左手には焼きそば、右手にはイカ焼き。隣を歩く男の手にあるからあげとラムネも含めて、それらすべてがジョミーの胃袋に収まる予定になっている。 「花火を見に行こう」 そう誘われたのは今朝、部活のために登校している道すがらのことだった。 誘われたジョミーは難しい顔で差し出された手を見る。 駅ひとつ向こうの川原で花火大会があるのは知っている。 そして、その花火大会にクラスメイトが何人かで遊びに行く計画を立てていたことも知っていた。 花火大会に行けば彼らと遭遇する可能性がある。 もしも、今ジョミーに手を差し出しているこの男が、一ヶ月前までのただの近所のお兄さんというだけの関係だったら、素直に頷いただろう。なんと言っても昔からジョミーに甘い彼と一緒なら、食べたいだけ屋台の料理をねだっても買ってくれるに違いない。 だが一ヶ月前、突然斜向かいの家のお兄さんから愛の告白を受けた。 一人っ子のジョミーは、自分は彼のことを本当の兄のように慕っているだけだと思っていたのに、気がつけば嬉しくて泣きそうになりながら、彼の腕の中に飛び込んでいた。 以来、ご近所のお兄さんブルーとは、恋人同士という関係になった。 だからといって、付き合い方にこれと言った変化は無い。 互いのどちらかの部屋にいればそれなりの雰囲気になるときもあるが、外を歩くときは手を繋ぐことがあるわけでもなし、付き合っていること自体、周りには内緒のことだし。 それに、部屋の中で二人きりのときのそれなりの雰囲気と言ったって、それだって手を繋いで寄り添うくらいのことしかしてない。 それでも、「恋人」と花火大会に行くだなんて事をして、もしもクラスメイトに会ったときに冷静に演技ができる自信が持てないのだ。 「花火を見たいだけなら、ブルーの部屋のベランダから見るんじゃだめなの?」 「別に駄目ではないけれど」 ブルーは軽く首を傾げてジョミーを覗き込んだ。 「ジョミーは祭りを肌で楽しみたいのではないかと思ったんだけどな。例えば屋台とか」 「ぐ……」 小さな頃から一緒にいるだけあって、すっかり読まれている。 「何でも好きなだけ買ってあげるよ?」 至極魅力的な言葉だ。数々の屋台料理が頭を巡りジョミーを誘惑するものの、やはり気になるのはクラスメイトのこと。 「……なんでそんなに会場に行きたいの?」 部屋でいいじゃなかとちらりと下から見上げると、ブルーは外だというにジョミーの手をぎゅっと握った。 「僕と君が付き合い始めて、ひと月が経った」 「うん」 「知っての通り僕は一人暮らしだ」 「うん、知ってる」 「……花火が上がっているような日に、君と二人きりでいて、何もしないでいる自信がない」 「…………な………何もって何!?」 一拍遅れて絶叫したジョミーに、ブルーは困ったように眉を下げて首を傾げる。 「色々。君のその可愛らしい唇が欲しい。健康的に日焼けした肌に触れたい。誰にも見せたことがないところまで、すべて暴いて隅々まで見て味わいたいと思う」 周りの女の子たちから王子様なんて呼ばれていて、テレビで見るアイドルよりもトイレに行く図が想像できないなんて男の子たちから言われたりする人の、トイレの話なんて軽やかに超えそうな発言にジョミーは顔を真っ赤に染める。 「でも君のご両親に申し訳が立たないから、ジョミーが中学生の間は何もしないでおこうと決めているんだ。だから、夜に僕の部屋に入られる状況はあまり歓迎できない。素直に花火を楽しむ余裕がなくなると断言してしまえるから」 「ちょ……い、今までもそんなこと思ってたの!?」 顔から火が出るとはこのことだ。 まさか、だって、付き合っていると言ったって、手を繋いで寄り添うくらいでキスだってしたこともないのに、この綺麗な人がそんなことを考えていただなんて、信じられない。 「……知りたい?」 ブルーはジョミーを覗き込むように僅かに腰を屈める。風に吹かれてさらりと揺れる銀の髪に、ジョミーは顔を真っ赤に染めたまま思い切り首を振った。 「僕のこと、恐くなった?」 見上げると、ブルーは笑顔のまま、特に変わった様子はない。 けれどジョミーは俯いて繋いでいた手を握り返すと、小さく首を振る。 「少し驚いたけど……恐くは、ないよ」 「それは困ったな。少しは恐がってくれないと、君は本当に無防備だから」 ふと影が差して、なんだろうと顔を上げたジョミーの頬を銀の髪が掠めた。 手を繋いだまま、空いていた左手で制服のシャツの襟を少し引っ張られて、軽く触れるだけの口付けを首筋に贈られた。 「なぁっ……!」 「ほら、簡単にこんなことをさせて」 繋いでいた手を振り払い、キスされたところを手で隠す。 「そ、そ、そ、外でなんてことするんだよ!?」 