■□ ろくでなしの恋 □■
×ロクス 友好度:高・「聖都侵攻」後・面会(アイテムプレゼント)より。
→ ヴァイパー


 もどかしい指がぎこちなくカードを切る。
賭け事は自粛せざるを得なかったロクスだけど、カード遊びまでやめさせられた訳ではない。しかし時間を浪費するだけの遊戯に何の魅力も感じなくなったから、何も得ることのない時間の浪費に意味を見出せなくなったから、結局彼の天使とその補佐役との思惑通りにやめたに等しかった。
彼の美しくもあどけない天使様は己の勇者の悪癖を身を挺してやめさせることに成功し、ロクスはその思惑にまんまとはめられた。見かけのあどけなさに騙され子ども扱いし続けた、なめてかかったおかげで真綿で首を絞められるような、ゆるりと自由を残されながら手綱を取られるような、そんな束縛感が――――困ったことに、心地よい。
自分にそういう趣味などないとばかり思っていたのに、いつの間に宗旨替えしたのだろう? 女など手のひらの上で操り操られ転がして楽しむものだとばかり思っていたのに。
 少しの間カードを扱わずにいたら、指先が鈍くなってしまった。
実行したことはないが、簡単ないかさまぐらいならカードに仕込み操ることはできていた。それができるということをただ把握していたかっただけ、意味のない優越感にひたりたかっただけのいかさまの技術なんだけど、少し扱わなかっただけでこんなに鈍るものとは思っていなかったから少しショックでもあった。
結局、カードを捌く技術も己のものにはできていないとカードにあざ笑われているみたいで
「…汚しちゃ元も子もないな。」
ロクスは力なくつぶやくと別の理由にすり替えてカードを伏せた。
 少しまいっている、暢気に遊んでいられなくなった激動、力ずくで終わらせられた放蕩、彼にも運命が舞い降りて、それは美しい少女の姿を持っていた。放蕩三昧のままいつかおとなしくなったところに首輪をかけられ戒律にがんじがらめに縛られて、かつてその血肉までも神に捧げた聖者のごとく十字架にかけられる運命だったのだろうか? その戒めから解き放ってくれた彼の運命は非力で未だ幼くて、過去を断つために激痛を伴わせるような激動と共にやってきたらしい。
果てさて、どちらが彼にとって幸せなのだろう。
 「汚しては」、そう口にしながら、ロクスはまたカードをぱらぱらとめくった。
賭け事は禁じられカード遊びには興味をなくした彼が、遊ぶためのカードをなぜ手にしたかは至極簡単な理由で、絵柄が美しくて惹かれてしまったからに他ならない。
おそらく彼らのようなギャンブラーたちが酒場の隅で使うような、そんな用途ではないだろう。サロンに集う貴婦人が優雅に時を過ごすため、そんなところだろうか。装丁も絵柄も実に細やかで美しくて、容姿が美しくすらあるロクスがそれを求めたいと店で口にしても違和感はなかったらしい。
彼は神に優れた容姿と穏やかに聞こえる物腰を与えられて、次の信仰の象徴に祀り上げられるにふさわしい立ち居振る舞いを無意識に身につけた。それはずるい彼の処世術に過ぎないんだけど、とにかく彼の容姿は彼を堕落させる手助けができるほどに力を持っていた。

