「この間リオが持って帰った育英都市のお菓子が美味しくてね」
先日ユニヴァーサルからの攻撃を受けたことで哨戒行動に出ていたジョミーは、人よりも遅れて夜遅くに訪れた厨房で、そんなセリフと共にコックに小さな銀紙の包みを数個ほど手渡された。
銀紙を破いてみれば、見慣れたお菓子が転がり出る。
「チョコレート?」
「まあ食べてみて」
これはお疲れのソルジャーに特別にという意味と、どうやら試食係も兼ねているらしい。
ニコニコと楽しそうに勧められて、さてどんな工夫がと口に放り込む。
口に入れてしばらく待っても普通のチョコレートの味しかしないのに、妙に期待の目で見られるということは何かあるのだろう。噛み砕いてみると、中からトロリとした液体が流れ出た。
「……ん……甘苦い………これって……お酒!?」
「そうそう。合成ラムに甘めのカラメルソースを混ぜて、お菓子向きに味付けをしてから中に閉じ込めてみたんだ。どうだい?」
「んー……」
不味くはない。不味くはないけれど、正直なところで言えばジョミーには普通のチョコレートの方が美味しい気がする。
「子供には向かないとは思うけどね。これ、本当にカラメルソース混ぜてる?」
「ああ、もちろ………あれ、ちょっと待てよ。ひょっとしてそれは航海長向けに作った奴のほうだったかな」
「航海長?」
「昼間に試食してもらったら、カラメルソースはないほうがいいと言われて……ああ、やっぱりそうだ!そっちは酒飲み向けの甘さなしのアルコール度高めのやつだった。申し訳ないジョミー、君にはこっちだ」
見た目には変わらない銀紙の包みを渡されて、再度それを破って口に放り込んでみた。
今度は中から、少し粘り気のあるソースが流れ出た。甘さが強めで少しの苦味が広がる。
「あ、こっちは美味しい!」
「そうかそうか!よかった、やっぱり若者にはそっちが受けそうだな」
「じゃあこっちは長老向け?」
続いて後から渡された方のチョコレートを口に放り込みながら、最初に渡された包みを掌で転がすとコックは笑って頷いた。
「長老というか、酒飲み向けだな」
「酒飲み……」
そう言われて、ジョミーの脳裡に浮かぶのはときどきベッドで赤い液体を傾けるブルーの姿だった。ジョミーの前ではあまり飲まないけれど、実は結構な酒好きだとハーレイから聞いた覚えがある。
「じゃあこれ、ソルジャー・ブルーにあげてもいい?」
「え!?そりゃ構わないけど、試作だぞ?」
「試作品でも不味いわけじゃないからいいじゃないか。ブルーはお酒が好きって聞いたよ」
「まあ……酒豪ではあるね」
酒を調達するのは主に厨房からなので、もちろんコックは知っていたようだ。
ジョミーに任せると作り主からの許可を得て、大人向けのチョコレートを手に、ジョミーは青の間へ向かった。
夜も遅いから、今日は青の間へ行くかどうか、本当は少し迷っていたのだ。けれどこれでいい口実ができた。
ブルーが眠っているのならメモを残して置いて帰ればいい。そうしたら、明日目が覚めたブルーはジョミーが夜のうちに訪ねたことに気づくだろう。
ジョミーの気持ちを察してなるべく多く会いたいと言ってくれるブルーに、その訪問を知っていてもらうだけでも意味がある。
任務で疲れた身体に甘い方のチョコレートを次々と放り込みながら、青の間へ着いたジョミーは、足音を忍ばせてそっと中に足を踏み入れた。
部屋の中央に薄く灯る明かりに、ジョミーの表情がぱっと明るくなる。灯が落ちていないのなら、ブルーは起きているか、眠っていても転寝程度だろう。
その寝顔を見るだけでもと思っているとはいえ、せっかくなら声も聞きたいし、その瞳を見たい。
ベッドまで急いで駆け寄ろうとしたジョミーは、見慣れた灯りに目が眩んで少し足をもつれさせた。
驚いて足を止め、目を瞬く。青の間の明かりは目が眩むほど強いものではないのに、どうしたんだろう。
