■□ 聖職者の葛藤 □■
×ロクス ED後 性的表現あり

  

「シルマリル、今夜はゆっくり眠れそうだぞ。
 明日は朝の散歩としゃれ込もうか。」
 せまい村でも徒歩で回れば相応の時間はかかる。ロクスが戻ったのは暗くなってからの話で、彼の姿を見たシルマリルの曇った表情を見て彼は顔色を変えた。
「シルマリル、こっちでなにかあったのか?
 君をひとりにするなんて僕としたことが迂闊だった」
 しかしすでに「何かがあった」ことを決めつけて表情を険しくするロクスに対して、シルマリルは言葉を口に出来ないほど混乱しているなりに首を横に振った。
相応に世の中の汚い部分を見てきた彼が女の一大事と聞いて何を思い浮かべるかは明白とも言えて、ロクスの視線はベッドから腰を上げようとしないシルマリルの着衣や素肌の様子、髪の流れを細かく確認している。
「あ…この村で婚礼をあげるふたりの立会人をロクスにお願いしたいって……」
「なんだ、頼み事をされたのか。
 構わないだろ、先を急ぐ旅でもなし。
 で、誰に頼まれたんだ? そう言う話なら日取りとか確認しておかないとな。」
「宿の女将さん…私、ロクスの奥さんって言われて……」
「奥さん!? …こんな子どもみたいな女つかまえて…僕は変質者か……。」
 やっと口を開いたシルマリルの言葉にロクスの心配は瞬時に吹き飛んだ。けどやはり彼女が告げた狼狽の原因は彼を驚かせるには充分すぎて素っ頓狂な大声を挙げ、最後の方は悔しげなひとりごと同然にぶつぶつと苦々しげになにやら口の中で言った。
ひとりごとの中身はシルマリルに聞こえなかったけど、何を言ってるかなんてその苦虫でもかみつぶしたような表情から察しがつく。
「で、ですよね! ロクスだって困りますよね、女将さんに詳しい話を聞く前にきちんと誤解を解かないと」
「…別に僕は困ってないが。
 話を聞くのは夕食時でいいとして、その話はあとでにしようか。」
「でも」
「僕は村を歩き回って空腹なんだ。埃っぽいから風呂だって入りたい。」
 日取りの話は別に困ることでも何でもない。自分たちにとって大事なのはもうひとつの話だろうに、ロクスは空腹と風呂なんて理由でシルマリルを遮るとそれ以上その話を続けたくないと思わせる風情で背中を向けた。
 「あとで」、つまりはうやむやにする気はないらしい。
シルマリルは元不実な男の言葉を素直に受け取るしかなかった。



 「あとで」はシルマリルが思うよりずっと早くにやってきた。
「…で、僕の妻だと言われたことに面食らったんだな、君は?」
 切り出してきたのはロクスの方で、少し落胆したような様子を微かに言葉ににじませながら、シルマリルから目を離さずに言葉を続ける。
「要するに君はやっぱり子どもというわけだ。
 僕のことを好きだって言ってはいるが、その好きの質がどうやら僕とは違うらしい。」
「……え???」
「わかってはいたけどね…こうも目の当たりにさせられるとさすがに傷つくなぁ。」
 窓の向こうの月はまだ低い場所にいる。時間としてはそう遅い時間ではないけど当然日は暮れてしばらくたつから表は家明かり以外は真っ暗で、簡素な宿の部屋には大きくないランプがひとつだけ。ロクスはふたつあるベッドの片方に腰を下ろして片膝を立ててそれに頬杖なんてついて、シルマリルの返答を聞かずにひとりでがっかりした顔を見せている。
「…まだ子ども扱いするんですね。私たちの年齢はあなた達のそれとは違うのに…。」
