■□ reincarnation □■
ルディエール    ロクス    クライヴ

 それは、ロクスにとっていつもの夜だった。――――少なくとも、一瞬前までは。
「どうした? こんな夜遅く。」
 はらりはらりと舞い降りる純白の羽。それは淡く光っている。
それに気づいたロクスがわずかに顔を上げ視線はもっと大きく上げると、その先に月を背にしたあどけない天使様が降りてきていた。
幼い天使の深夜の来訪を拒まなくなってどれくらいたつだろう? ロクスは今夜のベッドに半分ばかり入りながら突然深夜に舞い降りた彼の天使に問いかけた。
以前ならば時間の感覚がない天界からついうっかり舞い降りて就寝の邪魔をされ不機嫌になったロクスに追い返されるパターンだったけれど、当然彼女だって学習する。深夜の来訪がなくなった天使様だけど、ある日またうっかりやらかした時にはロクスはもう拒まなくなっていた。
眠れない夜に徒然に取りとめのない話をして夜更かししたことも少ないながらある。
 しかし、今夜は様子が違った。美しくもあどけない天使様が、今にも泣きそうな顔をしていた。
そんな顔を見せている女性を冷たくあしらうロクスではなくて、訪れた窓から離れようとしない小さな天使の様子に、星明りを背に青い瞳を揺らしている様に、彼は一度入った寝床から身を起こしベッドのふちに腰掛けた。
「シルマリル?」
 美しいひと。日差し色の頼りなげな髪の隙間から見え隠れする揺れる瞳の美しさを何に例えれば表せるだろう? 口が達者なロクスもその表現する言葉はなかなか見つからなくて、けれど女に慣れた男すらも惑わすほどの美貌の少女は挨拶すらも口にできぬほどに憔悴しきっていた。
唇はなにか言いたげに動くのだけれど、それが言葉と言う形を持たないらしい、彼女は息を飲むように言葉まで飲み込んでしまいまた泣き出しそうな顔を見せる。
「…何があった?」
 静かに、抑えて問いかける男の声色は優しい。優しげな声色で他人を欺く男なんだけど、装わない言葉で優しげな声色だから、その表情からにじみ出ている心配を疑う余地はなさそう。
女の美貌にばかり目をやる男が、その様子に気をやるようになった。泣き顔さえも美しいと言うことより、泣き出しそうと言うことに先に気がつき声をかける。そうするようになってどれくらい経つだろうか?
ロクスにとって目の前の幼い天使は特別な存在になってしまった。
「…まあ、そこに座れよ。そんな所でぼーっと立っててもしょうがないだろ。」
 ロクスが泣き出しそうな彼女に線の細い手を差し伸べて静かに声をかけるけど、彼女は手近な椅子を勧められ促されて座らないどころか首を縦にも横にも振らずに黙り込んでいる。その表情が唇を噛んで何やら堪えていることに気づいたロクスが表情を厳しくして彼女の様子を、薄暗い月明かりで満たされた部屋の中で注意深く観察した。
もともとがそう饒舌ではない彼女だけど物言いはおっとりながらはっきりしていて、こうやってなにか言いたいけど言えなさそうな様子を見せる姿をロクスは見たことがない。ただ…困ったことに、天使として見れば頼りないこと極まりないこの様子だけど、ロクスは彼の天使を天使という神の御使いではなく愛らしい女性として見るようになってしばらく経つから――――
「……シルマリル」
 静かに立ち上がり。彼女に歩み寄り。視線を下げてその表情を至近距離から覗き込んで名を呼ぶその声はまるで甘く口説いているかのよう。最近では無意識にそうするようになった性質の悪い男の性なのだけれど、以前のロクスは意図的に子どもっぽい彼女をそうやってからかっていた。
今は当然前者で、物憂げな彼女の顔がそれは美しくて思わず、の行動だけど、その甘い声にシルマリルの反応はと言ったら、
「…逃げなくてもいいだろ。
 悪かったよ、何もしない。…って前科持ちの僕が言っても説得力ないだろうけど、なにかできそうな空気じゃないってことぐらい読めるから心配しなくてもいい。」
「あ…ごめん…なさい……」
「やっとしゃべってくれた。僕は君のその優しげな声も気に入ってるんだ。
 それに、確かに君の物憂げな顔は美しいけれど、笑っている方が遥かに美しい。
 君にはもっと自分の美貌を自覚していて欲しいのだが…まあそうなったらなったで君じゃなくなる気もするから今のままでいいか。」
 思わず顔を上げて驚きを見せながら半歩下がったシルマリルの様子に落胆しつつも、ロクスは言葉の通りというか「声が聞けただけで嬉しかった」様子を言葉にはしないで表情に出し、いつもの彼の軽口を叩いた。
「…で。僕としては君にそんな顔をさせるほどの心配事が気になってこのまま眠れそうにないのだが。
 僕の安眠のために話してくれると助かる。」
 しかし軽口ついでにロクスが本音を口にしたとたん、シルマリルの唇はまた貝になってしまった。
その様子からさながら桜貝と言った風情でそれはそれで愛らしいしロクスも女性のそういう表情が嫌いではないのだけれど、気にしている女性がそんな顔をしていると気になるし心配だし胸も痛むしと、ずいぶんと真人間らしいことを考えるようになった。
以前の彼なら、まずひとりの女性に執着するような男ではなかったから、実はと言うとこういう空気の時の距離感を計りかねていたりする。そして同時に彼女が抱えた問題が、咄嗟に他人に言えない性質のもの、大きいことをを感じて取り、ロクスまで彼女の憂いの表情が伝染したみたいに鼻だけでため息をついた。
