ブルーの身体には意外と傷跡が多い。 抱き合ってしがみ付くように肩の後ろに触れると、右肩から首筋近くまで細い線が走っているし、胸には薄くなってはいるが火傷のような跡もある。脇腹の引き攣れた皮膚も過去の怪我を思わせた。 そうと気づいたのは最近のことだ。 初めのうちは、ただ夢中で相手の身体に目を向ける余裕なんてどこにもなかった。今は余裕があるのかといえばそうとも言えないが、それでも何度も肌を合わせればいい加減指や肌が彼の傷跡に気づく。 「気になるかい?」 情事の後、手を繋いで向かい合ってベッドに横たわっていたらそう問われて、目を瞬いた。 「え?」 「僕の身体の傷跡」 一言も聞いていないのに言い当てられて、思念を零していただろうかと慌てる。 「違うよ。君の目が、ときどきね。傷跡を見ている」 そんなつもりはなかったけれど心当たりは十分にあることで、ジョミーはバツが悪く僅かに目を伏せた。 「……思念を零したかもって、聞こえた?」 「今のも、君の表情を見ていたらわかる。君はもう少し表情の駆け引きを覚えたほうがいいだろうね」 ブルーは楽しそうに声に出して笑う。 身体を繋いだ後のブルーは、いつもより少しだけ感情表現が素直だ。気分が高揚しているせいだろうとは以前本人が語った分析だったが、そんなブルーを知っているのは自分だけだと思うと、その事実にジョミーの気分も高揚する。 「もっとも、素直な君だから可愛い表情もたくさん見せてくれるのかもしれないと思うと、少し惜しいかな」 繋いでいた手を引かれて、指先に口付けを落とされる。 息は整ってきたけれど、まだ身体の火照りは取れない。指先への僅かな刺激に、ジョミーは目を細めた。 「ほら、ね。いい顔を見せてくれる」 指先を口に含まれて、舌が絡む温もりに身体の奥にくすぶっていた熱を煽られる。 「ブルー……もう、だめだってば」 嬲られる手を引こうと力を込めると、思いの外あっさりと口腔からは解放された。けれどまだ手首は掴まれたままだ。 「気になるのは肩かい?胸かい?それとも脇腹?二の腕のほうかな」 例に上げられた箇所にどきりとして身を竦ませた。ブルーの身体のそこかしこに残る、傷跡。失礼かと思ってあまり気にしないように振舞っていたのに、無駄な努力だったらしい。 「大丈夫、心配しなくとも僕は気にしていない。大抵はアルタミラ時代の名残だが、幾つかはシャングリラを作った後のものだ。君はこんな跡を付けるようなことにならないよう、気をつけるのだよ?」 「そんなの気にしなくても、ぼくは小さいものだけど、元から傷だらけだ」 「ああ……木に登って落ちたときに枝に引っ掛けたこめかみの傷もあったね。サッカーの試合でスパイクが掠った太股の傷も残っていた。近道をしようと飛び越えた柵に引っ掛けた肘の傷や……」 「待って!?あなたどうしてそんなに色々知ってるの!?」 自分でも忘れていたような話を上げられて目を白黒させれば、ブルーはにっこりと笑顔で答える。言葉はなくとも十分だ。 「……思念体で様子を見てたんだっけ……でもそんなに頻繁に見てたの?」 「そうでもないよ。思念体といえどあまり飛ばすと君がユニヴァーサルの網に掛かってしまう危険があったからね。時折見ていただけだ。そしてその時折で、あれだけ怪我をしている姿を見ていると、心配が増そうというものだ。元気が良いのはいいけれど、短気はよくない。これからは短気が元で怪我を増やすなんて真似だけはしないで欲しい」 「うん、気をつける。あなたを心配させたくないからね」 「痛い思いをさせたくないんだよ」 自分の身を案じなさいと言われてジョミーは首を竦める。 けれど、その言葉に向かい合ったブルーの胸に視線を落とした。 薄れた火傷の跡。 「醜い跡だ。君の身体には付けたくないね」 「それはあなたの生きてきた軌跡だ。醜いなんてことはない」 軽くおどけたように肩を竦めたブルーを戒めるように、ジョミーは少し目に力を込めてむっと眉を寄せる。 「あなたの痛みを思うと、悲しくなるよ。でもこの傷跡の数だけ、あなたが生きてここにいることに感謝したくなる。生きてきたから傷跡が増えたんだ」 向かい合うブルーに身体を寄せて、そっと抱きつくようにして肩に手を回す。 「大好きな人の傷跡を見て、こんな気持ちになるなんて信じられない。アタラクシアにいた頃は、ママやパパの傷跡を見ても痛そうだと悲しくなるだけだった。なのに………ねえ、やっぱり信じられない。あなたの傷跡は、悲しくて、痛くて、でもとても愛しい」 こうして出会えたことに感謝したくなるほどに、ここにいてくれて嬉しい、と。 「……ごめんなさい。こんな不謹慎なこと」 その肩口に顔を埋めて、目を閉じる。 大切な人の傷跡を愛しいなんて、不謹慎だと思う。傷の数だけどれほどこの人が苦しんできただろう。 それでも傷跡は、治ろうとしたから付いたものだ。 生きようとし続けた証。 肩に頬を摺り寄せると、ブルーの腕が背中に回って抱き寄せてくれる。 「君の情の深さには、ときどき驚かされる。もう十分に知っているつもりなのに、僕の認識なんてまだ甘いと、思い知らされる」 それが嬉しいのだけどね、と囁いてブルーの口付けが髪に施された。 「傷跡ごと僕を愛してくれるのだね、君は。………僕の過去ごと、すべてを」 「でも、今からはもう増やさないでね」 愛しいのは、ここにいる今を思うからだ。この先はその限りではないと埋めていた肩口から顔を上げると、ブルーは苦笑して息をつく。 「僕はここで寝ているだけ……ああ、ひとつだけ僕が増やしたい傷跡があるのだが、ジョミー。どうか叶えてくれないか?」 「傷が欲しいって」 なんてことを言うのかと目を瞬くジョミーに、ブルーはゆるりと笑って握った手を引き寄せた。 「君の爪跡を、僕の背中に」 |
あちこち傷があるのに、顔は綺麗というあたりが…… 睫毛なんて全部抜いても30秒で生えるという 某美少年みたいな人なんじゃないかと(笑) |