「君は美しいだけの子どもさ。
 現に僕はそう思ってるからこそまだ何もしてないんだから。
 それに今の君はどう見ても16、7の小娘だ、僕だって前の話なら守備範囲外だし。」
 そのやりとりは、以前よく交わした言い争いそのもの。天使と背徳の聖職者、価値観の違う者同士よくぶつかったことで、今だって好きで頼りにしてすべてを捨ててきたのにロクスから子ども扱いされてシルマリルが憮然としている。
反論したくてもこういう話なら年かさのロクスの言葉には根拠も重みもあって、彼の言うとおりにこの手の話にはとんと疎いというか幼いシルマリルに混ぜっ返せるはずもない。
「…シルマリル、僕が好きか?」
「え?」
「君はそうしてふてくされてるけど、どういう意味で僕のことを好きなのかで僕だってどれだけ辛抱するのか考えなきゃならない。
 確かに君が一緒にいてくれる今の生活は満たされている、けど……」
「……けど?」
「そうやって聞き返すところが子どもだって言ってるんだ。
 ああ、僕も因果な女を本気で好きになったもんだなぁ。君の中身が大人になるまで待てなんてそんな殺生な話があるかよ…。」
「ロクス、あなたは私が子どもが兄や父親を慕うみたいな感情で好きだって言ってる、そう言いたいんですね?」
「違うか?」
「違います! だから…あなたが唇を求めてきた時だって……」
 しばらく下らない大人の男VSまだ中身が子どもの女のやりとりを繰り広げて、シルマリルは彼を選んだきっかけになった夜のことを思い出して耳まで紅くなるほどの勢いで頬を染めた。それは確かに子どもが兄や父を慕うそれではないことは間違いない。
シルマリルの表情は恋する乙女のそれ、ロクスは守備範囲外とは断言したけど一般的な話に過ぎず相手がシルマリルならば話は別。
思わず今にも泣きだしそうなほどに困っているシルマリルのその恥じらいの表情に、ロクスは生唾を飲み込んだ。
「…まったく……なんて女だ。僕の我慢も限界だぞ。」
 彼女の好きとロクスの好きには決定的な隔たりがあって、それでもロクスは自分が年長だからと自重し続けている。聖職者だけど一度は徹底的に放蕩し堕落も味わった彼だから、本当に好きになってしまった清らかな存在に対しては、彼女の気持ちをとにかく尊重しようと、そう決めていた。
なのに………
「……まぁ16と仮定して8歳差か。5年、いや3年で時効と言ったところだな。」
 また口の中でもごもごとひとりごとを言ったかと思うと、ロクスはやおら立ち上がりシルマリルの両肩に手を置くとそのまま引き寄せて奪うみたいに唇を重ねた。
初めてではないそれに一瞬身をこわばらせたシルマリルも暴れたり抵抗する様子は見せずにすぐに力を抜いて彼の口づけを受け入れて目を閉じたけど、それから先は初めての唇とは違っていた。
「!?」
 肩に乗っていた大きな手が離れたかと思うとシルマリルの小さな体を抱きしめて、ロクスはわずかに合わせた唇の角度を変えてさらに深く合わせ、半ば力ずくで花びらみたいな薄紅の唇を開かせると己の舌をシルマリルの舌に絡みつけた。
そんな口づけがあるなど知るはずがないシルマリルが思い切り身をこわばらせたけれどロクスは容赦しない、だって彼女を子ども扱いすることには無理があると思い知らされた。
ざらりとした他人の触れることなどないだろう場所の感触に鳥肌が立つみたいな感覚を覚えるんだけれど、シルマリルはこの先に何があるかを知ったら何を思うのだろう?