だが疑問は長く続かなかった。
「ジョミー?」
ベッドから衣擦れの音が聞こえて、カーテンの開いたところからブランケットが動いてブルーが身体を起こしたことが分かった。
起きていて、しかも瞬時に訪問者が自分だと気づいてくれた。
それが嬉しくて、ジョミーは僅かに身体が傾いだことなどすっかり忘れて、床を蹴って姿を消した。



「ブルー!」
入り口から気配が消えたと思う間もなく、突然ベッドの上の空間に現れたジョミーに驚いて、咄嗟に返事をしそこねた。
確かにジョミーはブルーと同じくテレポートで移動できるほどの力を持つが、こんな短い距離を、急いでもいないのにそんな風に移動することはまずない。
ベッドの上に座るように落ちたジョミーは、スプリングで跳ねたことが楽しいかのように笑いながらその反動を利用して、そのままブルーに飛びついてきた。
「ブルー!」
「うわっ……と、ジョミー?」
勢いに押されて起き上がったベッドに逆戻りするはめになる。
上に乗り上げた形のジョミーは、ブルーの胸に頭を置いて上機嫌に笑う。
「今日は起きてたんだ?眠たくはないの?」
「あ、ああ、大丈夫だよ。君が船外活動に出たとハーレイから聞いて、来てくれるか待っていてみたのだが……」
「呼び出してくれたらすぐに駆けつけたのに!」
跳ね起きるように頭を上げて、上から覗き込んでくるジョミーに、ブルーはいよいよ怪訝な面持ちでその顔を見上げる。
「疲れているのならそのまま部屋に帰るほうがいいだろうと、僕からは呼ばなかったが……ジョミー、今日はどうしたんだい?」
「今日は大丈夫だったよ。ユニヴァーサルの影はぜーんぜんなかった!船の周りを飛び回りながら、反対側には思念も飛ばしてみたから間違いないよ!」
「そうではな………同時にそんなことを?」
船から出れば、サイオンによる目晦ましは自分でかけなくてはいけない。人一人なんて小さな飛行体がレーダーに捕捉される可能性はあまりないが、代わりにサイオン反応が発見される恐れはある。
空を飛びながら、周囲の気配を注意して、なおかつ自らにステルスを施す。おまけに思念まで飛ばして警戒に当たったというのだから驚きだ。
「素晴らしい。君の日々の成長は目を見張るものがある。けれど、あまり無理をしてはいけないよ。君はまだ自分の底を理解していないだろう。急に力が切れては危険なことになるからね」
「大丈夫だよ!ブルーだって、ぼくの馬鹿みたいに強い力を見込んで連れてきたくせに!」
「ジョミー」
表情を改めて、少し強く名を呼ぶと、へらりへらりと上機嫌だったジョミーの表情が急に強張った。怒りというまではいかなくとも、ブルーの機嫌が悪くなったことに気づいたらしい。
「僕が君を後継者として選んだことには、確かにその側面も存在する。だが僕はただ力が強いというだけで君を選んだわけではない。そんなこと、君はとっくに知っていると思っていたが?」
「……ごめんなさい……」
きつい口調に、ジョミーは今までの上機嫌が嘘のようにしょげ返り、あろうことか涙まで浮かべる。
それにまた慌てたのはブルーだ。
ジョミーは叱られて反省することや、納得できなければ強く反発することはあっても、そう簡単に泣いたりはしない。今のことだって、反省して気をつけてもらいたいことではあっても、泣くまで強く叱ったつもりなんてなかった。
「ジョミー?」
泣くだろうと思うほどに叱ったときに泣かれるのならそのつもりだから、たとえ愛しい子供の涙でも動揺したりはしないが、予想もつかないところで見せられる涙には弱い。
手を伸ばしてそっと優しく頬に触れれば、慰めるつもりだったのにジョミーの瞳から大粒の涙が溢れて落ちてきた。
「ジョミー!?そんなに泣くことは……っ」
「ごめんなさい……ぼく、ブルーがぼくのこと心配してくれてるって、ちゃんと知ってるよ?ちゃんとわかっ………」
