「ジョミー!Happy New Year!」 「やあ、二ナ、カリナ。Happy New Year」 新年を迎えたことを祝う席で、この場には出てくることができなかったブルーの代理という形で挨拶を終えて壇上を降りたジョミーは、駆けつけた二人の少女からの元気の良い挨拶を受けて、相好を崩して挨拶を返した。 「今年が君たちにとって、いい年になりますように」 腰を屈めてそう二人の額にキスを落とすと、少女達はくすぐったそうに首を竦めて、けれど嬉しそうにそれを受ける。 「去年だっていい年だったわ」 「うん、きっと今までで一番いい年だったよね」 「そうなのかい?」 それはよかったと微笑むジョミーは、なら今年もそうなればいいねと口にするつもりだった。 だが顔を見合わせた少女達は、声を揃えて笑いながら言葉を続ける。 「だってジョミーに会えたんだもの」 「ね?すごく楽しいことがあったでしょう?」 「――――っ」 唇を噛み締めて、一拍置かなければ声が震えそうだった。 祝いの席で、不覚にも泣きそうになるなんて思いも寄らなかった。 「……ぼくも」 ゆっくりと息を吐いて、気持ちを落ち着けるように胸を撫で下ろしながら二人の頭を撫でる。 つらいこともたくさんあった。 SD体制で統治された社会の矛盾や理不尽を知った。平凡な人として生きる道を失った。 悲しいこともたくさんあった。 両親とだけではなく、友達との別れ。幾人かに望まれて迎えられた場所では自分の弱さから居場所を失い、受け入れてもらえるまでにたくさんの時間が掛かった。今でもまだ疎まれているところもある。 ソルジャーという重責を受け継ぐことになり、まだ少しも自信がつかない。 それでも。 「ぼくも、二ナとカリナに、このシャングリラのみんなに会えて、すごく幸せな年だった」 「そうか……そんなことが」 新年の祝いが滞りなく済んだことを報告に行った青の間で、ソルジャーとしての役目の報告の後にそのことを告げると、ブルーは我がことのように喜び目を細めた。 「子供たちは最初からぼくに優しかったんですけどね」 それでも嬉しいのだとはにかむように微笑むと、ブルーは軽く手を上げてジョミーを手招く。 感動を胸に喜びに溢れているジョミーが誘われるままに腰を屈めると、もう少しと更に手招かれる。 「隣に」 ぽんぽんと軽く傍らを叩いたブルーに、腰を屈めていたジョミーは驚いて目を瞬いた。 「座るんですか?」 「違うよ。横になってと言っている」 「………寝転べって!?」 慌てて逃げるように身を引けば、ベッドについた手をいつの間にか握られていて、それ以上後ろに退がれない。 「で、できません!」 「どうして」 「どうしてって!」 「ただここに、横になってくれたらいいだけだよ?」 「あなたのベッドにそんなことできるはずないじゃないですか!」 急に無茶な要求をしてくるブルーに眉を寄せて、手を放して欲しいと睨みつける。 強い不満の視線を受けたブルーはそれに驚いたように目を瞬いて、やがて溜息をついた。 「つれないことを言う……」 なにが、どうつれないと言うのだ。 そう文句をつける前に、文字通り足元をすくわれる感覚がして、思い切り前のめりにベッドへ倒れ込んだ。 「ぶはっ!」 「やあ、いらっしゃいジョミー」 「いらっしゃいじゃないですよ!こんな悪戯にサイオンを使うなんて!」 「これくらい使ったうちにも入らない」 「そういう問題じゃ……」 頭から突っ込む形になったベッドから乗り上げた上半身を起こそうとしたジョミーは、上から圧し掛かられる重さにそのままもう一度ベッドへ沈み込んだ。 「ぶーるぅーっ!」 倒れ込んだ肩の上に腕を回し、上から押さえつけてくるブルーは髪に顔を埋めるようにして頭に口付けを贈ってくる。 「なっ、なにやってるんですか!」 「本当は額や頬に贈りたかったのに、嫌がってベッドに上がってくれなかったのは君だ」 「何ぼくが悪いみたいな言い方してるんですかー!」 「君は子供たちにキスを贈ったのに、僕には君に贈らせてくれないのかい?」 肩を押さえつけられたまま、どうにか首を捻って顔を上げると至近距離にしゅんと落ち込んだように眉を下げるブルーの顔があった。 「近いですよ!」 不満に寄せられた愁眉も、少し寂しそうな紅玉の瞳も、整いすぎた白皙の面も、この距離で見るには心臓が悪すぎる。 一度ベッドに顔を伏せ直したジョミーは、しばらく微動だにしなかったが、去りそうにも無い気配に諦めて顎を少しだけ引いて少し目線を上げた。 やっぱりブルーの顔はすぐそこにある。 「〜〜〜〜ひ、額に、ですか?」 途端に不満そうな表情が和らぎ、にこりと笑みに変わる。 「少なくとも頬に」 「ぼくがカリナたちに贈ったのは額にです!」 「僕は君の柔らかそうな頬に触れたい」 「わ……我侭ばっかりーっ!」 手をついたままだったシーツを握り締めるジョミーの肩を、グローブに包まれた手が優しく撫でる。 「君に関しては、何も我慢しないと決めているんだ。いけないかい?」 