「大体、自分は追い出されたから私にジョミーの様子を見に行けと命じたのはあなたでしょう。あの短時間で私が何をするというのですか!」
苦情を訴えるハーレイから事のあらましを聞いたブルーは、その苦情にはおざなりに頷いて、抱きついて泣きじゃくるジョミーの頭を優しく撫でながら可愛い誤解を否定する。
「ジョミー、よく聞きなさい。それは病気でもなんでもないよ」
「……びょ……うきじゃ……ないの?……で、でも」
「ハーレイが治せないと言ったのは、それが自然に起こることだからだ。おめでとう、また一歩大人に近付いたね」
その頬を撫でて髪を後ろに梳きながら額にキスを贈ると、ジョミーはまだ涙に濡れる目でブルーを見上げた。
「大人……?でもぼく、もう成人検査は……」
「それは形式のものだ。今の社会の仕組みというものを教える知識の上での境界線だよ。
身体の成長は個人の資質による。君がこのことについて何も知らなかったのは、まだ精通を迎えていなかったからだ。育英都市では、精通、あるいは初潮を迎えた時点で最低限の性教育プログラムを与えられる。成人検査までにプログラムを終了していなければ、そこで与えられる。君の成人検査は僕が途中で邪魔をしたから、君は何も知らなかったんだね」
「……詳しいですね」
まだ壁に張り付いたまま、事の成り行きを見守っていたハーレイが小さく呟く。
確かに、敵を知るためにシャングリラではテラズナンバーの教育システムについても色々と解析はしていたが、性教育の類は思想教育とは無関係と見なしてほとんど調べてもいなかったのに。
そんな疑問を抱いたところでブルーの視線が向けられて、うっかり口に出していたことに気付いて慌てて口を塞ぐ。
だがブルーは不快感を見せるどころか淡々と頷いた。
「僕も最近調べた。ジョミーが生まれてから、ジョミーに関わるであろうことは調べられる限りすべてね。ジョミーを導くために必要な要素が、どこに転がっているか分らないだろう?さすがに精通を迎えたかまでは知らなかったけれど、性教育プログラムを与えられた形跡はなかったから、予想はしていた」
あんたそこまで調べ上げていたのか。
とか。
ジョミーのプライバシーはどこへ。
とか。
壁際とドアの近くから呆れたような思念が送られてきたが、ブルーは涼しい顔で涙に濡れたジョミーの頬を掌で拭う。
「ぼくのために……そんなことまで……?だって、ユニヴァーサルの機械に接触したら危なかったでしょう?どうしてそんなことまで……っ」
「君が大切だからだよ。君を見つけたときから、君のためならなんでもしようと思った。君の成長を見守っていて、その想いはますます強くなった。そうして、傍にいてくれるようになって、君のことを新たに知るたびに、もっと大切にしたくなる」
額に、こめかみに、瞼にと柔らかな口付けを落とされて、ジョミーはようやく強張っていた頬を少し緩めた。
「ブルー……」
騙されている。良い話風に聞える言葉に騙されているぞ、ジョミー!
ハーレイは壁際からジョミーに対して、閉ざした思念で警告をしたがもちろん閉ざしたものが届くはずもない。
「じゃ……じゃあ、ぼく死んだりしないんだ……」
「そうだよ。心臓に悪いから、そんなことは二度と言ってはいけない。いいね?」
「うん……ごめんなさい。リオが『遺言』って言ったときに、ブルーに謝らなくちゃって、そればかり考えていたから……」
『ジョミー!あれはキャプテンに言ったことですよ!?』
「リオ………」
それは事実なのだが、誤解は既に解けたのだが、なぜだかハーレイは目頭が熱くなるのを感じた。
「うん……でも、ぼくは自分が死んじゃうと思い込んでから。それで、頭の中がブルーのことでいっぱいになっちゃった。約束を守れないことが悲しくて、ブルーともう一緒にいられないことが苦しくて……ブルーの願いを叶えられない自分に腹が立って悔しくて仕方なくて」
「ジョミー……」
自嘲を込めて俯くジョミーに、ブルーはその細い身体を力を込めて抱き締める。
「そんなにも僕のことを」
「ごめんなさい。ぼくはあなたの跡を継がなくちゃいけないのに、シャングリラのみんなことも考えなくちゃいけないのに……それなのに、あなたのことだけでいっぱいだった」
背に回した手にぎゅっと力を込めて抱きつくジョミーに、ブルーはその身体をマントで包み込みながらそっと吐息を零した。
「確かに、長としてはいけないことだ。だがそれを僕に謝ることはない。なぜなら、僕もソルジャー失格なことに、ジョミーの想いに歓喜で打ち震えているのだからね」
「ブルー……」
見つめ合い、ひっしと抱き締めあう二人の姿に、ハーレイは壁と同化するように張り付いて現実から目を逸らす。
一体どうして、性への知識不足からの誤解なんてことを理由にいちゃつけるんだこの二人。
『ところでそろそろジョミーはシャワーを浴びた方がいいと思いますよ』
淡々とした指摘と共に、ばさりとシーツを剥ぐ音が聞えてハーレイはぎょっとする。
