「………なにこれ?」
朝の目覚めと共に何かの違和感を覚えたジョミーは、気だるげにのそりと起き上がる。
大きく口を開けて欠伸を零しつつ、寝癖のついた髪に手を突っ込み乱暴にかき回しながらブランケットを捲くって、しばし動きを停止した。
見えた光景に、寝惚けているのだろうかと首に手を当て、軽く回す。
骨が鳴ってほんの少し目が覚めて、改めて捲くったブランケットの中を覗いた。
光景は、何も変わっていない。
「………なに、これ……?」
そうして、寝惚けていたために鈍かった反応が、逆に目が覚めたせいで顕著になる。背中を恐怖が駆け上り、全身に広がった。
「な………なにこれーっ!?」


「どうした!ジョミー!」
思わず上げてしまった悲鳴は、ジョミーの動揺を表すように艦内を駆け巡る。
予想に違わず真っ先に駆けつけたのは、サイオンによる空間移動という反則技を持つソルジャー・ブルーだった。
「ブルー!」
ジョミーは基本的に部屋にロックを掛けない。それはいつでも緊急時など誰が来てもすぐに入って来れるようにという意味の他に、誰に対しても常にオープンであろうとする表れでもある。
けれど何にでも例外というものは存在する。
誰であろうと訪問者を拒絶することのないジョミーが、唯一その突然の訪問に顔をしかめるのが、現在駆けつけてきたブルーその人の場合だ。
ブルーはそれが不満らしいのだが、ジョミーが怒るのはブルーがほぼ毎回、テレポートで飛んでくるためだ。あれほどサイオンを無駄遣いするなと言っているのに、本人はこれくらい大した消耗ではないとか言って聞き入れてくれない。
本日もブルーはやっぱりテレポートで現れたけれど、いつもの調子で怒鳴りつけることはできなかった。
「あ……ブルー………」
ぎゅっとブランケットを握り締め、不安そうに眉を寄せて、何かの病気かもしれない今の状態を言ってしまいたい。
けれど、ブルーに心配をかけることだけはだめだ。青の間で大人しくしていてもらうためにも、ブルーにだけは。
「ジョミー?」
テレポートで訪れたことを怒るどころか、何の言葉も告げずに震えるジョミーに、ブルーは案じるように眉を寄せて足を踏み出そうとする。
「な、なんでもない!」
ジョミーは握り締めたブランケットを胸元まで引き上げながら、片手を突き出して近寄るなとブルーを制した。
「なんでもないから!あなたは早く部屋に戻って!」
「何でもないなどと、そんな様子で」
「いいから戻ってください!ちょっとびっくりすることがあっただけだから!」
「その驚いたこととは……」
「あとでちゃんと説明に行きますから!」
ベッドの方へ僅かに手を伸ばし、一歩前へ踏み出した状態のまま、ブルーは少し不満そうではあったけれど、それでもマントを翻す。
「分かった。君を怒らせるのは本意ではない。どうやら差し迫ったことではないようだから今は帰るが、後で必ず僕のところに来るんだ。いいね?」
「う、うん」
肩越しに念を押すように強い瞳で命じられたことにジョミーが素直に頷くと、ようやくブルーは部屋から姿を消した。
ほっと息をつきながら、そういえば二度もブルーにサイオンを使わせてしまったと眉を寄せる。
けれどもしもこれが病気などで、ブルーに移してしまうようなことがあるかもしれないと思えば、ジョミーがブルーを連れて戻るために近付くわけにもいかなかった。
まずは誰か……リオか、あるいはドクターに相談をして、これがどういった状況なのか、それを知る必要がある。
「……なんでこんなところが腫れるの……?」
捲くったブランケットの下、薄暗いそこに並んだ足の間に、こんもりと膨らんだ股間を再び確認して、ジョミーは不安に動揺しつつ唾を飲み込む。
「なにか病気…かな……」
一体この下がどんな状態になっているのか確認しておこうと、ベッドの中でごそごそと寝間着の下衣と下着をずり下げる。
「ひゃっ」
きっと重く腫れぼったく膨れているに違いないと思っていたそこは、下着をずらした途端に勢いよく外に飛び出してきた。
思わず驚いて手を離したジョミーは、困惑に眉を寄せながらブランケットの中でそっとそれに指先で触れてみる。
「………ものすごく腫れてるのかと思ったけど……」
間違いなく大きくはなっていると思う。トイレに行ったときに触れるのとは太さが違う。
けれど予想していたのは、もっと蚯蚓腫れのような浮腫であって、こんな形はそれなりにそのままで上に伸びるといった状態ではなかった。
それに、手触りがいつものものとは違う。
「や……やっぱり病気?身体の一部が硬くなるなんて……」
常々、頑丈であることが取り柄だと豪語しているジョミーだが、それは逆に病気などの事態には慣れていないことに繋がる。医務室に行くのは常に怪我が原因で、病気でのことは一度もなかった。
健康な者ほど、己の身体を過信して大病を患うなんて言うけれど、まさにそんな状態なんだろうか。
よりにもよって、こんなところに異常をきたすなんて!
