極彩色の甘美な世界

人は束の間、一夜の夢に揺れる
重ね合わせた嘘に酔う



此処は甘美な夢の裏側
翳りで揺らめく緋色の花の物語
















其ノ壱




















子供の頃のことは、殆ど覚えていない。
思い出す必要もないから、余計に覚えていないのかも知れない。
時折でも良いから考える事があったのなら、こうまで朧にならなかったのでは、と。


それでも大して気にならないのは、此処が“そういう場所”だからだろう、恐らく。
過去にどんな栄華を極めた一族だろうと、此処にくればそんなものはただの土くれでしかない。
此処にあるのは“今”と言う瞬間だけで、過去もなければ、未来もないから。

過去の栄光に縋りたがる人間には、この世界はただの苦痛でしかないらしい。
そういう意味では、過去を持たない京一は、幸せだったのかも知れない。

縋りたい過去もなければ、叶うかも判らない明日を望む事もなかったし、ただ今ある時間だけを過ごしていた。
それに苦痛や悲しさを覚えることはなく、例えば、今ある地位が明日崩落した所で泣く事もなかっただろう。
──────ある種、それは確かに、幸運と呼んで良かった。



禿として京一付きになった子供が、齢十二を越した頃。
娼として客を取るようになってから、それまでの笑顔を失った子供は山ほどいた。

癖気のある京一の髪を櫛で梳きながら、全てが終わって外の世界へ帰る日を憧れている事を、何人の子供が話してくれただろう。
その都度、京一は黙したまま話を聞き、最後に一つ────無事に外に出れると思うな、と釘を刺した。
何人かはその言葉に泣き、何人かは空に笑い、何人かは怒った────のだけれど。
そうする事すら忘れてしまい、糸の切れた傀儡となった子供が何人いたのかは、京一にも判らない。


自分を慕ってくれる子供の存在は、京一にとって決して厭うものではなかった。
見えない未来に、必死に光を探す子供達の手が、いつか光を掴めたら良いと思う事もある。

……それは多分、自分が光を探す事さえ忘れていると自覚していたから、代わりに見つけて欲しかったのだろう。


けれども結局、京一が太夫となって数年が経つが、それから今現在までに禿についた子供の中に、光を見つけることが出来た子供は存在していない。
皆、更に深い深淵へと堕ちて行き、そのまま壊れて打ち捨てられてしまっていた。





今日もまた、新顔の少年が京一の下へと付けられた。

寝起きの機嫌の悪さを隠しもしない京一に対し、少年は畳に額を擦りつけ続けている。
太夫の機嫌を損ねては、この地の底にさえいる事が出来ないから、必死なのだろう。


楼主が少年を連れてきて、今の状態になってから、約四半刻。
少年は足が痺れてきたようで、ふるふると細い躯が小刻みに震えているのが見えた。

その頃になってようやく、京一は口を開いた。




「面見せろ」




端的な一言に、少年は一瞬肩を揺らし、「はい」と小さく返事をしてから、ようやく頭を上げた。


片田舎の出である事を象徴させるように、少年の顔はそばかすまみれだ。
緊張している事を差し引いても、表情は硬く、何処か芋臭い。
色欲だらけのこの世界には、幸か不幸か、不似合いな印象だ。

今は綺麗なべべを着せられているけれど、恐らく、数日前までは泥に汚れた衣を着ていたのだろう。
畳についたままの手の指先は皸が酷く、土弄りの名残か、爪先は黒くなっていた。



京一が立ち上がると、少年はまたびくりと肩を揺らす。
京一の顔を追い駆ける瞳に怯えに似た色が混じり、京一は自身が現在かなり機嫌の悪い顔をしているのだと知る。

寝起きで機嫌が右肩下がりなのは間違いないが、だからとて、京一は少年にそれを当てこするつもりはない。
しかし、訳の判らぬ場所に一人で放り投げられた少年の不安を煽るのは、その表情だけで十分過ぎた。