「お待たせしましたロクス!! あぁ〜〜〜〜〜………」

「おっと。」
 唐突に空から降ってきた慌てふためく女の声と間抜けな悲鳴とまっ逆さまに落ちてきた彼の天使の姿に、ロクスは慌てた様子もなく片腕を伸ばししっかりと落下物を受け止めた。「天使、墜落」は彼としては見慣れた光景で、見かけの美しさの割におっちょこちょいで慌てものの天使様のそれは未熟と言うより性格なのだろう。長い衣の裾に騙されそうになるけど彼女は地に立つと小柄で子どものようでさえあり、長身なだけのいわゆる優男のロクスでも両腕で抱えることができる。
「あたた…………」
「30分の遅刻だな。」
「ごめんなさい、出掛けに他の勇者がけがしたって報告が来たから…」
「大怪我か? 近くならついでに僕が出向いても構わないが。」
「いいえ、彼女についていた妖精が慌て者で、早とちりしただけでした。
 少し休ませてついていたら動けるまでに回復したので大丈夫です。」
「別に怒っていないさ。前にも増して君が忙しいことぐらい知っているし、僕だって待てない訳じゃない。
 それよりも毎度毎度君の登場が騒がしいことの方が気になるよ。」
 カードを持っていない方の腕を伸ばしたこと、それをばら撒くこともなく素早く懐に押し込めたこと、ロクスもこの天使とはつきあいも長くてその正確も把握できている。腕に抱えている彼女はロクスの腕にぶら下がるみたいにしているからおそらくつま先は宙に浮いていて、その質感のやわらかさはいかにも女性らしくて不実な男には懐かしくすらある。
「久しぶりだな、ぐらい言わせてくれよ。
 いっつも唐突な登場ばかりで思い出した頃には言うタイミングを逃してばかりだ。」
「ごめんなさい…。」
「怒ってないって言ってるだろ? たまには普通にやってこいってだけだよ。」
 そう言いながら安心したのは、彼女が自分より優先した他の勇者が女性だったこと。
これだ男性だったらロクスはへそを曲げていたことだろう、彼はそういう類の男で、いわゆる「顔がいいだけのろくでなし」もっと端的に言えば「女たらし」。
実際何度その言葉をやっかみ混じりの男に投げつけられたか彼自身覚えていないし、言われたところで顔色を変えるどころか不敵に笑うだけ。
 自分の容姿に自信はある。しかし腕の中の彼女には通じないし通じるとは思っていない。
天使様はロクスの、人間の容姿では到底釣り合わぬほどに美しく作られることが当たり前らしい。
彼女は自分の容姿を褒められても喜ぶどころか眉ひとつ動かさないし、自分と同じ階級の天使たちの中では己が飛び抜けている訳ではない、とロクスに語ったこともある。
それでもこのおっとりとした美貌を持つ彼女の姿を、ロクスは気に入っている。勝気な美女より妖艶な美女より清楚な美女を好むのだと図らずも思い知らされて、彼女の前では言えるはずも表に出せるはずもないけれど弱ってしまったこともある。
その辺の男と同じに美女はすべからく平等に好きだとばかり思っていたのに、自分にも一応の傾向があったことが意外でもあった。…とは言っても、彼女はまだ「美女」ではなく「美少女」の域にいるのだけれど。
 なによりも、このおっとりとした美しい彼女が、ある時彼を守るために優しげな眉をつり上げ彼の杖を片手に不埒な不信心者どもの前に立ちはだかった神々しい御姿を見せたあの勇姿が、ロクスの瞼の裏に焼きついて離れない。
戦う力を持たされていない聖女が神の下僕を守るためにその神々しい姿を現してまで彼を守った事実に、混乱していたロクスはひどく迷わされて、神の娘に過ぎない彼女の見せかけの慈悲などと疑った挙句に試すような振る舞いまでしてしまった。
そんなもので彼女が己の身を散らしてまで何かを守るとまで思いつめられるはずはないことを、頭のどこかで察していたにもかかわらず…。神の娘たらんとするのならば、人間など捨て駒にし己の存在を守り通せばいいだけの話。
なのに彼女はあえて武器を取り勇ましくも野獣と化した人間の男どもの前に立ちはだかった。
…そして思い知らされた人間の矮小さ、彼女が命がけで敷いた鉄壁の布陣はロクスと彼女を守り通した。
しかし彼女はそのことなど忘れてしまったかのようなあどけなさばかり見せている。
 ロクスはこのあどけなさに魅入られてしまった。どうしようもなくただ可愛いと、そればかりを思うようになってしばらく経つ。今だってそうで、のんびりした物事にこだわらない彼女を腕に抱えながら、そのまま抱きしめてしまいたい衝動に駆られていたりする。しかし行動に移したとたん悲鳴が耳をつんざき彼女は逃げてしまうことは簡単に想像できる。
…男として、こんなにもどかしいことはない。けれど…しかし……。
「…シル。」
「え!? は、はい?」
「君は自分のことを『シル』って呼んでいたような気がしたが、僕の記憶違いじゃなかったんだな。
 天使にも愛称があるのか。」
「…ええ。あ、ロクスも知ったのでしたらそちらでも構いませんよ。私の名前は少し長いですから。」
「いや、いい。僕は君の名前が気に入っているんだ、…天使の愛称を呼ぶなんて恐れ多い。」
「…あなただったらよかったのに……。」
「え!?」
「いいえ。親しいつきあいの天使しか呼ばないから、ロクスなら呼んでくださっても…って思っただけです。」
 「あなたなら」なんて言わないで欲しい。言ってしまったら彼女に執着してしまうことが目に見えている。ロクスはそんなことを思いながら、思わず眉間にくっきりと皺を浮かべた。
女で胸など痛んだこともないのに、守備範囲外の幼い天使は大人の男のずるいあたりを狙いすまして突き崩そうとする。そしてロクスは自分が陥落させられたと思い知らされて、しかし彼女が天使である以上何ができるはずもないまま、気の狂うような恋慕とやらを味合わされてここにいる。
もう、勇者と天使なんていう関係のままでいるのは嫌なのに。
「ロクス?」
「あ? ああ……なんでもない。」
