「ところでジョミー、暖めるならもっと効率的な方法があるよ」
さあおいでと両手を広げるサンタクロースに、ベッドから足を下ろしたジョミーは胡乱な目を向けて、ヒーターのスイッチを入れた。
「この際、部屋が暖まるまでベッドに入っててもいいから、ちゃんとこの部屋で大人しくしててくださいよ」
椅子に掛けていたカーディガンを肩に羽織りながら念を押すように指を差すと、なぜかブルーが震えている。
「え、ちょっと!?やっぱり相当寒かったんじゃないですか!?」
そんなあからさまに震えるなんて、実は相当寒いのを格好をつけて誤魔化していただけなのかと慌てて手を伸ばすと、氷のような手に掴まれた。
「冷たっ」
「ベッドに入れだなんて、なんて積極的なんだ!僕は嬉しいよ、ジョミー!」
「はあ!?誰がそんな意味で……あ、ちょっと!」
文句を言う暇さえもなく、視界がぐるりと回った。
暗い天井は、すぐに闇にも映える銀の髪と白い顔、赤い瞳で隠される。
「ブルー!」
「肌を重ねるのは、確かに凍えた身体を温める常套手段だね」
「ここは遭難した雪山でも無人島でもないです!暖房もあるし温かい飲み物もすぐに用意できるから、あなたは大人しく待っててーっ」
降りてくる顔を押し返そうと両手で突っぱねる。指先が触れたところは、やっぱり氷のように冷たい。
顔を押し返そうと両手を上げていたら、寝巻きの脇から冷たい手がするりと入り込んできた。
「冷たいっ」
悲鳴を上げたところで、部屋の扉をノックする音が聞えた。
「ジョミー?」
今度は別の悲鳴を上げそうになった。
ジョミーは咄嗟にブルーを抱き込んでベッドと壁の間に押し込むと、掛け布団を上げてその下のブルーを隠して、自分もベッドに潜り込んだ。
「な、なに、ママ?」
「誰か来ているの?さっきからあなたの声が聞えたような気がするけど?」
眠っていたのか寝間着姿にカーディガンを肩に掛けた母親が、目を擦りながら扉を開けて首を傾げていた。
「まさか!こんな夜中に誰が……っ冷たっ」
笑って誤魔化そうとした瞬間、ジョミーは小さな悲鳴を上げた。
「ジョミー?」
「な、ななな、なんでもない!それより寒いから早くドア閉めて!」
「そう?ごめんなさいね。気のせいだったかしら……」
「ぼ、ぼくこそごめん。きっと寝惚けて寝言でも叫んでいたのかも!」
むしろ本当に夢で、寝惚けていたらどんなによかったか。起きていても寝言を言ってばかりのような人を夜中にベッドに隠して、親が傍にいるのに服の中をまさぐられているなんて。
そんなこととも露知らず、母親は頬に手を当て寝惚けていたのねと笑った。
「だったらいいわ。お休みなさいジョミー」
「お、おやすみ、ママ……」
扉が閉まりかけてほっとしたのも束の間、あっと声が聞えて再び扉を開けられた。悲鳴を飲み込むのが一苦労だ。
「ジョミー、暖房をつけたまま寝ちゃ駄目よ。光熱費が勿体無いし、部屋は乾燥するし、ベッドの中で暖まっているのに熱すぎたら汗をかいてしまうわよ」
「ご、ごめんママ」
ベッドから暖房のコントロールに手を伸ばすと、指先で辛うじてスイッチを切れた。
「ジョミーはものぐさね」
笑いながら扉が閉められた。ものぐさなんじゃなくて、後ろから抱きこまれていて起き上がれなかっただけだ。それに、起き上がって闇にも目立つ赤い服が見つかったら大変なことになる。
廊下と部屋を隔てても、声を出さないようにジョミーは唇を噛み締めながら慌てて服の下で自由に動く不埒な手を押さえつけた。
冷たい唇にちゅっと音を立ててうなじにキスをされて、震えながら軽く喉を反らす。
「や……っ」
手が、足が、唇が、肌を滑り絡ませて、触れ合う箇所から熱を奪われるように身体が冷えて震える。
廊下から、扉が閉まる音が聞えた。


「ブルーっ!なに考えてんですか!」
母親が寝室に戻ったとみたとたん、ジョミーは押し殺した声で怒鳴りながら首だけ巡らせて後ろをキッと強く振り返る。
「何って、暖めてくれるのだろう?」
「だれがこんな方法でって言いました?やめてよ!ママもパパも近くで寝てるんだよ!?」
「ではあまり声を出さないように頑張ろうね、ジョミー」
「なんでそうなるんだーっ!」
甘かった。この人に仏心なんて出さなきゃよかった。指先で胸の頂を押しつぶされ、爪先で軽く引っかかれて、ジョミーはきゅっと唇を噛み締める。
「ん……」
鼻に掛かった甘い声が漏れた。
耳元で小さく笑う声が聞えて、カッと頬が赤く染まる。
「ブルー!ホントにやだっ」
「君は自分の部屋ではとことん嫌がるね」
嫌がるって分ってるならするな!