シルマリルが息苦しさに薄目を開けると、目の前にはロクスの恍惚とした表情と男性にしては長いまつげが見えた。…シルマリルは彼のそんな表情を知らない。
「…ロクス……あのっ」
「ん?」
「…私……」
「僕は君を一生のたったひとりと決めてこうしてるんだ。
 嫌だとか言うなよ、もう君は天使じゃないんだから。」
 優しくはなったけれど、優しげな顔のエゴイスト、ひどい男と言うことにかわりはない。少しの間唇が離れた隙にシルマリルが何か問おうとしてもロクスはそれを許さない。すぐにまた唇をふさいで舌を絡め合わせる。
途切れることなく漏れるブレスと濡れた音、そしてロクスのめったに聞けない言葉にならない低い声。人の体を受け取ったシルマリルに好きな男の艶っぽい声と強引な行動は嵐のようで、たちまち立っていることすら難しいほどにされてしまった。
聖職者だけど清い体などとうの昔に捨ててしまったロクスだけど、それまではただの放蕩、今はエゴイストの顔を見せながらもシルマリルを大事にしている。
「シルマリル…僕は君のことを妻かと言われても、否定も肯定もしないようにしてる。
 僕にとって妻帯するんだったら君しかいないんだ、でも君はこうしてまだ子どものままでいる。…僕は君のことを妻かと問われても否定する材料は何一つない。」
 そう告げながらロクスはシルマリルをベッドに押し倒し覆い被さり、ゆるぎない関係よりも前に既成事実を作ることを選んだ。何度も細い髪を撫でて雨あられとキスの雨をシルマリルに降らせて、何も知らない無垢な少女を、その祝福された手で清浄であらねばならぬ汚れた体で女にしようとしている。抱かれようとしているシルマリルは何がなんだかわからないけど覚悟か必要なのだということだけは感じていて体をこわばらせているのだけれど、ロクスの触れる手は唇はその強引さとは裏腹に繊細ですらあって力が抜けてしまう。
「ロクス…ロクスいや…怖い……」
「怖い、か…その様子じゃまだまだ早そうだな。
 でも君が僕を本気にさせてしまったんだ、そう…少し早いだけだ。」
 聖職者のロクスに恋人という概念は建前上あってはならない。彼は本来誰も娶れない。
しかしいまだ期待され続けている教皇の座へと上がる際に彼女を捨てない唯一の手段として、贖罪の旅を続ける今のうちに、うるさがたの目をかいくぐれる今、放蕩三昧の自分を目覚めさせたたったひとりとしてシルマリルを娶り有無を言わせないだけの背景を作れば押し通せる自信はある。
見捨てられればそれに越したことはない、いずれ落ち着いた先ででもこのまま流浪の僧侶として流離うにしても、ささやかな信仰と彼女とともに生きて行ければと若くして望むようになった。
彼女を妻かと問われて肯定したい自分がいるが、シルマリルの困惑を思えば否定するのが彼女をそっとしておける。曖昧な微笑みでごまかし続けていたんだけれど、白粉のにおいがしない瑞々しい少女の肌は触れてしまったが最後、男の性はもう止められない。
「いや…お願い、見ないで……」
 少しずつ露にされてゆく素肌を男の視線で舐められてシルマリルはすでに泣いていて、その願いに答える形でロクスは明かりを消した。
今夜は月夜、月明かりで充分。いや目の当たりにしては目の毒で、また彼女を相手に溺れる日々を過ごすかも知れない。まだ肝心な部分は何一つ見えてない、少々服を乱しはだけたぐらいなのに、彼女の痴態を見、そしてこの先の展開を思いロクスは何度も生唾を飲み込んだ。
「悪い、もう我慢も限界だ。痛いだろうが堪えてくれ。」
 そう告げて身を起こし闇の中で法衣を脱ぎ捨てるロクスの言葉を、果たしてシルマリルは理解しただろうか。派手な衣擦れの音と脱ぎ捨てられ放り出された彼の衣服の影、そしてすべてを脱ぎ捨てた彼の様子は月を背にしてしまい影しか見えない。