 思わず上げそうに、抱きしめるために伸ばしそうになった力んだ手の様子に、何よりも眉間の皺に、シルマリルが当然ロクスを怪訝そうに見上げて名を呼びかける。「なんでもない」などと言いながら微笑みでごまかしたつもりでいる彼の笑顔のぎこちなさと苦しげな影が天使の中に波紋を広げている事にもロクスは気づかないほど、自分の感情で体と言う器を飽和状態にまで追い込んでしまった。
「ああそうだ、呼び出した用事を忘れるところだった。
 これ、君にあげようかと思って。」
 そして不自然に話をすり替えようと、いや本題はこの話だったのだけど今まですっかり忘れていた、ロクスが一度懐にしまった美しい絵柄のカードを取り出し、今度は無意識に、この上ないほどに穏やかに微笑んだ。
「他愛ないカード遊びのカードだけど、ほら、絵柄が美しいだろう?
 僕らのような賭け事好きの男が扱うようなものじゃない、おそらくサロンあたりで貴婦人の皆様方が優雅に興じるようなものだと思う。」
 ロクスがそう言いながら差し出したカードは確かに美しくて非実用的で、しかし彼の細い指だからよけいにそう思わせているということは充分にあるだろう。実際に差し出されたシルマリルはくるんと青い瞳を丸くして嬉しそうに屈みこみ間近でそれとロクスの手を眺めている。
「あら、本当に綺麗…カード遊びと言うよりもむしろ占いに使われていそうですね。」
「そんなの…君にとって意味ないだろう?」
「それでも多少興味はありますよ、これでも性別は女性なんですから。」
 そう言いながらあっけらかんと笑った罪な笑顔が嬉しいんだけど、同時にどうにかしてやりたいなんて疚しい思いが頭をもたげるようになってしまったからロクスは困っている。これでも気になる女性の笑顔は特別で、見ているだけで嬉しくなって口元がほころぶというのに、無体な真似をしたらかなりの確率で嫌われるとわかっているのに手がうずうずすることがある。
今までのように嫌われようと諦めがつく程度の気持ちしかないわけじゃない、その容姿と物腰が幸いして低い確率だろうと成功させてきたあたりに自信が持てるはずもない。
だって本気で気持ちを寄せた相手は、あろうことか神の娘なんだから。
全能の父と万能なる兄たちから奪い取る覚悟を決めることから始めないことにはならないし、そこまで腹をくくってもこのあどけない天使様がどれだけ人間のだらしないろくでなしを相手にしてくれるのか…。
今の距離感が精いっぱいかもしれない、そう思うとロクスはいつも抱きしめようと伸ばしかけた手を強い理性の力で押さえつけて下ろすことしかできない。
誠実みに欠けるろくでなしだから、いざと言う時自分に自信が持てない。
「…占いに興味があるのか?」
「え? ええ。これでも女性の勇者たちとはよくやります。
 とは言え私はやり方を知らないので、占ってもらうばかりなんですけれど。
 あぁでもおもしろいというか、共通した結果がでるんですよ、いっつも。」
「へえ? どんな?」
「私自身を表すカードに必ず女帝の逆位置が出ることと、恋愛ごとに運命の輪の正位置が必ず出るんです。
 アイリーンと言う魔術師の少女がよく占ってくれるのですが、何かを意味しているみたいに必ず出るから不思議なんですよ。」
「進展しない恋愛、運命的な出会い…か……。」
「え? そんな意味なんですか?」
「あ? ああ…確か、な。
 雑学に過ぎないけど、一応僕らの教義に関係あることだからな。意味だけは覚えてる。」
「意味がわかると面白いですね。今度アイリーンにやり方を教わります、ロクスも占ってあげますね。」
「…やめてくれ………!!」
 確かに興味はある様子で、無邪気にはしゃぐ彼女の様子に、占いがもたらす意味を理解しているロクスが思わずつぶやくけれど――――その無邪気さに耐えられなくなったロクスの搾り出すような声に、シルマリルが驚き言葉を飲み込んだ。まるで怒らせたかのような声色に驚いた彼女の様子に、ようやく自分の態度に気づいたロクスが我に返り
「…ああ、すまない。でも僕は占いとか好きじゃないんだ。
 そのカードだってカード遊びを思い浮かべたあたりから察してくれるとありがたいが。」
「いいえ、ごめんなさい。
 そう言われてみれば男性は興味を示しませんね、不躾なことを言ってすみません。」
 取り繕ったら、今度はうまく行った。彼女は勝手に解釈してくれたが、何のことはない、ロクスは本心を暴露されるのがおそろしいだけ。
本心を知られるだけでなく、疚しい部分もすべてカードに裏切られ暴かれでもしたら…背筋がぞっとする。
彼女には汚い部分もずいぶん見られてしまったけれど、それでも隠せる間は隠しておきたい。
その間に少しでも自分を改められるのなら、少しでも、たとえほんのわずかでもあがいておきたいから…。
「美しいがぼろぼろだから、一度遊んだら使い物にならなくなるだろうが…まあ、君の気晴らしになればカードも本望だろう。僕以外の女性とでも遊んでくれ。」
「でも…こんなに綺麗なカード、もったいない……。」
「じゃあ僕だとでも思って大事にしまっててくれないか、その胸元にでも。」
「…そうやってからかうのが嫌なんですけど、ロクス。」
「僕は君をからかうと面白い。
 少しは免疫つけろよ、君の男勇者たちはそんなに真面目な連中ばかりなのか?」
「そう言われてみれば…フェインもクライヴも真面目と言うか任務には熱心なような…。
 あ、似たようなというかロクスとは違う意味で面白い人はいますよ。私のことを幼なじみみたいで危なっかしくて放っておけないって言うあたりとか、ロクスと同じこと言うって思いました。」
「…他の男の話もやめてくれ。鈍いんだから……。」
「話を振ったのはあなたでしょう? 勝手にへそ曲げないでください。」
「別に曲げてまではいない。
 とりあえず比べられないために僕も任務を受けたら熱心に行動することにしておくよ。」
「…あなたは充分熱心ですよ。ただそれ以外の私の扱いが少々不満があるというだけで」

