其ノ拾壱








思考が融解しない。
不思議なものだと、いつも思う。



散々抱かれて、快楽を与えられて、躯の方はまともに動く事をしなくなっても。
指一本でも動かすのが億劫で、まどろみさえも感じられるようになっても。

……頭の芯だけはいつも酷く冷えていた。

趣味の悪い官僚に媚薬を使われた時も。
自分がどんな格好をしているのか、相手が何を言わせようとしているのか、理解していて頭の隅で罵詈雑言を吐く。
どれだけ熱に浮かされようと、どれだけ壊れるほどに犯されようと、これだけはいつも変わらなかった。


今も、そうだ。




「う、ん、ん、…っは、あッ!」




男の上に跨って、腰を振る。
ぐちゅ、ずちゅ、と卑猥な音が広く薄暗い座敷の中に響いて消える。

腰に宛がわれた大きな手は、添えているだけでなんの力も込めてはいない。
時折悪戯に突き上げられはしたが、それ以外に京一の動きを阻害するものはなかった。


火照った肌の上を流れる汗が鬱陶しい。
太腿を流れる欲望の蜜も、邪魔だ。

ああもう、早く寝たい。


延々とそんな事ばかりを考えながら、京一は腰を落とした。
秘孔に埋められた陰茎を根元まで咥え込んで、京一は背を仰け反らせて喘ぐ。




「ふぁッ、あぁあん…!!」




ひくッひくッと全身が戦慄いたのが判る。
貫く肉棒が体内でどくどくと脈打つのが感じられて、京一は息を詰めてそれを締め付ける。
僅かに、組み敷いた男が艶を含んだ呼吸を漏らすのが聞こえた。




「…っは…っは、…あッ……ふ、はぁッ…!」




上がった呼吸を出来るだけ早く治めるように努めながら、京一は短い呼吸を繰り返す。
痛みはない、あるのは快感と、後は隅に押しやった吐き気だけ。


一つ大きく息を吸い込んで、止める。
ぎゅう、と下腹部に力が篭って、また男の一物を締め付けた。
覚え込まされた男根の形をまざまざと感じながら、京一は殊更にゆっくり、留めていた息を吐いていく。

それを、乱れた褥に横になった男は、ずっとあの胡散臭い笑みを浮かべて見上げている。
柔和と言っても良いであろうその笑顔に、煙管の火種を落としてやろうかと、物騒な事を考えるのは、これが初めてではない。
仮に実行に移した所で、やっぱりこの男は笑っているだろう事は、想像に難くなった。



息を吐き切って、運動によって上がった自分の心臓の速度が落ち着いたのを知る。

京一は後ろ向きに手を突いて、男へと晒すように開いて腰を浮かせた。
男が少し上体を起こし、肘をついて上半身を固定して、繋がった箇所に目を向けた。





「あッ、はッ、はぁッ…ん、く、ふ……!」




視線を感じながら、腰を上下に動かす。
ずりゅずりゅと太い亀頭が内壁を擦る。


そろそろ、きつい。
本格的に眠い。

体を動かしながらそんな事を思う。
そう自覚したら、今まで無視し続けていた疲労感が一気に襲ってきたような気がした。
取り合えずもう一気に済ませてしまおうと頭の隅で結論を出して、また息を詰める。




「ッ……!」
「っふ、あ!!」




男が不意打ちを食らったように、僅かに顔を顰める。
京一はそれに気付かなかった、気付ける程今は余裕がない────体力的な意味で。


見せてやる為に後ろ側に手を突いて、男に秘部を隠さなかった。
でも、この姿勢は動き辛い。

結局腕を前に戻して、男の腹に手を突いて、腰を捻る。
息を詰めてぎゅうぎゅうに男根を締め付けて、京一は根から捻り切るかのように一心不乱に男を高ぶらせていく。



行灯の灯火だけの仄昏い座敷の中で、聞こえる音は卑猥な淫音と、衣擦れと、艶やかな少年の甘い声だけ。
悪戯に男の手が京一の肌を滑れば、その都度、ぞわりとした感覚が背を駆け上って京一の脳を侵そうとする。



薄く瞼を伏せて喘ぐ京一に、男は生唾を飲んだ。
病的な程に白い肌が暗い空間の中で薄ぼんやりと浮かび上がって、瞳の光は熱にぼかされたように明滅する。
濡れた唇が漏らす吐息一つとっても、男を煽るには十分だ。

この少年と繋がるのは至高の悦びを意味する事も同じで、故に誰もがこの少年に固執する。
細い腰を掴んで、まだ青さの残る躯を組み敷いて支配してやりたいと、凶暴な欲望に駆られて。