そこから先は乱暴で、シルマリルを剥くみたいに恥じらいを尊重して脱がさなかった服を剥ぎ取り押さえ込んで、ロクスは豊満な胸に唇を寄せ素肌に触れて強く吸った。たちまち白い肌に何枚もの紅い花びらがちりばめられ、情交などかけらも知らず隠すことさえ思いつかないシルマリルは荒々しい愛撫に乳房を揺らして首を何度も横に振った。
幼さと青さを残す痴態には罪悪感と奇妙な征服感の両方があり、すべてが己が手に吸いつくような瑞々しさは、どんなに彼女が嫌だと言おうと白々しく思わせるほどの魔力が潜んでいる。何度も嫌だと口にしている彼女の声も涙も無視して貪るみたいに肌を求めるロクスの表情から余裕など消えて久しくて、何も知らない少女の初めてを摘み取るというのに彼の手はすでにシルマリルの下腹部あたりへと伸びていた。
「さすがにまだ濡れてないか…まあいい。」
 あれだけ身悶えていても体が混乱しているのか反応薄いそこをロクスが細い指先でなぞると、シルマリルは体をこわばらせ脚をきゅっと閉じる。さっきから激しい抵抗に等しいほどの反応を見せているシルマリルを力で押さえつけてことに及ばないロクスは一見紳士的なんだけど、性格のゆがんだ破戒僧はおそらく同じ年頃の青年より女のなんたるかを心得ている。
下着越しに下腹部を撫でていたロクスの指は遠慮容赦なくその中へ、そして若草の茂みの向こうの谷間を指の腹で撫で始めた。当然のようにシルマリルの抵抗にも似た反応は激しくなるはず、なんだけど
「もう力が入らないんじゃないのか?
 ずいぶん暴れたからな、でもこれで入れる時力まずにすむ分多少楽になるはずだ。」
 実は、計算ずくで狙っていた。意地悪なロクスの言葉の通り固く閉じていたシルマリルの太ももはもう力が入らなくて動きも鈍くて、ロクスは下着から手を抜くと今度はその脚を片手で抱えて内股に口づけた。
「君の脚は目の毒だったんだ。だからいつも隠していてくれて助かったよ。
 それにしても…改めて見ると本当に罪なほどに美しいな。
 僕以外の男に、たとえ事故だろうと見せるなよ。」
 ロクスはその穏やかだけどとんでもない言葉を吐いている声に毒を含ませながら、シルマリルからは見えないけれど唇の端をわずかに上げて笑いながら強い独占欲を見せる。
シルマリルの最後の砦、簡素な下着を下腹部から剥ぎ取りながら焦らすように素肌を撫でる指先は女の弱い場所を知っていると疑うことも馬鹿馬鹿しいほどに的確で、ロクスはとうとう愛しい少女を一糸まとわぬ生まれたままの姿にすると、彼女の谷間を指先で割った。
人間の体を与えられたそこは女の谷間に間違いなくて、彼女が人間になったこと、ロクスのためだけに翼を返したことをロクスが改めて実感する。
そう。もうシルマリルは帰る場所を持たない。ロクスのそばしか居場所がない。
ならば多少つけ込ませてもらおう。そして彼女を女にして、妻として己に縛りつけてしまいたい。
端正で柔和でしかしどこか冷徹さを覗かせる表情に、わずかに恍惚と快楽と独占欲を覗かせながら、ロクスはまるで褥の中の女を教授するかのように思うようにならぬシルマリルを導くかのように動かしながら己も盛り上げて、そして――――
「…シルマリル。」
 月明かりで体の輪郭だけ浮かび上がらせて、シルクグレイの波打つ髪は月明かりで透けるよう。嵐のように激しく的確で意地悪な愛撫でくたくたになってしまったシルマリルに顔を寄せその髪を神に祝福されし掌で撫で、唇が触れそうな近さで声をひそめてただひとりと決めた女の名を口にして微笑んだ。
月明かりが強すぎてそれまでシルマリルには見えなかった表情が至近距離ではっきりと見えているんだけど、彼の法衣と同じに高貴な紫色の瞳もまたシルマリルの高い空色の瞳と同じに情交の激しさに潤んでいた。