ジョミーはきょとんと目を瞬き、ブルーは邪魔をされたことに眉を寄せて、汚れたシーツを取り替えようとするリオに目を向けた。
『洗い流したほうがいいでしょう?乾くと固まってしまいます』
シーツの濡れた部分を見せてもっともな指摘をするリオに、ブルーは軽く息を吐いた。
「確かに。では身体を清める時間を使って、僕が色々と正しい知識を教えてあげよう。ジョミー、しっかり掴まっていなさい」
「え?」
「ソルジャー!?」
『ジョミーはまだ』
細い腰を抱き寄せて、移動の気配を見せたブルーに三人はそれぞれの反応を示す。
『子供なんですよ!』
「犯罪はいけません!」
「テレポートならぼくがするー!」
ジョミーの身を案じた二人とは違い、ジョミーは純粋にブルーがサイオンを使うことだけを気にかけたらしい。何をされるか、まったく分っていないから。
けれど人の話など聞く耳をもたないブルーと、ブルーに抱えられたジョミーの姿は一瞬で掻き消える。
「ああ……ジョミー……」
少年の行く末を思い、がくりと膝をついて肩を落とすハーレイに、リオはやれやれと溜息をついて丸めたシーツを小脇に抱えた。
『いくらソルジャーでも、ジョミーに無体なことまで強いたりはしないでしょう。何しろ精通を知らずに死んでしまうと勘違いするほどですし。行き過ぎる可能性が、若干不安ですが……』
「リオ!お前はどうしてそう落ち着いている!?ジョミーがよからぬ目に遭うと分っていて!どうしてそう慣れているんだー!」
『キャプテンこそ、いい加減に慣れてはどうですか。私は最終的にジョミーが幸せになれるのなら、後はソルジャーのお好きにされていいと思いますよ』
若者についていけない。
項垂れたハーレイは、リオの意見が若者というよりジョミーを中心にしか考えていないということには気付いていなかった。



身体が反転したような、一瞬の違和感の時を抜けると、そこは見慣れた部屋だった。
着地に備えたというのに、足元の不確かさのせいで踏み外して後ろにぐらりと揺れる。
「う、わぁっ」
「おっと」
床を想定していたのに、現れた場所がベッドだったからだ。転んでも痛くはないけれど、ジョミーを抱きかかえたブルーごと一緒になって引っ繰り返ってしまう。
「ご、ご、ごめんなさいブルー!大丈夫!?でも移動はぼくがやるのに、ブルーはサイオンを使っちゃだめだよっ!」
上に圧し掛かるようにして倒れたブルーの肩を擦って怪我がないかと気に掛けながら、同時に本日四度目の移動を行ったことを注意することも忘れない。
ブルーの身体を心配してのことなのに、当のブルーはさほど反省した様子もなく上に覆い被さったことを幸いとばかりに頬や耳にキスを繰り返してくる。
「ちょっと!ブルー、あのね……ひゃっ」
するりとグローブをつけた手に下肢を撫でられて、ジョミーは自分の格好にようやく思い至った。
「わ、だめっ!き、汚いよ、ブルーの手が汚れちゃう」
服を脱いで下半身を出していることも恥ずかしいけれど、その周囲を汚しているもののことを考えるとそちらのほうが余計に気になる。手についたあの白い液体は、どろりとして粘り気というほどの粘着性はなかったにしろ、水のようとはいかない状態だった。
そこまで思い出して、はたと気づく。
「わーっ!どうしよう、ぼく思い切りブルーの服を掴んじゃった!」
早く洗わないとと慌てるジョミーに、一向に上からどく気配のないブルーは少し考えるようにふむと唸った。
「これはこれでとても可愛いけれど、恥じらいというものは、これがなかなか侮れないスパイスでね」
「何わけの分からないこと言っているの?とにかく脱いで!シャワールームで一緒に洗ってきますから……」
「服は、まあ後でいいさ。それからジョミーの身体は」
圧し掛かる人を押しのけようとして、けれどこれ以上はその服を汚せないと肘を使ってどうにかしようと間に捻じ込んで苦慮していると、その手首を掴まれる。
「ブルー?」
目を瞬く間に、その半分乾きかけていた指をぺロリと舐められた。
「え………っ!」
絶句している間にも、ブルーは手首を掴んだままジョミーの指と指の間に舌を這わせて行く。
「き……汚いよブルー!それ、ぼくのあ……あそこから……」
「汚くない。ジョミー、これは大人になった証のものだと言っただろう?」
ブルーは白く汚れた液体を舌ですべて舐め取って、今度は唾液で濡れたジョミーの手を掴んだまま頬に口付けをする。
「で……でも………」
「では少し授業だ。いいかい、この白い液体は精液といって、前立腺と精嚢からの分泌液で構成されている。そうだな……細かな話は省略するとして、これは人が形成される元となる一部でもある」
「……ヒト………?ヒトって人間ってこと?」
「そう。人からは人、動物のものならその動物。それぞれの遺伝子情報を持った精子というものがこの中に含まれる」
あまりにも突拍子もない話に、ジョミーは目を瞬いた。
ここから人が形成されると言われても………これから?