けれども────京一を見るその男の目は、いつも何処か、柔らかく。




「うッ、あッ、あッ、んぐッ…は、ひぃ、んッ!」
「……動くよ、京ちゃん」




それまで添えられていただけだった、男の手。
ぐっと力を込められ、突き上げる衝撃と同時に、逃げぬように押さえつけられる。




「はぐッ、あぁあん!」




ビクン! と細い四肢が跳ねた。
京一の足ががくがくと震え、力を失う。

直ぐに男は京一を抱えるように両足を掬い上げると、起き上がり、京一を布団に縫い付けた。


肌がぶつかり合う音がする程に激しく、己の欲望を京一の秘奥へと打ちつける。




「あッあはッ、はひッ! は、う、あん、あッあッ、あッ、あッ!」




自分で動いていた時とは違う、予期できない瞬間の快感。
敷布団を握り締めれば皺が寄り、汗が滲んで、僅かに布が変色した。



早く。
早く。
早く終われ。

激しい快感に身悶えし、頭を振って髪を振り乱しながら、京一は思う。
早くこの吐き気のする行為が終われば良いと。


疲れたんだ。
眠いんだ。

ただでさえ最近は変質趣味の狸や狐の相手ばかりをしていて、疲れている。
楼主の顔を見るのは相変わらず虫唾が走るし、酒は不味いし、良い事がない。
寝る時間ぐらい自由にしたい────無論、そんな事が叶わないのは知っているけれど。



ぐりゅ、と内部のしこりを先端が抉って、京一の体が一つ大きく痙攣した。
其処が弱い場所だと知っているから、男は薄く笑って、其処ばかりを攻める。




「あ、あ、ぅ、あ、あ! ん、あ、イ、イく、出る…ッ!!」




支えなくとも反り返る程に勃起した、京一の陰茎。
男が手の平でそれを包んで、上下に扱く。




「あう、あッ、ん、はッ、あッあッ、あッ……!」




悩ましい声をあげる京一の先端から、先走りの蜜が垂れた。
既に何度も吐き出した精なのに、高められれば何度でも吐き出す。
もう空っぽになってると思っても。


─────何度も思った。
この躯は、男を悦ばせる為にある。

京一が絶頂を迎えれば、秘孔の穴も強く締まり、男を酷く悦ばせる。
吐き出す瞬間の甲高い声も、射精をした直後の朧になった表情も、何もかもが男を煽る。
何度も射精を繰り返すのも、きっと、男を視覚的に楽しませる為にある瞬間なのだろう。



虚ろな瞳で天井を仰いで喘ぐ京一に、男は更に腰を速める。




「んぁッはひッひッ、はん! はッう、あうッ! イく、出る、出るぅううッッ!!」




叫んだ直後、ビクン、ビクンと京一の躯が跳ね上がり、勢いよく蜜が弾け出す。
強張る締め付けによる圧迫を受けて、男もまた、京一の中へと己の欲望を吐き出した。




「ああッ、あ、ああぁあ……!!」




どくどくと流れ込んでくる感覚に、京一はヒクヒクと腰を戦慄かせて身悶える。


上質の布地に汚い汁が落ちて滲みを作った。
太腿を伝う蜜液は、京一のものと、男のものとで混ざり合っている。

男はゆっくりと己の男根を引きながら、まとわりつく肉壁の感触を存分に堪能した。
























線香の残りが、あと半分になっていた。
行灯の油は随分減って、このまま放っておいたら、座敷は闇に包まれるのかも知れない。

格子窓から月明かりが差し込んでいたが、褥にいる京一と男の元までそれは届いていなかった。
そんなものがなくても、直に目は夜闇に慣れて物の輪郭を映し出すから、結局暗闇なんてものは世の中にはないのだ。
障子の向こうを往復する子供の影が映る位には、火の類など何もなくても、世界は明るいのだから。


いっそのこと、全部漆か墨で塗り潰せばいいものを。



────そう考えながらぼんやりと天井を見上げていた京一の目を、大きな手の平が覆った。




「……何してる」




抑揚のない声が出た。
少し掠れているのは、散々声を上げた所為か。




「眠そうだったからね。あと半刻もないだろうが、ゆっくり寝ると良い」




子供に言い聞かせるような、優しい声音が振ってきた。
少し前まで自分を抱いていた男────八剣の声だ。




「疲れてるんだろう?」
「ああ」




問い掛けに是と答えれば、それじゃあお休み、と言われた。


確かに眠い。
情交の途中から、早く終わって寝てしまいたいと、思考の大半はそれで埋まった。

なのに、どういう訳か、今になって睡魔が一向にやって来る気配がない。
思考は冷えて冴え冴えとし、瞼を落とした所で、眠れる気がしなかった。



原因は判っている。
今朝だったか、昼だったか、楼主から伝えられた事。

京一を身請けする─────そう、八剣から言われたと。




(……物好きがいる)