「分かってくれているのならいい。泣くのはよしなさい。もう怒ってはいないから」
どうもジョミーの様子がおかしいとは思いつつ、今はとにかく泣き止んでもらいたくて、手を伸ばしてジョミーの項に手を回す。
少し力を込めると、ジョミーは素直にブルーの上に身体を重ねてぎゅっと抱きついてきた。
泣き止もうとしながらしゃくりあげるジョミーの背中に手を回して優しく撫で下ろしていると、顔のすぐ横に降りてきたジョミーから甘い匂いが香る。
甘い菓子の覚えのあるそれに、ブルーはすぐ横の白い頬にちゅっと音を立てて唇を押し付けた。
ジョミーが驚いたように顔を上げる。
翡翠色の瞳が丸まって、涙が止まっていることに内心でほっと胸を撫で下ろしながらその間の抜けた顔も愛しい子供に微笑みかけた。
「甘い匂いがするね。とても美味しそうだ」
文字通りの意味と、ベッドの上ならではの意味と。
いい匂いは甘い菓子の匂いにジョミーの香りが混じっているからだと、ブルーにとっては後者こそが極上のものであったのだが、ジョミーはそうとは気づかなかったらしい。
「そうだ!」
色気も素っ気もなく、ブルーの上から跳ね起きると服のポケットを探り出した。
「あのね、厨房でブルーにもらってきたお菓子があるんだ」
ジョミーが跳ね起きたことで弾かれて空いた手は空しく空中を彷徨って、ブルーの心情を表すかのように、ぱったりとシーツの上に落ちた。
気持ちを切り替えるのが早すぎる。
さっきまで泣いていたはずなのに、もうそんなことは忘れたかのようなジョミーに、まさか注意したことまで忘れていないだろうかと危惧を抱き始めたブルーの口元に、銀紙の包みが突きつけられた。
「はい、ブルー。どうぞ!」
「どうぞって……」
まさか銀紙ごと食べろというのだろうか。
困惑するブルーに、ジョミーはちょこんと可愛く首を傾げる。
「美味しいよ?」
「いや、中身は美味しいかもしれないが……」
今の様子のおかしいジョミーでは、口を開けば銀紙ごと突っ込まれる恐れすらあるように思えて、小さくぼそぼそと呟くように答える。
だがそれで理解してくれたらしい。ジョミーは手を引いて包みを指先で破りながら笑った。
「ごめんなさい、このままだと食べられないよね。はい、ブルー!」
銀の包みから現れた茶色の塊は、一見ごく普通のチョコレートに見えた。
嫌いなものでもなく、たとえ嫌いなものだろうとジョミーが手ずから差し出してくれるものを拒絶するつもりなどないブルーは、今度は素直に口を開けた。それに今は、とにかく食べなければジョミーが納得しないだろう。
チョコレートごとジョミーの細い指が口の中に滑り込んできて、舌でそれを受け取りながら退こうとしたジョミーの手首を掴んだ。
チョコレートを口の奥へ運びながら、舌で指先をちろりと舐める。
「ん、くすぐったい」
これまた、いつもなら「なにやってるの!」と怒りそうなものを、首を竦めて笑うだけで強引に逃げようともしない。
「ぼくの指は食べられないよ」
「僕にはこちらのほうが甘くて美味しい」
「もう!ちゃんと食べて!」
怒るでもなく、照れるでもなく、冗談を聞いたかのようにくすくすと笑うジョミーは大層可愛らしいが、様子がおかしいことに変わりはない。
首を傾げそうな心情で、笑顔も可愛い愛しい子供を見上げていた口内に、甘いチョコレートが溶けて甘く僅かに苦い味が広がった。
「これは……酒か。合成ラム酒、かな?」
「そう!当たりっ」
喋った隙にジョミーの手に逃げられた。
美味しいと言っていたからには、どうやらジョミーもこれを食べたらしい。
なるほど、酔っていたのかとようやくジョミーのおかしな様子に得心がいった。それにしても、菓子に練り込まれた微量の酒で酔うとはなんとも可愛らしい。
「うん……僕には少し甘いかな。だが美味しいよ」
