロッカーを指差す。
「そう。サンタクロースを信じているような子供に、願い事を書いて高いところに置いておけばサンタクロースがプレゼントを持ってきてくれるよって言って、親がああいうところに置くものでしょう?」
「なるほど、ジョミーの家のクリスマスはそうやっていたのか」
「子供の頃ですけどね」
「ではジョミー」
ジョミーにもう一度紙を握らせると、ブルーは上から両手で包むようにその手を握り締める。
「ここに欲しい物を書いて」
「………別にこんな方法を取らなくても」
紙に書くのはサンタクロースにお願いすると思っている子供だからだ。今のジョミーになら、クリスマスプレゼントは何がいい?と直接聞けばいいものを。
「何を言う!サンタクロースに頼むのだから紙に書かなくては!」
「はあ?」
また訳のわからないことを。
不審の目を向けるジョミーに、ブルーはわくわくと何かを期待するような目で、さあ書けやれ書けと迫ってくる。
サンタクロースをやりたいのか。
赤い服をきて、白い袋を担いで、「やあ、ジョミー。いい子にしていたかい?」と登場したいのだろう。別にそれくらいなら付き合ってやらないこともない。
無理やり生徒会長にされたことや、ちょっと思い込みの激しい転校生の相手をさせられたり、女湯を覗こうとするのを阻止したりすることに比べれば、これで気が済んでくれるなら可愛いものだ。
「分りました。欲しい物を書けばいいんですね?」
「そうだよ、そして僕に渡してくれたまえ。僕が責任を持ってサンタクロースに届けよう」
「あなたサンタクロースと知り合いなんですか」
ジョミーはくすくすと笑いながら、渡された紙を見て考える。
日頃から何かと面倒を掛けられているし、ブルーは高校生の癖に株とか宝くじとか競馬とかで日々儲けている(生徒会長だったくせに堂々と)
少しくらい高価なものを強請っても快く奢ってくれるだろうし、バチも当たらないだろうとは思う。
クリスマス商戦で新しいゲーム機のハードが発売だったなとか、この間格好いい腕時計を見つけたんだよなとか、テレビも見れる型の最新の携帯電話に機種変更したいなあとか、それこそどれもかなりの値が張りそうな物を色々と思い浮かべる。
紙を前に手にしたペンをくるくると回しながら考えるジョミーに、期待に満ちた楽しそうな目を向けるブルーをちらりと見て、ふむと小さく頷いた。


「ま、でもぼくらまだ高校生だしね」
枕を叩きながら呟くと、明日に備えて早く寝ようとジョミーはベッドに潜り込んだ。
いくら金に困ってないとは言っても、高価な物を強請るのはあんまりだろう。発売したばかりの好きなアーティストの最新アルバムで手を打っておいた。
明日会う約束をしているブルーは、果たしてどのタイミングでサンタクロースになるつもりなのか。それともあの格好はしないで、サンタクロースからなんて言いながら手渡しとか?
「会うのが学校だったら、絶対生徒会室にサンタクロースで現れただろうけど……」
手元のスイッチで室内の明かりを消して、赤い服を着たブルーを思い浮かべてくすりと笑みを漏らす。白い髭とビヤ樽のようなブルーは想像できないけれど、すらりと格好いいサンタクロースが出来上がることなら想像できる。だが今年の二十四日は学校は休みだ。
「とにかく、ブルーの相手をしたら疲れるんだから早く寝ないと」
温かなベッドの中で、ゆっくりと眠りに落ちた……はずだった。


「メリークリスマス、ジョミー」
まどろみの中で聞えるはずのない声が聞えて、ジョミーは目を開けた。
部屋は真っ暗だが、闇の中でも白いファーをつけた赤い服はしっかり見える。
「どろぼ……っ」
「しーっ!大声を上げるとご両親を起こしてしまうよ」
叫びそうになったジョミーの口を塞いで囁く声に、ジョミーは目を白黒させた。
「ブルー!」
「僕はブルーではなくてサンタクロースだ」
「何馬鹿なこと……ど、どうやって入ったんですか!?」
辺りを見回すと、もちろん生徒会室で転寝していたなんてことはなくて自分の部屋の中だ。
「サンタクロースだからね。忍び込むのは得意だ」
威張るように胸を張りながら、それでもブルーは種を明かす。
「君の鞄は生徒会室にあって、リオはいろいろと器用だし、知り合いも多い」
「……勝手に合鍵作ったんですね」
犯罪だろう。ブルー相手に今更なツッコミで、今更すぎるけど犯罪だろう。
叫びたいのを堪えたのは、ひとえに今が深夜で両親が起き出してきたら言い訳に苦慮するからに他ならない。
決してブルーの暴挙を許してのことではない。
「さ、ジョミー。メリークリスマス」
ぽんと軽く手渡された包みは、見慣れたCDショップのものではない。どうやらブルーが包み直したらしい。
「……ありがとうございます……普通に昼間渡してくれたら、もっと嬉しかったけど……」
それでも一応お礼が出てくるあたりがジョミーがジョミーたる所以かもしれない。
溜息交じりのお礼に、それでもブルーサンタはにこりと笑うと、白いぼんぼりをつけた帽子を手で直して立ち上がった。
「それではジョミー、よいクリスマスを」
「え、帰るんですか?」
本当にプレゼントを渡しに来ただけなのかと驚くジョミーに、ブルーサンタは大いに頷く。
「サンタクロースはプレゼントを渡したら即座に帰るものだよ」
「わざわざ合鍵まで作って忍び込んで人を起こしておいて、なに言ってるんですか。ちょっと待っててください。温かい飲み物を持ってきます」
渡された包みはひんやりと冷たく冷えていた。CDをわざわざ冷やすわけはないのだから、外がどれほど寒かったのか推して知れようというものだ。
サンタクロースの格好は温かそうだとはいえ、受験生に風邪でも引かれたら大変だ。
ぶつぶつとそう不平を漏らしながら、ベッドから降りようとしたジョミーの頬が少し赤いなんて、暗い部屋では見えないだろう。
それでも闇に慣れた目には、ブルーが微笑んだことはちゃんと見えた。






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やってることはまともじゃないのに許される辺りが
ブルーの人徳なのか、ジョミーの惚れた弱みなのか。