彼の存在は確かに希望だった。
溢れるような生命力と、強力なサイオン。
彼ならば、ミュウたちを地球へ連れて行ってくれる、僕の想いを地球へと伝えてくれる。
そんな希望そのものだった。
そのはずなのに。


ベッドの傍らに座り込み懸命に今日の出来事を語る後継者。
いつものように柔らかな笑みをたたえて頷きながら話を聞く。
この時間がとても幸せだった。
病床につくブルーに過剰な心配を与えないようにと、ジョミーはいつも元気いっぱいに話す。
子供たちと遊んだ時間のことはもちろん、長老たちとの勉強の時間で叱られたことや口論になった話も、隠さずに元気良く、時には叱られたことを恥ずかしそうに。
それは愚痴でも告げ口でもなく、一日の報告なのだ。
学校帰りの子供が、夕飯の支度をする母親の背中に興奮を隠し切れずに語りかけるそれと同じで、相手を批難するものではない。
頷きながらブルーはつくづくと思う。
僕はジョミーにとって、きっと父親代わりなんだろう。
初めはそれが嬉しかったし、誇らしくもあった。
まだミュウとして目覚めたばかりのジョミーに、一方的に重い重い宿命を背負わせた。それは恨まれても詰られても仕方のないもので、好意に値することはなにもない。
それなのにジョミーは最初の反発を収めてしまうと、押し付けられた運命を今度は自分から受け入れて、そしてブルーを純粋に慕うようになった。
強く、しなやかな心。
ジョミーがブルーを父のように慕うというなら、ブルーはジョミーを我が子のように愛した。後継者への期待を多分に含んだ好意は、だが確かに肉親の情に近いものだったはずなのだ。
なのに今はどうだろう。
身振り手振りを加えて子供達との今日の遊びを語る唇を見つめる。
瑞々しいそれに口付けを贈りたいと思ってしまう。
まだ少年のものらしい華奢な手を取って、指を絡めたい。
最低限にまで光源を絞ったほの明かりだけの広い部屋で唯一鮮やかな金の髪を、気の済むまで指で梳きたい。
ベッドに引き倒して白く細い首に噛み付いて、欲望の跡をまざまざとつけてみたい。
ジョミーのすべてを、僕のものにしてしまいたい。
いつの間に、こんなにも浅ましく情欲を絡めてしまうようになったのだろう。
あんなにも大切に想っていた存在を、この手で汚したいと思うようになるなんて。
そして、そんなにも浅ましい欲望で内部を一杯にしているくせに、まるで慈愛に満ちた目で愛し子の話に耳を傾けることのできる自分に吐き気すら覚える。
命が燃え尽きようとする最期に焦がれる想いが、これなのか。