今にも泣き出しそうになりながら、とにかく医務室に行ってみようとジョミーは立ち上がった自身を掴んで下着に押し込めようとする。
こんな状態ではろくに歩けないから、さっきいきなり入ってきたブルーのようにテレポートで移動するしかない。かといって、医務室にいるのがドクターだけとは限らない。女性がいるときのことも考えると、さすがにこれを出したままで移動はできない。ジョミー自身の恥じらいとしても。
「……って、なんかもっと硬くなってきた?……それに……なんだか……」
腰の辺りというか、身体の奥というか、むずむずとくすぐったいような、もどかしいような、そんな得も言われぬ感覚がじわじわと湧き上がってくる。
「なんか……身体が心なしか……熱い、ような……」
やっぱり病気だ。どうしよう、ブルーの跡を継いで立派なソルジャーになるんだと誓っていたのに、こんな変な病気になるなんて。すぐに治るものならいいけど、もしもこれが治らないとか、治療に時間が掛かったりしたらどうしよう!
ジョミーは半ば混乱しながら、触るほどに硬くなる性器を下着の中に押し込めようと力を込める。
ふと、尿意に似た何かを覚えて、ざっと背筋が凍るような寒気に襲われた。
この上で、こんな歳になって漏らすなんて冗談じゃない!
慌ててブランケットを跳ね上げて、ベッドから足を降ろそうとしたところで突然部屋の扉が開いた。
「ジョミー、今ソルジャーから君の……」
扉を開いた状態で、ハーレイが驚愕に目を見開き、口を唖然と開けたままその場で凍りついた。
凍りついたのはジョミーも同じだ。病気のことや、こんな格好を見られたということや、恥ずかしいやら恐ろしいやら、色々な感情がぐしゃりと混ざって声も出ない。
足の裏がトンと軽く床に触れ、堪えていたものが握った性器から飛び出した。
「あ……っ」
「も、申し訳ない!」
それと同時に、顔を赤く染めたのか青く血の気が引いたのか、目を白黒させたハーレイが慌てて出て行こうとする。
「待って!」
ジョミーはその手と、床を濡らす白い液体に両手を震わせながら、その背中を縋るように呼び止める。
「待ってくれハーレイ、どうしよう、ぼく、どうしたら……」
「い、いやジョミー……それはそんなに恥じる行為でもないと……」
背を向けたまま扉に手をかけ、今すぐにでも出て行きたい雰囲気でしどろもどろに言葉を濁すハーレイに、ジョミーは白く汚れた手を握り締めて首を振る。
「そ、そりゃ漏らしたことは恥ずかしいけど……で、でも!どうしよう、ぼく病気だ!おかしくなった!」
「病気?」
言葉を濁す様子だったハーレイの声の動揺がぴたりと収まった。けれどまだ背を向けたまま振り返らない。
「だって!あ、朝起きたらこんなところが腫れてて、それで白いおしっこが!」
握った両手に、恐る恐ると目を落とす。開いた指を伝い落ちる液体は、通常の尿とは比べものにならないくらいにとろりと指に纏わりつく。尿なんて、普通は水みたいなもののはずなのに、白濁と色がついているどころか液体の状態までおかしいなんて。
カタカタと小刻みに震えるジョミーはそれどころではなかったので気づいていなかったが、入り口でハーレイは頭を抱えてしゃがみ込んでいた。



「どうしよう、ドクターなら治せるのかな……こ……こんな……っ」
「ジョミー、それはドクターでも治せない」
というか、治したくないだろうと呟きながらハーレイは片手で半分顔を覆ったまま立ち上がって振り返る。
「そんな……な……おらない……の……?」
「いや、そもそも治る治らないの話では……ジョミー!?」
あまり直接少年を見ないようにと僅かに様子を伺うつもりだったハーレイは、青褪めて大粒の涙をボロボロと零すジョミーに、ぎくりと身を震わせる。
「な……なおらない……なら……ぼく……ぼく、もしかして」
「い、いやジョミー!言い方が悪かった!」
大慌てで反転してベッド脇までやってくると、濡れた手で涙を拭おうとするジョミーの手首を掴んで無理やり降ろさせて、代わりにその頬を掌で撫でて拭う。
「そう深刻に考えることはない。ジョミー、それは……」
『ジョミー、おはようございます。今朝は一体どう……』
軽いノックと共に扉が開き、ぎょっと振り返ったハーレイは、廊下に立っていたリオとしっかり視線を合わせてしまった。
硬直したリオとハーレイの沈黙の中で、ジョミーのしゃくりあげる泣き声だけが響く。