「お前ェ、名は」
「……草汰、で、す」




すぐ傍で見下ろして来る太夫の存在感に、草汰はすっかり飲み込まれていた。




「出は」
「北陸、です」
「農家か」
「は、い」




京一の言葉に頷いてから、草汰は両手の皸を手の中に隠した。

草汰の視線は、京一の顔から着物袖から覗く彼の手へと変わる。
その際に見た穢れ一つない手と、自分の田舎者丸出しの手を見比べたのは確かだ。




「隠すな」




低い声音で告げられた言葉に、草汰はまたしても肩を跳ねさせた。

隠した爪をゆっくりと、下の形に戻し、京一の前に晒す。
まだ幼い手が震え、今の行動で太夫の不興を買ったのでは恐れているのが傍目にも判る。


京一が腕を伸ばした。
襦袢の裾の衣擦れ音が静かな部屋の中に響く。
そんな小さな音一つにも、草汰は神経を尖らせていた。




二次成長を終えた京一の手が、畳に突かれた草汰の手と重なる。
思いも寄らなかった出来事に、草汰は思わずと言った風で顔を挙げた。

窄められた京一の双眸と、まん丸に見開かれた草汰の瞳とが、近い距離でぶつかる。




「野良仕事、好きか」
「…あ……ぇ…」
「オレに謀が通じると思うなよ」




答えを逡巡する草汰に、京一は斬り捨てるように告げた。
一瞬強くなった眼差しの光に草汰は息を呑んでから、




「好き、です」
「土塗れになるのがか」
「好きです。うちのトコは、小さい畑しかないけんど…土耕して、土が肥えて、其処で取れる大根は美味いです。だから、好きです」




言い切った草汰の表情は、それまでのおどおどとしたものとは違う。
自分自身が好きだと言う物事を、確りと自分自身で見つけて、自覚して、大切にしようと言う思いが見て取れる。

──────京一には、それが少しだけ羨ましい。



自身の手を重ねていた手を離して、京一は草汰に背を向けた。
途端、草汰があたふたとするのが少しだけ面白い。
が、今はまだまだ、苛めるのは良くない────いや、最初から苛める心積もりと言う訳ではないけれども。




「此処にいる以上、そういうモンは化粧でもなんでもして隠さなきゃならんし、薬で消さなきゃならねェ。だから、ある間は隠すな。大事にしてろ。お前が誇ってるモンで出来たモンだからな」
「……は、はいッ」




京一の言葉の通り、傷や痣は、客前に出る時は化粧で全て隠さなければならない。
客の殆どはお綺麗なカラダを望んでいるし、実際、傷物の躯は商品価値が下がるから。
傷だけではない、前の情事の後さえも誤魔化さなければならなかった。

だから草汰の手の皸も、爪が少し黒い事も、禿の内に治療するなり教育するなりでいつか判らなくなるだろう。
それが当人が好んでいたものであるとしても、此処で売られている以上、そんな事は楼主たちには関係ないのだ。


でも好きなことをして出来た傷や痛みなら、誇れるものである筈だ。
京一にはそういうものが一つも無いけれど、これまで禿について来た子供達を沢山見てきた。

破落戸に襲われた時に出来た傷を隠したがる子供もいれば、親との喧嘩でついた傷を誇らしげに見せていた子供もいた。
前者は治療する事に厭わなかったが、後者の子供は随分駄々を捏ねたものである。
結局説得には応じたものの、消えていく傷を見て泣きそうな顔をしていたのを覚えている。

誇りに思うものを隠さなければならないのは、多分────嫌な事なのだろうと、京一は思う。
自分にソレはないけれど────ないからこそ、それを持つ者は、いつか消えるそれを大事にすれば良い。



京一の言葉に、草汰はこの時初めて、少しだけ嬉しそうに笑った。
畳に突いていた手を見詰める瞳は、幼さが抜け切らず、やはり田舎の子供である事を見る者に感じさせる。

その子供らしい顔が、子供らしいまま、この世界を抜け出すことが出来たらいいと──────思いながら、京一は心のどこかでそれを“無理”だと決めている自分を知っていた。