過去には、この男以外にも、京一を身請けしたいと言う者はいた。

やけに夢中になって愛だの絆だの、そんなものを囁いていた男もいて、身請けするには金がないから一緒に逃げようとも言われた。
阿呆のやる事だと蹴った直後、その男は泣いて縋りついて来て、どの道金もないんなら用はないと追い出した事もある。


そのどれもに対しての京一の第一の感想は、“物好きがいる”の一言だった。


幕府の官僚にしろ、名があるとか言う剣豪にしろ、浪人にしろ、目の前の男にしろ。
何故自分に執着するのかが京一にはよく判らなかったが、“太夫”に執着していると言うなら得心が行く。
“太夫”を買える程の財力があるとなれば、周囲の見る目も色々な意味で変わるからだ。

だが、それが普通の“太夫”なら良いが、京一は陰間茶屋の“太夫”である。
何処ぞの武将が連れている稚児や小姓とも違い、何処の馬の骨かも判らない、元を辿れば単なる売られた子供である。
元々が没落した家の云々とか言うのならばともかく、京一にはそれもなかった。
そもそも自分が何処の藩から、どういう経緯で此処に売られたのかも、丸きり記憶の深遠に沈んだまま、浮かんで来ない。



……早い話が、こんな人間を大金を出して買って、何が楽しいのかと言う事だ。



具合が良いとか、孕まないとか、そう言う理由もあるだろう。

女は囲えば囲うだけ楽しいかも知れないが、女房殿の目が怖い男は多いようだ。
買った女が正妻よりも先に子を成した為に、散々な修羅場が起きたと言う話も聞いた。
だったら稚児でも小姓でも、陰間茶屋に売られた気持ちの悪い子供でも、楽なのかも知れない。


それにしたって、やはりもっと別の奴がいるだろうと京一は思う。
大体、どうして自分が“太夫”なんてご大層な肩書きを載せられるようになったのかも、京一には甚だ疑問であった。




(……こいつはなんで、オレを買う?)




目元を覆う男の顔は、当然、見えない。
だがきっと笑っているに違いない、この男はいつでもそうだから。



屈服させたい、啼かせたい、壊したい。
子供の頃からそうだった。
京一を組み敷く男は、揃ってそんな願望を汚い瞳にありありと映す。

生意気で直ぐに反抗する子供が、痛みに泣き叫ぶ様は、鬱憤の溜まった連中にはさぞかし気持ちの良い事だっただろう。
ついでに躯の具合も良い上に、好きに扱って良いとなれば─────ああ、だから“太夫”なんかになったのかと、京一は今更思い出した。


でも────それなら、この男は何が理由で京一に執着するのだろう。




(いつも生温い)




力で組み伏せるでもない、ぐちゃぐちゃに侵して卑猥で屈辱な台詞を吐かせるでもない。
抱いたり抱かなかったり、抱いたと思ったら温いまぐわいで、乱暴や陵辱とは程遠い。
白痴になる程、激しくしない。


何を思って身請けなんてするのか。
男色にしたってもっと別の奴がいるだろうに。

それとも、身請けした後で、壊すつもりなのか。
だったら少し納得する。
遊女に────売り物に無体を働けば、罰せられるのは客だから。
自分の物にした後なら、壊そうが犯そうが、飽きたと打ち捨てようが死んでしまおうが、罰など課せられないのだから。




八剣は優しい。
優しいけれど、腹の奥が見えない。
肥え太った脂肪の腹より、隠すのが上手い。

だから余計に、京一は、この男が己に執着する理由が見えなかった。




(………ジジイは、オレの返答次第だとか言ってやがったな)




今日、目覚めた直後、雪路に三味線を教えてやっていた時に楼主は部屋にやって来た。
八剣が京一を身請けしたいと言っている事、金は幾らでも出す事。
にやにやと気持ち悪く笑っていたから、きっとあの老体は、京一が身請けを受け容れるとは考えていないのだろう。