こんな風な我侭を聞いてくれるのも、それ以前に甘えることからが、ジョミーにしかできない。 そう触れた指先から伝えられた思念に、ジョミーは顔を赤く染めて再びシーツに顔を押し付けた。 「僕が言いたかった言葉は、二ナたちに先を越されてしまった。これくらいは受け入れてくれないか」 「先?」 ちらりと目だけを上げると、ブルーは苦笑を滲ませた表情で頷く。 「君に会えた年が、何より幸せだったということを」 急に高熱を発したかのように、一気に顔が熱くなる。 二ナやカリナにそう言われたときは涙が滲みそうなほどに嬉しくて感慨深かったけれど、ブルーに言われると嬉しさや気恥かしさが前面に立つ。 それなのに、胸を締め付けるような切なさはそれ以上だ。 「………いい、ですけど……」 「ジョミー?」 小さく呟き過ぎたのか、聞き返されてジョミーは口をへの字に曲げる。 「頬にキスでもいいって言ったんです!」 肩に掛けられていたブルーの手を跳ねつけると、それは先ほどまでの強硬さはなくあっさりと外れた。 ベッドに手をついて身体を起こしたジョミーは、そのままブルーに覆い被さるようにして先に頬にキスを贈る。 ちゅっと可愛い音を立てて、軽く触れるだけの口付けだったにも関わらず、頬が熱を持ったかのように熱い。 「Happy New Year、ブルー!ぼくもあなたに会えたことが嬉しかった」 「ジョミー……」 頬に手を当て、目を丸めたブルーは、やがてじわじわを湧き上がるような様子で喜びに頬を緩めた。 「ジョミー」 手を伸ばされ、ジョミーは恥かしさに逃げ出したくなる気持ちを押さえようとぐっと奥歯を噛み締めて、その手に誘われるままもう一度ブルーに覆い被さる。 今度はキスを贈られる側につもりで頬を差し出したのに、首の後ろに回った手に力が込められたと思った時には、引きずり込まれるようにして唇が重なっていた。 「んぅっ!」 覆い被さるときにブルーの胸に軽く手を置いてしまったせいで、どこを押して身体を起こせばいいのか分からない。まさか上から強くブルーを押さえつけるわけにもいかない。 幸いというべきか、羞恥で奥歯を噛み締めていたせいで舌に侵入されることはなかったけれど、代わりに唇を舌先が何度もなぞるように辿る。 どれほど舌に懇願されても、ジョミーは強く目を瞑るのと同じだけ、歯を食いしばってそれには応えなかった。 それでも重ねた唇の隙間から、重ねて擦れたくちゅくちゅと濡れた音が耳に届いて恥かしい。 「――――つれないね、ジョミー」 やっと首を後ろから押さえる力が緩み、慌てて身体を起こしたジョミーは、そんなことをのたまうブルーを涙目で強く睨みつけた。 「頬にって言ったくせに」 「僕は少なくともと言ったのだよ。だが頬がよかったのならもう一度」 「もういい!」 「僕はよくない。今のは昨年の対面を感謝した口付けだ。もう一度、今度は新年を過ごす挨拶をさせておくれ」 もう不意打ちはしないからと約束されて、ジョミーは渋々腰を屈める。 今度は言葉通りに、頬に軽い音を立てたキスを贈られた。 「新しい年が君に幸運をもたらすことを願っている」 頬を撫でる優しい掌。 向けられる愛おしさを溢れさせた暖かい微笑み。 ベッドに置いた手は、気がつけば強くシーツを握り締めて皺を作っていた。 「………幸運は、ぼくの運で引き寄せたいと思う。でも幸福はあなたからもらいたい」 「ジョミー?」 「来年の今日も、キスを下さい。ぼくもあなたに贈りたい」 そう囁いて、もう一度吐息を重ねる。 ジョミーから贈られた唇へのキスに、ブルーが瞬きをしたのは瞼に触れた長い睫毛で分かった。 やがてブルーの瞼も閉じられたことを瞼に感じると、胸に置いていた手を下へと滑らせて、手探りでシーツの波間からブルーの手を探し出す。 上から握り締めた掌に、強い力で握り返されて、ジョミーは込み上げそうになる涙を瞼の奥に堪えて留めた。 ゆっくりと唇を離すと、閉じられていた瞼が上がる。 紅い瞳は眇められ、唇は笑みに薄く弧を描いた。 「ああ……そうしたいね。君からの口付けがこうしてもらえるのなら、何よりのご褒美だ」 約束は、しない。 ブルーから返されたものは希望であって約束ではなかった。 優しくて、残酷な人だ。 嘘でいいから、そうしようと一言言ってくれたら、それだけでよかったのに。 「昨年は君にようやく会うことが出来て、本当に幸福な年だった」 頬を撫でる手は、やっぱり優しい。 「今年は君とずっと過ごすことができる、もっと幸福な年になるだろう」 「うん………傍にいてくださいね」 静寂に満ちた部屋で、ひっそりと握り交わした手と切望を込めた願いは、小さな灯火のようにジョミーの胸にそっと息づいた。 |
あけましておめでとうございます! 年始挨拶としてはちょっとしんみりしそうかと思ったのですが 新年のご挨拶に替えまして。 今年もこんな感じでお互いがお互いに大好きなブルーとジョミーの サイトになるかと思いますが、ぜひともよしなに〜。 |