漏れそうになった溜息を、人の名を呼ぶことで誤魔化した。




「雪路」
「はい」




呼びつけられた人物は、襖の向こうに既に待機していた。
すっと襖を開けて現れたのは、草汰よりも躯が二周りほど大きい少年。

この少年は二年前に京一つきの禿になり、これからは草汰の先輩に当たる。




「今日からお前が先輩だ。草汰に全部教えてやれ。入用なモンは言って来い、ジジィに通しといてやる」
「はい」




京一に頭を下げると、雪路は早速草汰へと駆け寄った。
まだ床に座したままになっている草汰の手を引いて、立ち上がらせる。

よろしく、と草汰に笑いかける雪路は、そこらの子供に比べるとかなりの美丈夫であった。
田舎でそんな見目麗しい少年など見ないからだろう、草汰は恥ずかしそうに顔を赤くしてしまう。
草汰の初々しい反応が気に入ったのか、雪路はまたにこにこと笑って、草汰の頭を撫でてやった。



─────二年前、雪路に同じように笑いかけた先輩禿の少年は、今は男の下で喘いでいる。
直に雪路も同じ道を辿ることになるだろう。



……過ぎった未来の予想図を、京一は強制的に思考を止めて断ち切った。




「今、何時(なんどき)だ」
「未(ひつじ)です」
「……幕官の狸ジジィが来る頃だな」
「あ…! ごめんなさい、用意します!」




上客が来ると思い出して、雪路は顔面蒼白になって慌しく準備を始める。
草汰は突然の事に状況についていけないようで、立ちん棒になって桐箪笥を開ける雪路を目で追った。

そんな禿達に対して、京一はのんびりと構えたものである。
つい数分前まで寝ていた事もあるが、彼自身には客が上客だろうが初見だろうが関係ないのだ。
気の乗らない相手である以上、顔を見るまでの時間を出来るだけ後伸ばしにしてやりたいのである。




「雪路、のんびりやってろ」
「でも」
「オレがいいっつってんだから、いいんだよ」




鏡台の前に腰を下ろしつつも、京一は面倒臭いと言う表情を露骨にしてみせる。
その顔を鏡越しに確認して、雪路は一つ溜息を吐くと、京一の言うようにのんびりとした準備を始めた。




京一曰く、幕府官僚の狸ジジィは、京一の事を随分と気に入っている。
準備に時間がかかろうと、京一がどれだけ尊大な振る舞いをしようと、決して手を上げてくることはない。
京一が太夫であるからと言うのも理由の一つだが、それを抜きにしても、所謂骨抜き状態なのだ。
一晩の水揚げ代の支払いも良く、時に代金以上の金銭も置いていくので、楼主にすれば最高の客だ。

しかし京一にとっては最低の客である。
相手を縛って屈服させるのが趣味と言う性癖を持った男は、何かと京一にそう言った趣向を押し付けてくるのだ。
酒癖も悪いし、性癖は捻じ曲がっているし、ついでに腹は脂ぎっているしで、良いトコ無しだった。
これで金払いが良くなけりゃ、とっとと蹴り出してやるのに─────と相手をする度に思う。
……時には金なんかいらねェから二度とその面見せんじゃねェ、と怒鳴ってやりたくもあるので、相当なものであった。


雪路もそういう事情をよく理解していた。
京一が今日の相手をしたくない事、だからついさっきまで寝ていたのだと言う事(あわよくば体調不良に託けようかとも思っていた)。
だから、直に客が来るにしても、なるべく急ぎたくないのだと。

とは言っても、全く用意をしなくて良い訳ではないので、此処が難しい所だ。
太夫の機嫌を完全に損ねてしまわないよう、且つ準備も滞りなく済ませておかねばならないのだから。




「ったく、あの狸ジジィ。昼間っから廓通いなんざ、全く良いご身分だぜ」
「大丈夫なんですかね、あの人。お偉いさんじゃないんですか?」
「お偉いさんだぜ。それも相当の。世も末だな。ああ、今更か」