「まいったな……」
 月明かりに青く染まるシルクグレイの髪を片手でかき乱し、思わず彼の口からぼそりと出た言葉にシルマリルが一瞬だけ視線を上げたけど、次の瞬間理由の告白を期待したロクスのそれを彼女はまた裏切り目を伏せてしまった。
ずるいしあざといやり口が得意なつもりの彼なのだけど、意外なことに本気になってしまったらとたんに駆け引きが苦手になるらしい。今のロクスはその様子も表情もあの不良僧侶のそれではなかった。
「じゃあ勝手に話すから君は好きにしてるといい。
 君から見れば僕なんて不実で信用ならない男に見えているんだろうけど、僕としては僕の美しい天使が物憂げな表情で美貌をわずかだろうと翳らせている姿を見たくはない。それに、そんな顔をさせている原因が知りたいし、憎らしくもある。…人間だったら僕のこの手で片付けてやりたいなんて思うほどにね。」
 その言葉が無意識の口説き文句になっていることをロクスは気づいているのだろうか? 彼は「勝手に話す」の言葉どおり、シルマリルのことなどお構いなしと言った様子でさらに先を続ける。
「シルマリル、君がこんな深夜に僕を訪ねて来たことに意味があると思いたいんだが、それは自意識過剰と言うものか?」
 唐突な問いかけにシルマリルはどう返すのだろう、顔を上げて目の前に佇むロクスを見るのだけれど――――やはり言葉は出なかった。
泣き出しそうに青い瞳を揺らすばかり。
 そんな彼女を、今にも涙をこぼしそうなシルマリルの髪を、ロクスは片手でかき乱しそのまま己の胸へと抱き寄せた。今は夜、彼は寝る前で、いつもならきっちりと隠している喉元だけでなく鎖骨から胸板にかけて締めつける布のない大きく開いた寝間着姿で…己の胸に女を抱いたロクスの行動の通り、シルマリルは彼の裸に近い胸に飛び込み唇が感じた体温に反射的に離れようとする。
「何も言えないならせめて泣いてすっきりしろ。…言っただろう、君にそんな顔をさせている原因が人間だったら、この手で片付けてやりたいぐらい腹が立ってるんだ。」
 怒った声色で焦れた本音を吐露しながら、ロクスは一度胸から飛び出そうとした天使をまた力ずくで胸に抱く。シルマリルは触れた男の肌に驚いて離れようとばかりするけれど、ロクスは男で、彼女に魅せられた男だから胸板に触れる唇のやわらかさや彼女の持つ体温に邪なことも考える。
それでも心配が勝ち手放したがらぬ強さで天使を胸に抱きながら、人間の男は腰のない金の髪を撫でながら少し声のトーンを落とした。
「…他人に言えないことがあるってのは僕もよくわかってる。けどそんな顔を隠しきれないほどつらいんだろう?
 そんな時に君は僕を思い出してこうして身を寄せたことが嬉しいんだ。そして…少しでも楽になって欲しいって思ってる。
 寄り添うだけの優しさなんて僕に期待しないでくれ、君だって知ってる通り僕は性格が荒んでるんだ。待ちの姿勢は性に合わない。」
 金の髪を抱きながら、シルマリルがわずかに肩をふるわせているのにロクスは気づいたけれど、
「寄り添って欲しいだけなら僕を選ばず他の優しい男の所へ行ってくれ。…その時は、君を信じ始めた僕を、君の呪縛から解き放つために徹底的に傷つけて憎ませてからにしてくれないか。
 僕にやらせたいことがあるのに、肝心の僕が言うことを聞かなくなるようなこと…優しい君に未練たらたらなんて君だって困るだろう?」
 問われてもいないのによけいなこと、薄汚く醜い男の独占欲までぶちまけて、これではどっちが慰めているのか慰められているのかわからない。それでも泣かない気持ちの強さが天使という存在なのだろうか、ロクスは己の胸板に落ちる涙の感覚がないことにさらに焦れて――――
「あっ」
 金の髪をかき乱す片手だけで抱き寄せていた彼女にもう片腕を伸ばし、包み込むように抱きしめた。
「今夜のことは僕の夢の中の話だ。夢で君の涙を見たからとバカみたいにはしゃげるはずないだろう?
 …夢で何を見ても聞いても誰に話す訳ないし、ましてや夢に出てきた君相手に話せるはずなんてない。」
 だから、自分の妄想の中の話として閉じ込めておくから、何を聞いても恩着せがましく言うつもりも嫌味の種にするつもりもないから、
「誰にも話せないことならそれでもいい。僕の胸の中で泣いたら明日また笑っていてくれ。」
 自分がどんな醜態を見せても、彼女は変わらずに接してくれた。表も裏もない善なる存在に、ロクスがどれほど救われたのか彼女だけが知らなくて、いつしか彼はそんな彼女になにかを返せる存在でありたいなどと望むようになった。しかし当然彼女の母性にも似た慈愛を、男性で、しかもその境遇から荒んでしまい攻撃的な一面を内包するロクスが抱けるはずもないから、彼は己自身に苛つき続けた過去と同じに今も焦れながら、けれど男性の包容力を無意識に表に出して小さな体を大きな翼ごと抱きしめ続ける。
ロクスの唇から肝心な言葉は相変わらず喉に痞えて出てこないけれど、あの潔癖な彼女が不実な自分におとなしく抱きしめられている様子からその焦燥や疲労が語られる以上に雄弁で、今にも崩れそうな儚げな外見を持つ彼女が心配で仕方がない。
それでも泣かないシルマリル、なんだけど…