ジョミーは舐め取られて既に手には残っていない先ほどの液体を思い出して、ブルーの唾液に濡れた自分の手をしげしげと眺める。どう思い出しても、信じられない。
「言っておくがジョミー、僕も君も、人工的に受精した卵が成長して人となったのだから、同じものから形成されているのだよ。卵子と呼ばれる女性が持つ、卵の元と結合することで、はるか昔は女性の体内で、現在では人工子宮の中で、細胞分裂を繰り返し人の形になっていく。この辺りは後でライブラリーで映像を見るといいだろう。ちょっとした特殊技術を見ている気分になれる」
「ふーん……」
にわかには信じがたい話ではあるけれど、ブルーがそう言うならそれが本当なのだろう。
ブルーは時々ジョミーをからかうような嘘を言うこともあるけれど、大切な話ではそんなことはしない。それが人の誕生というものに関わる話ならば、決して嘘のはずがない。
「だからこれは、大切なものではあっても、恥ずかしいものや、恐ろしいものではない。ましてや、汚いなんてとんでもない」
「そう………なんだ……」
そうは言われても、どうにも出てきた場所が場所だけに、素直に首肯し辛い。
「けれど、出てきた場所がそう思わせてくれないのかな?」
ブルーは緩やかに口角を上げて、ジョミーの内心を指摘した。ずばり言い当てられて、ジョミーは返答に窮する。
「確かに、その感覚は当然だろう。正直なところ、大切なものだと言っても僕もジョミーのものでなければ口にするのは憚られる。そうだな……触ること自体もあまり」
「やっぱり!そうでしょう?やっぱり汚いよ」
「ジョミーのものでなければ、と言っただろう?」
いつの間にグローブを外したのか、素肌を晒した掌で下肢を撫で上げられて、ジョミーは背筋にぞくりと一瞬走った感覚に、息を詰めた。
「え、ブルー、今汚いって」
「繰り返すけれど、ジョミーのものでなければ、だよ。愛しい君の身体の一部を嫌悪することなど、ありえるはずもないだろう」
ブルーはさらりとジョミーの髪を撫でて顕わになった耳に音を立てて軽く口付け、身体を起こす。
ようやくどいてくれたと一緒に起き上がろうとしたジョミーは、けれどブルーの身体が再び沈んでいく様にきょとんと目を瞬く。
「ブルー……って!ちょっと!なんてところにか、か、かお、顔、顔をーっ」
身を屈めたブルーはジョミーの足を折り曲げて膝を立てさせ、その上で割り開いた下肢に顔を埋めようとする。
「あ、あなた一体何考えているんですか!そんなとこ見ないでっ」
「君の身体に汚い部分など、僕にとっては存在しないと証明しようと。大丈夫、優しくしてあげるから安心して身を任せなさい」
「優しくってなにが!?」
出来る限りと夜着の裾を下に引っ張るけれど、下衣も下着もない状態では隠しきれない。
「もういい!授業はいいですっ!ぼくシャワー浴びてくるー!」
裾を引っ張り降ろしながら、ブルーの額に手を当てて押しのけようと力を込めると、ブルーは渋々といった様子でようやく半身を起こしてジョミーと正面から向き合うようにベッドに座り直す。
「では、シャワーを浴びる前に、射精の仕方についても教えておくよ。これを後回しにすると、また身体を洗わなくてはいけなくなるからね」
「しゃせい?」
「先ほどの精液を体外へ出す方法だよ。君、今日は起きたらもう出していた?」
「え………う、ううん。あの……えっと……起きたら……ここが腫れてて……」
「自分で触ってみたんだね?」
「うん。腫れてるから驚いて下着を脱いだら、えっと……上手く仕舞えなくなって……でも医務室へ行くのに、ちゃんと服に入れちゃなくちゃ部屋から出れないし……」
恥ずかしいものではないと教えられたし、今はただあったことを説明しているだけなのに、なぜか居たたまれない気がしてくる。
ジョミーは握った裾をもじもじと擦り合わせながら、早くシャワールームに行きたい気持ちでブルーを伺った。
もういい?と訊ねた視線に、けれどブルーは深く頷くととんでもないことを言い出した。
「なるほどね。事務的なものでも、刺激に反応したんだろう。じゃあどうやったのか、見せてくれるかな?」
「………え?」
見せるって、何を。
何の冗談かと思ったのに、ブルーは真剣な表情のままで冗談だとは言ってくれない。
「え、で、でも無理だよ。だってもう腫れてないもの」
だからどうやったかなんて見せられないと慌てて、けれど同時にお陰で助かったと少しだけ安堵する。
だがブルーはそれで許してはくれなかった。
「ああ、そうか。では僕が立たせてあげるから」
「え!?」
手を掴まれたと思ったら、次の瞬間にはブルーの腕の中に抱き寄せられている。
「ブルー……っ」
するりと自然に滑るように下肢を撫でた掌に、ジョミーは思わず息を飲み込んだ。






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今更ですが、うちのブルーは取り返しがつきません。