『最近、機嫌がいいようですね』 嬉しそうに伝えられた言葉に、ジョミーは驚いて目を瞬いた。 テーブルに向かい合って座り、共に食事を取っていた発言者は嬉しそうに微笑んでいる。 本当に嬉しいのだろう。リオはいつでもジョミーの味方だから。 自覚はなかったけれど、傍からはそう見えるのだろうかとジョミーはスプーンを握っていない左手を頬に当てて首を傾げた。 「そう見える?」 『ええ。あなたの思念がとても落ち着いて満ちているように感じます』 「……そっか」 リオが喜んでくれるならジョミーも嬉しい。 「最近、夢見がいいんだ」 『夢、ですか?』 「うん。お陰でよく眠れる」 目を丸めるリオにジョミーは笑いながら食事を再開させた。 我ながら言っていることがちぐはぐだと思う。一般的に夢を見ている時間は眠りが浅いと言われているのだから、夢を見ている、見たことを覚えているという時点でどちかといえば寝不足に近い状況に聞こえるだろう。 「大丈夫だよ、リオ。別に一晩中夢を見ているわけじゃない。でもほら、気分が高揚するような夢ってあるだろう?ああいうものってだけさ」 手にしたスプーンで軽く空中に円を描く仕草でおどけるジョミーに、リオは納得したようだった。 『あなたが楽しいのならいいんです』 そう、笑って。 「……最近、夢見がいいんです」 そう語ると、ベッドに横たわる美しい人はひっそりと笑った。 だがそれは、食堂でリオが見せたような嬉しそうなものではなく、困った子だというような苦笑を滲ませた、そんな笑顔。 「これは夢見がいいとは言わないよ、ジョミー」 「いいんです。ぼくにとっては」 赤い双眸がジョミーの姿を映している。それだけで嬉しくなる。安心する。気持ちが温かくなる。 「あなたが起きてる」 「これは夢だ」 「ええ。あなたが目覚めている……そんな夢だ」 美しい人は、今度こそ声に乗せて困った子だねと呟いた。 ソルジャー・ブルーが深い眠りに落ちる時間が長くなったのは、ほんの数ヶ月前のことだった。 たった数ヶ月。そのたった数ヶ月で、通常の眠りに就いている日のほうが稀になってしまった。 時間が経っても目を覚まさない、外部から強い刺激があっても眠ったまま。そんな日が続くことが段々と増えている。 ブルーの眠りが長く続くようになってから、ジョミーの情緒は不安定になりがちだった。 ジョミーが落ち着いているとリオが喜んだのは、そのせいだ。 「ジョミー。これは夢だよ」 「ええ、わかっています。あなたは今も眠っているし、これはあなたの夢とぼくの夢が繋がっているなんて、そんな優しいものじゃない。ぼくのただの願望だ」 「そうだね」 美しい人は困った子だねと繰り返して溜息をついた。 大切な人のそんな様子に、ジョミーは目を細めるようにして密やかな笑みを浮かべる。 「これが夢でなければいいのに」 「僕に目覚めて欲しいのかい?」 「当たり前です」 即座に返し、もう一度麗人が困った子と繰り返す前に、でもと付け足す。 「でもぼくは、この夢が本当でなくてよかったとも思う」 「それは」 どういうことかと眉をひそめた夢の中に作り出した最愛の人に、そっと微笑んで見せる。 「こうやって夢であなたに会うぼくを、困った子だと苦笑で許してくれる、それが現実でなくてよかったな、と」 意図を測りかねるというような赤い双眸に映る己の顔は微笑みながら、けれど今にも泣き出しそうに歪んでいる。 「だって、ねえ、今目の前にいるあなたが本物なら、きっとあなたは怒るもの。そうでしょう?」 目を覚ませ。夢に安寧を求めるな、と。 優しく、そして容赦のない人だから。 ブルーが介入しなければ、ジョミーが成人検査を抜けられたかといえば、それはわからない。だがもしもそれが可能だったとすれば、何も知らない哀れな人形として、知らないからこそ人形だなんて気づかないまま生きていただろう。 ミュウとしての自覚、ミュウとして生きろと叩き起こしてくれたのはブルーだ。 それに後悔はないし、今でも感謝している。何も知らず、自分の運命すらも他人に、コンピューターなんかに決められるなんて、我慢ならない。 「夢見がいいなんて夢の中で笑ってないで、さっさと地球を目指してくれと、本当のあなたなら言うんだよ」 「ひどいな。君の中の僕はそんなに君に厳しいのかい?」 自分は眠ったまま、ジョミーがひと時の休息を求めることすら責めるような人物に見えるのかと夢の中のブルーが嘆いて、ジョミーは思わず笑ってしまう。 「違う、ブルー。それはひどいのでも、厳しいのでもない」 ジョミーは笑って、そして夢の中ですらベッドに横たわるその人に手を伸ばした。 「ただ真実なだけだ」 瞬き一つしない赤い双眸は真っ直ぐにジョミーを見つめ、触れるに任せて逸らされることもない。 頬に触れた。確かに触れた、そのはずなのに、掌には何の感触も返ってこない。 なんて夢らしい夢。 「あなたが揺らぐことなくそれを求めるから、ぼくも求め続けることができるんだ」 苦しくても、悲しくても、辛くても。 夢のブルーは困ったなんて言いながら、ジョミーの弱音を受け入れてくれる。けれどそれでは駄目なのだ。 「でも君は、僕の優しさを求めているからこんな夢を見ているのではないのかい?」 「違うよ」 言ったでしょうと微笑んで、ジョミーは夢の人に触れていた手を引いて首を振った。 「ぼくの願いは、仲間に安住の地を、これから更に生まれてくる仲間たちの生きる道を見つけること。あなたを、あなたが求める美しい地球へ連れて行くこと。だからね」 「それを確認したいだけなんだ」 呟きながら目を開けると、見慣れた天井が暗闇の中で視界に広がる。 ジョミーは軽く息を吐いて、右手を上げて瞼を上げたままの目を覆う。 やっぱり夢だったと落胆することもない。 「ぼくはあなたが求めるから……」 小さく呟いた声は震えていた。 なぜ震えているかなんて、考えたくも無いから考えない。 ただ夢の中で、あの優しいブルーが本物ならいいと今日も思わなかったことにほっとする。 本当のブルーがジョミーに少しも弱音を許さないなんて、そんなのは嘘だ。彼はそこまでひどい人なんかじゃない。 だからもしあの会話が現実で交わされたとしたら、きっとブルーは嘆くだろう。 「僕はそんなにひどいのかい?君が少し休息することすら許さないほど?」 あれが現実ならジョミーは否定できる。 「違うんだ。ちょっと拗ねて見せただけなんだ。あなたがあんまり地球、地球と言い続けるから、後継者のことなんてどうでもいいって言ってるんだねと拗ねて見せただけなんだ」 目を覆っていた手を降ろすと、再び眠りに就くために暗い天井を映した瞳を瞼の下に隠す。 夢で、慰められたいわけじゃない。 夢にそんなものは求めていない。 「ぼくはね、確認したいだけなんだよ」 地球を目指すその道に、迷いなんてないと。 |
ブルーの目が覚めれば万事解決という話。 |