心の底から怒鳴りつけたい衝動をどうにか押さえつけている間にも、片手はするすると肌を滑り降りていく。
「あっ、冷たい……ブルー………ひゃっ!」
敏感なところを冷たい手で握られた。すでにジョミーの身体をあちこち撫で回して熱を分けていたからまだよかったものの、最初の氷のような手で触られたらきっと後ろを蹴り上げている。
いっそ蹴ればよかったのかと思ったときには、もうブルーの手でかなり気持ちよくされてしまっていた。
氷のようだったブルーの手も、足も、もういつもの体温くらいには上昇している。いや、普段よりも熱いくらいだ。
それともこれは、ジョミーの身体が熱いからそう感じるだけだろうか。
肩を掴まれ、扉に向かって横たわっていた身体を倒される。やっぱり天井を見上げる間もなく、視界をブルーの顔で覆われた。
ジョミーの上に乗り上げながら、ブルーはサンタクロースの衣装をベッドの中で器用に脱ぎ始める。赤い上着から袖を抜き、下に着ていたシャツを落とし、白い肌が露になるのをジョミーはぼうっと眺めてしまった。
ブルーには絶対に言わないけれど、本当はこの光景を見上げるのが好きだ。
肉体派ではないと言う通りに肉付きがいいわけでもないけれど、病弱だとかいいながら、ブルーの身体は痩せすぎるということもない。きっと平均的な男子高校生くらいの身体つきだと思うのに、少しずつ露になっていく身体にいつも見惚れてしまうのだ。
顔がいいだけじゃなくて、全体的なバランスが取れているんだろう。
綺麗な人ってずるい。
ゆっくりと降りてくる端整な顔に、ジョミーはつい目を閉じてしまった。
重ねられた唇に、やっぱりつい薄く口を開いてしまう。胸を重ね合わせた肌も、まるで意志を持った別の生き物のように口内に入ってきた舌も、もう冷たいなんてことはない。
「ふ………ん………」
肩に手を置き、与えられる心地よさにうっとりと身を委ねる。
ぼくが初めてだなんて言いながら、この人本当に手馴れてるようにしか思えないけど、本当はどうなんだろう。
ブルーは絡め合うようにねっとりと重ねていた唇を離すと、そのままジョミーの首筋に顔を埋めた。
考えると胸が痛むから、あまり考えないようにしていることをつい思い浮かべてしまって、ジョミーは痛みに眉を寄せながらその背中に手を回そうと……。
して、見慣れた天井が目に映った途端に、正気に戻った。
「ちょっとブルー!ドサクサでなにするつもりですか!」
顎の下に手を入れて、思い切り上へ押し上げた。
「ぐっ……!」
ぐきりと音がするのではないかというくらい見事に顔を押し上げられたブルーは、悶絶して横に転がる。
ジョミーは慌てて起き上がり、手近にあったシャツでガードするように胸を押さえてブルーから距離を開けた。
油断していたのだろう。いつものブルーでは考えられないくらいにあっさりとその手管から逃れることができた。
「ジョ……ジョミ……」
「もう十分温まったでしょう!?帰ってくださいっ」
シャツを抱き寄せながら、片手で鋭く部屋のドアを指差す。
「合鍵を返して、さっさと出てって!」
「ど……どうしたんだい、ジョミー」
調子を確かめるように左右に首を振りながら起き上がったブルーは、上半身は裸で、下はチャックを下ろして下着まで下ろしかけという、間の抜けた格好になっていた。
しかしその間抜けさが、むしろ生々しい。
「〜〜〜っ!早くっ」
「ジョミー、そんな大声を出すとまたご両親が起きてくるよ」
怖いことを言われて押し黙ると、ブルーは下から窺うようにしてジョミーの顔を覗き込む。
「僕は何か君を怒らせるようなことをしたかな?」
怒らせると言えば、今日、このとき、今の事態のすべてがそうだ。