「…ロクス」
「ん?」
「お願いがあります。誰にも言わないで、今からお願いしたいのですが…」

「ああ。僕にできることなら。
 君がそうして欲しいと望むんだったら明日朝すぐにここを引き払って行動に移そう。」
 儚げな天使様は儚「げ」に過ぎなくて、その気持ちの強さはロクスが一番わかっている。やはり彼女は涙を落とさなかった、それはそれで残念な気もするんだけど、ロクスはこの迷いを吹っ切って前を向こうとがんばり続ける彼女の凛とした立ち居振る舞いを見続けて目が覚めたから、彼女の言葉に嫌と返すはずはなかった。
頼れる彼女の勇者として期待を裏切らぬ言葉を口にしたロクスが抱きしめる腕を解きシルマリルを開放すると、依頼を受けた勇者の表情で彼女に向き合った。
たとえ己の身に過ぎ深く傷つくだろうことが容易に想像できようと、自分の体のことなどどうでもいいほどに彼女の虜となってしまった。誰に対しても頭を垂れるような教育を受けてこなかった傲慢さを隠す男が唯一跪きすべてを捧げる相手は天使という人ならざる美しき存在だった。
そして彼の運命は、彼を選び薄紅の薔薇の花びらのような唇を開く。

「タイシュートのカルーガで、天竜の復活をもくろむセレニスが復活の儀式を執り行うらしいことを察知しました。
 お願いしますロクス、儀式を…セレニスを止めてください。
 このことはあなたにお願いしたいのです。」