引き込み禿として教育を受けた後、まだ太夫になる以前、普通の一人の陰間であった頃から、京一を身請けしたいと言う者はいた。
だが、何を思ったか、楼主はその話の殆どを京一に伝えていない。
身請けの話を聞いたか、と確認してくる奴はいたから、何度か本人から聞いた事はあったが、それだって一握りのようだった。
それ以外の話は、京一とて聞こうとして聞いた訳でも、聞き回った訳でもなく、伎楼内の噂になって耳にした。

口に戸が立てられぬとはこの事か。

京一は楼主に対し、それについて問い詰めたことはない。
面倒だったし、身請けがされようとされまいと、何処にいても結局何も変わりはしないのだと知っていた。


だが、判らないのは、楼主が頑なに京一を手放さない事だ。

“太夫”となった今なら、稼ぎ頭を失うのが嫌なのだろうと思えるが、客を取り始めた頃のあの様はなんだったのか。
客も楼主も気に入らなければ殴り飛ばすような子供だ、いなくなれば精々しただろうに。



楼主は、京一を廓から出す気はない。
少なくとも、京一が“太夫”である今は、絶対に。

あのにやにやとした気持ち悪い笑みも、そんな思考があってのものだろう。
お前なら絶対に受けない────そんな含みを感じた。




(まぁ、そんな事は、オレはどうでもいいんだが)




身請けするでもしないでも、京一は興味がなかった。
話をするなら、勝手にそっちで纏めればいい。

大体、何故今回に限って、楼主は京一に律儀に伝えに来たのだろうか。
今まで殆ど───太夫になってからは全くか───この手の話は、楼主が勝手に聞いて、勝手に断っていた癖に。




(……大方、こいつが何か言ったんだろう)




目を覆っていた手を掴んで、離させる。
視線を遣れば、手を払うのではなく退かされたのが以外なのか、不思議そうに此方を見る男の目があった。



八剣は食えない男だ。
楼主を何度か遣りこんでいるのを見た事がある。

口も立つが、何よりも物騒なのは眼だ。
楼主を遣りこんでいた時、口元はいつもと同じように笑っているのに、瞳は酷く冷たかった。
あんな面もするのかと京一は眺めていただけだったが、それを向けられた楼主の方は冷や汗と脂汗塗れになっていた。


そもそもが八剣は上客であるし、無碍には出来ない。
だから、楼主も直々に京一に話を伝えたのだ。
お前の口から断れと、言外に言いながら。




(ジジイの言うなりに沿うのは、面白くねェ)




買うでも買われないでも、どちらでも良い。
決めるのも面倒だった。

受け容れれば、八剣は自分の住む場所で京一を抱く。
受け容れなければ、今まで通り。
他の男に抱かれるか抱かれないか、違いはそれだけで、大した差はない。



八剣は────何も言わない。
身請けの話をしたのは二日ほど前の事だと言うが、今日は此処に来てから、一度もそんな話をしていない。
京一が身請けの話を聞いたか否かの確認もなく、いつも通りまぐわって、後は寝る。

本当に八剣が身請けの話をしたのかも疑わしい。




(面倒臭い)




そっちで勝手にやっていろ。

胸中で呟いて、京一はごろりと寝返りを打った。




「寝るかい?」




返事はしなかった。




結局の所、何がどうなろうが、京一にはどうでも良いのだ。
八剣が何を思って自分に執着しているのかも、楼主が躍起になって自分を手放したがらない理由も。


それよりも。




返事をしない京一に、眠ったか確認しようとしたのだろう、覗き込んでくる気配があった。
その首を捕まえて力任せに引っ張れば、不意打ちが成功したようで、案外と抵抗無く男を褥に組み敷くことが出来た。

線香の長さは凡そ三分の一まで減っている。
もう殆ど時間はないが、あと一回程度なら十分だ。




「足りねェ。付き合え」




眠気なんか何処かに飛んだ。
どうでも良い事を延々と考えるのは、暇な時の癖になっていた。

この男がいつも生温い事しかしないからだ。
白痴になる程激しければ、意識を飛ばすほどに疲れてしまえば、面倒な事は考えなくて済む。
どうせ元々余り良い出来をしていない頭なのだから、考え事などするだけ無駄だ。


それより、快楽を追っている方が良い。



八剣は僅かに瞠目して此方を見ていたが、しばらくすると京一の頬に手を添えた。
軽く引き寄せる力に逆らわず、そのまま唇を重ねる。









疼いた秘孔に、欲望を咥え込んだ。
好きに動いて、好きに喘いで、好きに快感を追いかける。

……それでもやはり、思考はいつまでも冷えていた。










拾弐

道は枝分かれしているようで、一本しかない。