聞かなくても分るだろうと怒鳴りつけたいけれど、ブルーが言っているのはそういう意味ではない。
背中に手まで回そうとするくらいにまで流されてから、こんなに激しく拒絶したことは今までになかったことを言っている。
「こ、こんな、無理やり襲われるみたいなの、誰だって怒るよ」
それでも口元を拭いながらふいと顔を反らす。
だがブルーは目を瞬いて首を傾げる。
「僕は僕の部屋でも、生徒会室でも、いつでも半分襲っているようなものだが」
「自覚があるならやめてくれる!?」
てっきりいつものブルーらしい強引な変換で、最初から合意だったとかジョミーが誘惑したのだとか考えていると思っていたのに、襲っている自覚があったのか。
眉を吊り上げるジョミーに、ブルーは肩を竦める。
「それは君がいつでも拒絶するからだ。でも最終的には僕を受け入れてくれるじゃないか」
僕の部屋でも生徒会室でも保健室でも教室でもロッカールームでも。
そう繰り返された上に付け足された場所に、居たたまれなくなって顔を真っ赤に染める。
「それはあなたが強引だから!」
「でも僕らは恋人同士じゃないか」
「TPOってものを考えてよ!」
「ここは君の部屋で、秘め事にはぴったりの夜だよ?」
どこに問題があると返されて、ジョミーは言葉に詰まった。
生徒会室とか保健室とか、学校の施設の話はともかく、今日、今、このときで言えば確かに場所も時間も問題はない。
「マ、ママとパパが近くにいる」
両親に見つかったらどうする。正当な理由だと睨みつけると、ブルーはむっとしたように眉を寄せた。
「声を抑えるならいつものことだろう。学校ですることに比べたら、ベッドがある分やりやすい。ちゃんと僕が君の口を塞いであげるよ。いつもの通り」
「ぼ、ぼくの部屋には……ゴム、置いてない、し……」
「中で出さない。ちゃんと外に出すと約束する」
「そういう、ことじゃなくて、だってほら、場所が場所だし、清潔にしないと病気とか怖いし……」
「ゴムがなくてもしたこともあったと思うけど?」
「でもっ」
「君はいつでも自分の部屋では嫌がる」
先ほども言われたことを繰り返された。ブルーは気付いている。
「だ……だって……」
ジョミーの拒絶した理由が、時間でも両親でもなく、場所の問題だと。
溜め息をつかれた。
「本当の自分のテリトリーでは、僕を受け入れたくないということかい?」
「ちがっ……」
違うと言い切ればよかった。
けれど自分の部屋でしたくないことは事実だ。
ブルーはもう一度溜め息をついたけれど、今度は片方の眉を軽く歪めて、困っているように呆れているように見える、苦笑を浮かべた表情だった。
「すまなかった、ジョミー。君が本当に心の底から嫌がるなら、しない。帰るよ」
ベッドに脱ぎ捨てられていたサンタクロースの衣装に袖を通して、ブルーが支度を整える間、ジョミーはシャツを抱き寄せて身体を隠したまま、ずっと俯いていた。
ベッドが揺れて、ブルーは床に足を下ろす。
「鍵はプレゼントのリボンの裏にちゃんと挟んでおいてあるから。君の家の鍵はオートロックだから、それで大丈夫だね?」
俯いたまま小さく頷くと、苦笑と共にくしゃりと髪を掻き混ぜるようにして頭を撫でられた。
「風邪を引かないよう温かくしておくんだよ。おやすみ、ジョミー」
情けなくて、最後まで顔を上げることもできなかった。






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元期間限定のクリスマス話。
内容的には表の続きですが、続きとはちと違います。
表の二人とは進展度が違いますので!(あっちは健全です)
これまた裏の話が増えたら再削除予定。