迷い込んだそこが青の間と呼ばれる特別な場所であることを、後で知った。 まだ一度も一人で船内を歩いたことがないから、今日こそ探検だと誰にも告げずにこっそりと部屋を抜け出したのだが、ここはどこだろう。 思念波を使い呼びかければ、誰か大人が見つけ出してくれることはわかっていたけれど、夜中に一人で部屋を抜け出したことを咎められるのは嫌だ。 どうにか抜け出したことを気づかれないうちに自力で部屋へ戻ろうと、思念を漏らさないように注意しながら歩き回っているうちに、辿り着いた一つの部屋。 扉を開けたとたんに、足が竦んだ。 他の部屋とは違い、電灯がついていても薄暗い。おまけに、部屋を入って長い回廊を抜けた先にぼんやりと人影が浮かんだのだからたまらない。 上げそうになった悲鳴を、慌てて口を押さえることで飲み込んだけれど、人影はゆらりと動いた。 「ツェーレンか?」 聞き覚えのありすぎる声に、ぴんと背筋を伸ばす。 人影が誰かとわかった途端、薄暗いと思えただけだった部屋が、仄かな青い光が気分を落ち着かせてくれるものだと印象が変わる。 「何かあったのか………」 人影が、振り返って言葉を切った。 何か返事を返す前に、部屋の中央にいた人影が消えた。 その半瞬後、濃緑の外套が目の前に広がる。 「なんだ、お前か」 「ソ、ソルジャー……」 一瞬で部屋の中央から入り口まで移動した、この船の、ミュウの偉大なる指導者は、硬直した身体を軽くひょいと抱き上げる。 「こんな夜中に抜け出したのか?夜はしっかり眠らないと、大きくならいぞ」 「えっと………あ、あの」 赤い髪、それより少し深い色の瞳。 抱き上げられてあまりに近くにあるそれに、続く言葉が無かった。 いつもは、床から見上げる秀麗な顔がすぐ傍に。頭を撫でてくれる大きな手に抱き上げられて。 発育が遅い自分のことを、ソルジャーがいつも気に掛けていることは知っている。 母体出産は数こそ増えてきてはいるが、まだ主流であるとは言えない。人間はそれを恐れているし、ミュウは虚弱な者が多いので母体で胎児を育て出産できる人数が限られている。それゆえに、まだ出産例は数えて把握できるほどしかない。 その中で、もっとも新しく産まれた子供が弱い身体を持っている。昔はそれが普通だったと文献が残っている母体出産を主流にしたいと思っている大人たちが、虚弱な自分に注視していることを、知っている。 「それにこんな奥まで探検か?部屋まで送ってやるからちゃんと寝ろよ」 ソルジャーはそのまま部屋を出た。抱き上げられて振り返った先で、扉が閉まり青い部屋が見えなくなる。 「あ……の………」 「いつもの元気はどうした?ああ……迷子になって心細かったのか」 緊張して心の声が零れてしまった。ソルジャーは快活に笑う。 けれどそれは馬鹿にしたようなものでも、呆れた響きでもなく、どこか誉めるような優しさがあって、嫌な気持ちも情けない思いも覚えない。 「元気があるのはいいことだ。けど、探検するなら昼間にしろよ。夜は、子供が眠る時間だ」 「ソルジャーは?」 「ん?」 赤い髪の合間に手を入れて、その大きな肩に手を置いた。安定した力強い腕の中に緊張はするけれど、温かくて安心もする。 みんなを守ってくれる、導いてくれるソルジャー。 「ソルジャーは寝ないの?それとも……」 ひょっとするとちょうど眠るところだったのだろうか。部屋を覗いたのは一瞬のことであまり覚えていないけれど、そういえばあの部屋にはベッドしかなかったような気がする。 では自分はソルジャーの寝室に踏み込んだのかと、今更ながらに蒼白になると、ソルジャーは笑って首を振った。 「いや、あそこは初代のソルジャーの寝室だったんだ」 「初代……」 自分たちが憧れる偉大なるソルジャーは、三代目だという話は聞いている。初代のブルー、二代目のシン。そして、現ソルジャーは目の前のトォニィ。 自分たちが知るのはトォニィだけで、それより以前のソルジャーと言われてもあまりぴんとこない。 それを察したように、ソルジャーは頬を緩めて笑う。 「ぼくがお前くらいの頃は、よくこうしてグランパに……先代に抱き上げてもらった。ぼくにはブルーの想い出は少ないけど、ジョミーが覚えたすべては受け継いだ。ジョミーの記憶の中でも、ぼくの少ない思い出の中でも、とても優しい人だった」 「ジョミー」 「ソルジャー・シンのことだ。彼はブルーに望まれて、愛された。ぼくは彼に望まれて、愛された。ぼくはお前たちのことを望んで、愛しているよ」 ソルジャーはゆっくりと歩いていると思ったのに、いつの間にか抜け出した部屋の前についていた。 「初代の部屋で、何をしていたの?」 その質問が不躾なものだなんて、そのときは思い至ることができるほどの分別はまだなかった。後になって思えば自分で自分を殴りつけたいほどだ。 けれどソルジャーは開けた扉を潜り、同室の子供たちを起こさないように声を潜めて小さく笑う。 「あそこには、ジョミーの思い出があるんだ」 初代の寝室なのに、想い出は二代目のものだという。 おかしくないだろうかと首を傾げているうちに、ベッドの上に降ろされた。 「さあ眠るんだ。しっかり眠って、しっかり食べて、大きくおなり」 優しく頭を撫でられて、小さいことで心配を掛けていることに申し訳ない気持ちになって俯いてしまう。 「ごめんなさい……」 身体が弱くて、だから心配ばかりかけて。 けれど返事は、優しい口付けを額に贈ることで返された。 「俯くな。身体が弱いことより、心が弱いことのほうがもっと恐い」 「心……」 「ぼくがお前くらいの頃は、それに気づかずにジョミーを随分困らせた。元気ばかり有り余らせて。ジョミーはそれを受け入れてくれたけど。大切なのは、自分を見失わない心だと、気づくまでに随分時間が掛かった」 二度三度、軽く頭を叩いて、ソルジャーは屈めていた腰を伸ばす。 廊下から差し込む光を背にしていて、背の高いソルジャーの表情は見えなくなる。 「だから自分を恥じるな。恥じれば心が弱くなる。大事なのは自分にできることを、できる限りで行うことだ。皆と同じでなければならないなんてことは、ない」 表情は見えないけれど、きっと優しく微笑んでいることはわかる。 「差し迫っては、夜はきっちり眠ることだな。お休み、ちゃんと寝ろよ」 ソルジャーは手を振って小さな笑いを落とすと、濃緑のマントを翻して部屋を後にした。 身体が弱くて、心配をかけて。 だから、一人でも探検が出来ると自信をつけたかった。 けれどそれは、間違った勇気の見せ方だ。 贈られた口付けと、撫でられた大きな手と。 額と頭に手を当てて、くすぐったい気持ちでベッドに潜り込む。 できることをしよう。 きちんと眠って、たくさん食べて、そうしたらソルジャーは誉めてくれるから。 大切なのはきっと。 |
三代目ソルジャーとミュウの子供の話。 オリキャラ……す、すみません出来心です。 ソルジャーは代々子供たちに好かれるようで。 ヒーローですから! |