「大丈夫、これくらいなら軽いじゃれ合い程度だよ」 男子高校生と男子中学生で、首筋にキスをしておいて軽いじゃれ合いなんて言って、だれが納得するというのだろうか。 首まで赤く染めたジョミーとは対照的に、先ほど口にしたことを本当に考えているのか怪しいくらいに爽やかに、ブルーは笑った。 「部屋だとこれ以上のこともしたくなるから」 「花火は会場まで見に行こう」 これ以上のことって何!? ジョミーは泣きたくなるほどの恥ずかしさで即断した。 まず片手を空けようと、イカの姿焼きから攻略に掛かったジョミーは、見守るような目で自分を見下ろしているブルーをちらりと見上げる。 本当に楽しそうだ。 けれどその目は、我侭な弟を可愛がっているような雰囲気にしか見えなくて、ジョミーは少しだけ緊張していた自分を笑ってしまった。 今朝はあまりの発言に驚いたけど、どうもこの人は花火大会に来たかっただけなのではないだろうかと思ったのだ。 照れ隠しもあって、花火大会の会場となる川原周辺にやってくると、さっそく色々とねだり始めたジョミーに、ブルーは約束どおり何でも買ってくれた。おまけに荷物持ちまで。 「ブルー、ラムネ」 「どうぞ」 両手が塞がっているジョミーの要求に、ブルーは蕩けそうな笑顔で口元にラムネの瓶を持ってくる。ジョミーが唇を瓶の口に当てると、炭酸飲料を飲んでも苦しくない程度にゆっくりと瓶を傾けてくれる。至れり尽せりだ。 「ん」 もういいと合図をするとラムネを持ったブルーの手が引いて、ジョミーは残りのイカの姿焼きを口の中に放り込んだ。 「ブルーは何か食べないの?」 「僕は別に。ジョミーが子リスみたいに一生懸命に食べている姿を見ているだけで満腹になるよ」 「子リスってなんだよ!ブルーって本当に成長期?ほら、少しくらい食べて!」 ゴミ箱にイカ焼きの残骸を捨てると、割り箸を握って焼きそばをブルーの口元へと運ぶ。 突きつけられたソース色の麺に目を丸めたブルーは、けれどすぐに微笑んで自分で買った焼きそばを、ではありがたくなんて言いながら口に入れた。 ブルーと交互に焼きそばを食べながら、合間にラムネを飲ませてもらう。 クラスメイトと遭遇することを危惧していた割りには周囲の視線に鈍感なジョミーは、空になった紙皿を捨てるとブルーからからあげを受け取って、やはりそれもブルーと分け合った。 「デザートにチョコバナナも買っていい?」 口に端についたソースを舐め取りながらおねだりすると、珍しくブルーが言い淀む。 「……パイナップルにしておかないかい?」 「なんで?」 ブルーの笑顔が少し困惑している様子に首を傾げるけれど、それに答えることなくブルーは一軒の屋台を指差した。 「ああ、ほら、美味しそうだ」 そう言われるとそんな気にもなる。大好きなブルーの声で勧められると余計に、だ。 「うん、じゃあパイナップル買って」 ブルーが胸を撫で下ろしたことに気づきもせずに、ジョミーはブルーの手首に巻かれた腕時計で時間を確認して、花火が上がる予定の空を見上げた。 「そろそろだ。リンゴ飴と綿菓子とベビーカステラも後で買ってくれる?」 「いいよ。約束だからね」 ブルーが気安く約束したときに、ちょうど最初の花火が上がった。 赤、緑、金、青、紫と、空に大輪の花がいくつも開く。 間近で見る花火は胃の底に響くような轟音と共に次々に空に上がり、その度に夜空を明るく染める。 「こう、ぱっと広がるのもいいけど、滝みたいに流れ落ちるのも綺麗だね」 「うん。金の光がジョミーの髪のようだ」 「……あ、すごい大きいのが上がった」 「中心の鮮やかな緑が、ジョミーの宝石のような瞳みたいだね」 「…………ブルーは感想言わないで黙って見てて」 ブルーが沈黙してからは素直に花火を終わりまで楽しんだジョミーは、帰りの人の流れに沿って歩きながらリンゴ飴を舐めて空を見上げる。 「お祭りって楽しいけど、この終わったあとのなんとも言えない空気が寂しくなるんだよね。花火は綺麗だったし、いっぱい美味しい物を食べて満足だけど」 「僕と一緒だったことは、そこには入らないのかな?」 帰り道もやはり荷物持ちをして、ベビーカステラの袋と綿飴の袋を下げたブルーにそんなことを訊ねられて、ジョミーはわずかに頬を赤く染める。 「……そんなのは、言うまでもないじゃないか」 「ジョミー!」 「わっ!急に抱きつかないでよ!飴が服につくよ!?」 辛うじて飴をブルーの服につけずに上に上げたジョミーを抱き締めたまま、ブルーが耳元で囁いた。 「僕は花火が終わっても、別に寂しくはないな」 「そう?」 「うん、そう」 抱き締めていた手を離して、ジョミーをまっすぐに見つめて、最後の最後までブルーはブルーだった。 「花火よりも鮮やかな君が、一緒だからね」 |
人込みの中で何をやっているのか(笑) ブルーは色々とわざとですが、ジョミーは無意識。 |