「痛いぞ、覚悟しておけよ。」
 それでもそんなことを笑いながら言い放つ底意地の悪い男。
「………っ!!」
 しかし底意地の悪さは包み隠さない彼自身の現れに他ならなくて、どう絹で包もうと語弊がある言葉から語弊を抜くだけの話。シルマリルには伝えたいから彼女への配慮よりも現実を優先する。
それは確かに優しくない配慮もない、けれど彼女にいらぬ期待などを持たせて「話が違う」などと裏切るような真似もまたしないと言う、彼なりの誠実さの表れに他ならなかった。
下腹部に焼くような痛みを覚えたシルマリルは叫びを挙げることもできないほどの圧迫感で声を押し殺されて、痛みが深い場所にじんわりと広がる今まで感じたことのない痛みに髪を振り乱しながらロクスの露になった胸板を押し戻そうとするんだけれど、彼は表情から笑みを消し唇を一文字に結んで彼女の脚を抱えてわずかに体重をかけた。
「…確かに処女だ。ありがたく戴いたよ。
 さて…どう動けば君が少しでも楽なまま終われるかな……」
「動いちゃ……いやぁ……っ…」
「この期に及んで無茶言うなよ。
 …って、君はこんな顔で喘ぐんだ、教え甲斐があるな。
 ほら、僕にしがみついて。爪を立てても構わない。」
 ただ痛いばかりだった下腹部が慣れてきたのか痛みの質がはっきりし始めて、シルマリルがわずかに顔を上げようとしたけれど、それをロクスが手で遮る。
「見ない方がいい、血も出てるしかなり生々しいから。
 もう少し慣れたら嫌でも見せてやるよ。」
「…血………?」
「せまい場所にそこよりも大きいものを入れてるからね。女はたいてい裂けて血が出るな。」
「え!?」
「おいおい…僕は真っ最中なんだぞ? レクチャーさせるなよ。
 それに女は同じ場所から赤ん坊を産むんだぞ、…さすがに赤ん坊の体よりは小さいよ、僕のは。」
「…………」
「いいよ、こんな時に考えなくても。ああ、僕のことはそのまま考えてろ。」
 やはりシルマリルは無垢な子どもと同じ、おそらく人間がどうやって子孫を残すかそのものは知っているのだろうけど、この様子を、身のまかせ方を見ている限りそれを理解しているとは思えない。男として教える楽しみ、自分好みに育て上げる楽しみは大きいんだけどさすがに最中にあれやこれやと教えるのもまた興ざめで、ロクスは一方的に話を打ち切り多少痛みに慣れただろう彼女のそこのもう少し奥へと自分を埋めた。びくんと大きく反応し軽くのけぞった小さな体に、白いのど元に重なるみたいにロクスが口づけ腰は小刻みに揺らして、それを少しずつ、彼女に気づかれないぐらいにわずかに動きを強めながら自らの終わりもともにたぐり寄せる。
 人間の恋はこんなに生々しく、痛みも伴うものだとわかっていたはずなのにシルマリルの理解はいつも裏切られる。すべてに醒めてるように見せている破戒僧の想いは相当に大きくて、シルマリルに対する執着は他の何よりも大きくて、自分だけの天使にした後の変貌、けれど彼自身は何も変わっていない。
ロクスという男は、みっともない姿を何度も見られているけれどプライドが高くてこの期に及ぼうと見せたがらない、自分が感じ終わりが近い恍惚の表情は見られたくないのだろうシルマリルに覆い被さり、彼女から見ることが出来るのは暗い部屋の天井と透けるみたいに月明かりを吸い込み蠢くシルクグレイの髪だけ。
シルマリルも喪失の痛みに慣れてきたのだろう、引き裂かれた鋭い痛みはすでに引いていて残るのは出血に伴われた鈍い痛みばかり、その中にロクスがいる証拠のような圧迫感が、彼が動いている感触が感じられるようになった。しかしそれは人間を、ロクスを狂わせたような快楽などどこにも潜んでいなくて、シルマリルはこぼれ続ける涙を止めることすら出来ずにいる。