鏡に映る京一の表情は、皮肉な笑み。

まだ化粧の一つもしていないのに、その笑みは酷く妖艶で、酷く凶暴だ。
それが京一が男娼でありながら、この廓で人気を博する太夫となった由縁である。



雪路が京一の後ろに膝立ちになると、京一は襦袢の上を脱いだ。

日焼けや染みと言った言葉を忘れたような白い肌に、ぽつりぽつりと紅い点が存在している。
雪路は何も言わず、その紅い点を白粉で塗り消した。
他にも目を凝らせば見えてくる幾つかの“痕”を、雪路は無言のまま、白粉で隠す。


癖の強かった髪が形を変えると、全体の印象も変わってしまうから不思議なものだ。
それまで、気の強い少年と言う印象が拭えなかったのが、途端に反転してしまうのである。

髪を梳いて整えれば、項も隠れ、毛の隙間に覗く微かな肌は男の情欲を誘う色香を醸し出していた。
鋭い眼光を備えていた眦も、前髪の所為で遮光がかかっている。
決して柔らかな印象を持たせる事はないけれど、しかし其処にいるのは最早“男”ではない。
男を誘う“陰間”の頂点に立つ“太夫”の姿が其処には存在していた。



垂らした前髪を鬱陶しそうに掻き上げる所作さえも、草汰にはとても艶やかな光景だった。

きれい。
小さく零れた草汰の呟きが京一の鼓膜に届いた。




「おいで、草汰」
「は、はい」




立ち尽くしていた草汰を雪路が呼んだ。
草汰ははっと現実に還り、恐る恐ると言った風で京一の座る鏡台へと近付いて行く。




「これ、差して」




そう言って雪路が草汰に差し出したのは、金に鮮やかな緋色で紋様の入った簪。
素人目に見てもかなりの値打ちものであるそれに、田舎で育った草汰は目を丸くする。

そのまましばらくの間、草汰は簪を見詰めていたが、雪路がもう一度差し出すとはっと顔を上げる。
数回、簪と鏡台に映る京一の顔を見比べて、少し経ってから意を決したように手を伸ばした。
恐らく今まで触った事も、見た事もなかっただろう値打ちのする金品を、草汰はそっと手に取った。


鏡台越しに京一と、草汰の視線が絡まり合う。
緊張した面持ちの草汰に、京一はクッと笑い、




「お前の初仕事だ、草汰」
「……はい」




皸のある草汰の指が、綺麗に梳かされた京一の髪に触れる。



北陸の田舎で毎日土に塗れていた草汰には、何もかもが初めての体験だった。

人で溢れる都も、夜になっても絶える事のない灯火も、歩けば人とぶつかる肩も。
何の為に故郷を遠く離れなければならなかったのか────それを忘れた訳ではないけれど、あのまま故郷にいたら一生見る事がなかった景色を見る事が出来て、草汰は少しだけ嬉しかった。


そして今、自分の目の前にいるのは、この廓で最も美しいとされる太夫。
田舎で育った自分と比べたら、きっと天と地ほどもかけ離れた人なのだろうに────自分は今、こうして彼に触れる事が出来る。
これから彼に師事して行くのだと思うと、緊張する反面、喜びを感じている自分もいた。



色素の薄い髪に、金と緋色は不思議と褪せる事はなかった。
濡羽根のような黒ではないのに、どうしてだろうと草汰は思う。

思って、気付いた──────ああ、これがこの人の魅力なんだと。

どんなに華美な装飾を身につけても、彼の瞳が何よりも存在感を放つ。
肌の白さにも、薄らと乗せた紅にも、漆と緋色で統一した着物にも劣らない。
それらは全て彼と言う存在を引き立たせる脇役であり、主役を張るのはあくまで“彼”なのだ。




簪を挿せば、其処にいるのは“太夫”。




つい先ほどまで、不機嫌な顔をしていた“京一”は、もういない。
この陰間茶屋の頂点に立つその空気に、草汰は数歩、後ずさる。

本当に雲の上の人なのだと、この時になって、草汰は深く感じていた。




「雪路」
「はい」
「酒はもう入れてあるんだな」
「はい」
「お前は、草汰連れて後で来い。相手が狸ジジィなのが面倒だが、この際仕方ねェ」
「……はい」




それだけ言うと、京一は立ち上がり、寝室を後にする。

もう彼は草汰を見ようとはしなかった。
ただ擦れ違い様────くしゃりと、不器用に頭を撫でて行っただけ。



まさか太夫に頭を撫でられるとは思っていなかった草汰は、一瞬、何が起きたのか理解出来ていなかった。
呆然と、撫でられた頭を自分の手で押さえながら、今何が────と考える。
考えてから撫でられた事に気付いて、うわぁ、と顔に朱色が昇った。