「…ご婦人として扱おうか? 君なら大歓迎だ。」

 気安い軽口の応酬、そしてついロクスがろくでなしの本性を見せてしまった。男性でありながら美しいとまで形容される、女が騙される顔で妖艶に微笑み幼い天使を見つめるその表情に毒と色香と、そして彼の感情まで乗るようになりシルマリルが固まった。
その様子でまた自分がどんなことをしているのかを察したロクスが慌てていつもの自分を装う。
「からかわれて固まるぐらいなら挑戦的なこと言わなければいいのに。
 君も学習能力がないな。」
 その豹変振りが、どこでスイッチが切り替わるのかを読めないシルマリルが困惑することを、このろくでなしは気づいている。けれど読めないという意味ではお互い様だから
「とにかく、用はそれだけだ。君も気に入ってくれたみたいでよかった。」
 ロクスは少々強引だろうと話を勝手に進めることにしている。
女をなめてかかっていたツケがこの女となり今返されていると思えば、逆らうことも気が引けるほどろくでなしは真人間に近づきつつある。

 けれどまあ、ろくでなしはろくでなしにかわりはない。
その代償が、逆上せあがるほど本気になったというのにつかず離れずのこの距離感。




2008/05/02

勇者よりの呼び出し・アイテムプレゼントより「タローカード」です。ゲーム中でも中〜終盤にもらえるようになるアイテムです。
ロクスからもらえ、渡せば喜ぶ勇者がフェイン・アイリーン・セシアと言うあたりから察するにおそらくタロットカードのことではないかと思います。正位置・逆位置に関する解釈は一応正しい解釈です。

聖人のふりをしたろくでなしが聖女に恋をしてしまいました。
何とか真人間になって気に入られたいけどプライドも捨てられない、手を出したいけど嫌われるのは嫌。
そんな面倒くさい男の甘酸っぱい話を書いてみたくてやってみました。