夜着の下だけを脱いで、下肢を顕わにしたジョミーの手も、近くの床も、ジョミーが吐き出した精液で濡れ、ジョミーはただ涙を零して泣いている。
その細くて今にも折れてしまいそうな手首を掴み、ベッドに半ば乗り上げるように膝を掛けて、その頬に触れているハーレイ。
『………遺言があれば聞きます』
「前置きもなしか!?待て、誤解だ、リオ!」
真顔で言い切るリオに、慌てて手を振るハーレイの傍で、ジョミーが小さく呟く。
「ゆい……ごん……」
リオは部屋に入るとすぐに扉を閉めて、ロックも掛けた。ジョミーの名誉のために、この状況を人目に触れさせるわけにはいかない。
『ジョミーから手を離して、壁に向かって両手をついてくださいキャプテン』
「私はどこの犯罪者だ!」
悲鳴を上げたハーレイは、こんなときに届いた思念に思わず舌打ちをしかけ、慌ててなんでもないと返答を返そうとして……リオに割り込まれた。
『ソルジャー・ブルー!今すぐ来てください!』
「なっ」
動揺していて、思念のやり取りが僅かに漏れたらしい。交感していた相手を正しく察知したリオのただならぬ様子の呼びかけに、驚いたのはハーレイだけではない。
「だめっ、リオ!ブルーは……っ」
既に呼びかけた後だ。リオを止めても仕方のないことで、すぐに空気が揺らめいたと思うと何もなかった空間に藤色がはためいた。
「どうした、リオ。ジョミーは…………」
音もなく床に足を降ろしたブルーは、その体勢のまま立ち尽くす。驚愕に見開かれた紅い瞳に、ハーレイは言われるまでもなく両手を上げて壁まで後退りして背中をぶつけた。
「違います!違いますブルー!」
「……君を信頼していたから、ジョミーの様子を見てきてくれと頼んだのに……ハーレイ。まさかそれをこんな形で」
音もなく流れるように動いたブルーの背後にゆらりと立ち昇って見えたものは、もしかしなくても殺気だ。
「待っ」
両手を突き出し待ったをかけるハーレイに一歩で肉薄するはずだった。けれど思わぬ方向から衝撃を加えられてブルーはハーレイから外れて横によろめいた。
横からタックルするように抱きついてきた小さな身体を抱き留めて、ブルーはどうにか転倒を免れ壁に背中をぶつける。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ブルー!」
「ジョミー……」
傷ついて泣く愛しい子供に、ブルーは纏っていた殺気を消してその頬を優しく撫でて涙を拭う。
「君が謝ることなど何もない。大丈夫、ハーレイに何をされたのでも、君が汚されたなんてことにはならない」
誤解だ!
声にならない悲鳴を上げてただひたすら首を振るハーレイとは別に、ジョミーもまたゆるゆると首を振った。
「あ……あなたの後を継ぐって……あなたを地球まで連れて行くって、そう約束したのに……」
「ジョミー?」
ジョミーは涙に濡れた目でひくりと喉を鳴らすと、嗚咽を漏らしながらブルーの胸に縋りつく。
「ぼくのほうが先に死んじゃう!あなたとの約束を守れない……っ」
「なっ………」
衝撃的なジョミーの告白に、ブルーとリオは同時に色をなして絶句した。
恐らくブルーとリオの中ではかなり深刻な事態になっていると思うのだが、ハーレイは額を押さえて溜息をつく。
「……精通です」
蒼白になる二人の耳に、ハーレイの溜息混じりの声が届いた。
入り口と壁際から、ゆっくりと視線が集中して、ハーレイはもう一度繰り返した。
「ジョミーは精通のショックで混乱しているだけです」
「………精通?」
ブルーはリオと顔を見合わせ、同時に抱きついて泣きじゃくる子供の背中に目を落とす。
無意識にその背中を宥めるように撫でている手を見ながら、もう一度ハーレイに問い返した。
「精通で、どうして死ぬことが?」
「ですから、どうやらアタラクシアでは性教育はすべてシャットアウトしているようです。それが何かを知らずに、病気だと思い込んだようで……」
力尽きたように肩を落としたハーレイに、リオは顔を覆って俯き、ブルーはジョミーの背中を撫でながら天井を見上げる。
そうして、三人三様の心境で深い深い溜息を零した。






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ハーレイはいつでも被害者です(笑)