酔っているにしても、美味しいものをブルーと分け合いたいと思ってくれたことに変わりはない。いや、酔っているからこそ素直に、少し大袈裟なくらいに感情を表に出しているのだから、その想いはより強いと言えるかもしれない。
甘いお菓子より、ジョミーの気持ちの甘さに酔いしれる想いで微笑みながらそう返すと、ジョミーは軽く首を傾げた。
「甘い?ブルーのはぼくのより苦かったと思うけど……」
そう言って、チョコレートを口に含んだ舌で舐められたせいで少し指についていたものを、ジョミーは躊躇することなくぱくりと口に入れた。直前まで、ブルーに舐められていた指を、だ。
普段からは考えらないくらいにあっさりとそれを成したジョミーは、指を引き抜いて首を振った。
「間違えた!それぼくのやつ!ブルーのはカラメルソースが混じってないやつなんだ」
「ああ、そうだったのか。すまなかったね」
間違えたのはジョミーだが、今のなかなか楽しい状況を思えばそんなことは些細な問題だ。
「では、僕のために持ってきてくれたものも食べさせておくれ」
ブルーが楽しげに謝り口を開こうとすると、ジョミーはポケットを探りながら上体を倒してくる。
「うん、でも先に、ぼくのは返して」
「返すって」
キスでもして口移しで返せばいいのかとからかおうとしたのに、そんなことを言うまでもなくジョミーの方から唇を重ねてきた。
「ん……」
ブルーの唇を割って、ジョミーの舌が侵入してくる。それは目的が違うながらもチョコレートを探ろうとブルーの口内を探り、舌に溶け残っていると気づくと絡めるようにしてそれを舐めとる。
「ふ……っ……」
頬を赤くさせて懸命に蠢く可愛い侵入者に、ブルーは快感を覚えながら猛烈に駆け上る欲に目を細めた。
ジョミーは酔っている。酔ってはいるが、思考する力が丸きりないわけでもない。少し語調を強めれば、叱られているのだと気づけるくらいには。
チョコレートが溶けきると離れていこうとする舌と唇に、ブルーはその項に手を回して離れられないようにする。
そうして、今度はブルーの方から舌を差し入れてそれを絡め取る。今度の捕食対象はジョミー自身なので、その激しさは比べものにならないくらいに強い。
「んんっ……ん、んぅっ……」
逃げる舌を追いかけて、腹を舐め上げれば抱き寄せた身体が小さく震えた。
「ふ………」
まるで握手を求めるかのように、舌先でジョミーの舌先を軽くノックした。ぴくりと震えた身体にもう一度舌を進めると、今度はジョミーも逃げずに応えるように絡め返してきた。
ジョミーは酔っている。そんなことは分かっている。
だが嫌がっていないのなら、差し出されたものに手を付けて何を憚ることがあるだろう。
抱き寄せる力を緩めると、ジョミーは身体を少し起こして大きく息を吐いた。
「急にしたら苦しいよ!」
「だけど美味しかっただろう?」
微笑みながら問い掛ければ、頬を僅かに上気させて視線を伏せた。だがそれほど間を置かずにブルーに目を戻してくる。
「うん……すごく……」
あどけなく頷きながら、その表情は目元を赤く染めて恥かしさを隠しきれていない。
まだ幼さを残す子供を相手にいけないことをしているような背徳感がぞくりと背筋を掠めて、ブルーは目の前の服に手をかけた。
「もっともらってもいいかな?」
「………」
自分の服に掛かったブルーの手を見下ろしてしばらく沈黙したジョミーは、ブルーの手に自分の手を重ねた。
拒絶されるのかと思えば、ジョミーが自ら力を込めてブルーの手に上着を止める金具を下ろさせる。
「……全部ブルーのものだから」
白い喉が顕わになった。
「好きなだけ、食べて?」
ブルーは心の底からコックの仕事を誉め讃えた。






お話TOP



ブルーが戸惑うほど積極的なジョミー、
と振っていただいたネタだったのですが、
ブルーの復活が早すぎました。
大人らしい配慮はないのか、この人(笑)