「僕に?」
「…はい。
 セレニスにはかつて夫であったフェインと、実の妹のアイリーンがいてふたりとも私の勇者なのですが……」
「そこから先はいい。
 わかった、僕も彼女とは因縁がある身だ。君からの依頼を断る理由はない。
 …つらかっただろう、シルマリル?」
「え?」
「かつての亭主と実の妹が世界を引っくり返すほどの存在となった女性に対し、身内の不始末をつけさせて欲しいと願い出ることぐらい僕だって簡単に想像できる。
 でもそれは彼らの自己満足だ。彼らは自分たちのことでいっぱいになっていて酔ってさえいて、君がどう思い悩むかまで思い及んでいない。…僕からすればセレニスよりそのふたりの方がどれだけ傲慢なんだかって思うよ。」
「ロクス…そんなことを言ってはあんまりです、私のことは」
「彼らにとってセレニスがそこまで大事なのと同じように、僕にとって大事なのは…コホン。
 とにかく、その依頼、いや頼みごとを断る理由は僕にはない。喜んで引き受けよう。
 ただし。」
「?」
「…さすがに聖都を落としたあのセレニス相手だ、不安がないといったら嘘になる。
 ……………………。」
「ロクス?」
「…僕をひとりにしないでくれるとありがたい…。」
 想い人の力になれる高揚感と強大すぎる相手に立ち向かう大きすぎる不安感、抱えた感情が大きすぎてロクスは少し混乱している。混乱すると考えることを放棄する男は今までの放蕩の理由がそこに起因していることを薄々勘付いていて、けれど今はそれを和らげる存在がいる。
彼女を守りたいと望みながらすがる矛盾を抱えながらも、ロクスは己に正直に行動を起こす。
「もちろんです。セレニスに立ち向かうのがフェインでもアイリーンでも結末は悲劇が待ってるみたいで…強く願われていてもどうしても話を切り出すことができませんでした。
 でも…ロクス、あなたは本当に強い男性ですから、共に向かってくれると言ってくださって…なんだかめまいがするくらい体まで軽くなったみたいな気がします。」
 そしてその言葉と不安両方を受け取ったシルマリルが、まるで恋に揺れる乙女のような素振りを見せ視線を伏せて……微笑んだ。彼女は頬をわずかに、ごくわずかにほんのりと染めつつ素直に助力を得られた喜びを静かに語る。
彼女に「強い」と言われたロクスはどうにも照れくさくて視線だけでなく顔まで横を向いて人差し指で耳の辺りを軽く掻きながら、安心したら眠気を思い出して思わず体を裏切りこみ上げたあくびを少し遅れて噛み殺した。
「あ、ごめんなさい。
 こんな時間に押しかけてずいぶんお邪魔してしまいましたね。それでは」
「いいさ、別に。君の悩みが軽くなったことが最大の収穫だ。
 頼むから本物の夢にまで出てこないでくれよ? 明日朝から寝坊なんてしたくないし。」
「…それは……責任持てないんですけど……。」
「ははは、そりゃそうだ。でもよかった、笑える余裕が出たんだから。
 じゃあ僕は明日に備えて休ませてもらうよ。……おやすみ。」
「おやすみなさいロクス。」
 心底ほっとしたのだろう、シルマリルが月明かりの薄闇の中で眩しく微笑みながらふわりと翼を広げた。その様子は強い風に吹き上げられて宙を舞い踊る水仙の花のよう。ロクスは彼女が舞い降りる瞬間・舞い上がる瞬間の一瞬の輝きが好きで、就寝の挨拶をしたのにその場から動かず立ったままでシルマリルを見送る。
美しい彼の運命は空に戻るけど、ロクスは残された名残が薄まることに耐え切れずに翌朝の約束を取りつけてようやく自分を安心させる。
それが依存なのか恋なのか、彼自身ですら未だに曖昧なままでいる。…依存と恋心はとてもよく似ていることを、遊びが過ぎた彼は知らない。



ルディエール    ロクス    クライヴ
2008/05/18

「アルベリック侵攻」「ファーノの少年」「闇の帝王」そして今回のモチーフにした「復活の儀式」と独自メッセージがあるらしいイベントは他キャラ用でもあえてロクスでこなしたことがあります。
特にアルベリック侵攻はヴァイパーも出てきて隠れた話がわかるので、タイミングを何度も合わせて狙ってやった記憶が。
復活の儀式も流れ的にはアイリーンかフェイン、でもフェインはどの展開だろうと共倒れになることが彼の言動からも明白で。慈愛あふれる天使にはどちらを選ぼうとつらい選択だと思われます。
他にセレニスと直接の面識がある勇者は聖都侵攻時に対面したロクスと、皇帝暗殺時のレイラがいますが、レイラは他のあたりの確執がアルベリックの存在で薄まることもあるし話を書いてる当人がロクス好きと言う事でこんな感じの話と相成りました。
むしろロクスのあの寝間着に目がくらんだと言う説もありますがやはり僧侶は全体的に貧相ですねぇ。(何)
ロクスは優男のようなのでそれでいいんだけれど、腕は筋肉がなさそうなのに腕力はあると嬉しいです。
いやフルプレートだろうと装備できる彼だから意外にも意外なのかもしれませんが、フェインやクライヴから比べると明らかに体格的に見劣りしてるので、マッチョメンではあって欲しくないような気もします。

作中でアイリーンもフェインもひとくくりで暴言を吐くロクス。彼らにとっての最大の心配事がセレニスなのと同じで、ロクスにとっては誰よりも何よりも教皇の立場や教国というものよりも女天使が大事であって欲しい。
彼女を悲しませる輩は皆同じ、勇者だろうとセヴンだろうと大差ない。むしろ自分の欲望、願いに正直に行動しているセヴンの方が潔いとまで思っているかのごとき節がある。
彼にとって「誰かを止めるために自分が」は相手のためではなくて自己満足にしか感じられない。
そんな見境のない男であれば嬉しゅうございます。