そんな目で見られているなんて知りもしないで、今日の報告を終えるとジョミーは満足したように笑う。
「ごめんなさい、ソルジャー。ぼくの話、いつも長いから疲れちゃったでしょう?」
「そんなことはない。君がたくさん話してくれるから僕は楽しいんだよ。色々と経験するのはとてもいいことだ。そしてそれを僕に話してくれることが嬉しい」
気だるい手を、そうとジョミーには悟られないようにして伸ばして優しく頭を撫でると、ジョミーは嬉しそうに、恥ずかしそうに微笑む。
父親が誉めるようなその行為に裏で、このまま手を滑らせて、柔らかそうな頬を撫でたいなとか、うなじに手を添えて引き寄せて口付けをしたいなとか、いっそこのベッドに引きずり込んでしまいたいとか、段々とよからぬほうへと流れて行く思考など知りもしないで。
本当に知らないジョミーとは違い、ブルーは何も知らないふりで、本当はジョミーの話が偏っていることを知っている。
ジョミーは楽しかったこと、嬉しかったこと、腹が立ったことは話すけれど、悲しかったこと、苦しかったことはほとんどと言っていいほど口にしない。更に言えば傷ついたことなんて、言葉にも思念にも乗せない。
素直で誠実なジョミーは、最近では徐々にではあるが子供たち以外のミュウたちからも受け入れられ始めている。
だが最初の印象が悪かったこともあって、今でも反発する者は少なくない。
意見の衝突ならまだいい。それには反論もできるし、激しく衝突することで別の道を見つけることも、あるいはできるかもしれない。
だが感情的な反感にはどうすればいいのだろう。
最初にミュウを化け物と呼んだとか、ブルーに反発してサイオンを使わせたとか、まだ未熟だから不安だとか、それらは筋が通っているようで、ただの感情論でしかない。
ジョミーはそれらを克服しようと一歩ずつ進んでいる。
ジョミーを疎む者たちは、それを見ようとしないか、まだ努力が足りないと責める。
自分たちからジョミーを理解し歩み寄る努力をしようなどとは、思いもしないで。
それは甘えだ。
だが彼らは甘えを甘えとして自覚すらしていない。
そしてそんな風に甘えた体質を作ってしまったのは、結局はブルーだろう。
指導者として、守護者として、絶対的安心を得るように行動し続けた結果がこれだ。
ミュウたちは弱い。だから力を持つ者が守らなくてはと、必死になって今を作り上げた。
だが一度安定を得てしまえば、弱いからこそそれが崩れることに耐え切れない。
ブルーという絶対的守護者を失う恐怖を受け入れられない。
受け入れられないから余計に、ブルーを失うその後を思わせる存在に神経がささくれ立つ。
これではジョミーを一番追い詰めているのは、ソルジャー・ブルーという存在だ。
それはジョミーも気づいているはずなのに、それでもジョミーは泣き言を零さない。
それは彼のプライドと、なによりもブルーに心労を掛けないようにという優しい配慮によって。
頑なに拒むだけのミュウたちをブルーが叱ることは簡単だ。
だがそれでは意味が無い。ジョミーがジョミーのやり方で受け入れられて、初めて本当のスタートになる。
ブルーの意志は、ジョミーを正式にシャングリラに迎えた時点で思念波によって全ての者に伝えている。それこそ大人から子供に至るまで。
その上でジョミーを受け入れろと再度命令を下したところで、何の意味があるだろう。そしてそれはジョミーへの侮辱でもある。
手を差し伸べることのできない状況がもどかしく、苛立ちすら覚える。せめてリオのようにいつでも傍にいて、支えてあげられるといい。
だがブルーはこうしてベッドからろくに離れることもできず、逆に心配をかけて気遣いをさせることしかできない。
だから、だからせめてジョミーが望むように、父親のように家族のように見守ることだけでもしたいのに。


なのに、この劣情は決して消えてくれはしない。


「ジョミー」
「なに、ソルジャー?」
ジョミーは素直な返事で首を傾げた。
そんなジョミーを眩しいものでも見るように目を細めて眺め、遠くない先を思う。
力を無くし動きの衰えた身体でよかったと考えるのはこんなときだ。
もしも思う様に身体を動かすことができれば、折れずに歩き続けるジョミーを、真の意味で絶望に追いやるのはきっとこの身だっただろう。
自由にさえ動ければ、信頼も好意も、何もかもを踏みにじって無垢な心を蹂躙する……それをしないでいる自信が無い。
自由にさえ動けたら、ジョミーに全てを背負わせることなどなかったとしても、なおそう思う。
仲間たちを守ってくれ。人間たちとの関係をどうか変えてくれ。地球へ。
地球へ、行ってくれ。
すべて、すべてその小さな肩に乗せるのはあまりにも重い願いばかりを押し付けて、なおもまだジョミーからすべてを奪いたい。
なんと浅ましい欲望。
手を伸ばすと、ジョミーはそれに応えるように握ってくれる。
「ジョミー」
もう一度、名を呼んでジョミーの手を握り返した。
それが呪いだなんて知りもしないで、励ましだと好意的に解釈をして。
ジョミーは嬉しそうな微笑みを見せて、またブルーの欲を強く煽る。






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本当に呪われているのはどちらでしょう。