草汰の故郷にも可愛い女の子はいるけれど、雪路や太夫程ではない。
此処の人達に比べると、やはり田舎臭いと言う言葉が似合う子で、簪よりも襷が似合う子ばかりだった。
だから草汰は、“綺麗”な人に免疫がない。


太夫に頭を撫でられた事で目を白黒させている草汰を、雪路は相変わらず微笑んで眺めていた。
三年前は自分がこんな風だったのかな、と思いながら。

そのまま思い出に気持ちを馳せていたい気もしたけれど、直ぐに雪路は切り替える。




「草汰、おいで」




雪路が呼ぶと、草汰はととっと駆け寄ってきた。

子供らしい仕草の似合う草汰に、雪路の眉尻が下がる。
………今から、自分がこの少年に酷い事をしようとしているのを判っているから。




「草汰、気をしっかり持ってね」
「はい」
「本当に、しっかりね」
「……?」




皸の手を握って何度も言い聞かせる雪路に、草汰はきょとんと首を傾げる。
まん丸の瞳に映りこんだ雪路の表情は、なんだか酷く痛々しさを感じさせる。


草汰に「しっかり」と言いながら。
それは自分への言葉であると、雪路は自覚していた。

しっかり、しっかり、気をしっかり持って。
じゃないと持っていかれてしまうから、薄戸の向こうの綺麗で穢れた世界の色に。
三年前に、雪路の先輩が言っていたように、気をしっかり持って行かないと──────無垢を塗り潰す罪悪感に堕ちてしまう。





雪路は、草汰の手を引いて部屋を出た。
小さな手は逆らう事なく、雪路に促されるままに廊下を着いて歩いて行く。





三年前。
雪路が京一付きの禿になった時、同じような事があった。

雪路の先輩が言うには、それ以前にも、同じ事は繰り返されていると言う。


これは京一個人の方針のようなものだ。
艶やかな世界ばかりが表に顔を出す世界だけれど、その華やかさの裏側には黒く淀んだ世界が溢れている。
それを一番最初に、彼は無垢な子供の前に晒すのだ。

いつまでも上辺を繕っていられる世界ではないし、自ずと見えてくるものはあって、いつかは沈まなければならない世界。
それは、残酷と言えば残酷だったけれど、不器用な彼の遠回しな優しさである事は間違いなかった。



底辺で生きていくしかないから、底辺での生き方を覚えなければならない。
だから雪路も、一番最初に“あれ”を見た。

そして今度は、草汰に“あれ”を見せる。



自分の時、客は誰だっただろうか。
今とあまり変わらなかったような気もする。

思い出して────同時に、初めて“あれ”を見た直後の感情を思い出して、雪路は吐き気を覚えた。
寸での所でそれを飲み込むと、意識的に一つ長い呼吸をして、後ろを歩く草汰の手を繋ぐ手に力を込める。
背後で草汰が不思議そうな気配を滲ませていたけれど、雪路は振り返らずに廊下を進んだ。





一室の戸を開けて、静かにと草汰に促してから、中に入る。

その部屋は物置程度の大きさしかない瑣末なもので、行灯もなく、暗い。
草汰が少し不安そうにしていた。


入った戸とは別に、厚手の襖が隣室と隔てを作っている。
雪路が音を立てないように、細心の注意を払いながら襖を開けると、隣室から細い灯りが当室へと零れて来た。

そして灯りとほぼ同時に、







「んッ…あ、う……うぅん………」









悩ましい声が聞こえて、草汰が息を呑んだ気配が伝わった。















遊郭パラレルで、京一が陰間茶屋の太夫。
龍麻や八剣以外とのエロシーンも書きます。次回早速です。

最終的には、あまり後味の良い作品にはならないと思います(爆)……
宜しければお付き合い下さいませ。