だが奇妙な一体感が生まれてそれが不快でないこともまた確かで、それは不確かなりに何かを埋めることが出来そう、それだけは感じるんだけど…。
 ロクスがびくんと体をふるわせ、低く短いうめき声を挙げた。
2、3拍置くぐらいの間がありシルマリルが下腹部に新しく生まれた違和感を感じるとほぼ同時に、ロクスは何かをやり遂げた後のような微笑みを浮かべようやく顔を上げ、シルマリルの髪をまた撫でて触れるだけのキスを落とした。
「今日はこれで終わりだ。これから少しずつ色々教えてやるよ。」
 おそらく彼は、シルマリルが一度も達することが出来ずに最初を終わらせたことに気づいているだろう。



「ちょっと体を冷ましてくる。君は寝てて構わない。」
 あんな激しい行為の後なのに、シルマリルは動くことさえ億劫なほどに疲れてしまったのに、ロクスは終わった後裸のままでさっさと立ち上がると脱ぎ散らかした服を着てそんないつも通りの言葉を残しまた部屋を出ていった。
また放り出されてしまったことに、シルマリルがぷうと頬をふくらませる勢いでふてくされるんだけど、ロクスはひとりになりたがる時があるから、と仕方なくベッドに生まれたままの姿のままで身を投げて、じきに眠りに落ちていった。
 かたや部屋を出たロクスは、理由については言葉の通り、一度の放出では足りなくてまだ体は熱くて仕方がないんだけど、不慣れなシルマリルに無理を強いることもできなくて、今夜は彼女の初めてを戴いたことで満足しようと自分を納得させようとしていた。夜風を浴びれば多少火照りだけでもおさまることだろう、そう期待して部屋のドアを静かに閉めると、ちょうどそこに今夜のきっかけを作ってくれた宿の女将がなにやらを持ったまま通りすがり、ロクスを見てぱあっと表情を明るくした。
「まあお坊さん、こんな時間にお出かけですか?
 聖都と違ってここは明かりもないことですし、お急ぎでないなら明日にでも」
「これは女将、ちょうどよかった。水を一杯いただけませんか?」
「ああ、それでしたらちょうど水差しを持ってますから。」
 女将が手にしていたのは盆に乗った水差しとコップ、それに布巾をかぶせたものだったらしい。彼女はそれを客に直接手渡すはずもなく、当然客室に置くためにドアへと向いたんだけど――――それではロクスが困る。
中ではおそらくシルマリルが細い肩を露にしたままで眠りについたことだろう、そんな場面を他人に見られたいような趣味なんてロクスには当然ない。
「不躾ですが、ここでお願いできますか?」
 不自然にもそう切り出し、しかしロクスはいつものやり方であの穏やかな聖人の微笑みでさらに理由を後付けする。
「…実は妻が疲れて先に休んでしまいまして。
 困ったものです、男ひとりだとまあいろいろと右も左もわからなくて。
 女将が通りがかって下さらなかったら、厨房までお邪魔してと思っていたところだったんですよ。」
「まあまあ。そうですねぇ、お坊さんはこんなにおきれいでも男の方ですからね。
 それにしても可愛らしい奥様をお連れで。なんだかうちの娘と同い年ぐらいなのにまああんなに可愛い子が世にはいるもんだねと主人と話していたんですよ。」
「ありがとうございます。妻は私の自慢なんですよ。」
 水で満たされたグラスを受け取りながらの世間話の中には、シルマリルがあれほどに困惑した、しかしロクスは当たり前に思っていたとんでもない言葉が自然に潜んでいた。
「子どもっぽいのが玉に瑕なのですが。」
 そう言いながらにっこり微笑んだ聖人の穏やかな言葉には裏があることに誰も気づかない。
シルマリルはそれに気づけたから、彼にとらわれてしまった。

前に戻る